不運な男
みんなに歓迎されながら、入隊を正式にきめた光。
いろんなことが落ち着き、久々にゆっくりできたことを噛み締めながら、休みに浸っていた。
するとそんな光に、朝から来訪者が現れる。
それはー?
ザァーーーー。
大粒の水滴が、天から地へと降りてくる。地に着く到着音が、複数鳴り響く中、白いトートバッグを肩に掛けながら、一人の男が屋根の下で、降り注ぐ雨を見上げながら言った。
「天気雨か……?今日は一日晴れるって言ってたのになぁ……」
ザァーーーー。
これは、しばらく帰れそうにないなと思いながら、ハァーとため息をつく。
「傘……入れてくればよかったな……」
と、軽く天気予報を恨みながら、後悔の声を上げた。
「さぁーむぅーー……」
凍てつくような寒さに声を上げたのは、白いパーカーに薄手の青い上着を羽織った少年——波河光である。
光は一人、朝ごはんの準備をしながら、部屋に篭った冷気に肩を震わせていた。
時刻は、八時五十分をまわったところ。学校がある日なら大遅刻だが、今日は土曜日。光の学校は休みである。光は着々と準備を進めながら、この間の出来事を思い出し、ため息をついた。
(なんか、久々にちゃんと寝れた気がする……)
最近は、さまざまなことが起きすぎてちゃんと寝た記憶がなかった。夜は遅く、朝は学校で早かったので、これほどぐっすりと寝れたことが久しぶりのように感じた。
この間、無事に入隊を果たした光は、その後、皆に手厚く歓迎された。とても嬉しいことなのだが、あれから何時間も続き、結局家に帰れたのは、十時半過ぎだっただろうか。
次の日は学校があり、寝過ごしかけたのは、本当に危なかった。(まだ徒歩生活だし)
なのでこの数日、さまざまな出来事はもちろん、慣れないことをしたのもあり、疲れがどっときて、何も考えず寝れたのは、光にとって、ここ数日のご褒美のようなものだったのである。
やがて準備し終えると、机にさっと置き、食事を始める。テレビをつけると、ちょうど天気予報がやっており、今日は一日晴れるそうだ。
特にどこかへ行く予定はないが、ここ何日かろくに洗濯もできていなく、溜まった状態にあるので、さっさとそれも済ましてしまおうと思った。
食事を摂り終えて、部屋に散らばった服を一通り取って洗濯機に放り込むと、ボタンを押し回り始めた。
正直、特にやる事もないので、洗濯が終わるまで寝てしまおうと思ったのか、何も考えず、吸い込まれるように布団に向かった。
が、その時——。
ピンポーン。
どこからか聞こえる音に、首を傾げながら布団に向かうと。
ピンポーン。
また光の耳にそれが届くと、やがてそれが、自分の家のインターホンの音だと知る。
「んだよ……こんな朝から……」
そう呟きながら、扉に向かうと。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
とてつもない連打攻撃が始まる。
それに光は、少々歩調を早めると。
「はいはい!今出る!ちょっと待て」
そう言って手早く鍵を開けると、そこに現れたのは——。
「よっ!おはよう、光」
片手を軽く上げながら、そう声をかけてきたのは、この前光が、入隊を決めた、Spiritに所属する隊員にして、命の恩人でもある、力声だったのである。その姿を見て少々驚きを見せながらも光は言った。
「あーおはよう……。じゃなくて、え、何……どうした?」
光は力声の挨拶を軽く返すとそう質問した。
「あーちょっと用があって、急で悪いんだけど、ちょっと準備してくんない?」
「え、やだ」
そう即答して、パタン!とドアを閉め、鍵をかけた。すると。
「おい光!待てって!話があるんだよ!」
バンバンと扉を叩きながらそう叫ぶと。
「嫌に決まってんだろ!久々にゆっくりできるのに、そんなんで潰してたまるか!」
扉の向こうに立っている力声に向かって叫んだ。
「お前、正式に入ることになっただろ!それくらい承知で決めたんだろ⁉︎それに、歓迎会の時俺の肉やっただろうが!」
「それとこれとはまた別だろ!しかもなんだよ肉って!たったの二枚だろ!それに入ったからって、こんな朝っぱらから来ていい理由になるか⁉︎せめて時間置いて来いや!」
