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Spirit  作者: まもる
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ようこそ

無事明日を迎えられ、普通の生活に戻った光。だが、戻ったと思っていたのも生徒たちからの視線で数分で打ち消される。何故こんなにも視線を集めているのか、気になるところに、クラスメイトのハジメと和也が慌てて光のもとへやってくる。理由を聞くと、知らぬ間に妙なウワサが流れていてー!?

そして、そんな中、光にはもう一つ問題があった。

今後の運命を決める決断に光はー?

 今日も天気は、快晴。

 太陽が眩しく、たくさんの木々の隙間から光が差し込み、地面に綺麗な模様が描かれていた。

 辺りには、ぞろぞろと歩く学生たち。皆、同じ行き先に向かうべく着実に歩みを進めていた。

 そんな中に一人、皆通学バッグを持っているにも関わらず、制服に青い上着を羽織った少年が、手ぶらで一人、ぐったりした様子で歩いていた。

 その少年は、さらっとした黒髪に黒い瞳を持ち合わせた、青海原高校の生徒。『波河光』である。

(くっっっそ疲れた……)

 光は、心の中で静かに悲鳴を上げながら、昨日のことについて改めて思い起こしていた。

『俺は——この体に憑いてる霊だ』

 目の前にいる少年は、焦茶色のような髪を風で軽くサラサラとなびかせながら、そう言った。

『えっ……どういう……こと?』

 明らかに混乱に満ちた声を少年に向けた。

『つまりは、この体はこの人間のものだけど、中身は、この人間のものじゃない、別の魂が入ってるってこと』

『…………」

 今日いろいろなことがありすぎて、整理が追いつかない。光はただ、呆然とその姿を見ていることしかできなかった。

『今こうやって、お前と会話してるのは、俺であって、俺じゃない。入ってるのは、さっき光の中に入っていたような『霊』という存在だ』

 光は、聞いた話を自分なりに整理して解釈し、それを確かめるように、少年に言った。

『え、てことは……お前は、その体の持ち主じゃないってことか……?』

『ああ』

『じゃあお前は、誰なんだ……?』

『さっきも言った通り、俺は人に取り憑くことのできる『霊』。この体の持ち主の名前は、『春先優姫はるさきゆうき』。そして、霊である俺の名前は、『力声りせ』。ちからこえで力声だ』

 軽く自己紹介をされたが、そんなこと頭に入ってこない。気になることが山積みだからだ。

『さっき……魂を探してほしいって言ってたけど、それって……その持ち主のってこと?』

『ああ』

『霊って、その人の魂が抜けてないと、入れないのか?』

『いや、全然入れるぞ。ついさっきまでお前も同じ立場だったろ』

 確かに、その通りだ。でも——。

『じゃあ、なんで……。別の魂はあって、本人のは、ないんだ?』

『それは——』

『それは?』

 妙に溜めた末に出した言葉は——。

『はい終わり!話せるのはここまで!』

 両手をパチンと合わせ、さも終わりのような雰囲気を出す。

『はあ?』

 思わず呆れたような声を出す。

『こっから先は、お前がどうするか、決断してからだ』

『……なんで?』

 少しムッとしたように言うと。

『機密情報……だから?』

 なぜか疑問形で、チラリと横目で光を見ながら、不適な笑みを浮かべてそう言った。

『そんで、どうする?一応ここに入れる感じにはなったけど、決めるのは光、お前だよ』

『入んなきゃ捕まるじゃなかったっけ?」

 腕を組みながら、少々ムッとしたように返した。

『まあ、言ったけど。入らないなら入らないで、こっちも全力で弁解するし、事実、お前がやったわけじゃないからな。無実な人間に罪を背負わせるわけにはいかない』

 こっちを真っ直ぐ見て、そう言った。

『建物の修理費もこっちで出してるし、怪我人も出てない。そんなに大事にはならないだろうけど。完全に俺のミスだけど、こっちとしては、光に入ってもらいたいと思ってる。私情だけじゃなくて、単純にお前自身の力を貸して欲しい。俺は、霊のせいで起きる犯罪を、巻き込まれて罪を背負わせられてしまう人を少なくしたい。できればゼロにしたい。だから考えてみてくれないか?』

