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烈海の艨艟 対米戦勝利の方程式  作者: 鳴木疎水
星墜の凱歌
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番外編 ローマ大同盟会議

 昭和14年に突如締結された独ソ不可侵条約により日独関係は急転悪化の一途を辿ったが、第二次世界大戦の勃発と対立したまま改善の兆しが見えない日米関係及び日本の国際的孤立状態という外交状況を打破する方策として、再び独伊との関係性を強化することが模索されることになる。

 昭和15年から16年にかけて対独外交関係の修復が試みがなされ、政治的妥協や人的物的交流・軍事技術協力などへの注力が実を結び、日独伊の関係性は再度緊密化するが、独ソ戦の開始と日本の参戦による影響で日本と独伊間の連絡線が途絶してしまう。


 日本から欧州への連絡は、昭和17年前半に日本軍がインド洋を制しマダガスカル島に進駐したことで再開、大西洋から喜望峰周りでマダガスカルに入る潜水艦ルートが確立される。

 マダガスカルから日本へのルートは、艦船を使用する海路とアッズ環礁等を経由地とする大型飛行艇による空路で繋がった。

 当初連絡ルートには九七式大艇を改造した九七式輸送飛行艇とその民間用改造機川西式四発飛行艇が使用されたが、昭和17年に正式採用された二式大艇を改造した輸送飛行艇晴空が同年後半から九七式に代わって連絡任務に充てられている。

 ※二式大艇の正式採用後に日本海軍の航空機命名基準が変わり強風や彗星、天山といった固有名称が機体名に使用されたため、昭和17年8月に正式採用された輸送型の正式名は晴空とされている。


 昭和17年7月、英国のエジプト放棄によってスエズ運河一帯の安全を確保した枢軸軍は、地中海からインド洋を経て日本本土へと続く連絡線を手にすることになった。

 同年8月にはスエズ運河において小型の船艇によるポートサイド・スエズ間の海上輸送が可能となり、日欧間で小規模ながら運河を使った希少資源や兵器などの貨物輸送が始まった。

 限定的とはいえスエズルートが使用可能になったことで危険を伴う潜水艦ルートは取りやめとなり、空路による連絡ルートもアッズから紅海を経て地中海に至るルートに切り替わる。


 スエズルートの使用が可能になり日本欧州間が安定した連絡線でつながったことで、枢軸諸国の間で戦争遂行のためより密接な連携を構築する機運が高まる。

 日独伊3国の外交関係者による協議により、3国の首脳が会合し対連合国戦での勝利に向けて緊密な軍事・政治的協力関係を結ぶための正式な同盟条約の締結が進められることになる。

 各国間の調整により、昭和17年12月にイタリアの首都ローマで日独伊参加国の首脳が一堂に会し、三国の結束を固めるとともに今後の戦争の方向性を話し合う会議が開催されることで合意がなされた。


 ローマでの会議にあたり日本からは首相である永田鉄山大将と外務相、陸海軍の代表等が出席することとなり、11月半ばに予備機1機を含めた4機の飛行艇が使節団を乗せ、東京港から台南、サイゴン、ペナン、アッズ環礁、ジブチ、ポートサイドを中継地として長躯ローマへ向け飛び立った。

 このローマへの国家首脳の長距離飛行に際し、任に当たった海軍飛行隊は先行して各中継地点に整備部隊を載せた『晴空』をそれぞれ1機と、首相専用機として特注された晴空の改造型である『富岳』をペナンとポートサイドに各1機、交替機として配備し道中での安全を図る。


 大同盟会議と命名されたこの会議には、日独伊三ヶ国の外、枢軸同盟に参入しているルーマニアやクロアチア、フィンランド等の欧州各国やウクライナ臨時政権に加え、スペイン、フランス、トルコが秘密裏にオブザーバーとして出席していた。

 10日間にわたって行われた会議において日独伊三国を中核として、この会議中に旗幟を明らかにしたトルコ、スペイン、フランスを含む枢軸大同盟が成立する。

 この会議では対連合国長期戦略が話し合われたほか、参加各国間の軍事協力や技術供与、貿易等で各種の協定が結ばれた。


 戦略方針のうち既に事前協議で決定されていたものとして、ソ連を脱落させることを目的とした黒海からカスピ海一帯での攻勢作戦がある。

 日本軍によるパナマ運河破壊とインド洋制圧によって北太平洋とインド洋の援ソルートを失い弱体化していたソ連は、この作戦によりコーカサスの資源地帯を喪失し同国の長期戦遂行能力に致命的な打撃を受けることとなった。

 対英連邦戦略では、英国以外の英連邦諸国に対する連合国からの離脱工作を図ることで一致を見た。

 現状連邦諸国の多くは英国本土との連絡線を断たれて国家経済が混乱の渦中にあることから、連邦各国に対してある程度有利な条件での講和交渉を進めることで連合国から脱落させる外交戦術が採用される。

 英国本国に対しては大西洋での交通破壊戦を継続するとともに英本土に対する戦略爆撃を本格化することで、英国経済を破壊して継戦能力を弱体化させたうえで英本土に上陸占領する戦略が採られた。


 対米国戦略方針では各国の方向性が大きく分かれ、英国脱落後に早期講和を望む独伊と米国が無条件降伏するまで米国本土上陸を含めた軍事攻勢の継続を主張する日本の間で激論が交わされる。

 強大な国力を持つ米国と不十分な条件で妥協し講和に至った場合、講和がなったのち戦力を回復増強した米国による報復が行われる可能性を重視し、米国の軍事的脅威を将来にわたって排除する形でしか米国との講和は望めないと日本は主張し、それを実現する機会は今次大戦を除いて存在しないと各国を説得した。

 最終的に独伊の指導者が日本の主張を呑んだことで、枢軸同盟の対米戦略は米国が無条件降伏を受諾するまで戦争を継続することで決した。


 ローマでの同盟会議以降枢軸大同盟会議は、翌年もヒトラー総統のお膝元ドイツ・ベルリンで枢軸同盟諸国の紐帯を誇示するため開催された。

 昭和19年には東京での開催が予定されていたが、同年7月20日ドイツの指導者であるアドルフ・ヒトラーが暗殺され、ドイツ国防軍によるクーデターでナチスドイツ政権が倒れたことにより中止に至った。

 翌年パリで行われた同盟会議で枢軸同盟は解散し、敗戦国である米国と英連邦諸国と旧ソビエト連邦の一部を除く世界各国の主権国家により構成される世界連合が結成され、第二次世界大戦後の世界各国の平和と国際協調のための組織として成立することになる。

 

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