その方が……
光と力声が格闘する一方で、小島と共にいた置多田には、すでに変化が訪れていた。
「だからな、お前はいつも——」
小島が自分の気持ちを全て話すと言ってから、置多田は大人しく話を聞いていた。
だが、途中から思った。
ただの愚痴じゃね?と。
これだからお前は……とか。これもできない、とか。いつもこれは嫌だった、とか。
確かに全部とは言ったが、ほぼ愚痴を言われることになるとは。
「それから——」
「ちょい待ち」
「なんだよ」
一旦話を中断させて、置多田は言った。
「これ何の時間?」
置多田が問いかけると、小島は首を傾げながら言う。
「気持ち全部暴露大会?」
「なんやそれ何を競っとるんや」
あの展開からなぜこうなってしまったのだろうか。
もっと他にないのだろうか。
別に感動的な何かを求めてないわけでもないが……
チラッと小島の顔を見る。
涙を流していたせいで、目元が少し赤いが、先程よりは落ち着いてきている。
「なんか……すまんな。迷惑かけて……」
「ほんとだバカッ!」
そんなことないよみたいなのはなかった。
これはなんかもう、直球で聞いちゃうか。そう思って、置多田は口を開いた。
「あんなぁ……聞いてみたいことあってん」
こちらにチラッと視線を向けて、逸らしたのち答えた。
「何?」
ふぅーと息を吐いた。そしてそれをスゥーと吸って吐くと同時に言った。
「ショーじの気持ちは、よーわかったけど……最後に、ショーじの口から直接聞いておきたいんや」
「?」
話が見えないようで、小島の目には何を言ってるんだと、書かれている。
「おまえの、ほんまの気持ちや」
「……!」
その言葉に、小島の肩は微かに震えた。
「……今、言ってたじゃん……聞いてなかった?」
絞り出したような声で言われ、それに置多田は答える。
「聞いてたで。確かに『ショーじ』の気持ちやったけど、おいが聞きたいんは、今の『小島』の気持ちや」
「今の……オレ……て」
明らかに動揺し、汗がたらりと頰に垂れていた。
短い間、置多田は常に小島と共にいてきた。
確かに、楽しそうに笑う声も呆れたようにため息を吐いた時も、目が死んでいる会社での姿も、嘘だと言いたいわけではない。
置多田自身、いろんなことを言い合えたと思っている。
でも、たまに見せる違和感を、本人から聞いたことはない。
きっと癖なんだろうと思っていた。
実際に周りから指摘などされていないし、置多田もあの件がなければ気づかなかった。
あの件とは、置多田に忠告をしにやってきた二人と出会った時。
あの二人の存在が、心の奥に眠る小島を知るきっかけを作ってくれた。
最悪なタイミングでの忠告ではあったが、この部分では感謝してもいい。
そしてあの夜。ボソリと何かを吐き捨てたあの夜。
ああ……そうか。
——本音を言うのが怖いんだ——
酷い上司を持ったから。夢を否定されたから。何千何万の人々に『無理』だという現実を突きつけられたから。
いや、違う。
聞いてもらいたいんだ。
実際、心の中は大荒れで、ひび割れて、今にも砕けそうだと。言いたいけど、言えない。
何かが外へ出る寸前で邪魔をしている。
だから、それが知りたいんだ。
お前の本音を。
何かで誤魔化すことのない。空気を読まない。
笑って、言葉で、行動で、全てを飲み込もうとするお前じゃなく、配信者の『ショーじ』としてじゃなく、小島という、今ここに立っているお前から聞きたいんだ。
全てを——
小島の目は相変わらず合わせようとしない。
だが、置多田は視線をグサグサと刺した。
こちらだって気を遣わない。空気を読まない。「言いたくない」なんて気持ちは、こっちから砕いてやる。
だから、そんな邪魔な壁、さっさとぶっ壊して、こっちへ来い。『ショーじ』!
