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【06 キビヤック】

・【06 キビヤック】


 ザキミヤが高らかに言い放った。

「かの冒険家、植村直已さんも北極探検の時はいつも携帯していた食品、キビヤック!」

 いや、くせぇな! 今日も今日とて、くせぇな! 何なんだよ、この部活!

 そのキビヤックという聞き慣れない言葉に桜さんが反応した。

「キビヤックぅ! ……ザキミヤ先生ぇ、すごいルートをお持ちでぇん……」

「当たり前だ、私はみんなの先生だぞ、夢を叶えることが大人の役目だ」

 いやいや、どう考えてもクサがる生徒を見ていたい、ザキミヤの私欲だろ……。

 ここでユッキーが俺も思っていた疑問を投げかけた。

「宮崎先生、桜先輩、キビヤックって何ですか?」

 ザキミヤが得意げに喋り出した。

「簡単に説明すると……エスキモーの食品で、巨大アザラシの肉や内臓を取り除き、その腹の中に羽根をむしらないアパリアスという海燕の仲間をアザラシの腹の中に100羽詰め込み、釣り糸で縫い合わせ、土の中に埋め、3年ほど置くと、お漬物”キビヤック”の完成だ」

 その長ったらしい説明に俺は魂のツッコミを入れる。

「いや全然簡単じゃねぇ! 異常な文章が何度も出てきたぞ! 何でわざわざ巨大なアザラシの腹の中に入れるんだよ!」

「エスキモーの知恵よ」

「人間の知恵って怖っ!」

 桜さんが割って入り、

「確かにぃ、フグの卵巣を食べようとするぅ、文化がぁ、日本にはあるしぃん、人間の知恵って怖いわねぇん」

 それに頷きながら、ザキミヤは続ける。

「で、本来はアパリアスの状態のまま食べるんだけども、今日は別の容器に入れてきたから」

 と言ったので俺はハテナマークを浮かべながら、

「アパリアスの状態? いや液状になっているんでしょ」

 しかしどうやら違うといった感じに顔を横に振ったザキミヤは、

「ううん、アザラシは溶けてどろどろになっているんだが、アパリアスはな、羽根が腐らないんだ。だからアパリアスの見た目はそのままなんだ。まあ中身はどろどろだけども」

「何か怖っ!」

「食べ方はアパリアスの尾羽根を引っ張って抜き、露わになったアパリアスの肛門に口をつけ、チューチュー吸い出して食べるんだ」

 いや肛門に口をつけるって、そんな!

「気持ち悪さすごいじゃないですか!」

「本当は高校生がアパリアスの肛門に口つけてるところ見たいんだが、さすがにそれだと空輸がうまくいかないから」

「何なんですか、ザキミヤのその見たい根性。本当怖いですよ」

 正直ちょっと引いている俺。

 いやもうちょっとじゃないわ。

 とか感じていると、ザキミヤが多分キビヤックを入れてきた箱に手を掛けながら、こう言い放った。

「哺乳瓶に入れてきたぞ!」

 そう言って、哺乳瓶を取り出したザキミヤ。いやクサいな! 哺乳瓶という異質さよりもまずクサいな!

 桜さんは恍惚な表情を浮かべながら、

「クサい哺乳瓶ってぇん、またぁ、オツねぇん」

 ユッキーも何だか嬉しそうに、

「貴重そう……すごいです! 宮崎先生!」

 2人のリアクションに満足げに頷くザキミヤ。

 そしてザキミヤが、

「一応コウの分もあるけど、オマエはどうする?」

「いや俺は、大丈夫です……」

「そうか、じゃあコウ。オマエはパンツ脱げ、肛門出して雰囲気作りしろ」

 そう淡々と言ったザキミヤ。

 いや!

