辺獄の羽根編 第四話
著者:ハトリユツキ 様
企画・原案:mirai(mirama)
朱世蝶伝説「辺獄の羽根編」04
「それじゃあ、私は行くよ少年。また顔を出すから」
「気をつけて、ウイリアム。最近体調を崩す人が多いみたいだよ」
「そうなのかい」
「ああ、僕の祖父も調子が良くなくて……」
「そうか」
ハリスが諦めたように薄く笑った。診察をしようかという言葉はウイリアムの喉につっかえたまま、言葉にならなかった。自分のような医者とも呼べない人間が、医療行為をすること自体が許せなかったのだ。
本屋を出ると、あたりは薄く暗くなりはじめていた。
腕時計を見て、時間を確認する。少し長居しすぎたが、まだ近くの店は開いているだろうと、早足で歩き出す。
「やあ、ウイリアム先生、元気かい」
「ああ、元気だ」
この街で小さいものの医院を開いているウイリアムの顔は知れ渡っていた。彼の顔を見れば、町の人間は「先生」「ウイリアム先生」と呼びかける。昔はそれが誇らしいような気持ちでいたのだけれど、妻メアリが亡くなってからは苦痛に感じられた。自分は医師ではない。ただの人殺しで、愛する妻すらも救うことのできない——もはや、人間ですらないのかもしれない。化け物にもよく似た何か。
ウイリアムは自分に声をかけてくる人間になんとか薄い笑顔を振りまきながら、店へと急いだ。店に着けば、また声をかけられる。うつむきながら、頭を下げてまた微笑む。心臓が激しく跳ねた。
「ごきげんよう、ウイリアム先生」
「ごきげんよう」
パンと牛乳、オレンジと適当な缶詰を数日分買い漁り、それから酒屋でワインを何本が調達した。
「ウイリアム先生、何か、パーティーでも開かれるのですか」
酒屋の主人に笑顔でそう聞かれた時は、頷くことしかできなかった。
両手いっぱいの荷物を抱えながら、ウイリアムは帰路を急いだ。今は誰とも顔を合わせず、一刻も早く帰宅したかった。自宅でワインを飲み、今日という日を意識から消し去るのだ。そうでないと、心が今にも壊れてしまいそうだった。
「あっ……」
紙袋から落ちたオレンジが一つ、地面を跳ねた。
ころころと緩やかな坂を転がっていくそれをウイリアムはしばらく眺めていたが、荷物を抱えなおすと、坂を降りる。視界は荷物に占領されていたが、オレンジが何かにこつんとあたり、小さく跳ね返ったのが見えた。
彼はオレンジに向かってまっすぐ歩いていく。荷物をおろすと、オレンジを拾った。そして、荷物を抱え直す。
「うう……うううっ……」
すぐそばで声がした。人の呻き声。苦しげな声はウイリアムを呼んでいるような気がした。
「ああ……誰か……たすけてくれ……」
塞がった両手では誰にも手を差し伸べることはできないままだ。