 その目は、ただ光だけを見ていた。他の誰でも、どこでもなく真っ直ぐに。

 嘘は言っていない。この人にこんな気持ちがあったのは意外だった。正直、胡散臭く思っていたところもあった。でも胸の内には、こんなにもいろんなことが秘められていた。

 俺はそのほんの一部を知っただけ。会ったのだって、今日が初めてで、赤の他人。でも——。

『…………少しだけ』

 顔をゆっくり上げ、力声の顔をしっかり見る。

『少しだけ……考える時間をくれないか?今後のことにも影響してくるだろうし、そう簡単に決められない』

 光は、力声の言葉という光に当てられ、迷いが生じてしまった。とりあえず逃げるようにその言葉を言った。ただこの場を離れたくて。

『時間……ね。わかった、少し時間をやる』

『っ……!それじゃあ——』

『明日までな』

『…………』

 その言葉に一瞬固まってしまった。聞き間違いかと思い、もう一度聞いてみる。

『ん?え、なんて?』

『明日までな』

 さっきと全く同じことを同じ音程で、当然のようにそう言った。

『はああああ⁉︎明日⁉︎さすがにそれは短すぎだろ⁉︎』

 当然の反応であったが、そんなこと気にもせず。

『明日までな』

 とまるで呪文を唱えるかのように、言いながらひらひらと手を振り、去って行った。

 

 ——そして今に至る。

(決断は、今日までって言われるし、学校のバッグは家にないし、自転車も学校に置きっぱなしだし、どんだけいろんなことが起きれば気が済むんだよ……)

 そう心の中で愚痴を言いながらも登校する。

 校門を抜けると何やら皆、光を見ては、ひそひそと話していたが、当の本人は、それに気づく気配はなく、そのまま教室に向かって行った。

 ガラッ。

 教室の扉を開ければ皆がこちらに視線を一瞬集める。すると、光を見てか、楽しそうなざわめきから、少しズレたようなざわめきがたつ。

(何かあったのかな……)

 そう思いながらバッグを下ろす素振りをして、席に着こうとしたが、ハッとする。バッグがないことを忘れていた。そういえばどこにいってしまったのだろうか。思い出してみると、あの少年——力声と会った時は、もうすでにバッグがなかった気がする。ということは、学校か、意識を失っているうちにどこかへ落としたか。後者だったらもうどうしようもないが。とりあえず探しに出ようと座りかけていた椅子をしまった瞬間——。

「光!大丈夫⁉︎」

 その声と共に現れたのは、光のクラスメイト——坂本ハジメである。

 常に楽しそうな笑顔をしているハジメが珍しく、深刻な顔をしている。するとそこへ。

「光!生きてるか⁉︎」

 ハジメではないもう一人がまたもや深刻そうな顔をして現れる。彼もまた光のクラスメイト——花咲和也である。いつも優等生オーラあふれる彼が、珍しく取り乱している。一体何があったのだろうか。

「えっと……何が?」

 やっと二人に言葉をかけるとまたもや二人が喋る。

「勉強のし過ぎでとうとう疲れたの⁉︎ごめんな!俺がいつもノート見せてくれっていうから!」

「悩みがあるなら聞くよ!僕でいいならいくらでも!」

 わーわーと騒がしくなって一生懸命二人を宥める。

「ちょっとちょっと待った!そんないっぺんに喋られてもわかんないし。何、どうしたの?」

 そう言う光の様子を見て二人は、きょとんとする。すると、和也が口を開いた。

「え、もしかして……光。覚えてないの?」

「だから何が——」

「光……覚えてなさそうだから言うけど、実はさ……昨日光が突然笑い出したと思ったら、窓から飛び降りたんだよ……」

 言いづらそうに和也は、昨日の出来事を説明する。もちろん、自分には、全く覚えがない。だが、やっと繋がった。朝あんなにも違和感があったのは、その昨日の出来事とやらが原因のようだ。

 そして、光自身に覚えがないということは——。

(あっっっのときだなーーーー?あの霊……勝手なことしやがって……!)

 そう、光に覚えがないということは、光が意識を失って、霊に支配されていた時だろう。ということは、すべてあの霊のせい。

「そう……なんだ。ごめん、全然覚えてなくて……。でも、大丈夫だから」

「ほんとに?ほんとに大丈夫?」

 心配そうにハジメがそう問いかけてくる。

「ほんとだよ」

「ほんとに?ほんとにほんとにほんと?絶対?」

「ほんとにほんとにほんとだよ、絶対」

 それだけ言うと、まだもう少し心配そうにしていたが、少しはホッとしたようで、「よかったー」と胸を撫で下ろした。

 ひと段落したところで、俺は二人に問いかけた。

「あのさ、ひとつ聞きたいんだけど、俺のバッグ、どっかで見てない?」

 そうバッグをその時落としたのなら、誰かしらが行方を知ってるはず。とりあえず二人に聞いてみることにした。

「光の?」

「うん」

 そう言うと、和也が何か知っているようで、口を開いた。

「それなら多分。橋本先生が持ってると思うよ。職員室に行けば会えるんじゃないかな?」

 橋本先生とは、うちの担任である。どうやらこの二人に聞いて正解だったようだ。

 それだけ聞けば話が早い。さっそく職員室に向かおうとした。が。

 キーンコーンカーンコーン

 朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り始めた。

「やべっ」

 ハジメは、慌てながら席についた。

 俺もそれにならって席に着く。なんともタイミングが悪い。

 朝のホームルームが終わると同時に橋本先生に呼び出された。多分昨日の件についてだろう。バッグを返してもらう用もあるし、いつかは言われるだろうと思っていたのでちょうどいいと思った。

