補完計画
補完計画
全ては軽巡洋艦加古の火災事故から始まったことだった。
室戸沖事件で加古に最も甚大な損害を与えたのが、自らが装備していた61センチ魚雷の誘爆だったことから、日本海軍の装備体系は大きく揺さぶられていく。
巡洋艦以上の艦からの雷装の撤廃は最上型や阿蘇型超重巡洋艦の誕生に大きな影響を与えた海軍艦艇兵装の一大変革であり、巡洋艦以外の艦艇建造構想にもその流れは及ぶことになる。
直近にも実現することが確実な、条約型重巡の雷装廃止によって起こる水雷戦力の減少にどう対処していくべきか、その問題提起は海軍各部署で大きな論議を呼んだ。
ロンドン条約の枠組みの中での駆逐艦の建造には制約があり、駆逐艦戦力の強化によって水雷戦力の減少を補うには無理があった。
苦肉の策として生み出された水雷艇では、能力的にその代替は務まらない。
この問題をどう解決すればよいのか海軍をあげての議論の中、その俎上に上げられた様々な補完案のうち主要なものを列記する。
試案1) 重雷装巡洋艦
最上型の整備に伴い戦力的に余剰になる5,500t級軽巡を改造、主砲の一部や航空兵装を撤去、両舷に多数の魚雷発射管を装備する案は一部実行に移された。
5,500t級軽巡については、重雷装艦計画以外にも防空巡洋艦、機動輸送艦、対潜巡洋艦(護衛戦隊指揮艦)等の計画があったため、重雷装艦に改造されたのは北上、大井、名取の3隻だけだった。
重雷装巡洋艦は多数の魚雷発射管を積むことによる重量の増加や、経年による機関部の性能低下の影響で速力が大きく低下することに加え、多数の発射管を甲板上に並べる為被弾に弱いこともあって、強襲攻撃に使い難いことから改造は3隻にとどまった。
最終的にこの3隻の水雷兵装は、53センチ6連装発射管を両舷に各5基、合計60射線を搭載することになった。
改造は昭和14年から順次開始され、3隻が揃い第9戦隊として編成されたのは昭和16年に入ってだった。
試案2) 古鷹型改装重雷装艦
既に旧式化が進んでいた古鷹型重巡4隻を61センチ魚雷40射線の重雷装艦にする案。
主砲6門は撤去し代わりに60口径15.5センチ連装砲2基を艦前部に背負い式に配置する。
古鷹型が最上型に準じた水雷戦隊旗艦用巡洋艦に改装されることが決定した為取りやめになった。
試案3) 重雷装駆逐艦案
ロンドン条約の枠内で多数の発射管を持つ駆逐艦を計画、雷装は61センチ9射線案、10射線案、12射線案15射線案、さらに53センチ15〜20射線案などがあった。
汎用性に欠けることと、特型駆逐艦以前に建造された一等・二等駆逐艦の旧式化により艦隊型駆逐艦が不足するため艦隊型駆逐艦の建造が優先されたことで廃案になった。
試案4) 2000t級艦改造計画
ロンドン条約枠外で建造できる2,000t以下の艦枠を利用して輸送艦を建造、600t水雷艇で計画されていた船体延長・機関増設の手法をそのまま流用、急速改造により戦時に基準排水量3,000t速力35ノット、61センチ5連装発射管3〜4基を装備する大型水雷艦とする案。
一斉に改造することになるため、3,000t級を収容できる乾ドックを多数手当てする必要があること、改造工程が複雑になり期間・費用ともに大きくなることが予想された為廃案となった。
輸送艦の計画自体は進められ1,500t級の一等機動輸送艦として建造されている。
試案5) 3000t級輸送特務艦改造案
試案4の代案として考案されたロンドン条約枠外で建造できる一万トン以下の特務艦を利用して3,000tの輸送特務艦を建造し、戦時に重雷装艦に改造する案。
設計時に機関の増設スペースや魚雷搭載スペース更には追加装甲による重量増まで組み込んで、最小限の工程で重雷装艦への改造ができるよう図っていた。
それぞれの案に利点と欠点があり議論が纏まらないなか、かねてより研究中の酸素魚雷の開発に目途が付いたことから事態は急速に進む。
従来の魚雷に較べより速く、より遠くに届き、より強力な破壊力を持つその性能が混迷する議論終わらせる決め手となった。
命中すれば確実に艦艇の戦闘力を奪う新型魚雷、高速で強大な破壊力を持つその魚雷を米戦艦群に確実に当てることができれば、主力艦における劣勢を覆すことができる。
それを実現するためには何が必要か、関係者を集め繰り返される討議の中でその方向性は固まった。
結果的に5案の輸送特務艦改造案が採用され3,000t級輸送特務艦が大量に建造されることになる。
この輸送特務艦は改造前は積載量最大800tの有力な輸送艦として運用でき、実際輸送艦として就役した艦は拡大された海軍陸戦隊の輸送手段として良好な運用実績を発揮した。
強力な雷装を持ち重防御で高速の雷撃専任艦を条約の枠外で大量に建造、これによって米戦艦群を攻撃する。
戦艦も巡洋艦も駆逐艦もこの雷撃専任艦を支援するために戦闘する。
これらの艦によって米戦艦群を守る米巡洋艦駆逐艦を撃破し、雷撃専任艦が米戦艦群に肉薄し攻撃できる状況を作り出す。
これが航空主兵に転ずるまでの間、艦隊決戦における日本海軍の主戦術とされ、その構想の具現化が進められていく。