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烈海の艨艟  作者: 鳴木疎水
動乱の兆星
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仏印進駐

仏印進駐


 昭和15年末にタイと仏領インドシナの間に起こった紛争は、翌年に入っても収拾することはなかった。

 両国の艦隊がコーチャン島沖で衝突し、タイ艦隊は旗艦の海防戦艦トンブリが大破炎上したほか水雷艇2隻が撃沈される大損害を受けた。

 戦闘に勝利したフランス艦隊が帰還を始めたところを、来援したタイ海軍の小型巡洋艦ナレスワン(元日本海軍軽巡洋艦夕張)と水雷艇2隻(鴻型水雷艇輸出仕様)が襲撃し、フランス艦隊は旗艦の軽巡ラモット・ピケが魚雷2本を受け大破した。

 タイ艦隊も軽巡ナレスワンがラモット・ピケの砲撃で火災を起こしたため戦場を離れた。

 この海戦の結果フランス海軍は主戦力である軽巡ラモット・ピケが戦闘不能となり、インドシナ半島の制海権を失ってしまう。

 この勝利に勢いづいたタイ軍は、仏領ラオスとカンボジアでの実効支配を拡げるべく侵攻を続けた。


 東南アジアにおける日本の友好国であるタイと、同様にヴィシー政権下にあり日本と友好的な関係を保っていた仏印の間に発生したこの紛争に、日本政府は両国の間に立ちタイ・フランス間の和平を斡旋する。

 制海権を手にしたことにより旧領のラオスとカンボジア全土の奪還を目指すタイと、国勢維持のために一歩も引けないフランスの間で交渉は難航する。


 ここに来て各地でフランスビシー政権の植民地攻掠を進めていた連合国とアメリカが、仏印を自由フランス連合の手に渡すべく調略を始める。

 ビシーフランスと直接に対峙していないアメリカは、軍事的劣勢に立たされている仏印植民地政府に対しビシー政権離脱を条件に軍事援助を提案する。

 植民地政権はこれを拒否し、日本の仲介による和平を進めた。

 日本政府はアメリカの仏印への容喙を警戒し、強硬姿勢を崩さずインドシナ半島での軍事行動を進めるタイ国への干渉を強めた。

 日本政府は両軍の戦闘を停止させ和平調停の進捗のため、海軍陸戦隊をタイ仏印両軍が対峙する前線地帯へ派兵し、両軍の間に入って実力で戦闘の停止を図ることとなった。

 当時タイ軍は王国政府による統制が十分でなく現地軍が暴走気味であったため、軍を抑えたいタイ政府は日本軍の派兵を了承する。

 軍事的に劣勢であった仏印植民地政権とフランス政府も、日本の派兵に異を唱えなかった。

 昭和16年4月12日、第三連合陸戦隊5,000名を運ぶ船団は第一海上護衛隊に守られプノンペンに入港した。


 英米政府はこの日本軍のタイ派兵に激しく反発する。

 日本によるフランス領土侵略であるとして、直ちに仏印から日本軍が撤退しない場合、連合国の一員であるフランスの領土防衛のため出兵も辞さないと日本に対し正式に抗議した。

 さらにイギリス東洋艦隊がカンボジア周辺海域を遊弋して示威行動を行い、アメリカ海軍アジア艦隊もインドシナ半島付近で演習を実施し、同地域での軍事的緊張が高まっていった。

 日本政府はこの事態に対し、現状を放置した場合日本と連合国及び米国との間で軍事衝突が起こりかねないとして、タイ政府とフランス政府の和平交渉を促進し、派兵した陸戦隊の撤収を急ごうとした。

 一方軍部は英米による仏印への干渉が強まる中での陸戦隊撤収は、同地に軍事的空白を作り英米による仏印支配につながるとしてこれに反対した。

 仏印が英米支配下にはいった場合日本は南方資源獲得への道が閉ざされ、万一対英米戦争の事態に陥ったとき戦争の遂行が難しくなることは避けられない、という軍部の主張はそれなりに筋が通っており、政府部内でも陸戦隊の撤収に対する意見が分かれることになる。


 この難問に対して日本政府はビシーフランス政権との間に正式に条約を結び、仏領インドシナ領土保全のため同地に日本陸海軍が駐留し仏印現地軍と共同で仏印防衛にあたる『仏印進駐』という回答を出した。

 この条約は昭和16年6月に、タイ・フランス間で結ばれた和平協定である東京条約と同時に締結された。

 日本軍の仏印への進駐は英米のみならず、亡命オランダ政府、オーストラリア、更には中国政府からも大きな反発を受けることになる。

 特にアメリカの反発は大きく、対日石油禁輸と在米日本資産凍結をも匂わせた。

 日本軍は7月28日に仏印南部への進駐を開始した。

 

 昭和16年8月1日、アメリカは日本を対象に含めた「全侵略国に対する」石油禁輸を発表した。

 蘭印もこれに合わせて、日本と植民地政府の間で結ばれていた石油協定を破棄した。

 イギリスも追随し、日本に対して経済制裁を発動する。

 英米蘭との対立の結果、日本は南方資源を輸入する術を失ってしまった。





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