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【09 ヤツメウナギの鍋】

・【09 ヤツメウナギの鍋】


 俺は”その”見た目を見て、おののいた。

「待てよ! 待てよ! オマエらの属性はクサいだろ! これはどう考えても気持ち悪いだろうがぁぁぁあああ!」

「ちょっと! 宮崎先生! 桜先輩! コウくんを押しちゃダメっ!」

 ユッキーの悲痛な叫び声も虚しく、俺は桶の中に上半身を突っ込んだ。

 そう、この、ぬるぬるの、ウナギのような魚が大量に入っている桶の中に。

「生臭い! ぁあぁっ! ぬるぬるする! シャツの中に! シャツの中に入ってくる! 助けてぇっ!」

 そんな俺の言葉を無視して桜さんが嬉しそうに喋る。

「ザキミヤ先生ぇ、たまにはぬるぬるの男の子もいいものでしょぅん」

「そうだな、何かそそるものがあるな」

「何変なBLみたいなこと言ってるんだ! クサいはどうした! クサいはっ! いやまあ生臭かったけどもっ!」

 俺はなんとか桶の中から這い出てきてツッコんだ。

 そんな俺のことはあんまり見向きもせず、ザキミヤが淡々と喋り出した。

「今日はヤツメウナギの鍋にしようかなと思って、いっぱい持って来たんだ」

 いや

「鍋ということは今から作るのかっ?」

「そう、だから今日は別棟の調理室にいるんだ」

 別棟の調理室。

 何か調理道具が汚そうだし、コンロだって油まみれでグロテスクなことになって……えっ?

