二十一号室
無茶苦茶な方法ではあったが、ちゃんと目的地に辿り着けた光と力声。そこへ着くと、前来た時に感じられなかった嫌な気配が、光でもわかるほど感じられた。
『二十一号室』
二人はその気配のする部屋へと向かう。
家の外見知ってるから上から突っ切ればいいんじゃね説を見事にやり遂げた力声は、ドヤ!という顔をしていて、正直その顔はぶん殴りたくなる顔をしていた。
一応無事に到着し、力声の背中から解放されると、光は改めてそのアパートを見た。
置多田の言っていたように、『幕』という力が弱まっているからだろうか、この前来た時と、何かが違う。
とくに嫌な気配を感じる——
「「二十一号室」」
「!」
「だろ?」
力声も同じことを考えていたようだ。
「今回の本命は、あいつだな」
力声は二十一号室だと思われる部屋を指差して言った。
光たちは階段を登り、二十一号室の前まで来た。
先程よりも強く、不気味な何かを感じる。
一体どんな霊なのだろう。
光がそんなことを考えていると、力声が光の肩をトントンと指で叩いてきた。
力声の武器らしきもの見せて、ちゃんと武器は持っているかを確認する。
光は自分のも見せると、こくりと頷いた。
実は力声が事前に持ってきてくれた。
置多田と小島が話している間にちゃんと預かっていた。
力声が扉を開けることをジェスチャーで伝えると、ノブにゆっくり手をかけた。すると——
ビリッ!
「……っ!」
一瞬、力声の手に電流のような光が走った。
「だ、大丈夫か?」
一瞬だけだが、光にも同じようなものが見えていたようだ。
力声もすぐさま手を離すと、自分の手を見た。
煙こそ少し出ているが、傷はついていない。
ピリピリとした感覚こそあるが、支障は出ていないようだ。
力声が呆然とドアノブを見た後、光に言った。
「光がやってくれるか?」
「え?俺?いいのか?」
開けることは問題ないが、こういう仕事に慣れている力声の方が安心感はある。
「頼む……」
たまに見せるこの真剣な顔に、光はいつも動揺する。
いつもと違いすぎて、本当に力声なのかと思うこともある。
断る理由もないため、光は素直に承諾した。
「わかった」
先程の力声と同じように、ゆっくりドアノブに手をかけた。
もしかしたら、先程の電流が俺にも……と思ったが、今度は大丈夫なようだ。
あれは静電気か何かだったのだろうか。
力声とアイコンタクトをとった後、光は思いっきりドアを開けた。
ドンッ!
その音とともに、二人は靴のまま中に入り、銃を構えた。
そこらに散らばる紙屑や木の破片くらいで、そしてあまりにも静かだ。
誰もいない……?
最初こそそう思えたが、違う。
古くなった床をギシギシと踏み鳴らし、邪魔な壁からだんだんと部屋全体があらわになる。
奥に黒い何かがモヤモヤと煙のようなものを立てている。
まるで、黒い煙に包まれているような姿をしていた。
部屋中もその黒い煙でいっぱいになり、それのせいなのか、空気も悪い。
「ふー……」
その霊の呼吸音なのか、曇ったような音で、部屋中にその音を鳴らす。
銃を構えたまま、光は目を見開いた。
いまだに慣れないこの光景。
口を覆いたくなるほどの、気味の悪い空気。
目がおかしくなりそうになるほど暗く重い場所。
(この煙が邪魔で、撃とうにも撃てない……)
目を凝らすも、見えるのは真っ黒な色だけ。
見えそうだと思っても、すぐに煙に打ち消されてしまう。
(そうだ!力声なら……)
この空間をどうにかするすべを持っている力声のことを頭に浮かべた。
「力声……!力声!」
なるべく小さな声で力声を呼ぶ。
力声がこちらを向いて、目だけで返事をすると、光は続けた。
「この煙、力声の『力』ならどうにかなるんじゃないか?あの風で」
力声が使う『力』で風を起こせば、この煙を晴らして、視界だけでもどうにかなると思ったのだ。だが、力声は……
「俺もそれ考えたけど、部屋ん中だから風の通りも悪いし、床にいろんなもん転がってんだろ?だから、ここで風起こしても、俺らも巻き添えくらうのがオチだ」
力声もなかなか難しいことを考えているようだ。
力声の風が使えないとすると、部屋を駆けずり回るしかないか。でも闇雲に動いて撃ったところで、部屋を破壊しかねない。ならどうする?
せめて視界だけでもどうにかならないか。
そんなことを考えていると——
「がぁぁぁぁぁ!!」
キーン!
バタンッ!
霊が出したと思われる声が部屋中鳴り響く。
二人は反射的に耳を塞いだ。
同時に開けておいた入り口の扉が、閉まる音が聞こえた。
通路に立っていた力声が後ろを振り返ると、扉は閉まっていた。
それだけならよかった。だが、それを打ち砕くかのような出来事が起こった。
突然、力声の頭に何か当たったのだ。
驚いて頭を押さえると、手で頭に引っかかった何かを掴んだ。
床に落ちていた紙屑だ。
それを視認したのを合図に、今度はものすごい勢いで風が起こった。
(風?俺じゃない……なら——)
と、確かめるように霊に目を向けた。すると——
「力声!避けろ!」
光も同じ結論に辿り着いたようだ。
いや、あいつのことだから、未来を……ふと考えがよぎる。
部屋にあったものと思われるものが次々と部屋を舞い、飛んできた。
「うおっ」
力声が体を捻ると、木の破片が力声の目の前を通った。
あんなのが目に直撃したとなれば、ただじゃ済まない。
だが、これで視界問題が解決した。
危険な状況に変わりはないが、戦いやすい。
次々と舞う家具の数々が煙を切って、霊らしき物体を見つける。
いくら煙で隠したところで、薄れれば、霊でもあの光は誤魔化せない。
そう——魂だけは——
「光!伏せろ!」
「え?」
光がキョロキョロと周りを見渡すと、撃つ寸前の力声が銃を構えていた。
「は?!え!」
パンッ!
