帰りとクレープ
この前の霊の出来事から、ある後輩に懐かれた?光。
一緒に帰ろうという彼女に、いろいろあって、流れで帰ることになるが、特にお互い知っていることもなく、気まずい空間が訪れるが——
『どうもー今日もやってくよー『ショーじ』のパーティートーク!』
画面に映し出されている男は、金髪という明るい髪にさらけ出す笑顔はとても楽しそうだ。
その下には、次々とコメントが寄せられる。一つくれば、また一つ、二つ。流れるように止まらない文字の嵐。
『ちょっそんないっぱい来たら読みきれないじゃーん!』
一人のはずなのに、その場に誰かがいるのではないかと勘違いしそうだ。
『それじゃー今日もよろしくぅ!』
その声と共に、一人と世界の人々との夜が始まる。
最近、ある後輩に懐かれた。これは懐かれたと言っていいものだろうか。
「波河せんぱーい!」
その名前を呼びながら、息を切らしてこちらまで走ってくる。
声に気づくと、振り向くと同時に足を止めた。
「いま……帰り、ですか?」
こちらに追いついた後輩——明智咲桜は、ハァハァと息を整えながら彼に呼びかける。
「まあ、帰りの時間だし……」
当然の答えを返した波河先輩と呼ばれた——波河光は、目の前の後輩を心配そうに見つめながら言った。
「そんなに走ってどうしたの?」
ようやく落ち着きを取り戻した咲桜は、笑顔で答える。
「偶然先輩が見えたので、なんか急いで来ちゃいました……」
「来ちゃいましたって……わざわざそんなに走ってきてくれたの?なんか、ごめんね」
そこまで息を切らすほどだ。どれだけ走ってきてくれたことやら。
「いえ!先輩が謝ることじゃ……私が勝手に来ただけなので……」
「…………もしかして、俺に何か用だったり……?」
「用……」
きょとんとした表情をした後、しばらく考え込むと顔を上げる。
「…………特に理由はないですね」
「え、ないの?」
光はますますわからなくなり、学校が終わったというのに、また頭を使うのか。
「はい……あ、それとも何かあった方が良かったでしょうか……?」
「いや、理由がなきゃなんてそんな決まりないし、ただ気になっただけだから、気にしないで?」
「あ、はい」
慌てて言う光に特に追求するわけでもなく、素直に受け入れる。
しばらく気まずい沈黙が続くが、咲桜は「あ」と声を上げる。
「先輩、用……ありました」
「え?あ、そうなの?」
突然の言葉に反応が少し遅れてしまう。
「一緒に、帰りませんか?」
光はその言葉に目をぱちくりさせたのち一言漏らす。
「…………へ?」
「せっかくなので」
「せっかくとかあるんだ……」
咲桜は「?」と光の反応に何を考えるわけでもなく、不思議そうに首を傾げる。
「あー……えっと……」
光は目を泳がせながら頰をかく。
咲桜はその様子に何か察したのか、ハッとした表情をして言った。
「す、すみません!急にこんなこと、嫌ですよね⁉︎すみません、考えが至らず……」
何かと暴走を始めた咲桜に、光は慌てて否定する。
「いや、違くて!えっとなんて言うか……その……」
その先は視線で伝えるように、あからさまに視線を泳がす。
咲桜もその様子に、光が見ている先を辿ってみると、大勢の生徒たちが目に入る。だが、それは皆帰っているのだから当たり前の光景……と思いきや少し違う。こちらを見て、全く聞こえない声でヒソヒソと話したり、何なら木の陰から覗いている者もいた。
だが、それも当然だろう。ただでさえ注目を浴びる子だ。誰か見ていてもおかしくはない。それも見知らぬ男子と楽しそうに話しているのを目撃すれば尚更だ。
「…………」
咲桜はその様子を見てもなお、すぐには理解できない様子。
光も対応に困ったよう。
(あーこれ絶対気づいてないやつ……意外と鈍いのか?)