 連れていかれたのは、生徒指導室。そこまで深刻な話じゃないといいが……。と思いながら中に入る。

 席に着くとさっそく先生が口を開く。

「波河……昨日お前が、窓から飛び出して行ったと生徒が騒いでいたんだが、本当か?」

 両手を組み、肘をつきながら、まるで取り調べをしているかのような雰囲気を作った。

 もちろん、「本当か?」と聞かれてもその時俺は、気を失っていたので、覚えはない。なので。

「すいません……俺もよくわからなくて……。先生は、何か見たんですか?」

「いや、生徒が騒いでいたから、話を聞いただけだが……」

 それを聞くと、光は追い打ちをかける。

「なら、他の先生は?」

「見てないと思うが……」

 あともう一押し。

「なら、見間違いじゃないですかね?俺もそんなことした覚えないですし、鳥が何かと間違えたのでは?」

 そう、先生達は、見ていない。見たのは生徒。ならば、いくらでも弁解の余地はある。なにも学校の生徒全員が光を認知しているわけじゃない。それに、学校での俺は、そんなことしない!という印象があるはず。一応これでも優等生をやってるつもりではあるのだが、どうだろうか。

「そ、そうか……?本人が言うならそうなのか?」

「はい、そうです」

 優しい笑みを浮かべながら、さりげなく圧をかける。その圧に負けたのか、橋本先生は、案外すぐに受け入れた。

「そ、そうだよな!波河がそんなことするはずないしな!」

 そう言って一人で納得してくれた。生徒指導室を出ると、目的のもう一つを達成すべく声をかけた。

「あの、先生」

「ん?なんだ?」

 そう言ってこっちを振り向く。

「えっと、俺のバッグは……」

 すると

「ああ!そうだそうだ。それを返そうと思ったんだ。ちょっと待ってろ!」

 そう言って職員室から光のバッグを手渡すと次の授業があるからと、そそくさと職員室に戻って行った。

 とりあえず中身を確認する。筆記用具、教科書、ノート、さらに携帯。

 そして、一番心配していたのが——。

 じゃらんっと小さな音を鳴らしながら、手に取ったのは、真っ青ない宝石が埋め込まれた、綺麗なペンダント。見たところ壊れてはなさそうだ。ひとまず、ホッと息をつくと、大事に再びバッグに戻した。

 なにはともあれ目的は達成できた。あとは——。

 そこからは、いつも通りだった。先生も特に重要視してなかったので、生徒もこれと言って昨日の件は、朝だけで、話題に出さなかった。ひとまず安心した。

 無事にすべての授業を終え、帰りのホームルームを軽くやり終えると、皆一斉にざわめき立つ。いつも通りに光景に、昨日のことが嘘のように思えた。

 ——嘘だったらいいけど——。

 光は、バッグを肩にかけ、家に帰るべく、教室を後にした。

 家に帰ると、雑にバッグを床に投げ、敷いたままの布団に、倒れるように枕に顔を埋めた。決してふかふかではない、布団越しでも床の硬い感触が体中に伝わる。正直このまま寝てしまいたい。昨日今日の疲れが体にのしかかって、睡魔が急激に襲ってくる。辺りは薄暗くなり始めているが、真っ暗というほどではなかった。だが、もしここで寝たら、夜寝れなくなってしまうだろう。

(あー……めんどくせー。でも——これは、良くないよな……)

 そう心の中で言うと、無理やり体を起こし、冷蔵庫へ向かった。何か食べれば少しは、マシになるだろうか。そう思い、冷蔵庫を開けた。

「だよなー……」

 予想できていたというか、結局こうなるというか。

 冷蔵庫には、ほとんど何も入っていなかった。唯一の残り物も、すでに食べ切ってしまったようだ。飲み物でも良かったが、結局は、夜食べるし、明日もある。買いに行く選択を選ばざる得ない。でも今日は、動きたくない。良くないが、我慢しようと思ったところ——。

