初任務——戦——
衝撃の言葉に混乱する光。そんな中、戦いが幕を開けてしまう。まだ、整理しきれていない光に力声はあることを頼む。その頼み事とは一体——?
「…………霊を喰ってるって……どういう」
ありえないと言った様子で声を発する光。
その隣に居た力声は、当然のように言う。
「どういうって、そのままの意味だよ。まぁ今の段階で言うと、喰ってるっていうよりかは、取り込んでるって言った方が正しいかもだけど」
力声はその霊を指差すと、続けた。
「今のこいつは、俺たちが追っていた霊じゃない。多分もう一人の別の霊に取り込まれたんだ。おそらく、今俺たちと喋ってるのは、別人だ。そいつの気配はあるのに、霊気の量が明らかに違ってた。これは、二つの霊が合わさったからだ。でも……まだ完全に定着しきれてない。ほんの少しだが、まだブレがある」
「つまり……?」
「こいつが完全に定着したらアウト。前より手強くなったってこと」
明らかに驚きの色を見せる光。
そして、ずっと退屈そうに黙り込んでいた霊もあくびをしながら、ようやく口を開く。
「ふぁーーぁ。お喋りはそろそろ終わったか?」
その声に反応し、光は警戒をより一層強くする。
「どうだ?俺の言ってたことは当たりか?」
力声もその霊にそう返す。
「お前のその耳は飾りか?終わったかっつってんのに。それに、んなのいちいち覚えてねーよ。そんなことに頭使うだけ無駄だ」
その言葉を聞いた力声は、やれやれといった様子で手を上げ、煽るようなもの言いで口にした。
「確かに、明らかに頭悪そうな顔してるもんな」
ぶちっ!
その時何かが切れるような音を肌で感じた。それと同時に目の前の二人の目がカチッと合うと、それを合図に動き出すのを捉えた。
その霊はものすごい勢いで鉄パイプを片手にこちらに向かって来る。
力声も腰に備えていたナイフらしきものを後ろから素早く抜く。光も一瞬遅れで、横から備えていた小型ナイフを引き抜く。
「……!」
光に迫ってきた霊は一気に距離を詰め、もう光の視界を完全に支配していた。
反応が遅れてしまった。
この距離じゃ、避けるどころかナイフで受け流すこともできない。後方へ身を引こうと、地面を蹴った。光の視界が恐ろしく煌めく鉄の棒に染まったその時——
一瞬の間に、ギラリと輝きを放つと、キンッ!と金属同士がかち合う音が鳴り響く。
思わず目を閉じてしまった光が、恐る恐る目を開けると、光と霊の間にその身を滑り込ませている人物がいた。ナイフを片手にギリギリと音を立て、鉄パイプを受け止めている力声の姿があった。
霊はその様子に驚くこともせず、ただ不適に笑みを浮かべ力声に向かって語りかける。
「口の利き方には気をつけろよ坊ちゃん?年上は敬えって習わなかったのか?」
目の前の霊に対して、力声も対抗するように笑う。
「あいにくだが、お前みたいなやつを敬う技術は持ってないんでね。それに、するだけ無駄だろ?」
さらに煽るような口ぶりを叩き込む。
「口の減らないガキだな!」
言い終わると同時にもう片方の手で、もう一本の鉄パイプを振りかざす。それを視界に捉えた力声は、ナイフに思いっきり力を込め、相手を押すように距離を少し取りながら、姿勢を低くして、高く横に流れる鉄の塊を避ける。
だが、それを見越していたかのように、力声から離れたもう一方を低い位置に振りかざす。
甘い。
力声はそれが自分に到達する前に、地面を蹴った。力声の体が霊の上を舞い、霊の背後を取った力声は、その流れに乗じて横に素早くナイフをスライドさせる。
だが、惜しくも避けられてしまった。
「げっ……」
宙を舞いながら、思わず声を上げてしまう。だが、そうもしてられない。なぜなら、そいつの狙いは力声に向いておらず、少し距離を置いた場所に武器を構えていた光を捉えていたのだから。