「IHだ! 何で別棟の調理室がIHなんだよ!」

 俺のツッコミに頷きつつ、ザキミヤは少し自慢げにこう言った。

「フライパンはヨーロッパで人気のフライパン、包丁は日本の高級なヤツだ」

 それに桜さんが嬉しそうに声を上げる。

「すごいぃ! ザキミヤ先生! さすがですぅ!」

「……桜さん、何でザキミヤを褒めるんだ?」

「だってぇ、別棟を改造しているのは全て宮崎財閥のおかげですもんねぇん!」

「宮崎、財閥……?」

 俺は頭上に疑問符を浮かべながら、ザキミヤのほうを見る。

「まっ、私の実家の会社だ。私が関わっている以上、あんまり金の心配はしなくていい」

 いやいや、だからって普通の高校の別棟を改造するってヤバイだろ。

 考え方がヤバ過ぎじゃないか……どうなってんだ、その財閥。

 それとも財閥って全部ヤバイモノなのかな。

 そんなことを考えていると、ザキミヤが冷静に、

「この別棟はどこもかしこも改造しているからな、よしっ、コウ、ズボン脱げ、そしてパンツも脱げ」

「何でそんなに俺を脱がしたいんだよ! どういうことだよ!」

「違った、シャツを脱げ。上を全部脱げ。ヤツメウナギの鍋を食べ終わる頃には乾いているはずだ。今から洗濯すれば」

「洗濯機もあるのかよ!」

 そんな俺のツッコミには全く動じず、ザキミヤが、

「余裕である。住める。住むか?」

「住みはしないです! いやじゃあぬるぬるしているから脱ぎますけども、代わりの服ってありますか?」

「代わりの服なんてないぞ」

「じゃあ住めないじゃん!」

 ザキミヤは淡々と、

「まあそのぬるぬるのままじゃ帰れないだろ、男なんだから部活動中は上半身裸で大丈夫だろ」

 いやでも

「……ユッキー、大丈夫? 見苦しくない?」

「私は大丈夫だよ、コウくんなら大丈夫」

 俺なら、か……ユッキーと信頼関係を築けていて良かった。

 というわけで、上半身裸になると、俺の服が誰かにスッと、まるで巧い窃盗犯のように盗られた。

「いや! おい! 俺の服を返せ!」

 とは言え、俺は何に対してそう言っているのだろうと思ってしまうほど、もう姿形も無い。

 何かに盗られた。一体何なんだと思って恐怖していると、ザキミヤが菩薩のような笑みを浮かべながら、こう言った。

「大丈夫、大丈夫、田中だから」

「誰だよ! 急に誰だよ!」

「田中は私のシモベみたいなモンで、ここに住んでいるヤツだ」

「いや住んでいるヤツいるんかい! なおさら住めないじゃん! 先客いたら! いや住みたくもないけども!」

 ザキミヤはうんうんと妙に優しく頷きながら、

「田中が洗濯を責任持ってやってくれるから大丈夫だ」

「じゃ、じゃあ、ザキミヤが知っている人ならいいけども……」

 と思いつつも、何か嫌な予感がしていると、それが的中した。

「ちゃんと『ドゥフフフフ、殿方の服、殿方の服』と匂いを嗅ぎながらやってくれるだろう」

「いや大丈夫じゃねぇぇぇええ! というかザキミヤの周り、匂いに対して変態のヤツしかいないのかよ! えっ? というか女子なのっ? その田中って人?」

「ゴリゴリの女子だ。もう男子高校生をずっと遠目で眺めていたくて、ここに住んでいるくらいだ」

「じゃあめちゃくちゃ大丈夫じゃねぇ! 何か俺の服、吸うくらいの勢いだなっ!」

 激しくツッコんでいるのに、ザキミヤは普通のトーンで、

「プラホックばりに吸うだろうな」

「吸うだろうな、じゃないわぁっ! やっぱり取り返しっ!」

 俺はとりあえず廊下に出て探しに行こうとしたんだけども、ザキミヤが俺の腕をガッと掴んで、

「いやいや無理無理、コウと田中じゃ身体能力が違いすぎる。田中って結局忍者だから」

「忍者なのっ? 宮崎財閥どうなってんだよ! 忍者飼ってんのっ?」

「忍者はゴマンと飼ってるよ」

「めちゃくちゃ飼ってた!」

 ここでユッキーがカットインしてきた。

「でも、コウくんの服を吸うとか、良くないと思う……」

 ちょっと、というか、かなり不満げに呟いたユッキー。

 ユッキーの正義感が、変態砂漠のオアシスだな。

 それに対してザキミヤは笑顔で、

「まあ大丈夫、良い匂いにして返ってくるからさ」

「良い匂いって、クサい食べ物業界の良い匂いじゃないよな?」

「そこはもう普通に柔軟剤だ」

「じゃあいいか……」

 なんとか納得、なんとか納得させるしかなかった。

「そんなことより早くこのヤツメウナギの鍋を作り始めましょぅん!」

 桜さんがハイテンションで叫んだ。

 まあ確かにそうだ。

 やらないと終わらないし、あとウナギって言ってるくらいだから多分おいしいと思う。

 クサいと言っても生臭さだけ。

 魚はそもそも生臭いものだ。

 調理してしまえばクサさも和らぐだろう。

「じゃあまずヤツメウナギの説明だな。まずウナギじゃない」

 ウナギじゃないんかい!

 チクショウ! じゃあ旨いという保証が消えた!

 ザキミヤが続ける。

「多くは乾燥させて漢方として使うのだが、おいにーぶなので生で調理する」

 何でできるだけクサい方法で調理しようとするんだ……。

 まあそういう部活だから仕方ないけども。

「じゃあヤツメウナギを包丁で切り落としていくぞ。ちょうど上半身裸のコウ、掴んでまな板に乗せろ」

「ちょうどって! アンタらが俺をヤツメウナギがたっぷり入った桶に突き落としたんだろ!」

「まな板と言っても桜のまな板じゃないぞ」

「ちょっとぉ、ザキミヤ先生ぃん、そういうイジワルやめてくれますぅん?」

 ザキミヤはデリカシーゼロだなと思いつつ、俺はヤツメウナギを掴んだ。

「その怒りを本物のまな板の上に乗せたヤツメウナギにぶつけるんだ」

「言われなくてもしますからぁん!」

 そして俺が桜さんの目の前にあるまな板にヤツメウナギを投げ置く度に、バツバツ切っていった。

 ヤツメウナギは切られてもイカみたいに多少動く。

 こういうのってやっぱり気持ち悪いなぁと思いつつ、でもとにかくやらないと終わらないので、どんどん置いていった。

 そしてものの5分くらいで、30匹のヤツメウナギを輪切りにした。

 俺がヤツメウナギを持って置く行動が早ければ、もっと早く輪切りにしていただろう。

 鮮血まみれの輪切りになったヤツメウナギがまだ動いているが、それをザキミヤはさっと鍋に入れ始めた。

 どうやら俺と桜さんで切る作業をしている間に、鍋の用意をしていたらしい。

 そしてユッキーが鍋の中にネギと豆腐を入れた。

 他の食材をユッキーが切っていたらしい。

 んっ? ザキミヤがやったことは鍋を用意しているだけ……クソ、この財閥、何もしていないな。

 俺が手を洗っていると、ユッキーは醤油やめんつゆをブレンドして、鍋の中に入れている。

 味付けはユッキーか、ということはほぼユッキーの手料理か……楽しみだな。

 ……あっ。

「桜さんも手を洗いますよね、水出しっぱなしにしときますね」

「いやいやぁ、まだいいかなぁっ、完成間近に洗うから大丈夫ぅん」

「……何でですか?」

「この鮮血の香りと生臭い香りが合わさってぇん、最高……」

 ヤダヤダ、変態はイヤですね、みなさん。

 僕は嫌いですよ、こういう変態。

 もう食べ物とかじゃないじゃん。

 それは違うじゃん。

 代わりに作業が終わったユッキーが手を洗っている。

「コウくんは手を洗った?」

「うん、洗ったよ」

「ちょっと手洗い手伝ってくれる?」

 手洗いって、手伝うようなことあったっけ?

 まあいいや、ユッキーの話だから乗ることにしよう。

「いいよ、何でも言ってくれればするよ」

「じゃあ手を泡泡にしたから、私と握手洗いっ」

 そう言うと、ユッキーは石鹸で泡だらけにした手で俺の手をぬるぬると触りだした。

 えっ? どういうこと?

