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Spirit  作者: まもる
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幸運《しあわせ》の代償

突然目の前に現れた少女は言った。

私が殺したはずなのに…と。

その言葉に動揺を隠せない風花に激しい頭痛が襲う。

一方、光たちは、行ったっきりの風花を待ち続けていたが?

 ——私が殺したはずなのに——。

 その言葉の意味を未だに理解できない風花は、雨に打たれながら混乱の声を上げる。

「え……ころ……した?どういう……」

 そう意味がわからなかった。なにしろ、風花が死んだ理由は、事故のはず。正直、死ぬ直後のことは、うろ覚えで、よく覚えていない。事故だったが、どのように死んだか覚えていないのだ。

 すると、それを思い起こそうとする風花の頭に、激痛が走る。

「っ……」

 思わず頭を押さえ、後ろによろける。

「え、本当に風花……なの……?うそ……」

 未だ信じられずにいる風美は、少しずつ近づいてくる。そして、手を伸ばし、風花に触れようとした。すると。

「っ!」

 風美は、今起きた現象に思わず手を引っ込めた。

 それもそのはず、何しろ彼女の手は、風花の体に触れることなく、すり抜けてしまったのだから。

「……っ……」

 激痛を耐えながら、そんな風美を横目で見る。

「風……花?なに……やっぱあんた……死んでる?何……幽霊とかっていう……やつ?」

 頭を押さえる風花に目を見開きながら、そう呟く。だんだん雨が激しくなってきているのを体で感じる。

「……っ、か……ざみ……」

 そう呟くと、ビクッとさせたのち、再び風花の体に触れる。もちろん、触れられずすり抜けてしまうが、それを確かめるように、何度も繰り返すと、やがて手を離し、しばし沈黙に陥る。

「…………」

 やがて風美は、口を開いたと思うと。

「……っふ……ふふ……」

「?」

 風花はその姿に困惑していると。

「はっはははは」

 そんな高らかな笑い声を上げた。いかにもお嬢様というような見た目の彼女には、考えられない姿に、風花は問う。

「な……に……?」

 頭痛を堪えながらそう言うと。

「なに?なにって、決まってるじゃない!あなたが死んだのを直で確認できたからよ!」

 そう言う彼女は、未だに笑い声を上げている。雨に打たれるその姿は、まるで女王のようだった。

「はーー、最っっ高の気分!くだらないことでわざわざ学校に来た甲斐があったわ!ははははは!」

「ころしたって……どういう……いみ?」

 満足気に笑う彼女に、そう問う。

「あーれ!?覚えてないんだ?私が直々に手を下してやったのに?あははっ!」

 そう言うと。さっきとは、比べものにならないくらいの、低い声で言った。

「チッ。ほんっと、ムカつく……」

「っ!」

 彼女のそんな姿にビクッとする。

「あーあ。ほんと、死んでもその性格変わんないの?どこまでも腐った女ね」

 濡れた髪をかき上げながらまるでさっきと別人のような声のトーンで言う。

「いっつも、気弱そうなキャラ気取って、そうやって、原くんも惑わしたんでしょ?ほんっと最っ低な女。人の気も知らないで……」

 原くん。それは、生きていた時、同じクラスで、幼なじみ。唯一風花と話してくれていた男子生徒であった。そして、風美もまた、風花と話してくれていた生徒であった。頭痛に苦しむ風花の姿を見下しながら続けた。

「知りたいなら、教えあげよっか?あなたが死ぬ時のさまを。泥ん中顔突っ込んで、必死にもがきながら言った。『ごめんなさい』って。私も優しいから、チャンスをあげたんだよ?あなたがなにをしたか、ちゃんと理解していれば、助けてあげるって。でもね、あなたは、わかってなかった。『それはなにに対して?』って聞いたら、なんて言ったかわかる?」

