第三話
本作は幼名、通称および登場人物において多大な創作を含みます。
天文二十三年七月-尾張-
安食の地で松竜丸を旗頭に守護斯波義統の仇討ちを狙う織田弾正忠家と、織田大和守家が激戦を繰り広げる。
数には劣るが士気の高い弾正忠勢が数で勝る大和守勢と互角に戦っていると言える状況であるが、互角に戦っている止まりであり決め手に欠ける為に戦況は膠着している。
「佐久間勢、森勢を始めとした弾正忠家の兵はよく戦っておりますな」
感心したように山内康豊が呟く。彼は本来は大和守家の宗家たる伊勢守家から増援として派遣されていたため若干他人事のように見ていた。
「弾正忠殿が銭で雇った兵はすぐに崩れるものかと思っておりましたが意外にもやるものですな」
農兵しか知らない世代である朝倉左京進も雇用兵の予想外の働きに感心していた。
一般的に自軍が敗れれば自身の生活と直結する本職農民の農兵と違い、流民や浪人を中心とする銭による雇用兵は忠誠心が農兵と比べると非常に低いとされる。それゆえに少しでも戦況が不利になったりすると逃げ出すし合戦中の必死さに欠けると言われており戦力にならないとさえ言う者もいる。
だが信長は銭による雇用兵を職業兵士として組織し、軍の主力とした。組織しただけでなく格は低いものの武士として扱うことも明言しており雇用兵たちの自尊心を刺激した。更には給金を支給する代わりに定期的な訓練、教練と普段からの鍛錬を徹底させ、それにより兵士としての練度を大いに上げることに成功。軍の強度としては農兵とは比較することすら憚られる程に向上している。
その信長配下の雇用兵はその実力を遺憾なく発揮していた。
それ故に数の上では不利な状況でも五分以上の戦をしていた。
だが押し切るまでには至っておらず、決め手に欠ける戦となっていた。
「我らが横槍を入れることができるのであれば一気に大和守勢を突き崩すことも能うのであろうが・・・」
松竜丸付として参陣していた甲斐入道が呟く。左京進や康豊もうんうんと頷いている。
「私のことは気にせず各々手柄を立てに行っても構わんのではないか?」
いや流石にそれは!!と大人たちに食い気味に否定され松竜丸はそ、そうか・・・と引き下がった。
しかし何かの動きを見せねば戦況が改善することは難しい。それは皆わかっていた。
松竜丸の陣はまた皆黙ってしまうのであった。
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状況が変わったのは開戦から一刻と半分が過ぎ去った所であった。
打開策を探し云々と唸る松竜丸の陣に信長の配下からの早馬と戦況の把握のため出していた物見が同時に入ってきたことにより状況が大きく動き出した。
「織田三位が軍を迂回させこちらに向かってきているだと?」
物見に出していた由宇喜一、丹羽兵蔵の報告と信長より派遣されて松竜丸の陣まで伝令にきていた毛利新助が同時に入って全く同じ報告をしたことにより陣内にはにわかに動揺が走っていた。
左京進、康豊は素早く自己の配下に交戦の可能性があることを周知しに向かい十郎は松竜丸に慌てて鎧を着用させた。
新助は信長の命により伝令として一緒に派遣されてきていた服部小平太、小藤太兄弟、長谷川与次、橋介兄弟とともに松竜丸の護衛についた。軍勢の指揮をする左京進や甲斐入道が傍を離れるため少しでも多くの言う事を聞いて動く者を近くに置いてやろうという信長の配慮でもあった。
左京進や入道、康豊の指揮により素早く迎撃体勢を整え織田三位の兵を待ち構える。
さあこまま待ち構えて開戦だ!という時に松竜丸が口を開いた。
「皆・・・少し聞いてほしいのだが・・・」
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結果として松竜丸を旗頭に担いだ弾正忠家の軍は大勝した。
