英国本土攻防
大西洋遮断
イギリス海峡の戦いの後枢軸部隊の追撃をかわしリバプールにたどり着いた連合軍の戦艦は8隻、半数近い戦艦の他巡洋艦や駆逐艦も多数喪失、そのほか数多くの損傷艦があり艦隊としてこれ以上の戦闘の継続は望めなかった。
16隻の空母を擁していた空母機動部隊は、2日間に亘った航空戦により3隻が沈み4隻が戦闘不能となっていた。
残る9隻の空母も搭載機が半減し残った機体の多くも損傷していたため、補用機を加えても戦闘に使える機体は200機に満たない状況だった。
連合軍艦隊司令部は、船体の損傷により長距離の移動が難しい艦艇と対潜護衛艦艇を除く殆んどの艦艇を修理と再編成のため米国に向かわせる。
最早連合軍海上戦力には、枢軸軍の英本土進攻を押しとどめる力は残されていなかった。
第一航空艦隊がジブラルタルを抜け大西洋に入った11月初旬、英国本土の戦闘は首都ロンドンの前縁部で戦線が膠着し一進一退の攻防を繰り返していた。
イギリス海峡の戦いで連合軍枢軸国双方の主力艦隊はいずれの大損害を被ったことで、大西洋での戦いは英国に向かう護送船団とその阻止を図る独伊の潜水艦との間に起こる戦闘が殆どとなっていた。
この時期大量に戦場に姿を見せてきた連合軍護衛空母により、輸送船団を襲撃する枢軸潜水艦部隊の被害が急増する。
連合軍は米国から送り込まれる大量の兵器や補給物資により、かろうじて枢軸側の侵攻を押しとどめていた。
枢軸側は戦闘可能な航空母艦や戦艦、巡洋艦を船団攻撃に投入して、英本土への補給を阻止し状況の挽回を図ろうとした。
連合軍も稼働する主力艦の殆んどを輸送船団の護衛に送り出したため、戦力で劣勢な枢軸艦隊の攻撃は戦果を挙げることなく徒に損害を増やすことになる。
一航艦はフランス・ブレスト港に入港して補給を済ませると、席の暖まる暇もなくコンウォール半島とアイルランド南部の間のニンフバンクに向け出撃する。
11月10日、リバプール市の上空は400機を超える日本海軍航空隊の攻撃部隊によって占拠され、在港中の艦船、港湾荷役設備、倉庫群、周辺の軍事施設は次々と破壊されていく。
遅ればせながら迎撃のため飛来した連合軍戦闘機は、迎え撃つ日本海軍の艦上戦闘機によって何の仕事も果たすことなく駆逐されていった。
一航艦の飛行隊が攻撃を終え空中集合して戦場から去ろうとする同時刻、フランス・コタンタン半島の各飛行場から出撃した2式重爆の大編隊が、最後の仕上げとばかりに破壊を免れていた工場地帯や鉄道、橋梁といった各種インフラを攻撃粉砕した。
リバプール攻撃を終えた一航艦はセントジョージ海峡を抜けアイリッシュ海に入り、連合軍の航空攻撃を躱しつつベルファスト続いてグラスゴーを空襲する。
その後一航艦は反転して南下、アイリッシュ海沿岸の港湾を空襲と艦砲射撃で攻撃してまわる。
ロンドン防衛のため有力な航空部隊の殆んどをイギリス南部方面に集中していた連合軍は、一航艦に対して有効な反撃を為すことは無く一方的に攻撃され、主要な港湾施設を軒並み破壊されていった。
アイリッシュ海沿いの港湾施設が一航艦の攻撃で機能を喪失したことにより、英国に送り込まれた救援物資の荷役は遅滞を重ね、ロンドン周縁の防衛線は半ば補給を断たれる状況に陥った。
この結果ロンドン前面の防衛線は崩壊し、ロンドン市の主要部が侵攻する枢軸軍砲兵部隊の攻撃範囲の内に収まってしまうことになる。
ロンドンの防衛線が制圧されてからの戦局の展開は早かった。
英国王室がバッキンガム宮殿を去りスコットランド・エディンバラに遷宮、続いて英国政府も同地に機能を移した。
11月28日には連合軍守備隊がロンドン市を放棄してバーミンガム方面に退却、翌日ロンドン市は無防備都市宣言を出して英国首都は枢軸軍の制圧下に入る。
連合軍部隊をロンドン方面から無事に退却させるため、英軍部隊の一部が無防備都市宣言下のロンドンに残置され枢軸軍の進撃を妨害したことで、ロンドンの各所で市街戦が発生し市民に多数の犠牲者を出すことになってしまった。
一航艦はイギリス本土攻撃を終えると大西洋に進出、2個機動部隊が交代で連合軍の輸送船団を攻撃し護衛艦艇を含め多数の艦船を撃沈し米英間の海上交通は寸断される。
補給を断たれた連合国英国防衛部隊は急速に弱体化、続々と戦場に送られてくる枢軸軍により英国中部を失い北部への退却を余儀なくされていった。
2週間に亘る作戦行動を終えた一航艦は、ブレスト港で艦艇の補給と整備に入った。
日本からの後続部隊の進出を待ち12月初めに航空部隊の入れ替えを終えると、一航艦は再び大西洋に進出し輸送船団狩りに邁進する。
補給を断たれた連合軍は英国各地で敗退を重ねていく。
アイルランドに進駐していた連合軍は、補給を断たれたうえ一航艦の攻撃でベルファストをはじめとした各地の港湾が機能を失ったことにより英本土への転進を阻まれ、戦局に何の影響も及ぼせない孤軍となっていた。
グラスゴーが枢軸軍の攻勢により陥落し、もはや大英帝国の運命は風前の灯火となろうとしていた。