 ぐぅーーー。

 体は正直で、やはり何か腹に入れたいらしい。自分の腹がそれを求めている。

「はぁー……」

 ため息をつき、がっくりとうな垂れながらも冷蔵庫を閉めた。

「あー行くかーー。あーー」

 光以外誰もいない部屋に虚しくその言葉が響き渡るのだった。

 結局、光は食べ物を、そして飲み物などその他諸々を求めて、近くにあるスーパーに向かった。あれこれ考えてるうちに、いつの間にか、辺りが暗くなっている。途切れ途切れの電気の光を頼りに、スーパーへの道のりを走り続ける。コンビニの方が近いのだが、正直に言うと、コンビニは、高い。

 光はそれほどお金を持っていない。正直そろそろピンチなので、バイトでもやってみようかと考えていた時期だった。

 バイトで思い出した。そういえば、昨日こと、結局どうするか決めていない。力声には、明日まで、つまり今日までと言われていたのに、すっかり忘れていた。

 スーパーに着くまで、自転車をひたすら漕ぎながら考えていると、光の目の前を誰かが勢いよく飛び出してきた。それに気づくと、光は思いっきりブレーキをかける。

 キィィィ!

 光が前を見ると、なんとかギリギリセーフだったようだ。相手は、驚いたのか呆然としている。

「大丈夫ですか⁉︎」

 光は、慌てて声をかけた。そしてその人の肩に触れようとした瞬間——。

 スカッ。

「っ……!」

 光は、目を見開いた。

 だが光が驚くのも当然である。

 なぜならその人の肩に触れたら、すり抜けてしまうのだから。

「っ!まさかこの人って……」

 そう言うと、その人は、慌てて光の元から、逃げるように走って行った。

 すると、その人が飛び出してきた路地から、また別の人声が光の耳に届く。

「君!ここは危ないから、早く離れて……って……」

 その人は、何かに気づいたように目を見開くと。

「光じゃん!」

 そう、その路地から出てきたもう一人とは、昨日、俺を助け、自らを『霊』だと名乗った少年——力声りせだった。それに気づき、俺も力声に声をかける。

「っ!力声!」

「こんなとこでなにしてんの?」

 そう問いかけられたので、素直に答える。

「えっと……スーパーに行く途中……。お前は?」

「俺は、仕事。今ちょっと追ってるやつがいて……」

 それを聞いた光がもしやと思い、さっき見た、霊らしき人の姿を言ってみた。

「あのさ、もしかしてメガネかけた、中年くらいのおじさんだったりする?」

 そう言うと、力声は驚いた様子で俺の言葉を返した。

「え!なんでわかんの?それも未来を見る能力?」

「ちげーよ、そんな便利機能持ってないし。さっき自転車でぶつかりそうになって、触ろうとしたら、手すり抜けたから。もしかしたらって思っただけ」

 軽くそう説明すると、力声は、あるところに興味を示した。

「え、なに?今、自転車って言った?」

 なぜそこに着目したのかは、わからないが正直に答える。

「い、言ったけど……それがなに——」

 と、言い終わらないうちに、力声は、光の両肩をガッチリ掴んで言った。

「いいもん持ってんじゃん!ナイス!」

「へ?」

 力声の言葉を全く理解できなかった光は、間抜けな声を出した。

 

 ハァ……ハァ……ハァ……。

 ひたすら走る。

 どこかはわからない。どこへ向かっているのかもわからない。でもとにかく走る。

 それが今できる自分の唯一の選択肢だった。

 ——追われている——。

 とにかく逃げなくては、あの目は、危険な目だ。捕まったら何をされるかわからない。

 恐怖という感情と一緒にただ道が続く限り、足を動かした。

 