功を焦ったか分からないが織田三位の迂回は結果として碌な連携もなされておらず実情は突出しただけになった。そこを松竜丸の提案で大和守勢から松竜丸の陣を隠すように位置していた森に兵を隠し伏兵となった松竜丸の手勢に横合いを突かれ殆どまともな抵抗もなく織田三位の手勢は瓦解。
松竜丸たちに合流していた簗田弥次右衛門と那古野弥五郎が競って織田三位を狙い、結果弥次右衛門が三位の首を上げた。
三位が討たれたことにより手勢が我先にと退きはじめ、大和守勢の本軍にぶつかってしまったことにより大和守勢本軍で大きな混乱が発生。
これを好機と見た信長は即座に全軍の攻勢強度を上げた。
そして三位が討たれたと分かった大和守勢の諸将は撤退を図るも退こうとして図らずも本軍にぶつかった三位の手勢がその退路を塞ぐ形になりモロに攻撃を受け坂井甚助、河尻重俊、川原兵助は討死。坂井大膳も脱出しようとしたところに三位の手勢を追いかけてきた左京進、入道、康豊の兵が突入してきたことにより脱出に失敗。
大膳は左京進が捕らえ、それ以外の大和守家の将たちも今回参戦した殆どが討死するか捕らえられるかで全滅に近い形となっていた。
「・・・正直悔しゅうございますが、此度の完勝は松竜丸様のおかげと言っても過言ではありませんな」
戦後、信長と合流すると開口一番信長は苦笑いしながら言った。
その上正直松竜丸様のことを見くびっておりましたとまで言う。
「いや、私も正直ここまでうまくいくとは思わなんだ」
松竜丸も苦笑いで返す。
「武衛屋形様弑逆の下手人の殆どを討つか捕らえるかできたのは非常に大きゅうございました」
信長は一息つき言った。
「末森の若武衛様の状況が把握できていないのは未だ痛手でございますが仇討ちの主導権は松竜丸様のおかげで握ることができました、感謝いたします」
信長の率直な物言いに十郎や左京進が反発の表情を見せるが松竜丸は手で制し、大人と同等に扱ってくれている証拠だろうと笑った。
「しかし弾正忠殿の弟を悪くいう意図はないのだが、本来は兄上を抱えた勘十郎殿が主導すべき戦であったのではないか?兄上が重篤だったとしてもせめて援兵くらいは出さねば弾正忠殿に主導権を完全に握られてしまう・・・悪手ではないか?」
松竜丸がそう呟くと周りの大人達は目を見開いて黙ってしまった。変なことを言っただろうかと慌てると皆一様に笑いだしそうではありませぬと言った。
一人笑っていなかった信長だけは
「・・・松竜丸様はまことに齢十一にございますか?」
と真剣に松竜丸に聞いた。
「変なことを言ったどころか、まさか齢十一の松竜丸様が今の尾張、そして弾正忠家の状況を正確に把握しておられ尚且つ的確に言い当てられた事を驚いているのでございますよ」
十郎が嬉しそうに松竜丸に言った。
「それに大膳めを敢えて逃し、清須討伐の際の内応を約束させるとは」
「あれには某も驚き申した・・・感情に囚われず大局を見た判断ができるのは押しも押されもせぬ立派なもののふにございますな!」
左京進に続き康豊も松竜丸を褒めた。
あまりの褒められ具合に逆に恐縮してしまった松竜丸は顔を赤く染め俯いてしまった。
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今回の稲尾での戦に勝利したことにより松竜丸を抱えた織田弾正忠家は主筋の織田大和守家の戦力を大幅に削ることに成功し実質的に清須城とその周辺を確保するのが精一杯となった大和守家への圧迫を強めた。
稲尾の勝利から一四日後、再度信長は陣触れを発し四千の兵を清須へ進めた。
既に勝ち目のない状況に大和守家の兵は一千も集まらず野戦に利なしと早々に清須城へ籠もってしまった。
信長は即座に清須城を包囲。大和守家当主信友へ降伏の使者を出し、帰ってきた答えは当然降伏の拒否であった。