うーんと渋い顔をしていると、咲桜はやっとその顔の意味を察した。
「あー……」
何となく察した途端、急に気まずくなる。
先ほどの澄んだ瞳は、あわあわと視線を動かして、どうしようかと考えている様子だ。
「な、なるほど……そういう……こと……で」
咲桜は久々の感覚にいろいろ限界を感じてきたところで光はもう見ていられないといった様子で動いた。
「俺に用があるんでしょ」
「え?」
と顔を上げたと同時に、光の手が咲桜の手を掴んだ。
「へ?あの——」
光の顔と握られた手を交互に見ながら困惑して声を上げる。
「家、どっち?」
「っ……!」
そんな光に咲桜は言われるがまま手を引かれていった。
少しばかり早歩きになりながら校門を出る。
その様子を多くの生徒たちは見つめていた。
「は……は……」
制服を着た男女二人が、街中を走っていた。
「あ、あの!もう、大丈夫なのでは?」
息を切らした咲桜は、光の背中に向かって話しかける。
「え?あ、そう……だね」
とゆっくりとスピードを落としながら歩く。
「なんか、また無理させちゃったね、ごめん」
「……え?や、そんなこと——」
ヴゥーヴゥー
「っ!あ、ごめんちょっと」
待つように片手を咲桜に向けながら、もう片方の手でポケットをゴソゴソとすると、その手には携帯が持たれていた。
そのままメッセージを開くと、送り主は力声からで、そこには一つの動画が送られていた。
(?動画……?)
そのままトンっと親指でその動画をタップする。
音がなかったので、音量を上げると元気な声がそこから溢れ出る
『どうもー今日もやってくよー『ショーじ』のパーティートーク!』
「っ……!」
「うわっ音でか……」
音量を上げすぎて素早く音を下げる。
突然の大きな音に、咲桜も肩がビクつく。
「ていうか、これって……」
と光が呟くと、咲桜が突然声を上げた。
「あの、それって……」
「え、もしかして……これ知ってるの?」
光が画面を咲桜に向けながら問いかける。
「ちょっと見てもいいですか?」
「あ、うん」
光から携帯を受け取ると、それを見て数秒でそれが確信に変わったようだ。
「あ、これってやっぱり『ショーじ』ですよ」
「しょ?しょー……え、何?それ」
全く覚えがないと言った顔と声色で咲桜に聞く。
「最近人気の配信者ですよ。この人のトークは面白いって、人気が出てきてるらしいですよ」
一通り説明し終えると、お礼を言いながら光に携帯を返す。
携帯を受け取った光は、その動画に目を向けながら「ふーん」とだけ返す。
「そんな人の動画、なんで送ってきて——」
と言いかけると、またメッセージが届く。それも力声からで、今度は動画じゃなくある場所の地図の画像だった。それを見ると、すぐさまメッセージをよこしてきた。
『今からここ来れるか?』
(ここって……まあ、行けなくはないけど)
チラッと咲桜のことを見た。
正直、あそこから引っ張り出してきたはいいものの、無理矢理連れ出したのは自分であり、そして今度は置き去りにするのもさすがに気が引ける。というか、やってはいけない気がする。
しばらく考え込んだ後、力声にメッセージを送ってみる。
『今日じゃなきゃダメか?』
すぐに既読がつくと、シュポッとメッセージが返ってくる。
『ダメじゃないけど、もしかして何か予定ある?』
その返信にしばらく見つめながら考える。そして数秒の間時間を使った後、メッセージを打ち込み送った。
そしてすぐに携帯をポケットにしまうと、咲桜に向き直って言った。
「じゃあ明智さん、帰ろう——」
と咲桜に目を向けると、咲桜は全く違う方向を向いていた。その目線の先を見ると、そこには車、いわゆる移動販売車が止まっていた。
その隣の看板にはクリーム、チョコソースなどがたっぷり詰まったいかにも甘そうなクレープの写真。
改めて咲桜に目を向けると、目の奥でキラキラと輝きをのぞかせる顔に思える。意外と隠すのが上手いのか、それとも無自覚なのか、この顔で判断するのは難しいが、明らかにあの店を直視している時点でその方が可能性は高いだろう。
光がその姿を見ているのに気づいていないのか、先程の言葉には反応を見せていない。
はぁーと咲桜に悟られない程度に小さくため息を吐くと、心の中で自分に言った。