 もう辺りは真っ暗で、ぼんやりとしか姿しか捉えられない。唯一の頼りは、月明かり。

 どこまできたのだろう。進んでいけば行くほど、人は少なくなり、今やここにいるのは、俺ら二人。一つの乗り物に二人を乗せ、ただひたすら進んでいく二人組がいた。

「——で?」

 ハンドルを力強く持ち、時々ゼェゼェ言いながら、ペダルを漕ぎ続ける者が後ろにいる、もう一人に向けて言った。

「なんで俺がこんなことしなきゃいけねーの……?」

 ずっとペダルを漕ぎ続ける光の言葉は、明らかに苛立ちを含めていた。漕ぎ始めて、かれこれ十分近く経ったのではないだろうか。明らかに、スーパーから遠ざかっている。

「走るの疲れたんだよ。ちょうど二人乗れんじゃん」

 ちょうどいいタクシー感覚で力声は、そう言ってくる。

「自分で漕げよ」

「光の自転車だろ?」

「ていうかほんとにこっちで合ってんの?」

「光がこっちに行ったって言ったんだろ?」

「向こうに行ったとは言ったけど、正確な場所を示したわけじゃないからな……?」

 そんな会話を続けていくと、やがてお探しの霊の姿に目をつける。

「いたぞ」

 力声が静かに声を上げた。

 一体どこに……と力声が向く方向を辿ると、なんと建物のてっぺんを走っていた。

 この辺は、もう使われていない建物が多く、気のせいかもしれないが、横目で『立ち入り禁止区域』と表示されていたような気がするが、気のせいだと信じる。というか、今そんなことを気にする余裕が光にはなかった。

 そして光は、ふと思ったことを言う。

「あのさ、霊って高いとこが好きなの?」

 全く関係ないが、単純にそう思ったから聞いてみた。前回、屋上から飛び降り、屋根で戦う映像を見せられ、そして今、建物の上を走る霊の姿がある。光が見た霊は、大体高いところにいるのが、普通に気になった。今言うことじゃないけど。