光はギリギリで姿勢を低くすると、光の頭上を力声の撃った弾が通過する。
パリンッ!
ガラスが割れたような音。
これは霊の壁を破壊した時の音。
(仕留めた!)
心の中でそう呟くと、銃を下げる。が、その時——
ボォッ!
力声の視界が、真っ黒な何かに覆われた。
咄嗟に下げた銃口を上にずらして撃った。
「ギァァァァア!」
耳鳴りしそうな嫌な声。
(まだ終わってない)
壁を破壊できていなかったんだ。
でもあの音は確かに……
結論を出す余裕を与えず、再び顔を狙ってくる。それによってさっきの真っ黒な何かは、霊の手だったのだとわかった。
顔を握り潰そうとしているようだ。
ブォォォォと煙が晴れる。
そして力声は霊の後ろにあったものを見て、全てを理解した。
「は?!窓?!」
そう、先程撃った弾は壁ではない。割れていたのは窓で、本物のガラスだった。
(なんだよそれぇぇ!)
パンッ!
一瞬の魂の光に目を凝らし、撃ってみるも、当たっていないようで、霊は動き続けている。
ジャリンッ……
戦闘音以外に、ジャリンジャリンという音が鳴っているのを耳にする。
(なんだ……この変な音)
一瞬その音に気を取られ、服を掴まれそうになったのをギリギリで避ける。
「チッ……」
無意味な舌打ちをして、力声は方法を切り替える。
相手も好き放題家を荒らしているなら、こちらももう配慮する必要はない。
力声の目に、あの風でさらに散らばった木くずが映る。
「…………」
ぐっ……!と難しい顔をしたのち、目を細めてまじまじとそれを見る。
(いける……か?)
そう考えている間にも、部屋にあったボロボロな机や足の折れた椅子、床に落ちていた紙屑さえも二人を襲った。
姿勢を低くしながら、床に転がる。
(考えてる余裕なんてない……!やれ!)
カッ!と力声は目を開くと、バッ!と左腕を広げた。
手のひらに『力』を集中させるように力を入れる。
床に落ちた木くずを横目で見ながら、より一層手のひらに力を込める。
(いけ……いけ!)
時間がない。うだうだしてられない。これが上手くいけば、決着がつく。
(お前の力を……あいつにぶつけろ!)
すると、その意志を感じ取ったかのように、力声の周りを風がフワッと包んだ。
そこからだんだん強くなり、床に落ちていた木くずがカタカタと音を鳴らすと、地面から離れ、宙に浮いた。
力声は一瞬も気を抜かず、風でなびいた前髪の隙間から、ギンとした目が覗く。
力声が広げていた左腕を前に出すと、浮いた木くずが一気に前方へ押し出された。
無数の木くずが霊に向かって一直線に向かう。まるで、機関銃のように連続で発射されている。
ほんの数十秒の間起こった出来事。
「はー……」
軽く肩を上下させながら、力声は息を吐いた。
正直、ここまでいくとは思っていなかった。
力声の自然物に命令する『力』は、使い方が難しい。
第一にどれが自然物に分類されるのかが、わからない。
人工的に作られたものの区別はつく。だが、完全な自然物など、わかるはずもない。
いまだに俺は、この『力』を全然理解しきれていない。
いつも使う風も、たまたま使えると知っただけ。
今回も、部屋の所々から出た木くずを動かして当てるというのも、できるか怪しかった。
だって木は木でも、加工された状態だ。
だから、木と風の両方に命令した。木で命令しきれない分を風で補う。
あそこまで威力が出るとは思わなかったが。
だが、あれだけの数と範囲で全てを避け切ることは、ほぼ不可能。
必ず一本は直撃しているはずた。
全てを出し終えると、しーん……と部屋に突然の静けさが訪れる。
いまのこの状況でありえないほどの静けさ。これほど不気味なことはない。
霊の真っ黒な煙と、力声の飛ばした木くずの粉が混じった煙。その二つが交わる中、力声はゆっくり前に出た。
霊の状態を確認するためだ。
「あっぶねー……」
この部屋にその声はよく響いた。力声はもう一人の存在のことをハッと思い出す。
「あ」
自分だけにしか聞こえないような、小さな一言が力声から漏れた。
左に顔を向けると、薄れた煙の中から、部屋の隅に体勢が崩れきり、ボロボロな透明な傘を開いた光の姿があった。
「…………」
何も言わない力声に、光はその体勢のまま、文句を言うように口を開いた。
「言っとくけど、お前のせいだからな……」
よく見ると、傘の所々に、大小の木くずが刺さっていた。
光は体を起こして、傘を閉じると、カラカラと音を鳴らして木くずがいくつか落ちた。
(これは……俺が悪いな)
それを見て、どうしてそうなったのか察する。
「すまん!」
「許さん」
チーンと心の中でその音が鳴る。即答つらい。
でもまずは霊だ。光に関してはいつも通りだ。
ブンブンと頭を振って切り替えた。
するとその時だった。
ブォォォォ!
「「!」」
突然の強い風が竜巻のように部屋を包む。
全身の力を一瞬でも抜けば、周りを飛ぶ物たちの仲間入りだ。
二人は薄く目を開けた。あることを映した途端、二人の瞼は大きく持ち上がった。そして、確かに見た。
——両足でしっかり立った、髪の毛が抜け切った霊の姿を——
この話もあともう少しです。どうか最後までよろしくお願いします!