行けばわかる
梅雨に入り、雨の日が多くなった。光の学校では、皆雨に困らされていた。
一方の力声は、晶子からの呼び出しがあった。それは新たな仕事の話。
「うぅー最近雨ばっか……ジメジメするぅ〜」
机に突っ伏してそう嘆くのは、ハジメだ。明るい髪色が、机の大半を覆い隠している。
その横で、光は呆れた目を向けていた。
「そこ、俺の席」
光の席を占領していたハジメは、ベタベタしてきもちわるーい、と嘆きながら席を動こうとしない。ちなみにクラスも違う。
現在は放課後。珍しく部活がないハジメは、ホームルームが終わって早々、光のクラスに来て、雨の愚痴をこぼしに来た。
クラスにもほとんど生徒はいない。いるとしても、雨のせいで帰れない生徒などだ。光も今は雨が強いので、少し和らぐまで待っているところだった。
和也は用事があるとのことで、急いで家へ帰って行った。
「それにしても、最近和也、すぐ家帰るよな」
やっと顔を上げたハジメがそんなことを口にした。
「それは、用事だからな」
光も当たり前の答えを返す。
「そりゃそうなんだけど!なんか、最近ほぼ毎日じゃね?」
ハジメの言葉に、少し考えて、確かにと思った。
前々から急いで帰る和也は見てきたが、最近はほとんどの確率で急いでいるように見える。ハジメが放課後寄り道に誘った時も、用事があると断っていた。
「まあ、でも和也にもいろいろあるだろうし、忙しいんだろ」
「それで体壊さなきゃいいんだけどな……」
「それはそうだな」
ハジメの言葉に、光も頷いた。
「ん?」
扉が開き、入ってきた力声がそんな声を上げた。
目の前には、ざわざわと周りから声が上がり、資料を持った隊員や霊気の感知を一つ一つメモをしている隊員など忙しかった。
「力声!どこ行ってたんだ」
通り過ぎようとしていた足を止めて、萩待晶子は、その名を呼んだ。
「普通にトイレだよ」
晶子に近づくように、足を進めながら言う。
「お前はトイレに行かなくても平気だろう」
「俺がよくてもこの体はダメなの!」
力声は自分の胸に手を当てて示した。
力声は霊だが、体は人間。霊は基本、食べなくても動けるし、眠ることもしなくても良い。だが、それはできないわけではない。あくまで、平気だという話。それを好き好んでやる霊もいるが、それは個人の自由である。
霊の力声は平気でも、入っている体はそうはいかない。食べなければ、体を悪くするし、風邪だってひく。もちろん飲み食いした分、外へ出すことも必要だ。
霊にとって、面倒なことではあるが、力声自体、美味しいものは食べられるし、体を動かすことだって嫌いではない。正直そんなに気にしていない。
「ははっすまないね。わかっているさ」
晶子は軽く力声の頭を撫でる。
力声はその手を無理やり剥がした。
「しかし、お前は本当にその子のことが好きだね」
「あ?」
自分の頭から離した晶子の手を持って、少し鬱陶しげを含ませた声で言う。
そんな力声に、晶子は変わらぬ声色で話す。
「だってそうだろう。なかなかいないよ、力声のような霊は。大体の霊は、体を乗っ取ろうとする。それに、魂の入っていない体ときたら、自分のものにしてしまうだろう?なのにお前は、ちゃんと体の管理をしているし、魂が体に定着しないように、時々体から抜けているだろう?霊にとって、そんな面倒なこと、なかなか続けられないよ」
長々と語った晶子言葉に、少し驚いたように、微妙に表情を変えた。
まだ晶子の手を持ったままだと気づき、手を下ろして離した。
「……これでも……全然足りないよ……俺は、あいつを守れなかったんだから」
いつもの元気な声色を落として、自分の足元を見つめながら言った。
そんな頼りない背中と化した力声の背中を、晶子はバシンっと叩いた。
「いっっって!」
その勢いで体が前に出る。倒れ込みそうになるが、なんとか踏みとどまった。
前屈みになった体で、叩かれた背中をさすりながら、じとーと、笑いながら腰に手を置いている晶子を見た。
「少し力を込めすぎたかな?」
「どこが少しだ!」
いててて……とまるで、腰を痛めたおじいちゃんのような状態だ。