「なんで今?」

 当然の反応に思ったことをそのままこぼす。

「いや、普通に気になって……」

「いやまぁ、高いところが好きとかは、知らんけど、生きてる時とは違って、全体的に軽いからな。高いとこに行きがちなんじゃねーの?」

「ふーん」

 細かい説明を期待していたわけではなかったので、軽く返事をする。

「おい、もっとスピード上げろ」

 話を切り上げると、突然力声がそう言ってきた。

 そう言われ、よしいくぞ。とは言えるはずがなく。

「これ以上は、無理に決まってんだろ……。それに二人乗ってるんだぞ、乗せてもらってる立場で文句言うな」

 ただでさえ漕ぎにくい状態に、地面が瓦礫などでガタついている分、スピードを出すのは難しい。

「じゃあ運転代われ。俺が漕ぐ」

「お前よく自由すぎって言われない?」

 呆れながらもこう続ける。。

「……それに、相手が上に居るんだから、下からじゃ追いついても、どうしようもないだろ」

「確かに!」

 そんなこと考えてもなかったとでも言うように納得した。

 少し前から思い始めていたことだが、意外とバカなんだな、と声には出さず静かに思った。

 でも、確かに今指摘した問題を解決しなければ、手の出しようがない。光は、言うまでもないが、霊ではないし、飛ぶ能力も持っていない。

 ん?飛ぶと言えば——。

「なぁ!」

 と勢いよく後ろを振り返った。すると——。

「うぉう!前前!」

 それに驚きながら、力声は必死に前を指差す。

「うおっとと!」

 少々バランスを崩しながらも、なんとか持ち堪える。

「どうした?急に……、あぶねーだろ」

 力声は、光の体に必死に掴まりながら言った。すると光は、さっき言おうとしたことを話し出す。

「あ、ああ……そうだった!あのさ、一つ試したいことがあるんだけど——」

 そう言う光の話を横目で霊を捉えながらも、最後まで聞いた力声は、それに答えた。

「まぁ、できなくはないだろうけど。下手したら大怪我じゃ済まないぞ?」

「その時は、お前を下敷きにするからいい」

「ひどっ!」

 そう言いながらも光の言ったことは、試す余地があるようで、それに賭けることにする。

「でも、まぁ……今は、それくらいしかできないよな」

 そう言うと力声は、これからイタズラをしようとする子供のような顔で、ニヤッとしながら続けた。

「わかった、なら……派手にかますか」

 そう言うと、腰から何やら黒いものを取り出す。そしてそれを、霊の方に向けて構えると、パンッ!と音を響かせながら発射する。

 その大きい音に光もびっくりしたのか、体がビクッと上下する。思わず構えているそれを見ると、なんと——拳銃だった。

「お、おま、それ……銃じゃん!」

 さすがの光も目を白黒させる。だが力声は、聞こえていないのか、はたまたどうでもいいのか、構わず二発目を発射する。

 霊もさすがにその音に驚き、さらにスピードを上げる。

「うぉい!さすがにそれはまずいだろ!」

 その言葉に、力声は相変わらず銃を構えたまま言う。

「大丈夫だよ、実弾じゃないし」

 平然とそう言うが、そういうことではない。

「いやでも、持ってる時点でアウトだろ!」

「平気だって、言ったろ?俺らの仕事は、警察みたいなもんだって。それに、光が試したいって言ったんだろ?」

 そう言って三発目を発射する。近くで聞いているので、その音にびっくりしながらも彼に答えた。

「言ったけど、こんな方法だって思わないだろ⁉︎」

「まぁまぁ落ち着けって……。ほら、あともう少しだ」

 そうこうしているうちに、霊を少しずつ、確実に追い詰めていった。

 確かに、光の言った通りの場。

 確かに少々バカだが、この手慣れさを見ている限り、仕事に関してはちゃんとやるようだ。

 そして最後にもう一発。

 ——パンッ!——。

 ゴム製の弾丸が霊の目の前をギリギリに通り抜ける。

「ヒッ……⁉︎」

 すると後ろによろけて、尻もちをついた。

 そして、霊は今になって気づく。

 ——逃げ道がもうないことに——。

 目の前には、さらに高い建物が壁を形成し、まるでここを通すまいとそびえ立つ。横を見ると、そこにも壁が邪魔しており、逃げ場がない。霊とは言っても壁をすり抜けるという、漫画のような凄技は、そいつには使えなかった。登ることはできなくはないだろう。だが、そんなことをしていたら追いつかれてしまう。

 後方には、拳銃を発射した男が自転車でどんどんと追い詰めてくる。

 だが、まだそいつには、僅かに余裕があった。

 それは、高さだ。所詮相手は人間。この高さを突破するには、建物内の階段を使う他ないが、これだけの高さを一瞬で登ることは、たとえ霊であっても、不可能に近い。絶対に数分はかかる。

(あいつらが苦戦してる間に、俺は確実にずらかるとするか)

 いかにも悪人といった顔でニヤつくと、起き上がり、壁を登り始める。

 だが、事態は、一瞬にして急変する。

 それは——。

「光!このままスピード上げて突っ切れ!」

 力声は力強くそう言った。

「は⁉︎なんで⁉︎」

 これは光の想定ではないらしく、すっとんきょうな声を出す。

「いいから、そのまま漕いでろ!」

 力声は何やらいいことを思いついたらしく、面白がりながら言ってきた。

 光には、全くわからなかったが、目の前のそれを見て瞬時に理解する。少しずつ近づいていくごとにはっきりと見えてくる。光の目には——。

 下の地面が抉れて一部が坂のような形を作っていた。

 そう——。力声がやろうとしていること、それは——。

「突っ込めーーー!」

 力声は、上を指差しながら、楽しそうに言うと。

「どうなっても知らないからなああああああ!」

 そう叫んで、加速をつけた自転車は、一気に傾き、空を飛んだ。

 光が必死にハンドルを握る中、後ろにいた力声は、片腕で光の腰に引っ掛けながら、もう片手で、地面に向かって手をかざす。意識をその手だけに集中させると、地面に向かって、思いっきり風を浴びせた。その反動で自転車はさらに加速し高く舞い上がる。

