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Spirit  作者: まもる
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本当の『最後』とオレの決意を

置多田と話す小島。本当に最後の二人は、語り合う。

夢の中でだけは笑っていたい。今まで置多田に頼りきりだった小島は、前を見る。

「答え……?」

 置多田は、そう呟いた。

 それに対して、小島は、頷きながら言う。

「ああ。お前があの時言ったやつの答え」

 小島は頭でそれを思い出した。

『なんでおいが、おまえんとこにおったのか……わかるか?』

 小島が何を思い浮かべているのか、置多田はすぐにわかった。

 その記憶は新しいものだから。

「そんなん考えんでもよかったんに……」

 苦笑いを浮かべながら、小島に言った。

「考えてないよ。考える必要もない」

 笑いながら小島は言う。

「おいが言ったのになんやけど、そう言われると意外に傷つくもんやな……」

 考えなくてもいいと言ったのは、置多田だが、そうはっきり考えていないと言われると、意外と胸にズキっとくる。

 だらんと両腕を垂れ下げて、しょぼんとした雰囲気を纏わせた。

「違う違う、別に興味ないとかそういう意味じゃなくて、考えなくても、すぐにわかったからだよ」

「……すぐ?」

 泣く寸前のような声を出し、下げていた顔を少し上げて、上目遣いで小島を見る。しょぼんとした表情は変わらないが。

「すぐだよ。これ自分で言うのちょー恥ずい。しかも間違ってたらもっと。だけど、結構自信ある」

「すごいな。そんな恥ずいこと自信満々に言えるんか」

「満々……それは少し盛りすぎな気がするけど……まあいいや」

 胸に手を当て、息を整えると、改めて口を開いた。

「お前がオレを選んだ?まあ、いたのはさ……オレだから、だろ」

「…………へ?」

 置多田の口からそんな声が漏れる。

「ん?」

 小島は笑顔のまま、こちらに首を傾げて見せた。そうだろう?と言わんばかりの顔を見せていた。

 置多田が小島のそばにいた理由は単純だった。

 単純ではあったが、小島だから、という考えはなかった。

 だが、今改めて考えれば、そうかもしれない。

 そうか……おいが、お前んとこおったんは……小島ショーじやったから……

 言われた言葉を頭で再生しながら、そんなことを思った。

「……フッ……」

 小さく息を吐くように、笑った。そして、そこからだんだんと声は大きくなる。

「ふ……は、ははははっ!」

 突然笑い出した置多田の声に、小島はビクリと肩を揺らす。

「え、え、なん……え?」

 困惑したような声を上げながら、小島は頰に汗を垂らしていた。

 違ったのか、という不安と、そうだったら恥ずかしいという気持ちが込み上げてくる。

 相変わらず笑いが途絶える様子がなさそうな置多田は、腹を抱えてしゃがみ込んでいた。

「いやっ……なんでも……っははっ……!」

 途切れ途切れに声を出していたが、正直ほとんど笑っていて、何を言っているのかわからなかった。

 何がそんなにツボにハマったのだろうが。

「えー……」

 小島は呆然と立ち尽くしながら言う。

 すると、しばらくして、ヒーヒーと息を吐きながら、置多田は腹を抱えて立ち上がる。

「そや、そやな、きっとそうや!おいが憑いたんは、きっと、小島ショーじだったからや!」

 先程よりも落ち着きはしたが、微妙に肩が揺れている。

「だろ?…………ていうか、もう笑うのやめろ」

 口元を押さえて、なんとかこらえているようだが、全く誤魔化せていない。

「んふふっ……あーすまんすまん。なんかツボにハマってしもたわ」

 軽く目を拭う仕草をしながら言った。

 その後腰に手を当てて、自信満々に言った。

「いやーあんなに笑ったん久々やわ〜」

「お前は一体なにに笑ってたんだ……」

 小島は相変わらずよくわからないまま呆れて言う。

「やっぱショーじといるの楽しいわー」

「そりゃどうも」

 はははっと二人は笑い合う時間を過ごす。

 会社の愚痴も、うまい飯の話もしたり、やっぱりあの生姜チップスは無理だって話だったり、大した話題ではないが、そんな話をした。

