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Spirit  作者: まもる
32/38

抱え、阻むもの

突然その場を支配した一声。

その場にいた者は、その声を出した者に釘付けだ。

その中でも一番だったのは置多田であった。

それもそのはず、その突然の来訪者は、今最も会ってはならない、小島だったのだから。

「——置多田おいただ!」

 そこには仕事帰りだからか、少々乱れているが、スーツを着た小島が、息を切らして立っていた。

「「「!」」」

 そこにいた三人は皆驚きを隠せないでいる。

 それに一番に反応したのは、名前を呼ばれた置多田だ。

「ショ……ショーじ……!なんでここに」

 その言葉を聞きながらずんずんとこちらへ向かってくる。

「なんでじゃねぇ!このバカたれ!」

 頭を叩こうとした手は、スッと抜けて触れずに終わる。

「っ!」

 自分の手と置多田を交互に見ながら、小島は目を揺らしながら口から溢れる。

「おまえ……」

 その顔に置多田は優しく微笑む。

「すまんな、おいはもう……おまえのとこには行かれへん……黙って出てって、ほんっとすまん!」

 置多田は深々と頭を下げた。それに少し後ずさった小島はごくんと息を飲み込むと言った。

「そんなん知ってるし」

「!」

 その返答に置多田はギョッとして頭をがばっと上げた。

「え!?え、え?や……な……なんで知っとるん……?」

「人の体で喋ってんだから、嫌でも聞こえる」

「…………」

 ポカーンと顔を上げたまま固まると、頭をぺちーんと叩いて、あちゃーとこぼす。

「せやったぁぁ!忘れとった……!」

「ほんと、バカだな」

 呆れた顔をして小島は言った。

「その調子で、やってけるのか?この先……」

 目を真っ直ぐ言われて、その圧に後ずさりしそうだ。

 置多田は静かに口を開く。

「む…………無理かもしれん……」

 プルプル震えながら言った。

「「え!?」」

 そこは任せなさい!的なのを想像してた二人は、思わず声をそろえた。

 二人はハッとして、咳払いをすると、どうぞっと手を前にした。

 改めて会話を再開する。

「まあ、平気やて!なんとかなる!」

 うんうんと若干自信なさげだ。

「……強いな置多田は」

 ぽつりと呟かれた言葉に、置多田はだんだんと声が小さくなる。

「強い?」

 小島は頷きながら置多田に言った。

「ああ、強いよ、おまえは。オレはそんなふうに前に進めない」

「前……?」

 さらに首を傾げる置多田を目に小島は続ける。

「前っていうか、真っ直ぐ突っ走ってく感じ?それがたまにズレてたりするけど、大体いい方向に持ってってくれる。オレは正直、そんなおまえをどこか羨ましいと思ってた。オレはただ、置多田の進む道についてっただけ……だからあれだけ動画を伸ばせたのも、ほんの一時ひとときだけど苦しい生活から抜け出せたのも、全部おまえのおかげだ。オレだけじゃ、あんな夢みたいな景色、見れなかった。今でも夢だったんじゃないかとか、今こうして話してること自体、夢なんじゃないかとか……それくらい——お前には、人生ひっくり返された!」

