『覚醒』の鍵
力声はある目的のため、ビルの屋上に訪れていた。
その目的とは、ある者に会うこと。正しく言えば、確かめることがあったのだ。
そして姿を見せたのは、天神という男。
力声は天神にあることを問う。
あるビルの屋上で、一人の男が大きく伸びをしながら空を眺めていた。
はぁーと脱力したように伸びた腕を落とすと、横目でチラと後ろを見ると、ため息を吐きながら言った。
「おい、勝手に人ん中覗こうとすんな」
いつのまにか、屋上の柵に寄りかかるように座っていた人物が言った。
「あれ、バレちった?」
「バレるって……隠す気なかったろ」
「まあそうなんだけど」
よいしょっと小さく声を上げながら立つと、体に付いた汚れを落とすようにパンパンと払う。
肘の少し下くらいまである真っ黒なマントは、胸の辺りで真っ赤に輝くボタンらしきものがマントを支える役割をしている。
所々裂けていたり、ボロそうな雰囲気がある。
全身真っ黒で逆に目立ちそうで、唯一違う色は、真っ白な靴とそのボタンくらいだろう。
顔はマントのせいで目元が隠れている。
「じゃあこれは、いざって時のために取っとくよ」
何やら鍵らしきものの穴に自分の指を通して、ゆらゆらと見せびらかすように揺らして見せた。
「いざって時に使うもんじゃないだろ……」
「それはオレが決める」
「まったく……」
腰に手を当てながらため息を吐く。
「そんで?わざわざここまで来たのはオレに用があったんでしょ?ほれほれ我に話してみなさいな」
ほれほれと手招きするように手を動かす。だが、それは煽りにしか見えない。なんかムカつく。
「ムカつく……」
ぼそっと声に出てたようですぐに反応したが、まったく気にしてないように言う。
「ははっじゃあ力声の負けね」
「なんの勝敗だよ!」
相変わらず、この男には疲れてしまう。
いつの間にかペースに乗せられているというか。
この男とは、何かと長い付き合いだ。付き合いというより、基本面倒くさくて、ふざけたやつではあるが、世話になっているという言い方の方が正しい。
仕切り直すようにゴホンと咳打つと、力声は再び口を開いた。
「それで、聞きたいことがあるんだが——」
「あれ?本当にオレに用があったんだ」
「話遮んなよ!ていうかわかってたんじゃねーのかよ!」
聞きたいことも忘れて、思わず声を上げてしまう。
「ていうか、よくここにいるってわかったね」
突然そう聞いてくるので、さらっと答える。
「大体いつもここにいるだろ。暇なんだから」
「『一言』余計だよ。だってここはオレのお気に入りなんだもん」
唯一見える口元からは、ムッとした不満そうな表情が伺える。
「んなのどうでもいいし。てか、俺そんな長く居られないから、勝手に話進めるぞ」
「仕事?」
「関係ないだろ」
「面白い話なら関係ある」
「知らん」
うんざりしながら答え、また何か言われる前に、そのまま先に進めた。
「遠回しに言うの面倒だからはっきり言うが——」
力声はその男に鋭い視線を向けると続けた。
「——光を『覚醒』状態にさせたの、お前だな。天神」
ここで初めてこの男と目が合った気がする。
目元は相変わらず隠れているものの、マントの中からこちらを見ているのはわかる。
喋る気配もないので、力声は構わず続けた。
「お前のその『開放』の力で」
天神と呼ばれた男は、特に動揺することもなく、態度も変わらないまま、平然と口を開く。
「力声の言いたいことはわかった。つまりは、オレの力でその……あの……アレアレ、光って子を覚醒させたって言いたいんでしょ?」
力声はいつも通りの調子の天神に視線だけを向けて何も言わないで訴える。
しばらく何も言わず、視線だけが行き交う時間が続き、それに耐えかねて天神は思わず声を吹き出してしまう。
「——っはは、別に変に誤魔化したりしないよ。そうそう、案外気づくの遅かったね」