「たったの二枚ってなんだよ!『二枚も』!だろうが!」
「気にするとこそこかよ!」
などと、なんともくだらない口論が続いたが、近所迷惑になりかねないので、仕方なく家に入れることにした。
「……お茶でいい?」
仕方なく家の中に入れた光は、床に座った力声に向かって問いかけた。
「……いらない」
「お茶でいいな」
「おい!」
とお構いなしにグラスにお茶を注いだ。それを自分のも含めて机に置くと、やっと本題に入る。
「で?話したいことって何?」
「…………」
聞いたのにそれに答えず、無言の力声。
「お前が話したいことあるっつーから入れたんだろうが」
「…………」
だが、やはり力声は無言である。
「……っ!肉くれたことは感謝してるから、早く話せ!」
「……分かった」
そう言ってやっと口を開いた。
(肉のこと引きずってたんかい……)
ダメ元で言ったことがまさかの当たりだとは思わず、呆れながらそう思った。
「話っていうか、ちょっと質問……」
「……なんだよ?」
自分のお茶を飲み、口を潤してからそう言った。
「光……お前さ、自分の『力』について、どれくらい知ってる?」
ギョッと、驚きの表情を見せながら、沈黙状態に陥ったのち、光は口を開いた。
「…………急だな……」
「急だろ……?」
力声は、机に頬杖をつきながら言った。
「……答える前に、なんでそう言う話になったのか、聞いていい……?」
それくらい聞かれるだろうとわかっていたのか、何の躊躇もせず話し始める。
「まぁ、そうだな。うちってさ、光みたいに、何かしら『力』持った人が結構いるんだ。例えば俺とかな」
それを聞いて、光はふと思ったことを聞く。
「そういえば、前から思ってたけど、お前の『力』ってなんなの?なんかいろいろあって、聞く機会逃してたけど……」
力声は、光に視線をぱちりと合わせる。
「……気になる?」
「気になるから聞いてんだろ……」
半目を作り、呆れながら言う。
「んまぁ、べつに大したもんじゃないけど——」
相変わらず頬杖をついたまま、光に向かって言う。
「俺は——自然物に命令できる『力』を持ってる」
「……自然物に……命令……?」
「そうだ、例えば風。ほら、前に見せたことあるだろ?」
そう言われ、自分が見たであろうことを思い出す。
確かに、それらしいことは、何度かある。
最初に光を助けてくれた時、大きな風を巻き起こし、落ちる前に助けてくれたこと。
霊の捕獲に巻き込まれた時も、光は自分も変わった力を持っていて、気に留めてなかったが、力声の力を利用して、霊捕獲のための策を練った。
「ああ……あれね……」
記憶を思い起こしながら言った。そして少し考えたのち、ふと思った。
「…………」
「え、それって……結構強くない⁉︎」
力声の方に身を乗り出しながらそう言った。急でびっくりした力声が、ビクッとさせる。
「っ!おい、急に大声出すな……びっくりする」
「ああ……ごめん……」
そう言って、改めて座り直す。
「ふぅー。とりあえずこの話はまた今度として。光は、どれくらい自分の力を理解してる?」
そうだ。その話だった。と少々忘れ気味だったことを思い起こされ、ドキッとする。
「……どのくらい理解してるって言っても、あんまり知らないんだ……。正直、俺はこの力が嫌いだし、あんまり使いたくない。でも、勝手に発動するんだ。俺が望まなくても、勝手に『見える』……」
そう言うと。
「まっ、だろうな」
わかっていたかのようにそう言う。
「だろうなって……」
言われた言葉に困惑の声を上げる。
「光、俺たちは、『力』が違えど、共通する部分があるんだ」
「……共通……?」
もちろん光は、全くわからないため、頭は、『?』のマークでいっぱいになる。
「光、お前はこの力がなんなのか……わかるか?」
「わからない」
首を横に振りながら、当然反応をする。
「だよな。光、俺たちの力はつまり——」
そう言いながら、自分の胸をトントンと叩いた。
「ここ。なんだ」
「ここって、どこ、胸?」
「俺たちの力は、魂……つまり『命』そのものなんだ」
「命……そのもの……」
「例えば光。お前は力が勝手に発動するって言ってたけど、それって、大体自分が、危険な状況のときじゃないか?」