「お前と話してると、時間が無限に溶けとるみたいやな」

 ふぅと満足げに息をつくと、そんなことを口にした。

「無限って、盛りすぎじゃないか?」

「盛ってへん盛ってへん!ほんまにそう思っとる!」

 ブンブンと手を振り、気持ちを表していた。

「なんかほんとについさっきなのに、久々に話した感がある」

「せやなー最近ほんま話さへんかったし」

 そう言ってわざとらしくこちらに視線を向けてくる。

「…………悪かったな、機嫌悪くて」

 じとーっとした目で置多田を見つめた。

 確かに一時期、置多田がいなくなってしまうかもと、少しこじれて、態度が悪かった時期がある。

 今思えば、本当になにをやっているのだろう。

「ははっ自覚あったんかいな」

「まあ……さすがに」

「でもまあ、あれもええ思い出になったわ」

「どこがだよ」

 思い出と呼べるようなことではないと思うが、こいつの考えを完全に理解なんてできるわけがない。

「いやほんまに」

 そう息を吐き呟くと、置多田は自分の胸に手を当てて言った。

「お前と過ごしとったおかげで、久々にいろんな感情を思い出せた」

 目を閉じて、記憶の一つ一つを思い起こす。

「楽しいも嬉しいも、悲しいも心配も。そして……寂しいもな」

 そう言うと、急に両腕をパッと広げた。

 そして清々しい顔でこう言った。

「ほんっまに寂しい!最初はこんなはずやなかったんに、いろいろひっくり返ってしもたわ!楽しくて楽しくてしょうがへんかった!」

 そして腕をようやく下げると、優しい笑みを浮かべて言った。

「つまらんおいの最後を……変えてくれてありがと!」

 まるで、電流が流れたように、全身が痺れた。

 『最後』という言葉でようやく実感した。

 本当にこれで最後だ。どんなに足掻いてもこれが……きっといや、絶対に最後だ。

 完全に割り切れているわけではない。そんなに長い時間を共にしたわけでもない。なのになぜ、こんなにも胸が締め付けられるのだろう。

 置多田は、とても濃い色を持っている。

 オレは今まで、まるで水に薄めたように、薄く、自分でさえも、存在しているのだろうかと思うほどに。

 誰もがいないように扱う。目も合わない。都合が悪い時だけ、オレを認知し、指をさす。

 どんなに上から色を塗っても、水をかけられ溶かされる。

 だが、置多田はどうだろう。

 どこまでも自分を主張し、どこまでも色を塗り進める。たとえ水が張られていても、容赦なく色を残す。

 オレは、そんな置多田に染められてしまった。今まで、中途半端だったんだと知らされた。

 これが当たり前なのだと、受け止めて、いつしか、もう主張することをやめてしまった。

 置多田は、オレに夢を見させてくれた。もう一度味わいたいと思う夢を。

 まだ先があるはずの道を、中途半端に止まってしまっていた自分を、再び歩かせる足になってくれた。

 もう頼らない。頼れない。自分の足で歩く時が来たのだ。

 さあ、歩け。そして前を見ろ。もう一度、あの夢を見たいだろ。いや、一度だって何度だって見てやろうじゃないか。

 色が薄くなったなら、もう一度色を足せばいい話じゃないか。

 理不尽に暴言や暴力に耐えるより、ずっと気持ちいいはずだろう。

 スゥーと息を吐いた。

 一度口を開けようと、唇を動かしたが、一旦キュッと結ぶと、再び口を開いた。

「こちらこそ……ありがとう」

 いや、違うな。

 そう思い、今度は目一杯息を吸って、吐き出した。

「ありがとうございました!!」

 空間に自分の声が響いた。置多田も明らかに顔をしていた。少し面白かった。

 ふぅーと気が抜けたように息を吐くと、視界がぼやけた。涙かと思って目を擦ったが、湿った感じさえもない。

 それでもまだ視界は、ぼやけている。

 一つ瞬きをすると、まるで後ろから光が灯されているかのように、視界がほんのり明るくなっていた。

 そしてもう一つ瞬きをすれば、光はさらに強くなる。

 一体これはなんだろう。

 そう思っていると、ぐにゃんと目の前が歪む。すると、あっという間に視界は光に包まれ、ほとんど前が見えないほど白くなった。

 唯一うっすらと見えた人影。置多田だろう。

 表情をはっきりと見たわけではないが、満足げに笑っているように思えた。

 

