辺獄の羽根編 第六話
著者:ハトリユツキ 様
企画・原案:mirai(mirama)
焼けるように熱いその皮膚に触れながら、ウイリアムは男に話し続けた。
ひどい熱だ。だが、この熱源はいったいなんなんだろう。このぼこぼことした膿みっぽい皮膚のせいだろうか。嘔吐も繰り返している。皮膚はひどく乾いていて、脱水しているようだ。
「水はのめますか」
「……あ…………あ、あ……」
男は朦朧としていて、ぶつぶつとつぶやいている。ウイリアムは男の首筋に自宅から持ってきた氷を入れた氷嚢を当ててやる。
「聞こえますか、私の声が。聞こえたなら返事をしてください」
ウイリアムは夢中で男を呼んでいた。先ほどまで躊躇していた感情などすっかり忘れて、男を助けることに必死だった。男の頸動脈がわずかに温度が下がったころ、男はようやく返事をした。
「ああ……聞こえる。聞こえているよ、先生……」
「よかった……薬はのめますか。これは解熱剤です。のんだら、きっと少し楽に……」
「ああ……飲めそうな気がするよ」
ウイリアムは解熱剤と水を男の乾いた唇に流し込んでやる。飲みきれなかった水が唇の端を流れ落ち、ウイリアムはそっとそれまで拭ってやると、また男の首筋を氷嚢で冷やしてやった。
「み……水を……もう少し飲みたい」
「ああ、いくらでも、飲めるまで飲んだらいい。しばらく水分がとれていなかったんでしょう」
「飲んでも、吐いてしまうんだ……」
うっぷと男が嗚咽を漏らすので、ウイリアムは男の身体をゆっくりと起こしてやる。しばらく様子を見ていると、嘔吐をすることもなく、水を飲み込めたらしかった。
それから、30分ほど経っただろうか。解熱剤が効いたのか、はたまた氷嚢が良かったのだろうか。男の瞳にはわずかに光がともり、よろよろとだが立ち上がることができるようになった。
「あ……ありがとな、先生……助かったよ。あんたが現れなかったら、俺は今頃ここでくたばってたんだろうなぁ……ありがとう」
ウイリアムの手をまだ熱っぽい男の手が包み込んだ。まだずいぶんと熱い。この皮膚の症状や熱の原因もわかってはいないが、今のウイリアムにできることはこれが精一杯だった。
「いいや……私はただ……誰にでもできることをしたまでです」
男は首を振って、「ありがとう、先生」と力なく微笑むと、ふらふらとした足取りでウイリアムのもとを去っていく。
自分は何もしていない。自分は医者らしいことなど、何一つできてはいない。頭の中でそんな言葉が囁かれる。そして、ウイリアム自身もその言葉に頷く。そうだ。自分は医者ではない。ただ医者の勉学に励んだだけの人間。誰も救えなどしない。
ただ——「ありがとう、先生」男の笑顔が思い出される。そうだった。自分は医者だったとき、何度もあの笑顔に救われたのだった。