【08 プラホック】
・
・【08 プラホック】
・
「今日の食材はプラホックだ!」
ザキミヤが高らかに宣言したが、勿論もうクサい。
桜さんがいつも通り俺をからかう口調で、
「コウ、ブラホックじゃないから口で外さなくていいのよぉ?」
「ブラホックだとしても口で外さないですよ! 手でいきますからぁっ!」
とツッコむと、ザキミヤがやけに明るく、
「私は口で外してほしい派だな!」
「あらぁ、ザキミヤ先生もそうなんですかぁ、私もそうですぅん」
変な方向性のヤツらばっかりで、今日も嫌な予感しかしない。
なんせクサいし。
ザキミヤは妙にハイテンションに、
「特に前で外すほうのブラホックを口で外される時なんて最高だ! ユッキーもそう思うだろっ? なっ!」
いやユッキーはまだそんな難しいこと分からないでしょ!
まずユッキーに話を振るな!
ユッキーはきょとんとしながら、
「コウくん、ブラホックってブラのアレのことだよね、手でしか外さないよね」
やっぱりユッキーの返答はこんな感じでホッとした。
ここでユッキーが『いや口で外してほしい』とか言ったら恐怖しかなかったけども。
というかユッキーに彼氏がいた時とかあったら、何かショックだし。
いやずっと幼馴染で一緒だから彼氏なんていた時無いこと知ってるけども。
でも知らぬ間にワンナイトラブを繰り返していたら、と思うと、うぅぅぅううう! そんなことはな・・・
「コウくん? どうしたの? 何だかいろいろ思案しているみたいで……」
不安そうに俺のことを見つめるユッキー。
いけない、いけない、ユッキーの恋愛事情は俺のナイーブなところだから、いろいろ長々と考えてしまった。
早くちゃんとした返答しないと。
「ブラホックは手で外すに限るだろ!」
限るわけでもないけど。
結果、変な返答になったな。
それに対して、ユッキーは、
「……コウくん、ブラ外したことあるの?」
そりゃそうなるわ。
そういう会話の流れになっていくわ。
いや。
無い、と否定する前にユッキーが喋り出した。
「無いよねっ!」
ちょっと語気を強めて、頬を膨らましているような感じもするユッキー。
何でちょっと怒っているんだろうか。
いやいや
「無いよ、無いっ」
「当たり前だよ! コウくんは無いに決まっている!」
そう嬉しそうに叫んだユッキー。
いや、幼馴染にモテてないイジリしないでよ……。
しかもイジって喜んでいるって、何か、ちょっと心が沈むな……。
もっとモテないとユッキーを振り向かすことなんてできないんじゃないか。
少なくても馬鹿にされている間はダメだ、もっといい感じの男を演出しなければ。
「まあコウがブラ童貞ということが分かったところで、プラホックの説明をするか」
いやザキミヤ、もうそこは普通に童貞でいいだろ。
そんな細かく童貞を区分けするな。
「ザキミヤ先生、お願いしますぅ! ……まあアタシは知ってるけどねぇん!」
そう言ってこっちのほうを見る桜さん。
いやまあ俺たちへの説明なんだろうけども、そんな恩着せがましく見られても。
ザキミヤが説明を始めた。
「プラホックというモノは簡単に言えば魚醤だ。カンボジアにトンレサップ湖という湖があるんだが、そこで採れる淡水魚に塩を入れて発酵させたモノだ」
まあこのあたりは普通の作り方だ。
まだ本物が出てくる前から匂うほどのモノとは思えないなぁ。
「まず淡水魚を干し、水と塩を加えて漬ける」
なおさら普通というか、クサさがあんまり出そうな要素すらない。
干しちゃってるわけだし。
「そこに生の淡水魚のペースト状を加えて塩漬けにしたものだ」
「いや何で干した魚にまた生の魚入れちゃうんですか! 意味分かんない工程踏んでますね!」
「そういうもんなんだから仕方無いだろ。で、5ヶ月くらい発酵させて完成だ。まあ調味料だな。というわけでそのプラホックを今日はブラに染み込ませてきました!」
そう言って、くすんだ色のブラを袋の中から取り出したザキミヤ。
いや!