「…………」

 相変わらず頭を押さえながら、無言で話を聞く。

「わかんないよね?こう言ったのよ。『私が……悪い子だから』って……。なにそれって思ったよね。そんなの最初からわかってんだよ!何いい子ちゃんぶってんだよ!ほんっとムカつく!って!だから、ぶち込んでやったわよ!地獄にね!あっははは!」

 その言葉を聞いた風花は、その時のことを全て思い起こしていた。

 あれは、学校の帰り道で、辺りは暗かったこと。隠された靴を探していて遅くなったこと。そして、誰かに田んぼの中に顔を突っ込まれ、泣きながら、もがき、苦しみながら死んでいったこと。

 全てを思い出し、顔が絶望の色に染まる。

「そ、いう……こと?」

 少しずつ引いていく痛みを実感しながら言った。そして、それを理解すると、今まで出したことのない声を上げる。

「あ、あああああああ!!!!」

 頭は、もうそんなに痛くない。でも、次々と出てくる記憶に頭を押さえながら、崩れ落ちる。

 今まで、風美は風花に、それほどの不満を抱き、過ごしていたこと。そして今思えば、おそらく、原くん狙いで風花に近づいたこと。そして、彼女が自分を殺した張本人だということ。まさか——原くんも——?

「くっ……うぅ」

 さまざまな感情が行き交う中、腹の底から湧き出る絶望、苦しみ、そして——怒り。

 それを全力で押さえていると、風花の体から、何やら黒いオーラがもやもやと湧き出ているのを、風美は確かに捉えた。

 

 その頃——。

「遅いなぁ、彼女」

 風花を待ち続ける二人のうちの一人。力声がそう言った。

「なぁー。ってうわっ!雨降ってきたぞ。今日一日晴れるって言ってたのに」

 ぽつり、ぽつりと落ちてくる水滴が、どんどん強くなっていく。

「さすがに心配だけど、せっかくの時間を邪魔しちゃ悪いよな……」

 屋根のある、近くの駐輪場に避難した光は、体の水滴を払っている力声に向かって言った。

「お前から行けって言ったしな」

 からかい気味に言う力声に。

「うるせーな」

 そんな会話を続けながら二人は、風花を待っていた。すると光が、あっ!と思い出したように声を出すと、続けて言った。

「そういや、聞き逃してたんだけどさ、彼女って霊なんだろ?なら、わざわざ俺たちが護衛しなくても平気っちゃっ平気だろう?」

 そんな光の問いに反応して力声が答える。

「ん?ああまぁな、彼女自身だけならまだそれで問題はないんだけど……。さっきも言ったろ?彼女はとんでもない不運の持ち主だって……。彼女自身、自分はよくても、それで周りを巻き込むのは嫌だから、一緒に居てくれっていうのが、今回の依頼」

「はー、なるほど」

 やっと納得がいくと、力声がさっきの言葉に付け足す。

「そんで、彼女の願いは、ほんの一時でいいから、不運とは無縁の生活を送ってみたい。だそうだ。俺もよく知らないけど、生前は、それで外に出るのも抵抗があって、まともな思い出もあまりないみたい——」

 と、言葉が途切れた。

「っ……!」

 一瞬、力声が肩をビクつかせると、そこから大きく聳え立つ、建物を見た。

「?どうした」

 その様子に光は、力声に声をかける。

「い、いや、何でも……」

 そう言うと、「あっそう」と言って、深く聞いてこなかった。

 なんの変哲もないただの学校。それを見ながら、ほんの一瞬の寒気に胸をざわつかせながら思った。

(なんだ……今の……)