 ユッキーのスベスベの手が、俺の手と、ぬるぬる遊んでいるだとっ?

「握手洗いをすると一番手が綺麗になるんだー」

 そもそも握手洗いって何だ? どこの文化なんだ?

 クソ、どこの文化か分からないが、最高じゃないか。

 最高に気持ちがいいじゃないか。

 結局、両手を握手洗いし、俺の手は綺麗になった。

 ただし、俺の心はドス黒くなってしまった。

 この手で、この手で、男のある部分を触りたい!

 ……って! 変態かワレェェェエエ!

 俺は凡人! 俺は凡人だ! 料理に集中しないと!

 いやでもそうか! 上半身裸だから何か変なこと考えちゃうんだ!

 俺の服! 早く乾かないかなぁっ!

 そんなことを考えつつ、20分、ついに鍋が完成した。

「ヤツメウナギの鍋、完成!」

 そう言いながら、一丁前にキッチン手袋をして蓋を開けたザキミヤ。

 一丁前に。何もしていないくせに。

 取り分けはテキパキとユッキーがやっている。

 マジで何もしないな。

 手柄だけほしいほうなんだな、ザキミヤは。

 取り分けを終えると、みんなで「いただきます」と言って、同時に食べ始めた。

 言うてもウナギだ、絶対に旨いはずだ。

 そう思いながら、モグモグ、モグモグ、モグモグ……モグモグ……ぅ。

 泥臭い……泥じゃん、泥食ってるだけじゃん……。

 最近強烈過ぎる匂いばかりで麻痺していたけども、泥も普通に嫌だな……。

 あと別に生臭さも無くなっていないし。

 無くなるもんじゃないの?

 熱したらなくなるだろ、普通。

 まあゼラチン由来のとろとろさとコク、軟骨のコリコリ感はおいしいけどさ……。

 それ以上にとにかく泥臭い……これがおいにーぶか、何かハーブティーとか飲みたいな……。

 でも何だろう、体が熱くなってきた。

 まあ鍋だから当たり前かといった感じだが、何だか妙に、体の芯からカッカッと熱くなるような。

「ちなみにこのヤツメウナギ、滋養強壮に良くてな、ギンギンになるぞ」

 ……えっ?

 ギンギン?

 上半身裸の男がギンギンになったら、もうヤバイでしょ。

 いや、でも、そういうことか……何か、もう、たまらなくなってきた。

 そのタイミングで握手洗いを思い出す。

 握手洗いまたしたい。

 できればユッキーの手で俺の上半身を全部握手洗いしてほしい……って! クソ人間かワレェェェエエエエエエ!

 何が握手洗いだ! 上半身を洗ってもらって何が握手洗いだ! 俺が手じゃねぇっ!

 じゃあ二人で裸で抱き合ってハグ洗い……いや! 何考えてんだ! 俺はさっきからぁぁぁぁぁぁああああああ!

 ダメだ! ダメだ! ダメだ! 止まらない!

 いやとまるか。泊まる。この別棟でユッキーと二人で泊まる……違う!

 田中もいるんだろうがぁっ! 田中もいるから二人っきりにはならない! 絶対に!

 服だ! 服がいる! やっぱり人間には服がいるんだ!

 服で欲望を抑えつけているんだ! 早く服戻ってこぉい!

 と思ったところで、調理室の扉が空き、そこから俺の服を着たマネキンがズイッと顔を出した。

 最初、俺の服を着たのっぺらぼうだと思って、ぞわっとして、性欲が一気にゼロになったので、むしろ良かった。

 助かった。

「何でマネキンなんだ……」

 そう言いながら俺はやって来たマネキンに近付いた。

 ザキミヤが説明する。

「田中は基本恥ずかしがり屋だからな、自分で手渡しはできなかったんだな」

 俺はマネキンの服を脱がし始めた時、何か変な感触がした。

 やけにこのマネキンが柔らかいのだ。

 ムニュムニュして何だかヤツメウナギの桶に突っ込んだ時のよう。

 何だろう、何でだろうと思い、ちょっとそのマネキンを強めに掴んでみると、

「ぅぅぅうううううぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!」

 とマネキンが声を上げた。

 俺は突然の出来事にその場に腰砕けになり、尻もちをついた。

「あら、田中、よっぽどコウの匂いが気に入ったのね」

 そう言いながらザキミヤがマネキンに近付き、頭のあたりを掴み、何かをはぎとるように手をあげると。

 なんと実際に、何か肌色の布がはぎとられ、そこからショートカットの控えめな和風美人が顔を出し、その顔が恍惚な表情をしていたのであった。

 ザキミヤが淡々と喋る。

「田中、コウの服を着て返しに来たのね」

「そうです……」

「ほら、コウ、田中から服を奪い取らないと、脱がさないと」

「あの……ちゃんと肌色のタイツを着ているので……大丈夫ですから……」

 マネキンじゃなくて、女性の体……!

 女性の体なのに。

 女性の体を触ったのに。

 ヤツメウナギを食べたあとなのに、性欲ゼロで俺は震えていた。

 ずっと。

 ずっと。

 ずっと……。


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