「何でブラに染み込ませたんだよ!」
「あんまりクサくない食品だからゲーム性を高めようと思って」
「いっつも思うけどもゲーム性なんていらないんだよ! あと十分クサいからなぁぁぁああああ!」
それにしても、何か、デカいブラだな……ユッキーのビキニ姿もめちゃくちゃデカかったけども、それよりもデカい。
……というか、これ、ザキミヤのブラということか?
いやちょっと待て、これはヤバイぞ……私物のブラだったら、かなりヤバイぞ……。
ここで桜さんがちょっとムッとしながら、
「……ちょっとぉん、ザキミヤ先生、それ私への当てつけですかぁん?」
「そうか、桜はまな板だもんなぁ、桜にはまな板ブラで漬けてくれば良かったか」
「まな板って言わないで下さぃ! 小さいには小さいなりの良さがあるんですぅ!」
俺はそんなことより聞きたいことがあって、
「というか、あの、そのブラって、やっぱりザキミヤの、私物の、ブラなのか……」
するとザキミヤは淡々と、
「初めて人間と喋ったフランケンシュタインのようなたどたどしさね、まあ答えてあげましょう、私物のブラです」
まさかこんなタイミングで、マジの、生ブラを見ることになるとは……何だ俺の人生……落ち込むわ。
落ち込んでいるのに、どこか喜んでいる自分がいて、さらに落ち込むわ。
これ、プラホックが染み込んだクサいブラだからな! 俺!
「じゃあ、まずはコウ、チュパチュパ吸いなさい」
と言いながらザキミヤはそのブラを服の上から付けだした。
「せめてそのまま渡して下さいよ! いや食いたくも実際無いですけども!」
俺のそんなツッコミに、首を傾げながらザキミヤは、
「いやだって、ブラ童貞のコウにブラだけ渡したら可哀相じゃないか。というか変態みたいじゃないか」
「みたいじゃない! 変態ですから! ザキミヤがっ!」
するとザキミヤは教師のような表情を浮かべながら、
「私は全然変態じゃないし、私はただコウに良い気持ちになってもらおうと、付けた状態で吸わせようと思っているだけ」
「いや付けた状態で吸ったら変なトラウマできるだろ! ブラってクサいんだという間違った記憶がより植え付けられそうだろ!」
「それは別に直でそのままコウに渡して、勝手に吸ったところで、トラウマができる時はできるでしょう」
「せめて真っ白なブラ童貞でいさせて下さいよ! 何だよ! そのくすんだブラ! ブラに魚醤を染み込ませるな!」
ザキミヤは少し嫌な顔をしながら、
「ゲーム性あって楽しいと思ったのに、そんな否定してくるとは」
「そもそも本当にゲーム性って日本語で合ってんのかよ! 異常性じゃないのか! 正しい日本語は異常性じゃないのかぁぁぁぁぁあああ!」
「私分かりましたわぁん」
桜さんが怪しく笑いながら手を挙げた。
何だか良い未来が見えない。
桜さんは続ける。
「ザキミヤ先生が付けるんじゃなくて、ユッキーが付けたらコウは吸うと思うわぁん」
何だとっ! その未来!
ちょっと興奮するじゃねぇか! ……じゃねぇぇぇええええええ!
ダメだ! ダメだ! ユッキーを異常な世界に巻き込むわけにはいかない!