(俺って……面倒くさいな)
「明智さん」
「!あ、はい」
二度目の呼びかけにようやく反応を示す。
「そろそろ、帰ろ」
「あ、はいそうですよね。すみません、ぼーとして」
と帰り道に足を進めると光が言った。
「あのさ、ちょっと寄り道してもいい?時間があればだけど……」
「はい、大丈夫です」
「よかった」
ホッとしたように優しく笑いかけると、繋いだままの咲桜の手を引いてある場所へ向かう。
「明智さんは、甘いもの平気?」
突然の問いかけに意図がわからないが、咲桜は答える。
「はい、平気……ですけど……なんで——」
その場所に着くと、光は目の前のメニュー表を指さして咲桜に問いかける。
「じゃあ、これは平気?」
光の寄り道の先とは、先程咲桜が見ていたクレープの店。
意外な寄り道に咲桜は驚きを隠しきれていない。
「ここ……て、先輩!」
「うーんどれがいいかな……」
顎に手を当てながら真剣に考える光。その姿に言える言葉をなくした咲桜。
「やっぱこれ?うーんせっかくだしな……ねえ、どれにす——」
メニュー表から咲桜に視線を移すと、呆気を取られたような顔をしていた。
「え?どした?」
それはどういう感情なのかと、光は問いかけるように言う。
「——あ、いや……どうもない、です」
その様子に光はやらかしたと思ったのか、慌てて言葉をかける。
「ご、ごめん!なんか俺だけ…………嫌なら大丈夫だから」
(やっぱ間違った……?)
そんな光の言葉を聞いた咲桜は、そういうことではないと否定する。
「ち、違います!嫌とかじゃなくて……意外で!」
その言葉に首を傾げる。
「い、意外?」
「なんか、その……こういう甘いのを自主的食べるイメージが、なくてですね……」
「ああ」
納得したように声を上げる。
まあでも、よく思われることではある。ただでさえ暗い見た目してるし。
「よく言われるよ。まあ、そこまで甘党ってわけじゃないけど、たまに食べる分にはいいし」
そう言い終わると、頼むものが決まったのか「よし」と小さく呟く。
「明智さんは?決まった?」
「ふぇ?あ、えーと……」
咲桜は慌てて目の前のメニュー表に目を向ける。
種類も意外と豊富にあり、ずっと見ていると実際迷ってしまう。かと言って何個も食べるわけにも……
うーんと唸りながら、しばらくメニュー表と見つめ合うと、ようやく一つに絞る。
「よし、決めました!先輩は何にするんですか?」
「俺?うーんとね……あ、これ」
光が選んだのは、いちごがたっぷり盛り付けられており、いちごのクリーム、いちごのソースなどなど、いちごづくしのクレープだった。
「おお……」
実は咲桜も気になっていたものではあった。最後の最後まで候補に上がっていたものだが、幸い咲桜の選んだものとは被っていなかった。
「私は、これを……」
と指差したのは、真っ白なホイップクリームの上に散りばめられたみかん。そして同じ色のパウダーがかかっている。
二人はそれを購入すると、人の邪魔にならなそうな隅に移動し、早速いただいた。
ぱくっと頬張ると、盛り上がったクリームが、口の端につく。
もぐもぐと堪能していると、何やらぷるんとした食感を感じ取る。
(これって……)
最初は全てみかんだと思っていたが、これはみかんはみかんでも硬めに作られたゼリーのようだ。
上にまぶされたパウダーも、口の中でふわっと香りが広がるように工夫がされている。
甘い。でも美味しい。
ほんのり甘いクレープ生地、クリームも甘めだが、みかんの程よい甘酸っぱさもあり、甘すぎない。
(先輩にも食べてもらいたいな)
そんなことを思って、チラッと横目で見ると、光もすでにクレープを頬張っている。
真っ赤ないちごがこれでもかと乗り、ほんのりピンク色のクリームの上に綺麗に盛り付けられている。
(うまっ……)
光は声に出しそうになる口をキュッと結びながら、もう一口食べる。
クレープの店だからってなめてた。
『TEA-Main』のいちごには負けるが、しっかりと糖のあるいちご。クリームも風味くらいだと思っていたが、しっかりしたいちごの味。上にかかったソースも果肉入りときたものだ。これは合格点……などと考えながら食べていると。
「先輩」