「俺海燕の仲間じゃないんで! 人間の肛門と海燕の肛門は全然違うでしょ!」

 ここで桜さんがザキミヤを援護射撃する。

「いいじゃないのぉ、たまにはコウもパンツ脱ぎなさいよぉん」

「何で毎回パンツ脱がそうとするんですか! 絶対脱ぎませんからね!」

 そんな俺のいつものくだりはガン無視し、キビヤックが入った哺乳瓶に興味津々なユッキー。

「飲んでいいですかっ」

 目を爛々とさせながら、こっちのほうを見たユッキー。ザキミヤは、

「勿論! 飲みなさい!」

 そう言った瞬間にすぐ哺乳瓶を吸い始めたユッキー。

 いや哺乳瓶吸ってる高校生ってどうなんだよ……。

「んっ、んっ、んっ、んっ……」

 しかもクサいからな。

「んんんんんんんっ! ぁぁぁあああああっ! ……すごいクサい……でも……飲んじゃった……」

 そう言って舌を出し、肩が動くほど強い呼吸をするユッキー。

 それを見た桜さんも哺乳瓶を手に取り、吸い始め……る、と思ったら、哺乳瓶の先を舌でツンツンし始めた。

「何してんですか、桜さん……」

「自分をじらしてんのぉん」

「馬鹿なんですか」

 すると俺のほうを妙に艶めかしく見てきた桜さんが、

「そうだぁ、コウぅ、貴方が哺乳瓶持ってぇん」

「何でそうなるんですかっ!」

 ザキミヤがカットインし、

「いや暇なんだから持ってやれよ、女子に恥をかかすなよ」

「暇というか、この距離からでも全然クサいんですけども」

「早くぅん」

 ブリッコのように体を揺らす桜さん。仕方なく、哺乳瓶を持つことにした。

「位置高いんだからぁ」

 立っていた俺は、イスに座っていた桜さんに合わせて口元に哺乳瓶を持っていたが、なかなか吸おうとしない。

 いや別に高くないぞ、ちゃんと桜さんの高さだぞ。

「もうぅ」

 と言いながら桜さんは床に正座した。

「いやいや! 桜さんが低い位置にいったじゃないですか、今! 高さは合ってたでしょ!

「もっと下にしてぇ」

 一体何なんだと思いつつ、哺乳瓶の位置を下にすると、

「そこそこぉっ! やっぱりコウは男の子ねぇ、分かってるぅ!」

 と言ったので『んっ?』と思い、今自分が持っている位置を見ると、なんと哺乳瓶が自分の中央線の、真ん中の、股の部分にきていて、ワッと驚いてしまった。

「ちょっとぉ、そこがいいのにぃん」

「何考えてるんですか! 桜さん! 肛門は前じゃないですよ!」

「私はノーマルなんでぇ、肛門よりもぉ、そっちが好きよぉん」

「いやいやクソアブノーマルですよ!」

 と言い合っていると、いつの間にか桜さんの隣にユッキーが正座して、やって来ていた。

 何故かちょっとイライラしているような表情で、こっちを睨み、こう言った。

「私にもコウくんのちょうだい……」

 思うに、どうやら構ってほしかったようだが、それにしても言い方っ。

「2人でぇ、舐めよっかぁん」

 と桜さんが嬉しそうに言うと、ユッキーは首を横に振り、

「私の番!」

 と割と大きな声でユッキーが叫んだので、桜さんはフフッと怪しい溜息をつき、

「じゃあ私はぁ、コウの分のキビヤックをぉ、頂こうかなぁん」

 と言い、立ち上がり、別の哺乳瓶を手にし、イスに座って吸い始めた。

「コウくんの、ちょうだい……」

 そう言って舌を出したユッキー。

 いや意味分かってんのか!

 いやまあ分かっていないんだろうな。

 俺も床に正座して、ユッキーの口に哺乳瓶を差し出し、それをユッキーは嬉しそうに哺乳瓶を吸い出した。

 やっぱり意味は分かっていないみたいだ、そういう行動の疑似ということは分かっていないみたいだ。

 まあ分かっていたら何か怖いけどな。人間の知恵って怖いって思うけどな。


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