「……コウくん、私が付けたら吸ってくれるの?」
「いっっっや! というか何でユッキーは俺に吸ってほしいんだよ!」
「だってコウくんってあんまりクサい食べ物、食べてくれないから……私はもっとコウくんにクサい食べ物を食べてほしい。魅力を分かってほしいの」
そんな真っすぐな瞳で俺を見ないでほしい……どうしよう、そんな、甘い誘惑、こんなクサいのに甘い誘惑があるなんて。
「ほらほらぁっ! とりあえずユッキー、付けてみてぇ!」
桜さんはザキミヤからブラを受け取って、一旦、自分の胸のところに合わせてみて、勝手に一瞬落ち込んでから、そのブラをユッキーに渡した。
勝手に自損事故すな。
「じゃあ付けるね、コウくん……」
そう言ってブラを付けだしたユッキー。
ちょうど今日は授業のラストが体育で、ジャージだったので、そのまま付け始めた。
服の上からとはいえ、ブラを付ける姿を見てしまった俺。
うぅぅううう! 何かいろいろヤバイな!
というかザキミヤのほうがデカいと思っていたブラだったが、いざユッキーが付けると、ユッキーもギリギリといった感じだ。
そうか、ザキミヤは薄着だけども、ユッキーは制服を着ていて厚着だから、その分ギリギリになるということか。
何の脳内解説だ。
俺死ね。
「コウくん、私のブラ……吸って……」
えっ、何これ、どういう世界観で今生きているんですか? 俺ら。
セカイ系ってヤツですか? いや全然違うわ! この世の終わりじゃないわ!
この世の始まりだわ! いやこの世の終わりみたいな遊びだわ!
「コウ、手は使うな」
ザキミヤから妙に厳しい口調で激が飛ぶ。
いや激か?
というか吸っていいのか、本当に吸っていいのか。
こんなことしているヤツ、絶対モテないだろ。
んでもって嫌われるだろ。
「コウくん……私のこと嫌……?」
いや! 嫌なわけあるかっ!
「コウくん、私のこと嫌いじゃなかったら、吸って……」
何これ何これ、どういう状況?
えっ、吸ったほうがモテる世界線ってあるんですか?
というかまずこの状況の世界線が無いわ!
「コウくん、お願いします……」
そう言って唇を震わせながら、目を瞑ったユッキー。
背徳感がヤバイな! いいのか! いいのかっ!
……いや、いくぞ! 俺は、今、ユッキーのブラ(実際はザキミヤのブラ)を吸うぞ……!
俺はブラに唇を付けて、チュウチュウと吸い始めた。
「んっ、んんっ」
顔を震わせながら、まるで本当に吸われているかのような声を出すユッキー。
何だこれ、ユッキーって衣服に神経巡らせるほうなんですか?
それにしてもクサい、そしてしょっぱい、しょっぱクサい、でも心の中は甘く満たされていく。
ヤバイ、トラウマじゃなくて成功体験ができそうだ。
ブラに魚醤を染み込ませることが俺の勝利パターンになりそうだ。
嫌だ、嫌だ、変なパブロフの犬だけは植え付けられるな、俺。
「んっ、んっ、ちょっと……コウくん……」
ん? 何だろう。
ユッキーは顔だけではなく首まで紅潮させている。
「……あんまり私の顔ばかり見ないで……」
あっ。
俺、ずっとユッキーの顔見てたわ。
これは、あの、反省ですね……。
吸うのを止め、一礼して離れた俺。
嫌われたか……?
「コウくん、おいしかった?」
「なんというか、うん、しょっぱかった。コクはあったかな」
「良かったぁっ! ありがとう、コウくん!」
そう言って天使のように笑ったユッキー。
良かった、嫌われていなかったらしい。
「良い映像とれましたねぇん」
「あぁ、永久保存版だ」
いや! おい! 桜さんとザキミヤ!
「ビデオカメラ回してんじゃねぇよ!」
するとザキミヤが冷静に、
「大丈夫だ、卒業式に流してやる」
と言うと桜さんが笑いながら、
「ヤダぁっ! それ見たいから私、留年しようかなぁん!」
「絶対に流させないからな!」
何だこの教師に先輩。
教師には転任してほしいし、先輩は今からでも卒業してほしい。