 そしてあっという間に建物のてっぺんに着くと、二人は思いっきり飛び、建物に向かって手を伸ばした。

 そして、力声は霊を巻き込むかたちで、ゴロゴロと地面を擦りながら落下した。

 光は、ギリギリで建物の縁に体半分を押し付ける。

「ぐぇっ!」

 お腹に激しい衝撃が走り、一瞬力が抜け落ちそうになったが、必死にそれを堪える。

 そして落下する直前に力声から投げつけられた、例の瓶を握りしめた手に口を持っていき咥えながら栓を開ける。

 そして空洞になってる側を霊の方に向けた。

 すると力声が押さえつけながらも、暴れていた霊は、淡くひかり、人型からオレンジ色の炎のような人魂に変化し、みるみるとその中に入っていった。

 それを確認した力声は、光を急いで引き上げ、口に咥えていた栓を取り素早く閉める。

 瓶の中は、ランタンを灯したように、オレンジ色に光っていた。

 二人はそれを改めて確認すると。

「「ハァーーー」」

 同時に思いっきり腕を広げながら背中から倒れ込む。背中が、硬く冷たい感覚が伝わったが、そんなことは、今の二人にはどうでも良かった。

「あーもう最っっ悪!服めっちゃ汚れた……。明日も学校あんのに……」

「ははっ……!お疲れ」

「いや、元を辿ればお前のせいだからな……⁉︎」

 力声は「ははっ」と軽く笑った。

 そして光は、念の為、あることを確認した。

「あのさ……一応……、確認……なんだけど……」

 息を切らしながら、光は、力声に問いかける。

「おん……」

 同じく、倒れ込み、地味に汗を滲ませながら少々息を切らした力声がそれだけ返した。

「これで、終わり……だよな……?実はもう一体とか……そんなサプライズないよな……?」

 もう動きたくないと言った様子で、念を押して確認する。

「どうだと思う?」

 光の方に顔だけ向けると、いたずらっぽく笑った。

「めんどくせー……。あってももうやらないぞ……」

 月が輝く夜空を薄目に見上げながら、言った。

「っはは!だよな!安心しろ……今日はもうないから……」

 ハァ……ハァ……と二人は息を整えながら、会話する。

 そして思い出したように、力声は光に、例の話を持ちかけた。

「そういやさ……隊員になるって話……結局どうなの……?今日までって言ったけど」

 光はその話を持ち出され、明らかに嫌そうな顔をする。

「マジか……その話……今するか……?」

「ああ、今する」

 その言葉に光は、正直な自分の気持ちを話す。

「正直……やりたくない。だって今日みたいなことが、これからいくつも続くんだろ……?俺の体が持たない」

 力声はその回答を予想してたように言った。

「だよなー。お前ならそう言うと思——」

 と、最後の言葉を言いかけたその時、光がそれを遮って続けた。

「でもさ……俺今、すげードキドキしてる……。怖かったことももちろんあると思う……。でも……霊を自分の手で……、中に入っていくのを見た時、『やった!』って思ったんだ。なんでだろうな……。霊のせいで死にかけたって言うのに、あの瞬間……めちゃくちゃ気持ち良かった。自転車ひたすら漕いでた時も、なんやかんやいって、俺自身、あの体験を楽しんでたんだと思う……」

 そこまで聞くと、力声は単純な感想が出た。

「……お前……変わってんな」

「お前に言われたくねぇ……」

 その感想に額に手の甲を被せながら、弱々しく答える。

「それでさ、決めるために、確かめたいことがあるんだけど……いいか?」

「んだよ、改まって……」

 光は、手の隙間から差し込む光を見つめながら言った。

「霊って……いわゆる死者ってことだよな?」

 何を言われるかと思えばそんなことか。と、力声は思いながらも答える。

「そうだな。人間に限らず、動物も虫も植物も、この世を生きる全ては、霊になる」

「皆……あんな風に犯罪を犯したり、暴走したりするのか?」

 光は、この際、気になることを次々と質問する。

「いや、皆じゃない。あんな風になるのは、『生』に未練がある者が多い。だから、人間を操り、それを達成しようとしたり、あるいは、生きてる時はできなかったことをしてみたり、いろいろある。俺たちは、そんな霊に罰を与えるのが主な仕事だけど、正直、未練さえ断ち切ってしまえば、解決するものも多い。だから、それを手伝ったりするのも俺たちの仕事だ」

 空に右手を掲げながらそう言った。

「じゃあ……最後に一つ……」

 そう言うと、数秒の沈黙の末、光は口を開いた。

「結構前に亡くなった人の霊って……見つけられたり……する?」

 横目でその隣に寝転がる彼を見ながら言った。当然彼は上を見ていてこちらに視線を向けていない。そして、光の質問に答える。

「それは、ほとんど無理だな」

「……どうして?」

「霊って、いつまでもこの世にとどまり続けることはできないんだよ。居られるのは、『猶予期間』って言って、最大一年間しか居られないんだ。だから、一年経ったら強制的にこの世から追い出される」

 光は、なんとなく予想していたように、あまり驚きはしなかった。だが、その分声のトーンが少し低くなったように感じられた。

「そう……か……」

 光の違和感を感じ取ったのか、力声はもう一つ付け足す。

「でも、例外もあって、何かと引き換え……つまり、代償を払えば、居座るのを延長できる……。まあ……滅多にないけどな。それがどうかしたか?」

 ようやくこっちを見ると、パチリと目があう。その瞳は、月明かりも相まって、吸い込まれそうなほど綺麗だった。

「いや、なんでもない。単純に気になっただけ」

 笑いながらそう言うと力声は、微笑みながら。

「そうか……」

 とその一言だけ発する。

 そして光は、そんな彼に向かってこう告げた。

「力声……あのさ」

「ん?」

「俺、そこに入るよ」

「……え?ごめん、もう一回言って」

 と手を耳にかけながら少し身を寄せてきた。

「……だから、俺……その『 Spirit』ってとこで働くっつってんの」

「………………」

 しばしの沈黙のうえ、ようやく発した力声の一言は、こうだ。

「え…………ガチで……?」

「嘘だと思うなら、今からでも取り消すか?」

「や、へ?おま……」

 そう口元を手で押さえながら言うと。

「ガチか⁉︎」

 そう言って勢いよく飛び起きた。そして光の真上に力声の顔が来て言った。

「マジ⁉︎ありがとう!」

 そう言って、ニカッと笑うと、ハッとして光の上から離れる。すると突然、頬をつねり出し「夢じゃないよな……」と呟きながらぐいっと自分の頬を何回もつねった。そして光も起き上がると、その姿を見て、思わず呆れ顔をしながらも頬が緩んだ。すると——。

