【03 シュール・ストレミング】
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・【03 シュール・ストレミング】
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悪臭部は基本、本棟から離れた別棟の教室で部活動をおこなっている。
その理由はクサいからという、根本過ぎて笑っちゃう理由なのだが、今日はその別棟の、学校の敷地内の一番端の外にいた。
ザキミヤが高らかに宣言した。
「今日はクサさの王様、シュール・ストレミングを食べるぞ!」
テレビやユーチューブで見たことがある。主に罰ゲームで見たことがある。あの缶詰のヤツだ。
ニシンの発酵食品で、缶に入れた時、あえて加熱殺菌をしないことにより、缶詰にしてからも中でどんどん発酵していき完成する。
いや加熱殺菌はしろ。
「宮崎先生、何で外なんですか?」
不可思議そうな瞳でザキミヤを見つめるユッキー。
それに対して、ザキミヤは淡々と答える。
「ユッキー、良い質問だ。外でやる理由はただ一つ。室内で開けると死ぬからだ」
そんな食品あるかぁ、とツッコミたいところだが、俺も事前に調べているので知っている。本当に死んでしまうほどクサいそうだ。
だが、分からないところもある。それは桜さんが水着になっているところだ。
桜さんは俺のほうをニヤニヤしながら見て、
「コウの趣味が分からないからぁ、勘でビキニじゃなくてスク水にしたよぉん」
「いやいや! まず何で水着か分かんないですし! あと全然ビキニのほうが好きです! 勘でスク水は正直失礼ですよ!」
「じゃあユッキーがぁ、当たりねぇ」
そう桜さんが言うと、ユッキーは目を見開き、驚きながら、
「当たりだったのか!」
「当たり?」
「じゃあ私も、脱ぐね、コウくん……」
そう言うと、ユッキーは服を脱ぎ始め、ビキニになった。
いやいやいや! 何で水着か分かんねぇし、ユッキーのビキニって、ちょっと、マジで、デカいし、モデル体型だと思っていたら着痩せするほうだったというわけか、いや冷静に分析していないで何だこれ、というか何というか……マジで何なんだ!
「いや! 何なんですか! これぇぇええええ!」
俺が叫ぶと、ザキミヤが全くもって普通のトーンで、
「シュール・ストレミングは缶を開けると、中身が噴き出るんだ。だから捨てていい服か、水着でやるべきなんだよ」
「じゃあ事前に俺にも教えて下さいよ! 俺全然普通の学生服ですけどもっ!」
するとザキミヤは全く躊躇の無い声で、
「オマエは脱げばいいじゃん、パンツ」
「何でそんなに俺のパンツを脱がしたいんですかぁぁぁああ!」
桜さんはクスクス笑いながら、
「かわせばいいのよぉ、コウはぁ」
「かわせるほど運動神経良ければ、こんな部活に入ってませんよ!」
と言ったところで、ザキミヤがコホンと一息をついてから、
「まあハッキリ言ってしまえば、コウは前のめりでこの部活に入ったわけじゃないから、ガスが噴き出し終わるまでオマエは遠目で見てろ」
変なところ優しいな、この教師は。
というかザキミヤは普通の服だから、ユッキーと桜さんで開けるのかな。
と思っていると、急にザキミヤは服を脱ぎ、SMのボンテージみたいな服になった。
「さてと……」
「何だよそのチョイス! 水着でいいだろ! 馬鹿かよ! この教師!」
「こんな時でしか、外でこういう恰好出来ないしな」
「そんな時でもねぇだろ! 何でシュール・ストレミング開ける時なんだよ!」
俺が渾身のツッコミをすると、ザキミヤは全く動揺せずに、
「いざという時、クサい匂い付いてるほうが男も興奮するんだよ」
「いざという時の話をし出すな!」
すると、ユッキーが首を傾げながら、
「……コウくん、いざという時って何?」
「ユッキーはそんなこと気にしなくていい!」
俺はめちゃくちゃ早口でそう言い切った。
ユッキーの好奇心旺盛なところは、こういう時、困る。
というかそもそもユッキーが旺盛満開で、こんな部活を見に行こうと言わなければ、こうはならなかったのだろうな。
ザキミヤが缶に手をかけ、
「じゃあ開けるぞ」
桜さんは無駄に呑気に、
「浴びたいものねぇ」
ユッキーはおそるおそるだけども、
「私も近くに……」
俺は無論遠目、かなり遠目にしておいた、なんせ分からないから。
ザキミヤが、即席のテーブルの上に置いたシュール・ストレミングの缶詰の前に立ち、缶切りに力を入れて、缶詰を開けた瞬間、物凄い音が鳴った。