咲桜の言葉が、光の耳に入り、思考も同時に中断される。
「ん?」
クレープにかぶりつきながら返事をすると、ずいっと咲桜のクレープが差し出される。
「これ!美味しかった、ので……どうぞ!」
ゴクンと食べたクレープを飲み込んだ光は、咲桜の言葉に答える。
「えっい、いいよ!明智さんのだし……」
「わ、私が食べてもらいたいので!」
すかさず光の言葉を返す。
「で、ても……」
「食べなきゃ後悔します!」
なんだかここまで言われてはとも思ってしまうが、さすがに食べるのもと思ってしまう。クレープのことで真剣な目で見つめられる。なんだかすごい気迫で、光は押されてしまった。
「わ、わかった。じゃあ、少しだけ……」
その言葉にぱぁぁと目を輝かせ、嬉しそうに差し出した。
「はい!」
差し出されたはいいものの、どこを食べたものか。
そんな様子を察したのか、咲桜はおすすめな箇所を教えてきた。
「ここら辺が一番いいと思います」
そう言って指差したが、ありがたいのだがそういうことではない。さすがの光でも女の子のしかも学校での人気が半端ない女の子だ、そんな子からもらうのは、少し勇気がいる。自分が差し出すのならまだマシなのだが。
食べたフリでもするか……?でもそれだと余計にダメな気がするし……
とても澄んだ笑顔に、そんなことをするのは申し訳ないという気持ちが強くなっていく。
(ああもう、どうにでもなれ!)
ぱくっと上に添えられたみかんとほんの少しのクリームだけいただく。
みかんの果汁が口いっぱいに広がり、クリームのコクとよく合っている。確かに美味しい。
もぐもぐとそれだけ味わうと、ゴクンと喉を通るのを感じてから言う。
「うん、すごく美味しい」
笑いかけながら言うと、光も咲桜に自分のクレープを差し出した。
「はい」
「え」
突然の目の前のクレープに目を丸くする咲桜に光は当然のように言った。
「さすがに自分だけってのもあれだし、これもすごく美味しかったから、お裾分け」
ニコッとした表情で言ってきた光を見つめると、視線を移して差し出されたクレープを見つめる。
ギュッと口を結ぶと、そのクレープに顔を近づけた。
「あーむっ」
口いっぱいにいちごのクレープを頬張った咲桜はしっかりその味を噛み締める。ものすごくいちご。それが一番に浮かんだ感想だ。見た目からも感じていたが、いちご感がとても強い。いちごだけではなく、クリームもソースもかなり凝っているようだ。
「すごく美味しいです!」
「よかった」
その感想を聞けただけでも満足だったのか、優しく微笑む。その顔に、少しドキッともした。
また、新しい顔を見ることができた。
咲桜は自分のクレープを再び口に運びながら、ふとそう思った。
二人は食べ終えると、共に帰りの道を歩き始めていた。
「ふぅ!とても美味しかったです、ありがとうございました」
満足気にお腹を撫でながら、咲桜は光に礼を言った。
「いいよ、俺が行きたかったから。付き合ってくれてありがとう」
車道側を歩いていた光もそんな咲桜に対してお礼を言う。
二人はふふっと笑い合いながら、いろんな話に花を咲かせながら歩いた。
ふと、光はある人が目に入る。スーツにリュックを背負った会社帰りだと思われる男性。リュックの肩紐をギュッと握りながら、下を向いて歩いている。どこにでもいる会社員の男性。メガネをかけていて、表情こそあまり窺えないが、とても暗い印象だった。
ほんの少し見ただけですぐに視線を前に戻す。やがてすれ違うと、そこで光はビクッとして足を止めた。すぐに振り返り、その丸くなった男性の背中を見つめる。
足を止めたことに気づき、少し進んでいた咲桜も足を止めて、光の背中を見る。
「先輩?」
その問いかけに、咲桜の方を見て言う。
「あ、ああ……すぐ行く」
少し後ろを気にしながらも、咲桜の元へかけ足向かい、再び歩き出した。
「知り合いですか?」
「いや、全く」
咲桜そう尋ねるので、違うことを言葉で示した。
「そうですか」
光の方を向いていた咲桜は、前に向き直り足を進めた。
(気のせい……か?)
光は密かに違和感を覚えながらも、咲桜の隣を歩いた。
今回もこれからこんなんがあるかもよーっていう感じの匂わせです。本格的な話はこれからなので、どうぞよろしくお願いします!