 長々と語った小島の顔は、なぜだか笑顔だった。

 だが、よく見ると唇は震え、目も力が入り、必死に何かを抑えているようだった。

 それに気づかないほど、置多田もバカではない。

 だが、それはあえて触れない。触れてはいけない。

 それをすれば、ここまでの流れが、嘘のように崩れてしまうことがわかっているから。

 こんなん……泣いてまう…………

 人生ひっくり返すって……

 下から上へと込み上げる、謎の熱さ。

 拳をギュッと握る。指が食い込むほどの力を出しているはずなのに、痛みを感じることはない。

 なんてったって、もう自分は死んでしまっているのだから。

 ここにいたい。望めるのであれば、もう少し……あともう少し……キリがないことくらいわかっているが、それほどあの日々は濃いものだった。

 一旦目を閉じて、肩の力を抜く。すぐに息を吸って、目を開けた。

 一つ。わがままを聞いてもらいたい。これ以上の贅沢は望まへん。

 だから、これだけでええ。

 置多田は、みるみると口角を上げる。

 顔を上げ、その顔を小島に晒した。

「いっちいち大袈裟やなぁ!でもまあ……悪い気はせぇへんな!ありがとさん!」

 ニカっと歯を見せて笑う。

 多分もう、これ以上のものは見せられない。

 これでいい。言うことも言った。最後に話すことが、顔を見ることができた。

 それだけで、心が満たされた。

 小島も、置多田に笑い返す。

 そして半端忘れかけている光と力声は、ただ見守るだけだった。

 そして、二人も釣られて、自然と笑みが溢れる。

 もし、置多田が生きている時にこの二人が出会っていたなら、こんなにも胸が締め付けられることなんてなかったのかもしれない。

 人間には寿命がある。意図しなくても別れは来る。

 それでも、今よりはもっと、こうして笑っていられる時間が増えていたのだろう。

「はあ……なんかスッキリしたわー」

 置多田が上に伸びをしながら、清々しく言った。

「そりゃよかった」

 小島もフッと笑って声かける。

 そしていつの間にか、自然と置多田の体が、光を増していた。

 キラキラと溢れる光の粒は、実に美しい。

「これでなんの悔いも——」

 笑っていた置多田の言葉が止まり、すぐさま大きな声を上げた。

「——あぁぁぁ!!」

 突然の声に、皆耳を塞いだ。

「な、なんだよ!」

 一番近くにいた小島は、耳を塞ぎながら声を上げた。

 置多田は、光の粒を散らしながら、腕をブンブンと振って、慌てた様子で言った。

「あ、あかん……」

「どうした?」

 力声が突然のことに目を丸くしながら、首を傾げた。

「あかんねん……」

「だから何が」

 小島もそんな置多田に問いかける。

「おいが消えたら、あいつが暴れてまう!」

「あいつって?」

 今度は光が問いかけた。

 一向に光を増す体で、置多田は言った。

「ショーじが住んでるアパート!あるやろ!?あそこに、変な霊がおんねん!」

 その言葉に、力声はしばし考えて、やがてある考えに辿り着く。

「変な霊…………て、もしかして……!あの自殺したっていうあの話のやつか!?」

「詳しいことは知らん……おいが来た時には、もう暴走寸前って感じで……なんとか押さえ込んで、時間稼ぎしとっただけや」

「そんなことができるのか?」

 光は密かにそんなことが行われていたことにびっくりする。

 代わりに、力声が軽く説明する。

「できなくはないぞ。霊気を薄く膜を張るイメージだ。霊気の消費もさほどないし、おまけにそれ自体霊気が薄いから、探知されにくい」

 ほぇーとなっていると、置多田はさらに慌てる。

「ど、どないしよ……おいが消えたら、幕も……」

「というかそれ、もっと早く言えよ!」

「忘れとったんやもーん!仕方ないやん!」

 わーわー騒ぎ始める置多田に、一息吐いてから力声が言う。

「とりあえず、その件はこっちでなんとかする。お前が消えても、すぐ幕がなくなるわけじゃないだろ?」

「あ、ああ……弱いけど、数分は持つんやないか?」

 焦る置多田に、力声は優しく笑って言った。

「なら大丈夫だ。お前はそのことについては考えなくていい。ただ、悔いのないようにな」

 力声は光を呼びかけ、倉庫を飛び出した。

 光は力声を追いかける足を止めて振り返る。

「次の配信。楽しみにしてます」

「え?」

 小島は思わず声を漏らすと、光は頬をかきながら照れくさそうに言った。

「これでも、一応視聴者なので……」

「…………」

 呆然とその言葉を聞くと、光は「じゃあ」と急いでその場を駆け出した。

 その背がすぐに見えなくなると、そこに取り残された二人に、しばらく沈黙が続いた、

「……次……ね」

 小島はその言葉を噛み締めるようにぽつりと呟いた。

「いやーオレもこんなふうに言われる日が来るとはー」

 その言葉は大した声量でもないのに、この倉庫ではとても響く。

 またまた沈黙が訪れ、お互い気まずい空気になる。

「ショーじ」

 今にも消えそうにも関わらず、置多田は小島の名を呼ぶ。

「何?」

 それにただ返事をする。

「…………」

 返事をしたにも関わらず、それにすぐ答えは返ってこなかった。

 特に追求するでもなく、ちゃんと待った。