 そして、風花が早く帰ってくるのを祈りながらも帰りを待った。

 一方その頃、風花たちは——。

「うっう……う」

 未だ頭を抱えながら、痛みに耐えていた、風花は、着実と黒いオーラを大きくしていた。

「はっ?何、今更キャラ変え?元からおかしいと思ってたけど、死んでも、ほんっとウザいね!あんた!」

 そう言って、崩れ落ちた風花を踏みつける。そして、それを合図に、黒いオーラは、一気に大きくなり、風美もろとも飲み込んだ。

「きゃっ!な、なに⁉︎」

 するとそのオーラは、さらに大きくなり、みるみると成長する。

 それはやがて、校庭をギリギリ埋め尽しそうなほどの大きさになり、まるで黒い煙を纏った、巨大なスライムのような姿に変貌する。

「なんだよ……これ」

 そう声を上げたのは、駐輪場にいたはずの光だった。隣には力声もいて、その姿に目を見開きながら、呟く。

「こんなところに……悪霊……⁉︎」

 そして、辺りを見回した。どこを見ても風花の姿がない。まさか——。

「——まさか——風花さん……?」

 その声にいち早く反応した光は言った。

「⁉︎風花さんって……」

 そう言って、悪霊と呼ばれる黒い塊に目を向ける。

「……あれが……?」

 さっきまで一緒にいた姿とは、別物。あれが風花だとすれば、この短い時間で、一体なにがあったと言うのだろう。

 そんなことを考えていると、悪霊——風花が、声を上げる。

「ガァァァァァァ!」

 まるで獣のような声を上げると、黒い塊から、腕らしきものが生え、それを振り下ろす。

 ドォォォン!

 その威力は凄まじく、校庭に大きな跡を描く。

 光たちは、それによる砂ぼこりを腕で受けながら、再び風花を見る。

「力声!瓶は⁉︎」

 いつものあの瓶に封じ込めば、なんとかなるのではと思った光だが、すかさず否定の声を上げる。

「あの大きさじゃ、俺の持ってるやつじゃ入んないし、悪霊化したものを瓶に入れることは、できない!」

「じゃあどうするんだよ……」

「光、あれは多分、悪霊化した風花さんだ!手遅れになる前に、なにしても止めるぞ!」

「止めるっつったって、どうすんだよ!俺はなにもできねーぞ!」

 そう、光はたとえ未来が見えても、霊に触れることはできない。止めようにも肝心なことは、今の光には、できないのだ。

「「っ!」」

 するとそんな二人に向かって、再び、黒い腕が襲う。

 それを間一髪避けると、力声は光に言った。

「光、とりあえず俺はやれることをやってみる。だから光は——」

「やだ」

 光は、その先を遮るように放った。それに目を丸くする力声に続けて言った。

「俺が役立たずなのはわかってる。でもなにもしないのはやだ。せめて、俺にできることがあるなら、やらせてくれ……!」

 なんとも、真面目な顔で声で、しっかり目を見て言われると、力声は、フッと笑う。そして、腰からなにやら取り出すと、ポイッと光に放り投げる。それを慌てて受け取った光は、言った。

「っ!これって……」

「それで、援護よろ」

 そう言って力声は走り出した。

 そう、光が渡されたのは、前に力声が使っていた、『銃』であった。

「い、いやこれ!俺知らないんだけど!」

 力声の背中に言い放つ。すると、ひらひらと手を振りながら背を向けて言った。

「困ったときは、『ラムネ』がありゃどうにかなるからー」

 そう言ってさらに、加速を始めた。

「はぁ⁉︎」

 光はそれしか声が出ず、ぐるっと全体を見てみたり、とりあえずブンブン振ってみる。すると——。

「なんだよ、うっせーなー、オイらは、振るもんじゃないっての」

 と、突然何かが喋り出す。それを見た光は。

「…………ぎゃあああ!じゅ、銃が喋ったああああ!」

「ほんっとうっせーな、でけー声しか出せないのか?」

「…………」

 銃が喋る現実に、半分失神しかける光だが、なんとか持ち堪える。

「な、なんで、しゃべっ……いやもういいや、と、とりあえずアレをなんとかしないと……」

 そう言って風花に目を向ける。

(ていうか、さっきからなんだこの威圧感っ……。見えない何かに当てられているような……そんな感覚)