あいつのスピードからして、着地してから向かったんじゃ間に合わない。なら——
光のもとに数センチほどの距離を詰められた瞬間。
——ここ!——
「っ!」
力声はふわりと武器を持っていない方の手で、自分に向かって仰ぐように手を動かすと、ブォォーと大きな風が巻き起こる。
すると、それは光を捉えて、横に大きく吹き飛ばす。
「っ……⁉︎」
さすがの光もびっくりして、風を遮るように腕で顔を覆いながら飛ぶ。
それと同時に力声も横に勢いよく流される。力声は、コンクリートの壁に打ち付けられる前に、慣れたように着地を済ませた。
するとすぐに光が力声の元に流れてくると、その体を受け止める。コンクリートの冷たい壁ではなく、背中に少し硬い、だが柔らかい腕の感触が伝わる。
「うっ……」
と光は小さな声を漏らし、床に足をついた。
「ふぅ」
力声は、光が無事であることを確認すると、軽く息を吐いた。
どうやら、上手くコントロールできたようだ。上手くいく確証はなかったが、ちゃんと霊だけを避けて飛ばすことができた。
気を緩めてはいられない。この霊が前より手強くなったのは確かだ。それに、厄介なのがもう一つ。
こいつは、光を狙ってる。
さっきの行動で確証に変わった。あの場面で、俺ではなく光を狙ったことだ。確かに今の光は霊気がどうしても弱い。一般人に比べれば強い方だが、先に片付けられそうな方を狙ったのだろう。だが——
力声はあることを脳内に掠める。
それは、光が依頼を受けると言った日。光が帰った後のことだった。
『本当にいいのか?』
力声はある女性に話しかけた。冬だというのに、上半身、黒のノースリーブが体の綺麗なラインを強調させる。下は工事現場で着ていそうダボッとしたズボン。そう、彼女は萩待晶子である。
『何がだい?』
わざとらしく揶揄うような、笑みを浮かべながら返す。
『しらばっくれんな。お前が光に言った霊。あれ、今指名手配してるやつだろう?』
『上司に向かってお前とは何だ、お前とは』
『話逸らすな』
『ふふっ、それで?それがどうかしたかい?』
会話に少し楽しみながら軽く微笑む。
『お前が無茶振りするのは珍しいことじゃないが、まさか初めてでそんなやつ出すか?』
呆れながら晶子にそう返す力声。
『無茶振り?それは違うな。あれは光君にピッタリの仕事だと思うがね』
『はぁ?まだ基礎をろくにできてないし、知識だって薄いんだぞ。やるにしても、もう少し低くしても……』
『いいや、その必要はない』
自信ありげにそう口にした晶子は続ける。
『言ったろ?彼にはこれが一番最適なんだ』
『……なんで』
『確かに、霊によってそれぞれ対処しやすい隊員を選出して送っている。だが、いつ、何が起こるかわからない世界に彼は足を踏み入れたんだ。それに、これは初任務でもあくまで彼の実力を測るためのものだ。本気を出せないんじゃ意味がない。それに力声もサポートについていくだろう?』
その説明に、納得がいかない顔をしながら力声は口を開く。
『……確かにそうだけど……でも、光の実力を測りたいなら、俺があまり出しゃばらない方がいいんじゃ……』
とそこで晶子が、パチンッと力声に向けて指鳴らした。
『そう、そこだよ!それで君に頼みたいことがある』
『頼みたいこと?』
当然首を傾げる力声に晶子は言った。
『彼の任務中、できるだけ君は動かないで欲しいんだよ』
『…………』
数秒使って頭を整理すると、ようやく口を開く。
『動かないって……具体的に?』
『君が動いたら、光君が動く場がなくなる。やむ負えない時は仕方ない。だが、極力私が良いと言うまで、手を出さないでほしい』
『でも、それだと光が危ないだろ。いくら実力を見たいとはいえ……」
とそこまで言うと、晶子は力声の方をポンッと叩き、ニコッと笑った。
『頼んだぞ』
