辺獄の羽根編 第五話
著者:ハトリユツキ 様
企画・原案:mirai(mirama)
「痛い……とても痛いのです、痛い……誰か、助けて……誰か、痛い、痛い……」
しわがれた声は助けを求めていた。
どこかで聞いたことのある言葉。どこだったか、それが誰だったか。思考がぼんやりとしている。まるで、夢のような——そうだ。思い出した。どこでこの言葉を聞いたのか。あれは、夢の中で聞いたのだ。今朝、目覚める前まで見ていた夢の中で。
「もしかして、これも、夢なのか……?」
持っていた紙袋からオレンジが落ちる。か細い腕がウイリアムの足首を掴んだ。
「苦しい、痛いんだ」
這いつくばる男の肌はぼこぼこと膨らんでいた。つま先が赤黒く変色している。彼はうめき声をあげながら、ウイリアムにすがるように顔をあげた。男と視線が合う。虚ろな瞳は真っ赤に充血しており、視線はウイリアムを見つめているようでどこか遠くをぼんやりと見ている。ウイリアムは動けなかった。
「私には何も……」
今すぐ逃げ出したいのに、身体は止まったまま。
「……た、助けてください、痛いのです」
まぶたをぎゅっと閉じて、顔をしかめた。
「ああ……待っていてください。すぐに……」
ウイリアムは苦々しい顔をしながら、オレンジの袋を置き、自分の家に戻り、それから治療道具の入った箱を手に取った。しばらくまともに治療をしていなかったのだから、手入れなどされておらず、わずかに埃を被っている。
「急がなくては……」
ウイリアムは、夕陽のさす道をまっすぐに走り出した。救急箱の埃がぱらぱらと落ちていく。陽の光が当たって、淡く光っている。建物の日陰にたどり着けば、ベンチで横たわっている男を見つけた。はいつくばりながら、なんとか移動したのだろう。ぽたぽたと血のような、浸出液のような液体がベンチに続いている。
朦朧とした様子の男。ウイリアムが顔を覗き込むと、その肩をゆすり、声をかける。ゆっくりと瞳が開くが、薄くぼんやりとした眼差しでこちらを見た。
「呼びかけに対して、目線は合うな……」
「あ……ああ……助けに、きてくれ……たの、ですか」
「私の声が聞こえるのですか?」
「あ……ああ……」
——呼びかけに対して反応あり。追視あり。
「あなたの名前は……?」
「ん……あ……俺の……なま、え……?」
発語はあるが、自分の名前は言えない。混乱している様子。
呼吸はやや荒い。1分間に20回前後。唇の色は問題なし。唇の端に吐瀉物が付着している。おそらく嘔吐を繰り返しているのだろう。
「どの辺りが痛いか、わかりますか?」
「全部だ……」
「特に痛い場所はありませんか? このあたりとか……っ……熱いですね」
高熱のせいだろうか。
落ち着け、正確に診断をするのだ。ウイリアムは自分にそう言い聞かせた。