「そんなに気を落とすな。お前がそんなに抱える必要はないし、私たちが必ず魂を見つけ出す。お前は自分の全てをかけてまでここにいるんだ。見つける選択肢以外、私は認めない」
慰めも含めているのだろうが、そんなの関係なく、自分のことのように語り、力強く感じる言葉。
力声は少し目を見開き、二回ほど目をパチパチさせた。
やがて気が抜けたように、頬を緩め、いつもの表情へ戻る。
「もう何回目かな、その言葉」
腰を撫でていた手を離して、中腰になった体を持ち上げる。
「そんなに言ったかな?」
本人は自覚がなく、首を傾げた。
「言ったよ。実際、その言葉に救われてる」
「そうか、ならよかった。力声が望むなら、いくらでも言葉をかけてやろう」
「それはいざという時にとっといてくれ」
苦笑いを浮かべながらそう言った。
「力声言うならそうしよう」
素直に晶子は頷いた。
「萩待さん!」
そんな声が響き渡り、晶子の耳へ届く。
すぐに振り返り、どこからかと目を泳がせる。それらしき姿を見つけると、晶子は口を開いた。
「どうした」
晶子は声を発した隊員の元へ行こうと足を動かしたが、向こうから小走りでやってきたので、足を止めた。
「複数箇所から霊気反応です。先程より数が多く、霊気も強くなっています!」
やってきた隊員が、資料を手渡した。
そこには、波のような、ギザギザとしたグラフのようなものが書かれている。端々に、手書きで数字が書かれていた。おそらく霊気の基準値と比較したものだろう。
しばらく紙と見つめ合った後、晶子は顎に手を当てる。
「ふむ……」
その様子に、力声は晶子の後ろへ回り、紙を覗き込んだ。
力声が近くに行ったことを横目で確認すると、紙に視線を向けたまま、晶子は力声に向かって口を開いた。
「どう思う?」
「どうって……」
晶子と同様に、紙を見つめながら答える。
「数値が一瞬だけものすごく高い」
「おっほんとだ」
そんな会話をして、頭で情報を整理していると、ある声で思考が中断させられる。
「あれ……?」
力声は晶子に視線を向けるが、同時に晶子もこちらに目を向けてくる。
晶子でも力声でもない。この声は、目の前にいた、隊員が発した声だった。
それに気づいた時、隊員は続けて声を発した。
「反応が……消えました」
「またか」
晶子は額に手を置いて、顔を下に向けた。
「どういうことだ?」
晶子の様子を見て、力声は首を傾げる。
はぁーとため息を吐くと、晶子は閉じていた目をゆっくりと開いて言った。
「最近、霊気の反応が多くなってることは知ってるな?」
「あ、ああ……数が多いって……でも、珍しいことではないよな?反応が多い時期は何回かあったし」
「ああ……そうなんだ。数が多いのは、珍しいことではない。だが、今回は少し妙なんだ」
「妙?」
頭にさらにハテナマークを散らすと、晶子は言った。
「反応がほんの一瞬だったり、たまに、いくつかの箇所で同時に反応が消えたりな。今みたいに」
画面に視線を向け、力声も続いて画面を見る。
映し出されているのは、担当する区域のほんの一部の地図だ。
「その感じだと、原因はわかってないよな」
「残念ながらな」
晶子はそう言って肩を軽く落とす。
「もしかして、呼ばれたのはこの件か?」
力声はそう尋ねた。
そう、力声がこの場に来たのは、晶子に呼び出されたからだ。何かの仕事だと思うのだが、話が脱線してしまっていた。
もしかしたら今話している件についてかと思ったのだが。
「いや、これも気になるところだが、力声のは全くの別件だ」
晶子はそう言って否定する。この件ではなかったようだ。
「じゃあなんの——」
言いかけたところで、誰かの声でそれが阻まれてしまう。
その正体は、先程とは別の隊員だった。
「晶子さん!頼まれていた書類ができました」
そう言ってその書類とやらを掲げながら、小走りでこちらに向かってきた。
「ちょうどいい。力声」
書類を受け取った晶子はそう言って、再びこちらに顔を向ける。
「これを」
受け取った書類を力声に渡す。
「ん、俺に?」