力声はその内容を思い出し、はぁーと息をつきたくなる。あの時の笑顔の圧は恐ろしかった。
今の、勝手に動いちゃったけどいいよな?やむ負えない時は仕方ないって言ってたし。光が狙われているのは、こっちとしては好都合なんだろうけど、やっぱ怖い。未来を見れる力があるとはいえ、実際の戦闘は未経験だし、まだまだ穴はある。このままじゃ、実力を見せることはおろか、何もしないで終わる可能性もある。本当に面倒くさい相手をぶつけたものだ。
「ったく、さっさとやられちまえば済むのに何で避けるかな」
とその声で考えてたことを停止する。
その言葉と同時にこちらにゆっくりと着実に近づいてくる。
力声は素早く受け止めていた光の体をぐいっと自分に寄せて、光の耳元で囁きかけた。
「光」
「!」
光は静かに驚くと、構わず力声が言葉を続けた。
「え……」
ほんの小さく語りかけられた力声の言葉に思わず声が出てしまう。
「頼んだぞ」
そうとだけ言うと、ほんのわずかに足を動かすと、下に無造作に敷かれたブルーシートがざりっと音を立てた。
「走れ!」
ダッ!その言葉と同時に力声が思い切り地面を蹴った。背中を押され、光も思わず走り出す。それに遅れて、霊もその後を追う。
二人は横に並ぶように走る。
「なんかいろいろやばいー!」
光が走りながら声を上げた。
「ははは、そんなの毎日だぞ」
力声が当然のようにさらっと言ってくる。
「知ってるよ!」
などと叫ぶ。そして光はハッとしてあることを問いかけた。
「っていうか、指名手配って何だよ!初耳だぞ!」
「えーそんなこと言ったっけ?」
わざとらしさ全開で考えるような仕草もつけながら言った。
「言ったよ!」
「いやーあれだよ、霊っていうのその語呂が悪いって言うか呼びにくいだろ?その、あだ名的な感じだよ。あだ名だよあだ名」
そう言うと、光はポンッと手を叩き、納得するような様子を見せる。
「ああなるほど」
するとすぐに声を荒げる。
「って!そんなわけあるか!」
「え、ダメだった?」
「ダメとかじゃな——」
光はそこで声を止めた。
「っ!」
ハッと驚くような色を見せると、急いで振り向く。すると薄暗い通路から、シュッと何かが飛んでくる。
二人の間を通り抜けさせるように、二人は素早く避ける。
「「あっぶなー!」」
二人が同時に声を上げると、光が思わずツッコむ。
「ていうか、何であんなに鉄持ってんの⁉︎」
その疑問に力声は答えた。
「近くは工事してるとこもあるしな、鉄の十や二十はあるだろ」
「だとしても持ちすぎだろ……!」
走る足を止めずに距離を少しずつ延ばす。やがて道が二つに分かれる場所が現れる。
この辺か。
「よし、二手に分かれるぞ」
力声は道が見えてくると、そう口にする。
「もう⁉︎」
光が思わずそう声を上げてしまう。
「早くけりつけたいだろ」
「それはそうだけど……」
光は、少し不安そうな色を滲ませながらそう口にする。
「大丈夫」
そう言って、光の右肩に軽くポンッと手を置くとはっきり言った。
「お前は俺が見込んだんだ。失敗なんてしない」
「力声……」
力声の言葉に思わず名を呼んでしまう。そして続けて口にした。
「……見込んだじゃなくて、お前が無理やり入れたようなもんだろ」
じとっと力声を見つめながら言った。その様子に、ははっと笑うと力声は返した。
「はは、バレた?いい感じの流れだったから流されてくれると思ったのに」
「お前なぁ……」
はぁーと、こんな状況なのにため息が出てしまう。
「よし行くぞ」
力声の言葉で、細い通路を抜けたことに気づく。そして光は左に、力声は右に分かれてそれぞれ駆ける。
霊は遅れ気味に二手の道に辿り着くと、迷いなく光の向かった左へ曲がる。
「っ!」
霊は思わず目を見開くと、胸の辺りにスゥーと空気が通り抜ける感覚と一瞬のピリッと痺れるような痛みが襲った。