そして、震えながらも、銃を向け、狙いを定める。

「……っ……」

 汗をたらりと垂らしながら、歯を食いしばる。そして、意を決して、引き金を引こうとした瞬間——。

「なってねーな」

「っ……!」

 そう喋ったのは、光が今握っている銃だった。

「な、なにが……」

 はぁはぁと息を吐きながら、そう問う。

「全部だよ。姿勢も目線も全部。そんなんじゃ、オイらの弾は打てねぇ」

「っ……じゃあどうしろって——」

「自分で考えろ。オイらがそこまでする理由はない」

 眠そうな声でそう言った。なんとも自分勝手な武器だが、図星を突かれて、唇を噛み締めた。

 一方、走り出した力声は、あることに奮闘していた。

 次々と襲い掛かる腕に対応しながら、徐々に距離を詰めていた。

(くそっ!切っても切っても生えてきやがる!近づいても、腕が邪魔して、肝心の『魂』に近づけないっ……!」

 見たところ、これは守りに特化したタイプだ。攻撃は、腕を使ったワンパターン攻撃。だが、こうも同じ状態の繰り返しじゃ、力声は、どうにかなっても、光はそうはいかない。

(せめて……近づくことさえできれば……)

 そう思いながら、ひたすら距離を詰めることに集中した。

 光は、未だに銃を握りしめながら、考えを巡らせていた。

(こいつの言う通り、うやむやに打てば弾を無駄遣いするだけ……それこそ意味がない。それに、アレが風花さんなら、そんなに弾を使いたくない、できれば撃ちたくない。でも——)

 ——そんなことは言ってられない——。

 今、目の前に苦しんでいるであろう、風花のためにも、終わらせてあげたい。

 そして言いたい。「おかえり」と。

 ——覚悟を決めろ!自分で選んだ道だろ!——

 すると、自然と腕が上がり、再び風花に銃口を向ける。

「無理だって言ってんだろ?いい加減——」

「うるさいっ!」

 そいつを遮って、光は、声を荒げる。

「突然出てきて、好き勝手言って。んなのわかってんだよ!」

 光は、前を向きながら、さっきまで、あたふたしていた姿とは、別人のように目をギラギラさせていた。——まるで獲物を狩る獣のように。

「いいから黙って仕事しろ……!。俺のために働け……!」

 そう言う光は、躊躇わず引き金を引いた。

 パンッ!

 銃口から薄く煙が立ち、銃弾が発射された。

 力声は、なんとか入った懐に手を突っ込んだ。

(っ……)

 触った感覚は、あまりなく、柔らかい煙のような体なので、それをかき分けるように探る。

(どこだ、どこにある……!)

 視界も暗く、うまく働かない状態であるものを探す。すると——。

 パシッ。

 力声の手が何かを掴んだ。すかさずそれをぐいっと引っ張り上げると、腕にずしりと重みが伝わる。そして掴んだものの正体が姿を現す。

「っ!」

 腕だ。

 だが、この重みは、霊の重みではない。

 生きた人間の重みだ。それを理解すると、引き上げる力をさらに強く、早くし、みるみる姿を現す。

(あと少し)

 すると、引き上げようとする力声に反応し、とうとう黒い腕が、力声の背後を取る。

「っ!」

 振り向き、その姿を目に捉えたが、今握っている手を離すわけにはいかない。避ければこの人間に危害が出る。

(こりゃ、やべぇ……)

 そう思う力声の目に恐ろしい腕がみるみる近づいてくる。やがて、視界を黒く塗りつぶすと——。

 パンッ!