「そうだ、目を通しておけ」
力声は書類に目を向けた。ホッチキスで角をとめられた書類をペラペラとめくる。軽く見た限り、そこまで多いわけではない。
「これ……もしかして用件ってこれか?」
枚数を数えながら晶子に確認する。
「ああ。霊の名前、過去、諸々そこに載っている」
「てことは、今回は依頼系か」
軽く見終えた後、めくっていたページを元に戻して言った。
「そうだ。あ、毎度のことだが……」
「わかってるよ!ちゃんと資料室に戻しとけ、だろ?さすがにしつこいぞ」
晶子の言いかけた言葉を遮り、力声が慣れたやりとりというように言った。
「あはは、わかってるならいい」
「ったく……」
呆れる力声を横目に晶子は口を開く。
「それともう一つ。力声ともう一人誰か付けろ。いつもならお前一人でも行かせたが、さっきも言ったように、妙な状況が続いているからな」
腰に手を当てて、念を押すように言う。
力声も理解し、それに頷いた。
「わかった」
「まぁ、誰を連れていくかなんて、もう決まっているようだけど?」
全てを見透かされ、ニヤついた笑みで言ってくる。
「うっせ」
確かに言われた通りで、少し悔しかった。そして、あからさまに話を変える。
「そ、それよりこれ、肝心の依頼内容が載ってないんだけど」
渡された書類をペラペラめくっても、それらしき内容が書いてあるところが見つからない。
だが晶子は、慌てる素振りは見せなかった。
「ああ、それはな」
そこで言葉を切ると、続けて言った。
「行ってみればわかる」
その顔は、少しばかり嫌な笑みを浮かべている気がした。
「——というわけで、一緒に来て」
「どういうわけで?」
力声は日を改めてから、もう一人誰かを付けるということで、ある人物の元へ向かった。
青海原高校の校門前。そこで力声は、その高校に通うある人物を待った。
波河光。この高校に通い、力声と同じ、spiritの隊員の一人である。
光が校門から出てきた瞬間を捕まえ、場所を移しながら話をした。
そして現在、今では馴染みある『TEA-Main』というカフェ。そこで適当に空いている声に着き、話を進めていた。
「今説明したろ」
力声はちゃんと説明したのだが、光は納得いっていない様子だ。
「いやだからさ、なんでそれで俺になるわけ?」
光は来て最初に頼んでいた紅茶に口をつけ、一息吐いて言った。まだそんなに時間が経っていないため、紅茶からは薄く湯気が立っている。
力声は顎に手を当て、改めて考えた。
(なんで……なんでか〜……んー……)
そして出した結論は。
「なんでだろ」
「は?」
力声の言葉に当然光は、ギロっとした目を向けて短い言葉を発した。
「いやー改めて考えたらさ、なんでなんだろうなーって思って」
力声は机に置いてあった器からいちごを一粒手に取り口に入れた。
「ますますわかんねーてかそれ俺の」
「あ、すまん」
はあとため息をこぼしながらも、光もいちごを頬張った。
「まあ別にダメなわけじゃないけど、俺でいいの?」
「いいから頼んでんだろ?」
「……まあいいや。日時は?」
「来週か、できれば今週末」
「今週か……わかった」
「予定あった?」
「いや、予定があるのは来週」
「そか、じゃあこれで予定組んじゃっていいか?」
「それで頼む」
光は頷くと、力声も力強くそれに頷いた。
そして約束の日がやってきた。
待ち合わせは十一時。少し早めの昼食を摂って、家を出る。
場所は——
『秋葉原?!』
光は思わず声を上げた。当然周りにはカフェを楽しむ客がいる。
『あ、すみません……』
光は数回頭を下げて、再び席に着いた。
コホンッと気まずげに話を再開する。
『そ、それで、なんで急に秋葉原……』
向かいに座っている力声は、先程注文したアイスティーを一口飲んだ。やはり飲みたくなったらしい。
『それが相手の指定してきた場所だからな』
『ていうか、その依頼ってどんななの?』
光は依頼の内容を聞いていなかった。なので力声に聞いてみたのだが……
『ああそれな。それがさ——』
力声もそれを晶子に聞いたという。だが、晶子から返ってきた答えは。