図星を突かれ光はびっくりする。
「っ、なんで……わかんの……」
「だから言っただろ、その力は、命そのものだって。光の力が勝手に発動するのは、いわゆる、防衛反応だ。光の場合、未来で自分の命が危ないと察知したその時、それを防ぐために警告するんだ。力はそうやって、自分自身を守るために無理矢理、力を発揮する。その所有者のことは無視してな」
その説明に光はなんとなく理解した。今まで勝手に力が発動したのは、そういうことだったのかと。
「そっか、だから勝手に……」
「だが——」
力声は、光を指差しながら、そう言って言葉を付け足す。
「その力を、『勝手に』じゃなく『自分で』使えるようになれば、その勝手は解決する」
その言葉を聞いて、光は最初、理解できなかった。『自分で』そんなの考えたことなかった。今までその『勝手』に何度も振り回されてきた。それを『自分で』?そんなことできるなら、今までのあの時間は一体なんだったのか。そう思えてくる。
そして思った。俺は、この力をどうしたいのだろう。
「俺は——」
そう言いかけると。
ヴゥーヴゥー。
何かが、振動するような音が、この部屋を包み込む。どうやら携帯の音らしい。
一瞬自分のかと思ったが、違う。力声がポケットから携帯を取ると、電話だったらしく、すぐさまそれに出る。
「はい、なんですか?……えっ、ガチですか?……はい……はい……わかりました、今から行きまーす」
トンっと通話を切ると、力声は慌てながら立ち上がり、喋った。
「悪い光。ちょっと予定が早まったから、出るな」
「え、予定あったん?悪い、引き留めて……」
「あ、いや、俺がきたんだし、元々午後の予定だったから大丈夫……」
そう言って、せかせかと靴を履くと、鍵を開け、扉に手をかける。
「…………」
そして扉を開けるのかと思いきや、ピタッと止まり、しばし考えたのちこう言った。
「あのさ、光……」
「んー?」
いつの間にか立ち上がっていた光は、飲み終わったグラスを洗っていた。
「お前も来るか?」
「…………」
泡を水で流し、キュッと蛇口を閉めると言った。
「はぁ?」
意味がわからんといった様子でそう言った後、続けてこう言った。
「なんで俺が行くんだよ、お前の予定だろ?」
濡れた手を拭きながら言った。
「そうだけど、この際ちょうどいいかなって」
「何が?」
「……しごと」
それだけ言うと手を拭く光の手が、ピタリと止まった。
天気予報の言う通り、空は綺麗に晴れていた。鳥も空を彩るように、羽ばたいている。
そんな中、外に出る人は多いようで、通る道には、人通りが多く、ざわざわしていた。
「仕事って言ってたけど、また捕まえんの?」
結局なんやかんや言って、ついてきた光は、隣に歩く力声に向かって問いかけた。
「いや、今回はそういうんじゃなくて、お手伝いみたいな感じだな」
「お手伝い?」
次々と来る人を避けながらそう言った。すると——。
「光!」
そう力声が呼びながら、手招きしてくる。そこに早歩きで向かうと、そこには薄暗い狭い道があった。
力声は、そこに入っていくと、光もそれに続いた。中は思ったより暗く狭い。しばらく歩きながら。
「確かこの辺のはずなんだけど……」
と、力声は、あたりをきょろきょろと見渡しながら言った。
その言葉を聞きながら、ただ力声の背中を追いかけていくことに集中していると。
「っ……!」
光の目に、違和感を覚えた。
誰かがこちらに向かってくる光景が視界を埋め尽くす。だんだんと距離が縮まる光景を見ると、そこで映像が途切れる。
それを見終えると同時に、光は後ろを振り向いた。
(っ……後ろっ……!)
そう心の中で呟いた瞬間——。
パシッ!
誰かが光の前に立ち、何かを掴んだ。
そう——光が見たのは、未来だったのである。
何かを掴んだ手は、さらに力を込めながら言った。
「くそっ……霊って感知しにくいんだよ……」
そう言って、壁に投げつける。それを掴んだ手の正体は、力声だったのである。
すると、さらに奥から複数の霊の姿が次々に現れる。
それに反応して、光も霊に触れようとするが。
スカッ。
光の手は、あっけなく霊の体を突き抜ける。
(っ……やっぱり、俺だと霊に触れない……!)