「……本当に……本当に楽しかったで」

 やっと口を開いたかと思いきや、そんなことを言い出した。

「短い時間やったけど、こんなん久々やった」

 笑いながらそう言ってくる。はぁと一息つくと、再び口を開いて続ける。

「……もうわかっとる思うけど、おいもう死んどってん」

「…………」

 なんとなく察してはいたが、本人から聞くと、また違う現実味を感じる。

 自然と少し口が開いたが、そこからは何も発せられない。

「そん時のこと、よー覚えとらんねんけどな。これでも、お前と同じ配信者やっとってん」

 照れくさそうに頭をかきながら言う。

「なん言うたかな……おい……おい……『おいた』やったかな」

 真剣な顔で考え込むと、そんなことを言った。そんな様子に小島は——

「ぷはっまんまだな」

 思わず口から溢れた言葉は、何気ない一言だった。

「ショーじに言われたないな」

 いつの間にか二人で笑い合う。

 この空気感が、なんだか心地いい。先程の重かった空気が嘘のようだ。

「お前ならできんで」

「……!」

 優しい声色に肩をピクッと揺らした。

「おいがおらんくても、ショーじは『ショーじ』や」

 もう触れることができないはずなのに、置多田は小島に手を伸ばした。そして、小島の手を掴む。

 もちろん触れられるはずもなく、通り抜けてしまうが、なぜか温かみを感じる。

「ショーじはよく、周り評価とか、めっちゃ気にするけど、正直……そんなんどうでもええんやで」

 小島はその言葉に、静かに目を見開いた。

 何か言おうと思ったが、やっぱりやめて、話を聞いた。

「いや、どうでもええは言い過ぎやな、どうでもよくはあらへん。気にすんのは大事なことや」

 うんうんと一人で納得しながら呟いていた。

(どっちだよ)

 小島はそう心の中で思った。

「まあでも、何言うたらええかな……なんかよーわからなってしもた」

 少しずつ声が掠れてきている気がする。それに、なんだか震えてもきている。

 こう見えて隠してるつもりなんだろうが、バレバレである。

「ああそうや……!あんなショーじ。再生回数もコメントも、大事な動画の一部やけど、全部が全部いいもんやあらへん。よく、おいのダチが言っとった。世界中のもん笑かしたるって。そん時はでかい夢やなと思て尊敬しとったけど、やっとって気づくんや——世界中もんが満足できるもんなんて作れへん——てな」

 それはどこか悲しさが滲み出た笑顔だった。

「夢を壊すみたいで口に出すんも苦しいけどな。よー考えたら、みんなが納得するもん作んのって、骨が折れるこっちゃな。まあ、そこでや。ショーじ、お前は一人とちゃう」

「!」

「お前にはちゃんと見てくれとるもんがおること、忘れたらあかんで。一人一人が大事な宝もんや。それを手から離したらあかん」

 今までに見たこともないほどの真剣な表情。真面目に言っていることがひしひしと手から口から、全身に伝わる。

「ショーじは……誰に向けてやっとった?」

「あ……」

 その言葉に、最初に浮かんだのは、自分だ。

 ——そうだオレは、自分のためにやってたんだ——

 画面に広がる世界に惹かれて。

 夢見てたことを真似て、これは……なんて言うのか。ああ、これはただの自己満足に過ぎなかったのかもしれない。

 でもそれが、だんだん知らない誰かになって。周りの色に染められて、いつの間にか、自分てはなく、周りの声を伺って、やがてつまらないものばかりを上げていた。

 ——自分が楽しむことを忘れていた——

 前に置多田に言われた。

(ショーじー)

『んー?』

 動画を編集に勤しみながら、返事をした。

(ショーじは、こんなふうに動画作って、楽しいんか?)

 突然の言葉に、思わず手を止めた。

『んー』

 少し上を見上げて、考えると、すぐに答えが出た。

『楽しいよー?少なくとも、前よりはずぅぅっと』

 そう答えると、再び手を動かしはじめた。

(そっかそっか楽しいかー!)

 その呟きは、オレにも当然聞こえる。

『なんで急にそんなこと聞くんだ?』

 動きを止めずに、単純に気になったことを聞いてみた。

(なんでって……大した理由はあらへんよ。ただ、楽しめてんならそれでええねん。視聴者以前においらが楽しまへんと、話にならんもんなぁ)

 そんな会話をしたことを思い出す。

 でも、本当に楽しかったんだ。配信者をはじめた時も……そして、置多田あいつに出会ってからも。

「……っ……うぅ……」

 小鳥のような小さな声が漏れる。

 最初は近くにいた置多田でさえも聞こえなかったが、だんだんとその声のボリュームは上がる。

「うっ……く……」

 それに気づき、置多田もギョッとして、驚きを隠せないようで、慌てた様子で声を発した。

「な、何!?おい何か変なこと言うてしもたん!?」

「ぐっ……く……!」

 違うと言いたいのに、この声はただ増すばかりで、余計に心配をかけてしまう。

 キラキラした光の粒を撒き散らしながら、あたふたしている。

「なんで……なんで泣いとんの?」

 そう言われて、いつの間にか顔を上げていた自分の顔に手を当てると、頬は湿り、水が垂れていた。

 スースーと風が撫でていく感覚は、嫌でも涙を教えてくる。

 泣いてる?なんで?