思わず後ろに身を引いたが、避けきれなかったようだ。謎の感覚に襲われた胸あたりに視線を移すと、そこにはピーと薄く線を引かれたような跡があり、そこから小さな光の粒がサラサラと風に流されていく。
斬られたのだ。
霊は血こそ出ないが、痛みの感覚は生きた人間よりは薄いが、痛いといった感覚はちゃんとある。
そしてその感覚を与えた者の正体を見るべく、前へと視線を上げる。
そこには見覚えのある、というより、さっきまで追いかけていたあいつがいた。
「油断禁物だぜ」
片手にしっかり研ぎ澄まされたナイフを持ち、余裕そうな笑みを浮かべるその人物は——
「——坊ちゃん?」
そう口にしたのは、さっき右に曲がったはずの力声だった。
光はただ道の続く限り走った。とりあえず距離を取る。そして『あること』を遂行するために駆け抜ける。
(俺やったことないけどいいのかな……)
力声に言葉をかけてもらったとはいえ、不安が全部消えるわけじゃない。
だが、せっかく時間を稼いでくれてるんだ。できなくても、やるしかない。
光は辺りの建物を見渡しながら、距離を延ばしていった。
(というか——)
じゃりじゃりと音を鳴らしながら走り、懸命に辺りを見渡しながら思った。
(めっっっちゃ走りづらい……!)
そう、下はただのコンクリートだけの場所ではなく、なんと光が曲がった先は工事地帯だったのだ。
周りには鉄骨や石など、さまざまなものが置かれており、おまけに平らな地面ではなく、でこぼこした砂利になっていた。
ところどころ大きな石を踏んだりして、たまにすごく痛い。そしてこけそう。
なんといろいろとやりづらい場所だろう。
それにあの霊——『鉄男』略して鉄男——は思った以上にハードなやつだった。
あの速さと身体能力。そこそこと言っていたが、そこそこのレベルを超えているだろうと思う。いや絶対超えてる。
とにかく、あの鉄男をどうにかするためにも、任された役をやり遂げなければ。
そしてしばらくすると、砂利が少しずつ少なくなっていき、慣れた平らな道に出る。ふると、また分かれた道が現れ、足を止めた。
(また分かれ道……)
それは真っ直ぐと右と左の三本の道になっていた。
(ここは真っ直ぐ行った方が無難か……?)
そろーっとそれぞれの道を静かに見る。どちらも特に変わった様子はなく、ほとんど同じ。暗闇が続く一本道。
そしてちゃんと周囲をよく確認してから、よく見ようと道に出る。
その雰囲気と相まって、不気味に風が吹き抜ける。
「とりあえず、真っ直ぐ行ってみるか」
と、足を動かそうとしたその時——
景色が青みがかった色に塗りつぶされ、薄暗かった辺りが照らされる。
光の脳内に流れてきた光景は——
「……!」
それを見た途端、今見た光景の通りに右側を見た。するとすぐさまパッと、まるでスポットライトを当てられたように白い光が光を襲う。思わず目を瞑ってしまい、光を遮るように、腕で顔を隠す。
状況を確かめるため、目を薄く開け始める。
そしてそのままでは収まらず、光はどんどんこちらに近づいてくる。
(まさか、車⁉︎)
と感じ、すぐさま目の前の道に駆け込もうと、足を前に出した。
だが、それではもう遅かった。
光の足より、その光の方が何倍も早くこちらに近づき、やがて全てを白く染め上げた。
「……っやば——」
最後まで言い切ることは叶わなかった。なぜなら、体も意識も全て真っ白になり、ただ胸に何かが差し込まれるような感覚が光を襲った。
光の意識はそこで途切れた。
——ガチャッ——
お久しぶりです。久しぶりというほどではないと思う人もいるかもしれませんが、言っておきます。
近々と言ったのに近々ではなかったですね。すみません。なかなか思った通りにはいきませんね。とうとう、本格的に初任務編が始まりました。ぜひ最後まで読んでくれると嬉しいです。よろしくお願いします!