 ぐぅぅぅぅ……。

 その盛大な音を鳴らしたのは、光の腹だった。忘れていたが、俺は買い物をするために家を出たと言うのに、結局巻き込まれてしまい、何も食べていなかったのだ。その音を聞いた力声は、腹を抱えて笑った。

「ぶっ……くふふははははは!」

 その笑い声に光は少々顔を赤くしながら言った。

「おい!人の聞いて勝手に笑ってんじゃねぇ!誰に許可を得て笑ってやがるー」

「っはは!お前、腹の音とか気にするタイプだったの⁉︎女子かよ!はははっ!」

「男子だって気にするわ!お前がおかしいんだばーーーか!」

「お、おい……ゲホッ、ゲホッ。なに……人のこと……バカって……くくっ……」

 怒ろうしたものの、笑いが勝ってしまいうまく怒れなかった。

 この夜、波河光の人生を変える歯車が、少しずつ動き始めるスタートとなった。

 この静かな夜、くだらないことで言い合う二人の姿、そして笑いが、今この瞬間だけ、空に浮かぶ星でさえ、超えるような輝きに満ちていた。

 

 ——その後——。

「やっべーーー!」

 そう大きな声を上げたのは、力声ではなく光だった。その理由は、これだ。

 建物の下に降りた二人は、やっと帰れると歩き始めると、足元にはフニャンと曲がったカゴ。一部が取れたペダル。ベルは完全に破損していて、タイヤも周りの瓦礫の破片によって抜け、様々部品が飛び散っていた。

 そう——、これは、無惨な姿へと変わり果てた、光の自転車である。もう、もはや自転車と言っていいかわからない状態であった。

 これは、修理どころでの話じゃない。完全に買い直しの選択しかなかった。

 あの高さから落ちれば確かにそうなるか。だが、光自身、自転車で上まで行こうと提案したのではなく、最初は、力声の使う風を利用しようとしたのだ。だが、あいつが面白半分で突っ込めと言った。あの時ブレーキをかけなかった自分も悪いとは思うのだが、そもそもあいつが巻き込まなければこんなこと起きなかったのだ。つまり——。

「なぁ…………?力声?これ……どうしてくれんの……?」

 凄まじい笑顔の圧でそう問いかける。

 さすがの力声もその笑顔は恐ろしく感じたようで、目を逸らしながら言った。

「いやー……、それは……わかんないっすね……」

 ピキッ!

 光の頭は今完全にひび割れた。

「わかんないっすねじゃねえーーー!弁償しろバカ!俺んちから学校まで地味に距離あるんだぞ!今日だって歩いて行ったのに明日も歩けってか?ふざけんじゃねぇーーーー」

 巻き込まれ、散々自転車を漕がされたうえに、無茶なことをさせられ、最後は自転車をぶっ壊すときた。今まで耐え抜いていたことが一気にここで放出される。

「ていうか今思えばここどこだよ!どう帰ればいいんだよ⁉︎結構漕いだぞ俺!」

「ま、まあまあ道は、俺が頑張って家まで送るし、自転車もなんとかするから……」

 光を宥めるように両手を前に出す。

「なんとかってなんだよ?具体的に?」

「うっ……えっと……弁償……します」

「おい……聞こえないぞ……?はっきり言え、この仕事バカが……」

 まるで、上司に叱られる、後輩のような気分。

「べ、弁償します!」

 今度はそうはっきり言うと光は、確かめるように言った。

「言ったな?絶っっっ対だぞ?もし忘れただの、逃げようとしたらどうなるか…………わかるよな?」

「はい…………」

 この時の力声は、ただ縮こまることしかできなかった。

 ——後日——。

 力声は、上司——萩待晶子に頭を下げて頼んだが、完全に自業自得なので、もちろん承諾してもらえるはずもなく、泣きながら財布を見るのだった。

 一体、自転車はいつ帰せるだろうか。

 力声の本当の戦いは、これからだった。

こちらが第三話です。少し長めになりましたが、最後まで読んでくださると嬉しいです!

最近、寒くなってきましたね。みなさんも体調に気をつけてお過ごしください。

さて、この作品についてですが、少しでも興味を持ってくれた方、あるいは好きになってくれた方、はたまた好きではないと言う方、さまざまだと思いますが、自分なりに面白いと思ってもらえる作品を作っていきたいので、アドバイスがあればどんどんお願いします。未熟ものですが、今後もお願いします!

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