 そんな音が聞こえたと思うと、目の前に広がった黒い塊が弾け飛んだ。何かが飛んできたのだ。

「っ…………」

 そして思わず飛んできた方向を辿ると、そこには、銃を構える光の姿があった。

 光が、銃弾を発射したのだ。

 それはみるみる黒い塊に吸い込まれていくように、突き抜ける。大きい体をしている分、素人の光でも、どこかしらには当たる。

 それを見た力声は、思わずフッと笑う。

(あいつ、うまく使ったんだな……)

 と、心の中で光にそう呟くと、再びぐいっと腕を引っ張る。

「ういしょっ……!」

 すると、そこから出てきたのは、一人の少女だった。服装やここにいるとこからして、ここの生徒だろうということがわかる。

 その子を引き上げると、体をしっかり受け止め、一旦その場を離れる。

 そして、銃を構えた、光の元へ戻ると、その子をそっと光の後ろに横たわらせる。どうやら、気を失っているようだ。

「その子は?」

 突然連れてきた、知らない少女の姿に少々目を丸くする光。

「あの中にいた。多分近くいて巻き込まれたんだと思う」

「そうか……」

 力声の言葉に、少女の姿を横目で見ながら言った。

「光、少し頼まれてくれないか?」

 汗かあるいは雨によるものか、水滴を拭いながら光に言った。

「なに?」

「あの中にある『魂』をあそこから抜き取りたい。でも、それが失敗したら、光にはあるものを破壊して欲しい」

 暴れ回る、黒い塊を見てから、こちらに視線を向けると、そう言った。

「あるもの?」

「ああ。『魂』の手前にある、『へき』っていう魂を囲う薄いパネルみたいなやつ」

 そう言いながら、両手で、親指と人差し指をピンと伸ばし、四角い形を表しながら言った。

「パネル?」

「まあ見りゃわかる」

 そう言って、あっ!と付け足す。

「あと、パネルだけで、その中に入ってるやつは、絶対に傷つけるな」

 そうとだけ言うと、少女を抜き取られたことに腹を立てたのか、大きな声を上げる。

「ガァァァァァァ‼︎」

 その声を合図に力声が言った。

「さぁ、こっからが勝負だ。いけるか、光」

「いけないって選択肢ある?」

 その言葉に逆に聞き返す。その言葉に少しきょとんとすると、少し考えたのち言った。

「ねぇな」

 そう言って二人は、雨でびちゃびちゃになった校庭を蹴り、泥を撒き散らしながら、走り出した。

 力声は、光を先頭し手に持った、ナイフで襲い掛かる腕を避け、切っていく。

 光は、背後を取られないよう、後ろ援助に徹する。

 やがて二人は、別行動をとると、力声は距離を詰め、光は逆に距離を取りながら、それぞれの役に徹する。

 力声は、素早く懐に入ると、中心部に向かって、駆け上がる。ただでさえ柔らかい体なのに、雨によって濡れた足がさらに近づくのを阻害する。

 走りづらい、スライムのような体に足を必死に動かして、めり込む前にただひたすら中心部を目指す。

 そして、ここら辺だと、手を突っ込む。

 グチグチと音を立てながら、塊を探す。

 すると、視界に何かの光を捉える。それを見ると、そこに向かって急いで手でかき分ける。やがて、青色の光をしっかり捉えると、それに向かって手を伸ばす。

 パシッ!

 魂を囲う壁ごと、しっかり掴み、こちらに引き寄せる。だが——。

「っ!これ……」

 ——体にしっかり張り付き剥がれない——。

 しかしそれだけではない。よく見ると、伸びた部分を無数の黒い腕が、渡すまいとしっかり握って離さない。

「ここまでするかよ……⁉︎」

 ただ張り付いてるならまだしも、こうしっかり握られちゃあ力声一人の力じゃ引き剥がせない。

「っ!」

 力声は、引っ張っていた片腕をパッと広げると、黒い腕に向かって、風を思いっきり送り込む。

「吹っ飛べーー!」

 風によって中がモコモコとし始める。

 腕が少しずつ剥がれていくと、その部分からまた腕が生え、掴む。

(これじゃキリがねぇ……)