唇を噛みながら、そんな自分を悔やむ。
また前のように、霊に体を支配されないよう、ひたすら避けることしかできなかった。
そんな中、一つ一つ対処していた力声は、やがて霊を一箇所に集め、片手を霊に向けて掲げる。
(吹っ飛べ!)
そう心の中で唱えると、風が巻き起こり、霊を壁に向かって吹っ飛ばす。霊はその風で次々と壁に打ち付けられる。
残りがいないか一通り見渡すと、腰の小さなバッグから、あの瓶を取り出す。蓋を開け、口を霊に向けると、次々と青色の炎に変化し、中に次々と吸い込まれていく。
(青い色は、初めて見た……)
瓶の中に入っていく光景を見ながらそう思った。
全て入れ終えると蓋をしっかり閉め、バッグにしまい込む。
「ふぅー……」
一通りやり終えた力声が、軽く息を吐く。そんな力声に申し訳なさそうな色を滲ませながら光は、声をかけた。
「ごめん……全然……役に立たなくて……」
そんな光の姿を見て、少し目をぱちくりさせたのち言った。
「何が?お前があそこで気づいてくれたから、対処できたんだろう」
「っ!気づいてたのか……⁉︎」
力声の言葉に驚きを見せた光は、声を上げた。
「まぁな……様子が変だったし……だからまぁ……」
そう言うと、こっちに笑顔を向けながら言った。
「……ありがとう」
「え……」
その言葉に、一瞬光は固まってしまったが、それを打ち破った者がいた。
「あの……」
その奥から声が聞こえたと思うと。
「「っ!」」
二人は、素早くその方向を向く。すると、その奥の隅から誰かがひょこっと姿を現した。その姿をまじまじと見た力声は、声を上げた。
「ああ!大丈夫ですか?」
(えっ……)
そう言った力声に心の中で困惑しながら、その誰かに近づいていく、力声に続いた。
光は、力声の後ろから、その姿を認知する。
見た目は、中学生くらいの少女。前髪が長めで顔は良く見れないが、ぶかっとした上着に短パン。細い足に似つかわしくない大きめの靴を履いている。
光の姿を認知して、怯えているようで、それを認知した力声が、説明する。
「えっと、この人は俺の仕事仲間。だからそんなに怯えなくても大丈夫ですよ」
そう言って、その少女の手を取る。そして、今度は光に向かって説明した。
「光。この人が今日の仕事の依頼者。だからそんな警戒しなくてもへーき」
そう言われるが、知らない相手、それもこんなとこに居た人に警戒するなと言われて、すぐ解くこともできないまま、ペコっと頭を下げた。
「どうも……」
そうすると、力声は改めて話を戻した。
「えっと……改めて確認しますが、あなたが『西輪 風花』さんで間違い無いですか?」
その少女の名前らしきことを言うと、こくりと頷き答えた。
「は、い。私……です」
喋ることが苦手なのだろうか、少々縮まり、上着をギュッと強く握りながら言った。
「わかりました。では、あと、依頼内容の確認だけしてもよろしいでしょうか?」
それにこくりと頷くのを確認すると力声は、言葉を続ける。
「今回は、一日護衛という内容ですが、他には何かありますか?」
そう聞くと、フルフルと首を横に振った。
「わかりました。では、今日一日、よろしくお願いします」
そう言って、軽く頭を下げたので、光もそれに倣う。
それに返すように、少女も深々と頭を下げて言った。
「よろしく……おねがい、します……!」
路地を出て、明るい道に出ると、少女の後ろを歩きながら、力声に小声で問う。
「あのさ……悪い子ではなさそうだけど、いまいちよくわからないというか……」
小声の光と同じように力声も言った。
「何が?」
「えっと、確認なんだけど、あの子ってちゃんと人間?」
前を歩く少女の姿を捉えながら聞いた。
「どう見ても人間だろ」
「っ、そういうことじゃなくて……!」
少々声を荒げたが、未だ小声でそう言う。
「なんだよ?あの子が『霊』かってこと?」
そう問われ、こくりと頷く。
「そうだな、あの子は——『霊』だ」
「っ!」
その言葉に目を見開くと「やっぱり……」と呟く。
「さっき、依頼って言ってたけど、霊が依頼とかできるの?」
