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【02 はじまり】

・【02 はじまり】


「ぁ、ぁぅ、コウくんが、コウくんの、食べさせて……」

「変な声出すなって、ユッキー」

 俺の目の前に座り、黒い布で目隠しをして、両腕の手首を後ろで結ばれて、口を開けている女子が幼馴染のユッキー。

 そしてそれを興奮状態に陥りながら、食い入るように見ている女子高生が、この部活の部長、桜さん。

 さらにこの状況を俯瞰して見て、ニヤニヤしている変態女教師が、部活顧問のザキミヤこと宮崎。

 ……まあ、今のところ、目隠しされている幼馴染に、スプーンで口の中に白くてネバネバした物体を入れようとしている俺のほうが変態っぽいが、これはやらされているだけで、俺の趣味ではない。

「は、早く、コウくん……ぅっ……ぁ、ぁあ、はぁ、はぁ……」

 ユッキーは少し赤らめた頬をこちらに向けて、懇願しているようだった。

 が、

「ユッキー、やめようか」

 あまりにも異常な状態に俺は怖気づき、そう提案したのだが、ユッキーは

「ぅうん、これが、これが、ぃいの……はぁ、はぁ……」

 まあ一番の変態はユッキーなんだけども。

 そう思っていると桜さんが、

「コウぅ! 幼馴染をじらすなんてぇ! なんてぇ! なんてぇ! イイぃ! 素晴らしぃ!」

 と。

 三尺玉の花火が成功したかのような拍手をする桜さんも変態なんだけどね。

 まあそもそもこのやり方を指示したのも桜さんだから、一番の変態は桜さんか。

 と思ったところでザキミヤが息遣いを荒くしながら、こう言い放った。

「若い男女の”クサがる”姿……ぞくぞくするぜ……」

 まあこの『おいにーぶ』を創設し、俺たちを巻き込んだこのザキミヤこそ一番の変態なんだけどね。

 ……変態ばっかだな! この部活!

 俺以外、変なヤツばっかじゃねぇか! 辞めたいけど辞めると絶対ザキミヤから最悪な嫌がらせをされるだろうし、ユッキーを一人にさせたくねぇし、まあ、しょうがないが、こうやって付き合ってやるしかねぇが……クソ……クソ……クソ!

 クソっ!

「くっせぇな、コレぇぇぇえええ! ユッキー! やっぱり自分のタイミングで食べたほうがいいって!」

 おいにーぶ、とは、通称悪臭部と呼ばれる、クサい食べ物を研究し、食べる部活だ。

 要約すると、ザキミヤが独自のルートで手に入れたクサい食べ物を生徒に食べさせる部、何だこの部。

 去年まではザキミヤと一年先輩の桜さんの同好会だったが、元々クサい食べ物が好きだったユッキーが入学と同時に入り、俺はユッキーに誘われて部屋に入った瞬間に運命が確定した。

 本当は断るつもりだったが、部屋に入って以来、ザキミヤが執拗に俺を追いかけ回し、今に至る。

 俺の自戒の回想という名の、小さな走馬燈はいいとして、すぐに現実へ引き戻すかのようなザキミヤの語気を強めた言葉が飛んできた。

「その程度でクサがるな、コウ。ただのイカの魚醤みたいなもんだぞ」

 いや!

「でも白くてブヨブヨしてますよ! コレぇぇえええ!」

 俺が生娘のような叫び声を上げると、桜さんは至って冷静に、

「発酵しているんだからぁん、ブヨブヨしていて当たり前じゃないのぉ。というかもしかするとコウぅ」

「何ですか、桜さん、そんな今にもヨダレが垂れそうな緩んだ口元して……」

 と少し嫌悪感を出しながら俺が返事をすると、桜さんは今日も今日とて絶好調みたいな表情になりながら、

「このイカの白いブヨブヨがぁ、まるでコウのアソコから出るアレみたいでぇん、ユッキーにそれを食べさせると思うとぉ・・・」

 っ!

「何言ってんですかぁぁぁあああ! 全然そんなん考えてないですよ! 馬鹿ですかぁぁぁああ!」

 今日一のデカい声が出た俺に、ザキミヤが淡々と

「ん、そうなのか、コウ、じゃあズボン脱げ」

 と言ってきたので、俺は意味が分からず、

「急にどうしたんだよっ! ズボン脱げなんて言う教師いるかぁぁあああ!」

 それに対してザキミヤは自分を指差しながら、

「いるいる、ここにいる、ここいる上にパンツ脱げ」

「何で、ズボンで了承してないのに、もっと上にいこうとしてんだよ!」

 そして桜さんがどうでもいい相槌。

「上というか下だわぁん」

 ここでずっと待っていたユッキーがカットイン。

「コウくん、何でズボン脱ぐの? 鍛えるために重りでも付けてるの?」

 いやいや!

「脱がないし、そんな昭和の筋トレグッズ付けてない!」

 と俺がツッコんだところで、ザキミヤが平熱のテンションで、

「ユッキーはまだ何のことか分かっていないようだな、よしっ、コウ、いっそのこと調教してやれ」

 馬鹿か!