『行ってみればわかる?』
『そうなんだよ、意味わかんねぇだろ?』
どうやら力声も細かな内容は伝えられていないようだった。これは本当に行って確かめるしかなさそうだ。
『秋葉かー』
光はもやもやと秋葉原のイメージを頭に思い浮かべる。
『あ、交通費気にしてんなら大丈夫だぞ。ちゃんと出るから』
お金のことを気にしていると思ったのか、力声がそんなことを言ってくる。まあ、言われれば少し気になるが、出るのなら心配ないだろう。だが、別にそれを気にしていたわけではない。
『え?あ、いやーそれもそうなんだけど、行ったことないなーって思ってただけで……力声は行ったことある?』
『俺?んーどうだろ……結構いろんなとこ行ったけど、秋葉原はなかったかもなー』
『そうか』
まあ、そんなことを話した気がする。というわけで、場所は秋葉原。
光は、電車が来る五分前には改札を通る。
ホームに着くと、秋葉原のことについて少し調べてみた。
秋葉原といえば、アニメや漫画などの聖地というイメージがあるが、実際どうなのだろう。調べても、やはりアニメなどの店が集まるなどくらいしかわからない。
軽く見ていると、線の内側へとアナウンスが入る。そこからすぐに電車がやってきた。
光は電車の中へと足を進め、秋葉原を目指した。
あまり慣れない電車に迷いそうになりながらも、なんとか秋葉原に到着した。
力声とは、改札を出た先で待ち合わせをしている。
「力声!」
力声を見つけると、人並みをくぐり抜けながら、小走りで駆け寄った。
力声も光の声とともに、横目で姿を見つけると、手を大きく振った。
光はようやく力声のもとへ着くと、少しぐったりしていた。
「やっぱり人多いな」
電車の中もそうだが、降りる瞬間や改札を通った後など体が押されそうになる。光は予想以上の人の多さに少し疲れを感じてしまったらしい。
「だな。俺もちょっと酔いそうになった」
どうやら力声も同じような事を思っていたようだ。
二人は駅の外へ出ると、依頼主の霊のもとを目指して歩く。
「うわっ……」
光は歩く足を進めながら、目に映る秋葉原の光景を見て思わず声を漏らした。
(建物でかー……駅出てもやっぱ人もいっぱいだ)
高いビルやさまざまな店が立ち並ぶ秋葉原。どんどん歩いていけば、アニメやゲームなどのキャラクターが貼られていたり、品揃えが豊富そうな大きな店が出てくる。
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると力声が声をかけてきた。
「帰り時間があったらいろいろ見てみような」
少し楽しんでしまっている自分がバレバレなのに気づき、ハッとする。でも、その提案はありがたかった。
「……あ、ああ……そうする」
ありがたくも、少し恥ずかしい。
十五分ほど歩くと、霊がいるという店が見えてきた。少しボロついた見た目をしているが、耳を澄ましてみると、賑わった声がかすかに聞こえる。ここの二階にいるというので、薄暗く細い階段を登った。
少しすると横に扉が見えてきて、なんだか可愛らしい看板がかかっていた。
(なんの店なんだろう)
光は看板を見つめながら考えていると、力声はもう扉を開ける寸前だった。
二人はゴクリと喉を上下させ、力声は扉を開けた。暗い空間にいる二人は、扉から溢れる光に一瞬目を瞑り、慣れてきた頃に目を開けた。とうとう店の正体があらわになる。
カランカラン……と揺れるベルの音と共に、おそらく店員だと思われる人たちがずらりと道を開け並んでいた。
だが、それらを全て認識する前に、店員たちは皆、一斉に声を合わせて言った。
「おかりなさいませご主人様ー!メイド喫茶愛メイへようこそ!」
「「…………」」
力声はドアノブを握ったまま、光は立ったまま固まった。
ようやく口を開けたと思ったら、二人はただ現実を見ることしかできない。
「め、めいど……きっさ?」
「ごしゅじんさま……?」
これは予想できるはずがない。
遅れている分少しでもスムーズにいけるように頑張ります。