「できるぞ。基本は、霊が出す『霊気』ってやつを俺らがずっと見張って、それが人間と結びついたり、一定以上の変化が表れたりすると、対処する対象になるんだけど。俺たちは、捕獲だけじゃない、霊を手伝う、補助活動もしてるんだ。そもそも霊は、未練がなければここには居ない。何かしらを抱えた霊がそれを達成したいが、できない場合……俺たちにサポートを求めること、つまり依頼することができるのが、補助活動」
ある程度の説明にうんうんと頷く光。
「てことは、あの人は何かしらの未練を達成するために……」
前を歩く少女を見ながら呟く。
「そう。それで、今回の依頼内容が『護衛』だったってわけ」
「ふーん……ていうか護衛って——」
そう言いかけると、突然、視界がぼやけ、光の目に映像が流れ始める。その一連を見ると、ハッと上を見上げ。
「上だ!」
その言葉に反応して、力声も上を見上げる。すると上から、鉄骨が二本ほど降ってくる。どうやら近くで工事を行っていたらしい。
「っ……!」
すぐさま力声が片手を上げ、フワッと上に持ち上げるような動作をする。すると、周辺に大きな風が巻き起こり、鉄骨の落ちる速度を減速させる。そして、そっと地に置くと。
「はぁ……はぁ……」
手を鉄骨に向けながら、息を整える。
「っぶね……」
光も息を荒げながらそう言うと。
「これが、護衛の理由。あの霊は、とんでもない不運の持ち主なんだ」
「ガチかよ……」
今その不運に鉄骨が目の前にあることを目にしながら言った。どうやら、自分の不運で周りを巻き込むのが嫌らしい。なんとそのための護衛だったのだ。
「ありがとうな、光……。光が言ってくれなきゃ、俺たち含めてぺちゃんこだった……」
そう言われて、すぐさま首を横に振る。
「いや……止めたのは力声だし、それに……俺は、見えたことが咄嗟に出ただけだし……」
「その『だけ』が、周りの人を救ったんだ。少しは、素直に自分を褒めたらどうだ」
そう言われると、向こうから声が聞こえてくる。霊の少女だ。駆け足でこちらに向かってくると。
「だ、大丈夫……ですか⁉︎」
さすがよ少女も慌てた様子で声をかけてきた。
「大丈夫です……」
光は、少女に声をかけると、申し訳なさそうにこう返してきた。
「す、すみま、せん!私のせいで……」
そう言う少女の姿を見たのち。
「本当に大丈夫ですから、ほら、怪我なんて一つもありません!」
力声は、そう言いながら、体をひたすら動かして見せる。その姿に少女は、少しホッとしたのか、安堵の息を吐く。
「そ、それなら……よかった……です」
「さ、一日は短いですよ、早く先に行きましょう」
力声の言葉に、心配になりながらもこくりと頷いた少女は、前を歩き始めた。
その後、鉄骨だけに限らず、不運の連鎖が続いた。
鳥の大群に襲われ、車に惹かれそうになり、店の看板が降ってきたりと、その他諸々のことが続いた。その結果。
「はあ……はあ……はあ……」
光は、かつて無い体力消費を起こしていた。
「さ、さすがに……これは……起きすぎじゃないか……⁉︎」
光が肩を上下させながら、半分目が死んだ状態で力声に言った。今まで、連続して未来を見ることなどなかったのだ。さすがの力声もここまで予想してなかったようで、同じようにぐったりした状態でベンチに腰掛けながら言う。
「いや、俺も……ここまでハードだとは……思って、なかった……」
そんな姿を見ていた、霊の少女——風花は、心底、申し訳なさそうに言った。
「本当に、すいません!私の……私の……せいで……」
目をうるっとさせながら、そう言う風花に力声は答える。
「い、いえ……こっちも、わかってて受けた仕事……ですから、気にしないでください」
息を少しずつ整えながら、疲れが滲み出た状態で、そう言った。光もそれを補助するように言う。
「いや、本当大丈夫です……。せっかくのお出かけ日和に……災難……でしたね」
まだ、息を荒げながら、説得力の無い言い方で言う。
「本当に、すいません……私が、外に出たいなんて……望んだから……」
「いえいえ!そんなこと言わないでください、こっちも、あなたに未練を残してもらいたくは無いんです……。だから、俺たちのことは、気にせず、楽しむことだけ考えてください……。俺ら、こんなことで居なくなったりしないので」