「やんねぇって言ってんだろがぁぁぁあああ! 馬鹿じゃねぇのっ! この教師!」

 と俺が激しくツッコむと、ザキミヤは少しムッとしながら、

「桜、コウがそう言いつつ反応してないか近くに行って見てやれ」

「はぁいぃん」

「いや反応してねぇから!」

 そう言いつつ、若干前屈みになってしまっている俺、うん、これはしょうがないだろ。

 変態三連発とはいえ、全員それぞれ美人である。

 ユッキーは茶髪のポニーテールで髪から既に明るさが出ていて、たぬき顔のような優しい目元と口元、しかしフェイスラインは引き締まっていて体全体も痩せている。

 まるでファッションモデルのようなその体型は、正直、男の俺でも憧れるところだ。

 桜さんは黒髪のロングで日本人形のようなサラサラヘア。顔も清楚な女優さんといった感じで、桜色の唇が妖艶だ。

 スタイルは平均的な身長に、やや残念なまな板の胸だが、そこがまた全体の雰囲気に合っているとも言える。

 ザキミヤは赤髪のショートヘアでそこからもう攻撃的な性格が滲み出ている。目は吊り上がっていて、ユッキーがたぬきならザキミヤはキツネだ。

 性格の悪いキツネが鈴を転がすようにいつも笑っている。スタイルは外国人のような、いわゆるボンキュッボンで正直ヤバイ。

 そんな美人たちからそんなネタばかり振られると、さすがにどうなってしまいそうな感じになってしまう。

 こういう時はこうすることに限る、そう、デカい声出してさっさと終わらせることだ。

「よっしゃ! ユッキー! 食べさせるからそこを動くなよっ! 桜さんも来なくていい!」

「ぅん……来て……コウくぅん……」

 ユッキーは頬を紅潮させ、クサい食べ物が口に入ることを今か、今かと待っている。

 たいしてクサくない食べ物だからゲーム性を出すため、ということで、目隠しした相手にスプーンで食べさせるという方法をとっているわけだが、そもそもゲーム性って何?

 というか全然クサいし。

「じゃあ食べさせるぞ、動くなよ」

「……ぅん……」

 とやりとりをしていると、桜さんとザキミヤがそれぞれ。

「従順ねぇん」

「ユッキー、飲んでくれ」

 一ヶ所にかたまって、ニヤニヤしながら喋る二人。

「そこの二人うるせぇ! 静かにしろ!」

「はぁいぃ」

「教師にうるさいとは調教されてしまいました」

 いやもうザキミヤの言うことは無視して、俺はゆっくりユッキーの口元にスプーンを運んだ。

 すると、

「……ぁっ、匂い、すごい、ぁっ、ぁあっ、はぁ、はぁ……」

「じゃあ入れるぞ」

 そう言うと、ユッキーは口を大きく開き、舌を出した……何だろう、この気持ち、高校生の部活ってこういうのアリだったんでしたっけ、サッカー部ならドリブルしてるところだけど、俺は舌を出した幼馴染見てるぞ、どういう部活だ?

「コウくん、コウくん、ぁあっ、コウくん……」

 名前を呼ぶな、そんな感じで名前を呼ぶな。

「……口の中に入れ・・・」

 と言いながら俺はユッキーの口の中にスプーンを突っ込むと、

「んっ、ゴホッ! ゴホッ!」

 咳き込んだユッキー。

「あっ!」

 どうやら俺は、少し口の奥までスプーンを入れてしまったようで、ユッキーはえずいてしまった。

 さらにその拍子にイカの魚醤がスプーンからこぼれ、ユッキーの口元に垂れてしまった。

 スプーンもその時の勢いで床に落ちてしまった。

 それを見ていた桜さんとザキミヤがまたそれぞれ、

「ぁあらぁ、コウくんって意外とSねぇん」

「そんなことよりユッキー、口から垂らすなんて分かってんな」

「何がだよ! うるせぇな!」

 とツッコんでおくと、ユッキーが眉を八の字にしながら、

「コウくん……」

「ん? 何だよ」

「指で、コウくんの指で、私の口の中に、入れて……」

 いやスプーンで押すよ、と思ったが、そう言えばスプーンは床に落ちているんだった。

 今、手元に他のスプーンは無い。

 えぇい! ままよ!

 俺はそっと、ユッキーの口元に触れた。

「ん……」

 そして垂れたイカの魚醤をユッキーの口の中に押して入れた。

 すると、ユッキーは俺の指を優しくしゃぶった。

「……! 何してんだ! ユッキー!」

「全部、食べないと、と、思って……ダメだった?」

「い! ……いや……ダメじゃないけど……」

 引っ込めた指の置き所に困りつつ、イカの魚醤を舌で転がして味わうユッキーをただ見ていた。

 ただただ、じっと、ただただ、じっと……。

「コウ、見すぎだぞ。好きだな、オマエ」

 ザキミヤから言われてハッとした俺は、

「いや! 別に好きじゃないです!」

 急に何言ってんだザキミヤ! 何なんだよ、この部活動……この部活動っ!

 ――と心の中で怒った時、ふとガラス窓に自分の顔が映り、見てしまったわけだが、まあまあ嬉しそうな顔をしていて、俺はどんどんヤバくなっていってんじゃないかな、と思って、少し自分がおぞましかった。


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