 頭が痛い。目が痛い。

 手を動かすと、さらっとした手触りのものが床にある。硬い床の感触を少しでも和らげるように、自分の体と床の間に敷かれている。

 ペラペラの布団だ。

 部屋の所々から、うっすらとした暗い光が差し込んでいる。

 まだ日が昇り切っていないようだ。

 手探りで携帯を探すと、幸い布団のすぐ横にあり、手に取る。

 カチッと横のボタンを押し、画面を映すと、時間が表示されている。四時一分。なんとも微妙な時間である。

 起きるはずの時間には一時間ほどある。もう一度寝てもいいが、二度寝をしたら、起きるのに苦労しそうだ。

 仕方なく起きる選択をしたが、布団から起き上がる気力はまだ生まれない。まあ、焦る時間帯でもないのでいいのだが。

(あー……だっる……)

 手に力を込めて体を少し浮かすが、すぐ落ちてしまう。

 眠いというわけではないが、視界がしょぼしょぼして、体は急に体重が増えたのではないかと思うほど、ずっしり重い感覚があった。

 ガンガンと頭の中で鐘でも鳴らされているような刺激。

 この状態で会社に行くのか。これは休んでいい範囲なのだろうか。

 ああ!こんなことで毎度悩むのがめんどくさい!というかこの時間がもったいない。

 頭をくしゃくしゃに掻き回して、ぼさぼさの髪を作り上げた後、勢いで立ち上がった。

 キッチンへ重い足取りで向かい、蛇口を捻る。

 ぴしゃぴしゃと水が打ち付けられる音が響く中、そこの間に手を通し、水をすくい、それを顔にびしゃっとかけた。

 これでようやく目が覚めた。

 タオルで顔についた水滴をゴシゴシと拭き取ると、吹っ切れたように言った。

「よし……!」

 

 準備を早めに済ませてしまったので、家を出るまでかなり余裕ができた。

 頭痛は少しずつ和らいだが、目はまだヒリヒリしたままだ。

 やることがなくなり、シャツにネクタイを締めた状態の服装で、床に敷かれっぱなしの布団に座り込んでいた。

 ふと目元に触れると、妙にそこが熱くなる。

 長い夢を見ていたような気がする。

 内容はまるでモヤがかかつたように覚えていないが、どっと疲れた気がする。でも、どこかスッキリしたようにも感じる。

 今まで溜め込んでいたものを吐き出したような。やっと重い荷物を下ろせたような、軽い気持ちがある。

 だが、覚えていなくてもなんとなく夢の内容はわかる気がした。

 どうせ置多田の夢だろう。

 置多田がいなくなってしまい、いなくなるのがわかっていたのにも関わらず、ほとんど何も伝えられないまま、泣き叫んだだけだった。最後まで頼りっぱなしで、情けなかった。

 夢の中はどうだったのだろう。せめて、自分の夢くらいは、好きさせてもらいたいものだ。

 改めて考えると、自分がどれだけ時間を無駄にしてきたかがわかる。

 置多田が動かしてくれた時間を今度は悔いのないように使いたい。

「ふぅー……よし」

 パチンと切り替えるように自分の頰を叩いた。その勢いで体を持ち上げ、立ち上がった。

 そして部屋の隅にある引き出しへ歩いて向かうと、一番上の引き出しに手をかけて引き出した。

 中から白い紙と封筒を取り出して閉め、引き出しの上に置いてあるペン立てから、適当に黒いボールペンを手に取った。

 早足で机に向かい、床に座ると、少し考えてからペンを走らせた。

 約一分ほどの作業を終えると、折り畳んだ紙を封筒に入れた。そしてもう一度ペンを取って、今度は封筒に文字を書く。

 『退職願』真ん中にそう書くと、ふぅと息を吐く。

 そして満足げに笑うと、立ち上がってもう一度同じ引き出しにしまった。

 

 これはオレの決意だ。

 あの嫌な記憶。ビリビリと無惨に破り捨てられた紙を見つめることしかできなかった自分。

 今すぐは出さない。

 そして、携帯の画面を開き、ずっと開いてこなかった転職アプリを開いた。

 アプリを入れるだけで、開こうとしなかった。きっと諦めていたのだろう。

 この退職願は必ず出す。また破り捨てられるかもしれないが、そんなの今はどうでもよかった。また書けばいい。今度は何かしら反論しよう。自分の気持ちを伝えよう。

 でも、それを考える前にまずは——

「仕事……探さないとな」

 なぜか口元が緩む自分を不思議に思いながら、そう呟いた。

置多田、小島たちのお話はこれで区切りとさせていただきます。長々とお付き合いありがとうございました。

今回は、とくに後半の方は、主人公たちの出番が少なかった気がします。

次からまた頑張っていきますので、よろしくお願いします!

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