 風を送り続ける力声に、とうとう周りから黒い腕が力声の足を掴む。

「っ!」

 足に力を入れそれに耐えながら、引っ張り抜く作業を続ける。

 さすがに風を送り続けながらは、無理になったのか、再び両手で、掴む。

「くっ……」

 まだ離れない力声に、数々の腕が、力声の体に触れる。

 引き剥がせてないこの状況で、さすがにここまでされると、逃げ場がない。

 力声は仕方なく手を引っこ抜き、体にまとわりつく腕を吹き飛ばすため、思いっきり風を起こす。小さな竜巻を起こしながら、弾け飛ぶ腕と共に、上に飛ぶ。

 空に投げられた力声は、さっき手を入れた、穴に向かって両手を掲げ、思いっきり、風を送り込んだ。

 そこから穴が徐々に広がりを見せ、声を上げる。

「光!」

 距離をとって銃を構えていた光に向かって叫んだ。

 光は、暗闇の中に一つ、輝く光を見つめ、標準を定める。

 青い光を囲うパネルが箱のような形で覆われている。

(パネル、アレか!)

 するとそこで、今まで黙っていた、銃が声を上げる。

「おい!これじゃ『魂』ごと吹き飛ばすぞ!」

 そう声を上げたが、光はただ一点を集中して見る。

「パネルだけ……狙うなら、端っこ!」

 そう言って引き金を引こうとした瞬間——。

 視界がぼやけ、青みがかった色に変色する。光の横から、大きな影が覆い被さる、映像が見えた。腕がここまで伸びてきたのだ。

(まじか……ここまで来て……!)

 光は、自分に起きる未来を見て、そう思った。だが、認知してからじゃ遅い。顔を握り潰すかのように、手を大きく広げたそいつが光を完全に捉えたが。

 ザシュ!

 横から何かが割り込んだと思うと、腕が真っ二つに切れる。その姿を見ると。

「力声!」

 そう声を上げた。そんな光を見て、宙を舞う力声は、こくりとだけ頷き、光もそれに頷く。

 そして、構えた銃口の先を見つめながら、ふぅーと息を吐き、引き金を引く。

 パンッ!

 終焉を告げるための音をこの耳で感じながら、見つめる。

 パリンッ!

 ガラスが割れるような音を辺りに響かせると。

「ガァァァァァァァァァァァ!」

 黒い塊がうねり、苦しみの声を上げると、ドロドロと溶けていくように、小さくなっていく。

「ガァァァァ……」

 響く声がだんだんと弱々しくなっていくのを感じながら、みるみると小さくなり、やがて、一人の少女の姿を形作る。

 少女は、目を瞑り、横たわりながら、小さく寝息を立てていた。

 

 その後、光たちは、雨に濡れっぱなしは良くないので、横たわった風花を端っこに移動させると、目を覚ますまで待った。

 目を覚ますといえば、戦いの中、保護したこの学校の生徒らしき少女は目を覚まし、横たわる、風花の姿を見るなり、声を上げて、とてつもない速さで逃げていった。少し心配していたが、あれほどの元気があれば大丈夫だろう。

 風花の姿が、見えたのなら、霊が見えるのだろうかと軽く思ったが、力声の話によれば、その人に強い執着や霊自身の霊気が強い場合などで一時的に見えてしまうことがあるらしい。