「……んで……よ」
「!」
何か、何か言ったぞ。
耳をそぉーと近づけると、今度はちゃんと聞き取れた。
「……なんで、だよ……」
なんで。なんでって言われてもな〜
「なんで、そんな……いつもそうだ……!」
あれ、これ……もしかして、また文句言われるやつ?なんてこった。
「しょ——」
こちらに発言権はないというように、次々と言葉を並べる。
「……ぐいぐいくるくせに、肝心な時は引いて……どうでもいい時に限ってまた…………逆なんだよっ!いつも!」
勢いで小島はこちらにくるっと向き直り、いつの間にか視線を合わせていた。
「オレは!どうしようもないヘタレだからっ……!言うことも言えねーんだよ!お前みたいに、そうやって……近づいてくれるやつに……!オレは…………聞いてくれなくちゃ、話せねーんだよ!」
ハァハァとまた息を荒くして言った。
ギュッとさらに握った拳に力を入れている。
歯を食いしばって、目元もぷるぷると震えている。
ああ、これは——
「今は、泣くとこやで」
小島は、目を見開いた。
ありえない……そこはわかっても言わないだろ。
泣くとこなんて見せたくないに決まってるだろ。
ほんとなんなんだこいつ。いつもいつも、ほんと……
肝心な時に……!
こういう……とこだよ……!
「離れたく……ねぇよぉ……」
弱々しい声で、確かに、小島の口からそう呟かれた。
それで一気に力が抜けたのか、がくりとへたり込む。
床に手をついて、溜まっていた涙が、床へへたれ混む振動で、一つ、また一つと、コンクリートの床にシミを作った。
「もっと……一緒にっ……」
震える自分の声に嫌気がさす。
みっともない。今すぐカーテンで周りを覆いたい。口をテープでぐるぐる巻きにして、これ以上何も言えなくしたい。
でも……止まらない。
「ありがとな……ショーじ」
そう言いながら、透き通るその手で、小島の頭を撫でた。
目の前でへたり込み、泣き続ける小島。
ほんの一時だったが、相棒のような存在に感じられた。
「それが聞けて、安心した」
優しい声。
今、どんな表情をしているのかな。
どんな気持ちなのかな。
今更だけど知りたくなった。
でももう遅いのはわかってる。
いつも気づくのは一番最後。でも——
——最後でも、受け入れてくれるやつがいた——
遅いと怒鳴らず、指を差さず、ただ……聞けてよかったと言ってくれる。
涙を拭った。鼻水も拭った。スーツなんてこと、考えている余裕はなかった。
スーツなんて洗えばいい。ダメになっても、買い直せばいい。
今この瞬間は、二度と取り戻せないのだから。
顔を上げた。嘘を塗りたくった顔よりも、我慢する顔よりも、申し訳なさそうな顔よりも、場を流す笑顔よりも——
小島は、いつの間にか笑っていた。
涙で、鼻水で、ぐちゃぐちゃになった顔で、笑っていた。
——ぐちゃぐちゃで、汚くなった笑顔の方が、断然いい——
置多田も同じ顔をしていた。
霊のくせに、何泣いてんだよ。鼻水垂らしてんだよ。拭けねーだろ。
そんな笑顔向けられたら……引き止めようにも、止められねーじゃん。
「なぁ、ショーじ……」
名前を呼ばれた。呼ばれただけなのに、こんなにも胸が痛い。
そんなことも知らず、置多田は続ける。
「なんでおいが、おまえんとこにおったのか……わかるか?」
「え………?」
そんなアホな声しか出せなかった。
他にもあっただろ。オレ自身に言いたい。
目の前が眩しくなった。
光の粒がより一層輝きを増した。
「その方が、ずっっっと、イケメンやで」
置多田のそんな声が聞こえた気がした。
光の粒は、いつの間にか半分以上も飛んでいた。
置多田の姿は、もう原型がなくなっていた、
一瞬にして、その場に飛び散る。
この薄暗い空間を照らすように輝いた後、そっ……と優しく光が消えていった。
その場に一人残された小島は、へたり込んだまま、上を見上げていた。
涙は止まることなく、一層多くなっていた。
つい数秒前まで、あんなにも眩しかったのに、先程に比べたら、小島にとっては、真っ暗と言っていいほど暗かった。
涙でぼやけた視界が、一生懸命外の光を拾おうとした。
入り口から差し込む光は、背を向けていて、小島からは、ほとんど見えなかった。
「…………んだよ……それ……」
もう誰もいないというのに、口を開いた。
自分の声だけが響くのが、悔しくてしょうがなかった。
「最後に言うのが、イケメン……て……」
床についた手を、硬いコンクリートをギリギリと鳴らしながら握った。
自分の震える腕を見つめて、また一つ呟いた。
「んなの…………わかってるっつーの……」
自分の中に、ここまでの感情があったのだと、思い知った。
遅くなりましたが、今後とも何卒よろしくお願いします!すみません……