 自分でもなぜ今なのかわからない。

「なんか言うてしもたんか!?そうやな!そうやろな!じゃなきゃこんな——」

「——ち」

 違うと否定しようとするも、次々と発せられる置多田の声に遮られる。

「あーどないしよ!頭撫でたろか?いやいやいや、今触れへんて!」

 一人で会話して、何やらいろいろ考えてくれているようだ。

「歌でも歌ったろか?せやけど……おい歌上手いわけでもあらへんし……」

「……ち、違うから!」

 やっとの思いで出した声は、置多田の声を止めた。

「ほんと……ちが……から」

 その後、説得力のない弱々しい声でそう続けた。

「ほ、ほんまか……?なんか……顔すごいことになってんで?」

「んなの……元からだよっ……!」

「えー……」

 必死に涙を拭っていたからか、すでにスーツの袖が濡れて、拭いても意味がなくなってきた。

 置多田も何をどうすればいいのかわからず、わたわたしていたが、喋りはしなかった。

 やがて少しずつ声を出すことができるようになると、小島は少しずつ口を開いた。

「…………あの」

「ん?」

「あの…………あのさ……っ」

 せっかく収まってきたのに、また目元がカッと熱くなってくる。

「ゆ、ゆっくりでええからな……?」

 困惑しながらも寄り添うように、触れられもしない手を小島の背中に置く。

 体温が高くなってきているからか、感じるはずもないのに、背中から、さらに温かみを感じる。

 グスッと鼻を啜り、再び袖を目元に擦り付けると、バッと顔を上げた。

「うおっ」

 突然顔を上げたので、置多田もびっくりして、背中に置いていた手を避けるように上げて、声を漏らした。

 小島は置多田の方を振り返った。

 どんな顔をしているのかわからない。きっと酷い顔をしているだろう。でも今は、いちいち顔なんて気にしてられない。

 この限られた時間を悔いなく使うだけだ。

 スゥーと深呼吸して、自分を落ち着かせる。

 そして、ヒリヒリする目をカッと開けて言った。

「置多田!」

「は、はいっ!」

 なぜかピンッと姿勢を正す。

 いつもなら、なんだそれ……とツッコむとこであるが、その時間も惜しい。

「これからオレの思ってること全部言う!変な気も使わない!時間がないのもわかってる。でもそれも含めて、オレのわがままを聞いてくれ!ていうか聞け!」

 ハァーハァーと息を吐き、肩を上下させる。

 軽く赤く充血した目で半端睨みつけられているようにも感じる眼差しを向けられる。

 明らかに驚いた表情を見せる置多田。

 いつもうるさいほどに発せられる言葉も、今は何も言わずに、軽く口が開いているのみだ。

 確かに置多田にこれほど声をあげたことはなかったし、小島自身も、これほど声を荒げられることに驚いている。

  続きを無理やり言うこともできたが、小島は置多田からの言葉を待った。

 会社の上司にも、こんなふうに反抗できたなら……今更関係ないことを考える。まあ、反抗したところで、辞めさせるで済むなら良いのだが……その先は容易に想像できる。きっと辞める以上の苦痛を味わうのだろうな。と話が逸れた。

 きっとこの間、数秒しか経っていないだろう。

 だが、かなり長い時間を使ったような錯覚がある。

 スゥッと微かな呼吸音を響かせた。

 その人物は吸い込んだ空気を外に出すように口を開いた。

「ああ……」

 その短い言葉には、今まで聞いたことのない、優しい声色が乗っていた。

 ほんの一瞬だけ、優しい表情を浮かべると、それを弾き飛ばすかのように、歯を剥き出しにし、イタズラっぽさも混ざった笑みを向けてきた。

「どぉぉぉーんと、かかってこいや!」

 なぜか自慢げに拳を自分の胸にドンっと突いて言い放った。

 

どうもこんにちは、毎度読んでくださりありがとうございます!

最近不定期ですいません!でも話は進んでいるとは思うので、楽しんでもらえたら嬉しいです。

今回バチバチの戦いがなかなかなくて、それを楽しみにしてる方はつまらないと感じる方がいるかもしれませんが、それでも読んでください!よろしくお願いします!

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