 そんなことを聞いていると、風花がやがて目を覚ました。

「…………」

「「あ」」

 目を覚ました風花に同時に声を上げる。

 風花は、無理矢理上体を起こすと、言った。

「あ……の……」

 起きたばかりで、弱々しい声を出す。

「無理しないでください、体には少し支障が起きてますので」

 力声は、風花の上体を支えながら言った。

「…………」

 しばらく沈黙が続くと。

「っ!」

 風花がピクンと肩を上げ、口元を押さえた。

「あの!わ、わたし!」

 多分、自分になにがあったのかを思い出したのだろう。それを察した力声は、声をかける。

「大丈夫です。落ち着いてください。もう終わったことですから」

 そう言って、震える風花を宥める。

「で、でも……わたし……たくさん、傷つけて……」

 そう言いながら、ずりずりと足で音を立てながら、後ずさる。

「大丈夫です、誰も怪我してません。それに、俺たちも少しばかりあなたを傷つけました」

 力声は、優しく声をかけ続ける。

「あなたの中にあった、あるものを破壊したせいで、それを修復するため、少しばかりあなたがここにいられる時間が短くなります。それだけは、ご了承ください」

 そう言うと、風花は涙を流しながら言った。

「そ、です……か。とめて……くれたん……ですね……。すみません……最後まで……めい、わくかけて……」

「大丈夫です。むしろ、あなたが今まで、自分を抑えながら生きてきたんです。ここまで耐えられたのが、すごいくらいですよ。だから今回だけは、羽目を外してもよかったということで、どうですか?」

 そう言うと、再び風花は、ポロポロと涙を流した。

 風花が泣き終えるのを待った二人は、最後に吹っ切れた風花の言葉を聞いた。

「今回で、むしろスッキリしました。今までモヤモヤしていたものが、一気に抜けたみたいな……。だからこれだけ——」

 そう言って、スゥーと息を吸うと。

「ざまぁーーーみろーーーーー!」

 雨に向かって大きくそう声を上げた。すると、二人にニコッと笑いかけ、言った。

「これくらい言っても……許されますかね?」

 そう言う風花に二人は笑いかけた。そんな柔らかな空気に浸っていると、突然風花が声を上げた。

「あっ、そういえば元気でしたよ、ウサギ」

 光に向かってそう言った。

 突然の言葉に、きょとんとしたが、よく思い返せば、そういえば、教えてくださいって言ったような……。すっかり忘れていたことを思い出し。

「よかったです」

 笑顔の少女にその一言を添えた。

 

 風花は、まだしばらく学校にいるらしく、二人はその場を後にした。

 辺りは、もう暗く、すっかり夜だった。雨は少しばかり弱くはなったが、まだ降り続いていた。そして、今日のことを報告するため、カフェに向かう二人は、学校ではない、別の屋根がある場所を探し、雨が止むのを待っていた。

「なんか一気いろいろきたな。ごめんな光。全然ゆるゆるな仕事じゃなかった」

 隣で雨を見上げていた光にそう言った。

「いや、まぁびっくりはしたけど、いい経験にはなったと思うし、こういうのなんだって再確認できたからいい」

「そっか……」

 そうとだけ言うと、力声は話を切り替える。

「そういや光さ。あいつのことめっちゃ使えてたな」

「あいつ?」

 そう言われ、腰からあるものを抜き出して、もう片方の手で指差した。

「こいつ」

「ああ……」

 それは、光がさっきの戦いで使用していた銃だった。正直、目の前のことで手一杯で、ちゃんと使えていたのかさえわからなかった。

「オイらをこいつって言うな!」

 そう言って声を上げたのは、その銃である。

「そう!そういえば、なんだよこいつ!急に喋り出すから、びっくりしたぞ!」

 そう言うと、力声は、その銃について説明し始めた。

「こいつの名前は『ラム』。今は銃の姿をしてるけど、こいつも霊だ」

「えっそうなの⁉︎」

 と、その説明に目を丸くする。そして光は、新たな疑問が浮かぶ。

「え、でも俺……触れて……」

 そう、それが霊だとすれば、光が触れるわけがなかったのだ。

「あっ、確かに、なんでだろうな?」

 答えてくれるのかと思いきや、質問で返される。

「なんでだろうなって……俺にわかるわけないだろ」

 んーと顎に手を当てながら、考える仕草をして言った。

「俺もあの時、特になにも考えないで渡したからなー。まぁーでも、そんなこともあんだろ!」

「テキトーかよ!」

 そんな会話を挟みながら、さっきの話に戻る。

「んで、話戻すけど。ラムは、いろんな姿に変化できて、それの一番使いやすいのが、銃。こいつは、霊に特化した銃弾。つまり、人間には支障があまりない銃弾が作れるんだ。だから、うちの武器のほとんどは、こいつのおかげで進化できてるわけ」