といつものように別の話に持っていって笑って誤魔化されるかと思いきや、あっさり白状する。
「……その感じだと、わざとか?」
視線で訴えかけていた力声もようやく口を開く。
「わざとって言い方どうかと思うけど、まあいずれ気づくことだと思ってたしわざとって言われればそうかもね」
柵の方に歩きながら、天神は当たり前というように言う。
「なんでそんなことした。しかもこんな早い段階で」
光はまだ入ってきたばかりの新人で、しかもあれは初めての仕事でもあった。
天神はなぜ光に干渉したのだろうか。
柵にたどり着いた天神はこちらを振り向くと同時に述べた。
「だって、早く終わらせてほしいから」
それは、とても簡潔な理由だった。
「は?」
思わず声を漏らした力声を置いて、天神は話した。
「オレだって、他に仕事はあるわけさ。力声もその中の一つってだけで、基本干渉する気はないよ?」
面白いことがない限り……とぼそっと言っていた気がするが、そこはとりあえず置いておこう。
「よいしょっと……」
なぜか柵の上に乗り、その上を歩き始める。実に危なっかしいが、今は関係ない。
「そっちはそっちでやってもらって構わないけど、あんまり時間かかるならオレも動かざる得ない。むしろ今まで何もしなかったんだから、褒めてほしいわーそれに——」
カンっという音を立てながら動かす足を止める。
「——力声だって、その方が都合いいでしょ?」
まるで図ったかのようなタイミングで風が吹き抜ける。
そしてこの場で初めて、天神のマントが風に煽られ、隙間から片目が覗いた。
ほんの一瞬だったが、今日はよく晴れているせいか、彼のその憎たらしいほどの美しく、そして冷酷な真っ赤な瞳が、力声の瞳を刺激する。
「……は」
その姿を見たまま、フッと口元を緩めて天神は続ける。
「未来を見通せる力は力声だけじゃなく、spiritにも大きな戦力となる。今はまだ全く使いこなせてないし、覚醒といってもまだほんの少しに過ぎない。彼の力はとても貴重だ。その力が欲しくてたまらない奴もいないわけない。力声もわかってるだろ?あんまり長い時間をかけ過ぎると、その子自身も君の大事なお友達と同じ道を辿ることになるよ?」
「…………」
「それにさ、オレには…………いや、やっぱやめとこ」
と、一人で語り続けていた天神はそう言って一人で区切りをつけた。
「天神」
ようやく力声はちゃんとした言葉を発すると、彼の名を呼ぶ。
「ん?」
再び柵の上を歩き始めていた天神は止めることなく、声だけ力声に向けた。
「俺にとって、都合がいいのかもしれない。それはまだよくわからないけど、俺は光をあいつと同じ道に行かせる気はないよ。俺の命をかけてでも」
「うわー重ー」
「重くて結構。少なくともそれくらいの覚悟はあるって話。確かにお前の言う通り、長い時間はかけてられないな。悪いけど、何か手掛かりがあったら教えてくれるか?」
「オレを頼るってことは、それなりの代償はつくけど?」
「そんなの最初から知ってる」
「よくわかってらっしゃるようで」
「うるせ」
一通りの会話を済ませると、力声は屋上を出ていった。
そこに一人残された天神は、柵の上で立ち止まりながら、広がる街並みを眺める。
しばらくして、はぁーとため息のようなものを吐くと一人で口を開いた。
「ほんと、愛が重いねー。なんの対価も無しに人と馴れ合うとか、いまだに理解できないなー」
伏せていた目をゆっくりと開けると次の一言が屋上中に響いた。
「ほんと、不愉快だ」
さっきとは別人のような低い声で、空に向かって呟いた。
こんにちは!主人公登場させるかもと言っておいて、ある意味主人公かもしれない力声を登場させた、まもるです。
なかなか出てこないですね?自分でもなんでかわかりません。代わりに謎の男が登場しましたね。その男は今後どのように絡んでいくのか見ものですね。
今後ともよろしくお願いします!