彼女の日常
高校に入ってもう慣れてきたという頃。
これは、明智咲桜の高校の日常を切り取ったお話。
「咲桜さーん」
自分だと思われる名前に、呼ばれた方向へ振り向く。
その長い髪は、少し高めに二つに結われていて、美しい淡い桜色の髪を揺らしながら言う。
「なにー?」
もう帰る支度をしていて、今ちょうど最後の筆箱をしまおうとしていたところで手を止めた。
「この人がー咲桜さんのこと呼んでよるよー」
クラスメイトと思わしき女子が、指さしていたのは、教室の外からひょこっと顔を出した男子だった。
隠す気のないバチバチのピアス、アクセサリーはもちろん、明らかに学校の規則からはみ出た姿だった。
その姿に咲桜は、薄く透き通った赤茶色の瞳をぱちくりさせる。
ニコニコとしながらこちらに軽く手を振ってくる姿は、とても目立っていた。
見たところ上級生だろうか。
正直全く覚えがない、話したことすらもない人だが、呼ばれたからには行くしかあるまい。
教室からギリギリ出ないところまで足を運ぶといつも通りの調子で問いかける。
「えっと、なんでしょうか?」
「えー敬語なんていいよーオレ健午。よろしくー」
なんでしょうかという質問に対してこの回答。言っては悪いがこの感じ、苦手だ。
だが、咲桜も嫌というほどこのような人への対応は慣れたものだった。なので、それを悟らせないようにするのは容易だ。
「えっと……申し訳ないんですけど、予定があるので手短にお話ししていただけますか?もし、無理なら後日でも構いませんが……」
「えー予定なんていいじゃん!楽しいことしようよーほら、最近できたカワイイ店!えと……らぶリー……いや違うな、ぷりてぃー?」
などと一人でぶつぶつと言っている。
誰も行くなどと言っていないのだが。
「えと、そのお話はまたでいいですか?本当に時間が……」
「待ってってー!」
戻ろうとする咲桜の肩を掴んで制止する。
今回はかなりしつこいタイプだ。いつもなら少しそっけなくしていたら引き下がってくれるのだが、そうはいかないようだ。
それに、話したいことというのも、なんとなく察しはつくのだが。
「あの……その辺で……」
近くに立っていた例のクラスメイトもアワアワしながら止めに入る。
が、全く聞く耳を持ってはくれない。
「ねーねー」
「っ……だから——」
と言いかけたところ。
「町田ー‼︎お前そんなとこで何してる!課題が出てないのお前だけだぞ!今日で最後だと言ったはずだが?」
向こうの廊下から叫びながら歩み寄ってくるのは、激怒先生だ。この学校では最終兵器とも呼ばれており、締切を守らないのはもちろんのこと、問題児、違反者などを取り締まるのに、この先生の右に出る者はいない。
「やべっ!兵器じゃん!なんでこんなとこに!」
そう言いながら、ダッ!と廊下を駆け出す。
「コラー!廊下を走るな!」
そう言いながら先生も走っているが……そこは突っ込まないでおこう。
「ああっ!またねー咲桜ちゃーーん!」
と向こうからあの男の声が聞こえたが、無視して自分の席へと戻って行った。できればもうまたがないことを祈る。
「ふぅー」
バッグに手を置きながら息を吐く。
「ごめんね、咲桜さん……」
「えっ?」
突然の声に思わず返事をする。声の主は、さっき呼んでくれていた例のクラスメイトだった。
申し訳なさが滲み出た姿で、両手を合わせて謝っていた。
「私がちゃんと対応できてれば……」
などと言うので、咲桜はすかさず声をかける。
「そんなことないよ、上級生ってちょっと怖いイメージあるし、それにそのせいで最藤さんに何かあっても困っちゃうもの」
優しい笑顔を向けてそう伝えると、少々泣きそうな様子で、最藤と呼ばれたクラスメイトは言った。
「咲桜さん……本当にごめんね、ありがとう……!」
その様子に咲桜はホッと息を吐くと、最藤は続けて言った。
「それとね、私——」
「?」
少々言いづらそうに口を動かす。
「最藤じゃなくて、内藤なの……」
その言葉に、咲桜はしばらくの間、固まることしかできなかった。
今回は、咲桜が主人公みたいな感じになってしまいました。今回の話の休憩時間的な心で読んでもらって構わないと思います。物語はちゃんと進んでるので、心配しないでください!では、次もよろしくお願いします!