 そう言うとそのラムという銃は、ふふんと声を上げる。

「へー結構すごいやつだったんだな」

 光は、感心しながら言った。

「そういやさ、その様子だと『ラムネ』は使わなかったみたいだな?」

 そう言うと「ラムネっ⁉︎」とラムが声を上げながら、銃の一部が力声に向かって伸びる。そこには、小さな腕が生えており、顔もあって、目をキラキラさせていた。

「ラムネ?……そういやそんなこと言ってたな……」

 光は、銃を投げられた時に言われた言葉を思い起こしていた。

『困ったときは、『ラムネ』がありゃどうにかなるからー』

 という言葉を言われた。正直意味がわからない。

「そういやなんだよあれ!意味わからなくてなんの助けにもならなかったぞ!」

 と、力声に向かって声を荒げる。

「えーとごめんて」

 ゴホンとわざとらしく咳をつくと言った。

「えーとこいつはな、頼りになるけど、難点があって……こいつの意思次第で弾を発射させたり、させてくれなかったり、とにかく機嫌を少しでも損ねたり、気に入ったやつじゃないと、撃たせてくれないっていう謎のこだわりがあってだな……」

 そう言って、カラカラと音を立てながら、お菓子のラムネを取り出す。そして、ラムにそれを差し出すとむしゃむしゃと食べ始めた。

「こいつ、ラムネが好物なんだ。ラムって名前もそこからきてるんだけど、とにかく、ラムネさえあげときゃ、基本何でも言うこと聞くからそういう意味」

 と、一通り説明し終えると。

「もっとくれ!」

 と、ラムネを食べ終わったのかラムが、手を伸ばしながらそう力声にねだった。

「…………」

 説明を聞いた光は、思った。ラムネで解決するなら、あの時間はなんだったのかと。そして、出た言葉は。

「はぁ⁉︎」

 結構大きな声を上げたが、虚しく雨の音に少しずつかき消された。

  ザァーーーー。

 大粒の水滴が、天から地へと降りてくる。地に着く到着音が、複数鳴り響く中、白いトートバッグを肩に掛けながら、一人の男が屋根の下で、降り注ぐ雨を見上げながら言った。

「天気雨か……?今日は一日晴れるって言ってたのになぁ……」

 ザァーーーー。

 忘れ物を取りに学校へ来たは良いものの、結構な雨が降っている。

 これは、しばらく帰れそうにないなと思いながら、ハァーとため息をつく。

「傘……入れてくればよかったな……」

 と、軽く天気予報を恨みながら、後悔の声を上げた。すると——。

 カタンッ。

 そんな音と共に後ろを振り返ると、さっきまでなにもなかった場所に、一つの傘が倒れていた。さっきの音は、傘が倒れた音だったのだ。それを拾い上げると。

「こんなのさっきまで置いてなかったのに……」

 誰かの落としもの?そんなことを考えていると。

 ピシャン!

 誰かが水溜まりを踏んだような音を聞いた。

 思わず前を見たが、そこには誰もいない。もう暗く、少々不気味に感じたのか、申し訳なさがあるものの、誰かの傘を借りることにした。

(次、学校に来たとき返しておこう……!)

 そう心に決めた少年——原くんこと、原良我はらりょうがは、家に向かって、早歩きで進み始めた。

 その後ろ姿を見守っていた少女は、小さな光を放ちながら、雨に打たれるのもお構いなしに、ニコッと微笑み、光の粒となって静かに消えていった。

前回の続き更新です。

気になる部分はあるかもしれないですが、できるだけ気にしないでもらえるといいかもです。

引き続き、よろしくお願いします。

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