辺獄の羽根編 第十一話
著者:ハトリユツキ 様
企画・原案:mirai(mirama)
「ウイリアム……」
自分の足首をか細い指が力なく握る。
ウイリアムは、ふとその腕の主を見た。骨ばった細い腕。青白く痩けた頬と顔。メアリだった。
メアリは泣き出しそうな瞳で自分を見上げていた。やがて、彼女は諦めたように薄く笑い、そっと足首から手を離した。身体が川に流れていく。顔を上げると、ウイリアムは腹まで川に浸かっていた。
水の腐った匂いがする。大量の痩せ細った身体が川を下っていく。胃液がせり上がってくる感覚。
それでも、メアリに手を伸ばす。
「——メアリっ!」
ウイリアムは自分がメアリを呼ぶ声で目を覚ました。
ベッドの上で彼は頭を撫でた。ひどい頭痛がする。生ぬるい空気が肌全体にまとわりついている。気持ちが悪い。
「うう」ウイリアムはうめき声を漏らしながら、ゆっくりと身体を起こす。
わずかに開いた窓を見る。夜はまだ長く、朝は遠いところにある。薄い雲が空全体を包み込んでおり、星どころが月の光すらもその場に差し込むことはない。
嫌な予感がした。すべては夢だ。そう理解しているはずなのに。
——トントン。
ドアがノックされる。
「ウイリアム、ウイリアム先生、開けてくれないか」
それは、彼にとってとても聞き慣れた声だった。同僚で医者のセバスだ。
ウイリアムがドアを開けるかどうか迷っていると、セバスは少し焦ったような声でドアをドンと激しく叩いた。
「ウイリアム、君の力が必要なんだ」
放っておくとどんどんドアを叩く音が大きくなるものだから、ウイリアムは慌ててドアを開ける。
「うっ……」
ひどい匂い。セバスの身体はお世辞にも整っているとはいえず、靴の先には血と泥がこびりついていた。
「ウイリアム、来てくれないか。手伝えとは言わない、ただ——」
セバスはそのまま押し黙る。どうしろというのだ。もう何者でもなくなってしまった自分に。それでも、どうしてだろう。身体は同僚の言葉に対して小さく頷き、家を飛び出していた。
メアリが亡くなってからは、職場である医院にはほとんど近づかなくなってしまった。医療者として自分がそこに存在していることに居た堪れなくなってしまったからだ。だが、今自分は医院の目の前に立っている。
溢れかえる、人。人。人。入りきらない患者がストレッチャーにのせられ、その場に存在している。肌にたくさんのイボができ、顔を真っ赤にしている。呻き声を漏らしながら、助けを乞う。ウイリアムはセバスに導かれるままに、医院の中に入っていった。
中は、薬品と吐瀉物、尿便の類の匂いがしていた。開けた窓から換気を行うが、とても間に合っていない。
「ウイリアム」
セバスが名前を呼んだ。
「——ウイリアム先生」
これは夢ではない。夢ではないのだ。




