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烈海の艨艟  作者: 鳴木疎水
烈海の波濤
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紅海猛進

紅海猛進


 紅海の入り口に当たるアデン湾の要地仏領ジブチは、昭和17年5月後半には海軍基地航空部隊も進出し、日本海軍の根拠地として機能し始めていた。

 連合軍海空戦力はソマリア半島や対岸の南イエメンから一掃され、アデン湾周辺のほとんどは日本の勢力圏となっていた。

 ジブチに進駐した2個師団相当の陸軍部隊は北部ソマリアやエリトリアの連合軍勢力を駆逐しスーダンに退却させ、エリトリアのアスマラ・デカメレ両捕虜収容所のイタリア軍捕虜を解放する。

 陸軍部隊はソマリア半島のイタリア軍が降伏後もエチオピア方面で戦っていたイタリア軍部隊とも合流し、エリトリアでのイタリア軍の再編に協力した。


 5月の終わり、ジブチ港には陸海軍の上陸戦用の艦船が集結していた。

 一航艦第三機動部隊の3隻の空母に支援された1万の陸海軍攻略部隊は、6月2日紅海西岸イギリス領ポートスーダンに上陸を開始した。

 イギリス軍守備隊は艦載機による空襲を受けた後、日本軍が上陸する前にポートスーダンから撤退した。

 ポートスーダンにはナイル地域との間に鉄道が敷設されていたが、イギリス軍は撤退前に鉄道施設とレールを破壊している。

 日本軍はポートスーダン占領後直ちに英軍飛行場を修復し、ジブチの航空隊を前進させる。


 日本軍の紅海侵攻に対し、連合軍は戦力不足のためほとんど抵抗できない状況に陥っていた。

 当時北アフリカの英軍は優勢な独伊軍にトブルクを包囲され、トブルク失陥は目前に迫っていた。

 トブルクを抜かれるとアレキサンドリアまで枢軸軍を遮るものはない。

 インド洋からの増援が不可能となりマルタ島が無力化され地中海からの増援も難しい状況では、連合軍は紅海からスエズ方面の防衛を現有戦力で戦うしか方策が残されていなかった

 連合軍は紅海方面を含めたスエズ運河周辺の戦力をすべてスエズ運河防衛に結集することで、日本軍の攻勢に対抗しようとした。


 6月14日、日本軍はシナイ半島西岸エルトールに上陸し、ほとんど抵抗を受けることなく占領した。

 エルトールに飛行場を急速造成した日本軍はさらに軍を進め、6月22日には機動部隊の支援を受け運河の入り口となるスエズ市近郊の二つの海岸に上陸を始めた。

 この日投入された戦力は陸軍1個師団と2個連合陸戦隊の約3万で、これに対し連合軍が搔き集めたスエズ守備隊の兵力は4万を越えていた。

 兵力では勝っていたスエズ守備隊だったが、装備は旧式で火砲や戦車もわずかな数しか配備されておらずその士気は低かった。

 上陸開始から3日目には日本軍は運河を越え、戦場はスエズ市街に移った。

 スエズ湾の西岸から上陸していた陸戦隊がスエズ市の西側に現れ、増援のイタリア軍部隊が新たに上陸した時点で戦闘は決着する。

 運河沿いに敗走を始めた連合軍を追う日本軍は、多数の上陸用舟艇に移乗してスエズ運河を進み、退却する英軍の退路を断つ。

 スエズ運河は連合軍が沈めた船で一部が閉塞されていたが、上陸用舟艇はその隙間を縫って休む間もなく進み、27日には陸戦隊の一部がポートサイドの市街地に到達した。


 日本本土から回航されてきた4隻の空母を主力とする第四機動部隊と6月18日に合流していた第三機動部隊は、スエズ市攻略の支援が終わると紅海北端部まで進出し、エジプト北岸の連合軍海空部隊への攻撃を始める。

 当時アレキサンドリア港で損傷の修理に当たっていた戦艦クィーンエリザベスは、急降下爆撃機彗星の攻撃で500キロ爆弾5発を受け再び大破着底した。

 エジプト方面にいたイギリス艦隊のほとんどはキプロスに逃れたが、東地中海のイギリス海軍はこの日事実上無力化されてしまった。


 日本軍がスエズからポートサイドの攻略を続けていたその頃、枢軸軍に包囲されていたトブルクが陥落する。

 同じ頃地中海ではハープーン船団と呼ばれるマルタ島救援艦隊が、2隻の戦艦を含むイタリア海軍の大艦隊との海戦で壊滅し、マルタ島の物資は底を尽く。

 枢軸軍はマルタ島攻略のヘラクレス作戦を発動し、枢軸軍空挺部隊とマルタ島守備隊の激戦の末、6月の終わりにマルタ島は陥落した。

 海上からの妨害が無くなった枢軸軍はアレキサンドリアの攻略作戦を開始、エジプトに進出した日本海軍も航空支援でこれに協力した。

 北アフリカ各所での敗北により戦力が枯渇した連合軍は、エジプトを放棄し残存部隊をスーダンに撤退させた。


 日本とイタリアによるサルベージでスエズの閉塞船が取り除かれ、運河は10月13日に開通した。

 その日、12隻の油槽船と14隻の貨物船が運河を通りイタリアに向かった。


 



 



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