プシューとガスが噴き出す音と共に、打撲した箇所のような色をしたニシンの発酵食品が噴き出し、ザキミヤは勿論、近くに立っていたユッキーや桜さんにも掛かり、一気に体中がベタベタになった。
俺は遠目にいたので、掛からなかったが、匂いはもう来ている。
近くにいた3人は皆、匂いでえずいている。
何だこれ、何がおいにーぶだ、えずき部じゃねぇか。
特に桜さんはヨダレを垂らすくらいえずいている。あらヤだ、怖い。
なんとかガスが噴き出し終わった時には、3人とも地面に腰を落とし、骨抜きにされていた。
とんだジゴロだな、シュール・ストレミング。
さて、ゆっくり近づいていくと・・・
「くっっっせぇぇぇぇえええええええええ!」
全然まだまだクサい。終わりなきクサさ。
これを永遠と呼ぶのだろう。永遠なんて言葉は存在しないと思っていたが、まさか存在したとは。
でもまあ人間には怖いところがあって、段々慣れていくのだ、急速に順応していくのだ、人間怖っ。
しかしまだ崩れ落ちたままの3人。生きてんのかな。
隣に立って、やっと生きていることが分かった。
ユッキーは顔を真っ赤にさせて、息遣いが荒い。
桜さんは仰向けに寝そべって、口の周りがヨダレまみれになって、恍惚な表情を浮かべている。
ザキミヤはそんな生徒を見て、とても嬉しそうに興奮していた。
嫌な部活だなぁ。
嫌悪感丸出しの俺にザキミヤが話し掛けてきた。
「おう、コウ、オマエは元気そうだな」
「まあ遠くにいて、徐々に慣れていったんで」
「最初の一口目はコウにやるよ」
そう言って俺にウィンクしてきたザキミヤ。
いや!
「いらねぇよ! 俺は安否確認に来ただけだ!」
「いや実際私は食べたことあるんだよ。だから人が食べているところを見たいんだよ」
「でしょうけども、ユッキーか桜さんに食べさせて下さいよ」
「こんな状況の女子に食べさせるなんて、やっぱりオマエはドSだな……」
そう言って少し恐れるようなポーズをとったザキミヤ。
いやいや
「何でそういう発想になるんですか!」
「分かった。このボンテージはオマエにやろう」
「マジでいらねぇよ! 着ねぇよ! 男のSでもボンテージ着てねぇだろ!」
とボケたりツッコんだりしていると、か細くなったユッキーの声が聞こえてきた。
「……コウくん、私が食べるから大丈夫」
そう言うと、シュール・ストレミングを浴びてドロドロなユッキーは立ち上がり、ゆっくり缶の前に立った。
俺はその缶詰の中のヤツを食べるよりも、浴びたヤツを食べたほうが早いんじゃねぇの、と思って見ていると、ユッキーはテーブルの上に置いていた割り箸で、シュール・ストレミングを食べ始めた。
「んんっ……」
まるで体に電撃が流れたように震えるユッキー。いや大丈夫か。
しかしユッキーの口は止まらない。
「ぁっ、ハッ……んっ……んーーーーーーーんっ!」
体全体を震わせながら、シュール・ストレミングを咀嚼していく。
震えているせいで、水着のせいで、体が大きく揺れていることが分かり、目のやり場に困った。
でも見ちゃう、まあ見ちゃう、それは仕方ないことですよね。
「ぁっ、ぁっ、ぁぁっ……ハァ、ハァ、ハァ……」
何かに耐えるように、前屈みになって、舌を出し、荒く息をするユッキー。
どうやら最初に口へ含めた分は食べきったようだ。
舌の先からヨダレが垂れてきそうなほど、舌の先が潤っていて、妖艶だ。
というか細部まで見ちゃってるな、これが俺の高校生活なんだな。
「ユッキー、どうだった?」
ザキミヤが変態監督のように目を輝かせ、感想を聞いた。
それに対してユッキーは、
「痺れます……何だか、炭酸みたいで、炭酸の塩辛です……ハァ、ハァ……」
と言ったので、俺は疑問符を頭上に浮かべながら、
「炭酸? 炭酸って、コーラとかの炭酸ジュースの炭酸?」
「そう、コウくん、その通りで、本当ジュースの炭酸……」
最初は味覚がおかしくなったのかと思ったが、よくよく考えればそうかもしれないと思った。
炭酸ジュースの炭酸は、水の中にガスを入れて炭酸にすると聞く。
噴き出るほどのガスが中に入っていたわけだから、そうなるのかもしれない。
……と考えていると、ユッキーが揺れ出し、
「ハァ、ハァ……もうダメ……」
と言って倒れてきた。
俺は急いで支えて、ユッキーを抱きしめた。
いや! 水着のユッキーを! 抱きしめちゃった! いや!
ちょっ! えっ! ……って!
くっせぇぇぇぇえええええええええ!