力声は、笑顔でそう言うと続けてこう口にした。
「ほら、今回最後の場所ですよ。行ってきてください。ここが一番来たかったところでしょ?」
そう、光たちが、あらゆる災難を掻い潜ってたどり着いた場所は、学校だった。
彼女の話では、ここの学校で飼っているウサギをかなり可愛がっており、せめて最後に見ておきたいというものであった。
「…………」
力声は、行ってこいと言ったが、なかなか足を進めようとしない。かなり心配しているようだ。彼らに多大な迷惑をかけ、自分は目標を達成する。そんなこと、優しい少女には、できなかったのである。実は、今日もかなりの我慢をしながら、過ごしていた。でも、自分で頼んでおいて、帰すことも彼らに失礼だと思い、できなかった。
「私……は……」
決断に迷いながら、もじもじしていると、光は、風花に向かって声をかけた。
「行ってきてください」
そう言うと風花は、涙ぐみながら顔を上げる。
「あなたここにいるのは、それほどの未練があるからなんでしょう?なら行ってこなきゃ、それこそ後悔して、俺らのやったことが無駄になります」
「お、おい光……」
無駄という言葉に申し訳なさを感じた力声は、声をかける。光もこんなこと言いたくはない。優しい少女なら、心を痛めるだろう。でも光は、ただ後悔してほしくなかった。できないならしょうがない。でも、できるのにやらないのは、それこそ倍に後悔が残る。それは、絶対に嫌だった。
「今日会ったばかりですが、あなたが優しいのは、今日一日を通して、十分すぎるほどわかりました。だからこそ、そんなあなただからこそ、ここで躊躇して欲しくないんです……。これは、俺からのお願いです。行ってきてください。そして、元気な姿を目に焼き付けて、俺に教えてください」
そう言って、深々と頭を下げた。その姿に慌てて言う。
「あ、あたま、上げてください!」
そして、それに続けて、こうも言った。
「そ、そうです、よね。ここまで、来たのに……何もしないんじゃ……意味、ないですよね」
そう言うと、顔を上げて言った。
「行ってきます!」
そう言って、少女は走り出した。その姿を二人は見届けながら、力声は、光に向かって声をかけた。
「お前、やる時はやるんだな」
「うっせ」
その言葉は、夕暮れ時の空に、静かに響いた。
風花は、未だに元気そうなウサギに微笑みながら、ウサギ小屋の檻をすり抜け、ウサギの頭を撫でた。決して触れられるわけではない。もちろん、触ろうとすれば、すり抜けてしまう。それを見るたびに、自分は死んでしまっているんだと、実感する。十分に堪能したところで、最後にボソリとウサギに向かって声をかけた。
「元気でね、長生きするんだよ」
そう言って、ウサギ小屋から離れていった。
光たちの待つ、校門前まで、駆け足で戻ろうとしていると、一人の女子生徒が歩いていた。だが、それに構わず足を進めると、ぱちりとその女子生徒と目があった。一瞬それに驚き、足が止まりかけた。だが、自分はもう死んでいる身なのでそんなの関係ないと思いながら進む。
雲行きがどんどん怪しくなっている。これは、雨が降るだろう。早く光たちの待つ場所へ戻らなければと足を早める。
すると、その女子生徒は、こちらを見ながら、固まっている。
風花は、彼女の前を通り過ぎようとしたら。
「風花?」
そう言われて、思わず足を止める。
「…………」
何も言えず、ただ止まっていると。
「風花……風花でしょ?でもなんで……風花は死んだって……」
『死んだ』その単語に思わず振り向くと、風花は目を見開いた。
それはそのはず。それは、風花もよく知る人物だった。
それは——。
「——風美——?」
風美という名の少女を呼ぶと。
「やっぱり、風花じゃん……。なんで……。だって風花は——」
——私が殺したはずなのに——。
ぽつり。
その言葉を聞いた、風花の体をとうとう降ってきた雨が少しずつ、湿らせていった。
ちょっと遅くなってしまいましたが、更新です。
よろしくお願いします!