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誉と呪  作者: サイモン=ウェスト
第一章 ー尾州錯乱記ー
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第二話

本作は幼名、通称、諱および登場人物において多大な創作を含みます。

天文二十三年七月-尾張-


「・・・そうか・・・」


清須の武衛家守護所が織田大和守家の兵に襲われた翌日。


松竜丸、福千代の二人と毛利十郎、朝倉左京進、甲斐入道、完草助兵衛の六人は事の始末を自身を保護してくれていた織田弾正忠家の居城那古野で聞いていた。


二人の父である十四代当主斯波義統は大和守家の小守護代坂井大膳らの手に掛かり討ち死にしたとの報告に皆一様に顔を曇らせていた。


更に追い打ちをかけたのは松竜丸と福千代の母親も同様に討たれていたという事実。


まだ幼い福千代は懸命に涙を見せまいと堪えていた。


「悪い報せはそれだけにはありませぬ」


那古野城の主である信長はため息を吐くように言う。


松竜丸と福千代の兄で武衛家の嫡男である義親が生死不明だという。


そもそも今回の件は義親がある程度若い屈強な武衛直臣たちをほぼ全員引き連れ巻狩に出ていたのを狙った謀反だと信長を含め大半の者が考えており、本来なら義親を抱えて信長は主君殺しの大義名分の下に織田大和守家へ戦を仕掛けるつもりであった。


しかし何を考えていたのかは不明だが義親は自らに従っていた手勢七十名ほどを率いて清須に戻ろうと画策し、道中で待ち伏せていた大和守勢に襲われ重傷。信長にとっては非常に間の悪いことに清須の凶報を聞いて急行していた柴田勝家率いる弟信勝の末森勢が救出し末森城へ搬送したとのことだった。


本来ならここから仇討ちを指揮して戦うべき長男義親が負傷したことは武衛家にとって痛手であり、仇討ちを主導し、尾張国内での発言権を強化したかった信長にとっても義親を末森が保護したことは非常に痛手であった。


「とはいえ松竜丸様と福千代様のご両名がご健在であるのは九死に一生を得た気持ちにございます。今はこの那古野でごゆるりと傷を癒やしてくださいませ」


信長は顔には笑顔を浮かべているが悔しさを滲み出していた。


仇討ちの戦で他に旗頭とするに相応しい武衛一門は義親の巻狩に同行し、強引な逆襲に巻き込まれ全員が行方不明となっている。


従大叔父の義虎や叔父の義景、統雅らがである。


一門の人間が死んだのであれば情報は出回るであろうし、そうでなくても何かしらの報告はあるはずである。信長の率いる弾正忠家は尾張の経済網を実質支配していると言っても過言ではないし、経済網は情報網とも同義とすら言えるものである。少なくとも信長の耳に入らない訳がない。


信長だけでなく、十郎や左京進たちも末森で勾留されていると考えていた。


だからこそ末森が主導する前に大和守家に対して仇討ちの戦を起こしてしまいたい。


だが信長の手元にある手札は齢が十一の松竜丸に七つの福千代のみ。


大人たちは皆一様に頭を抱えていた。


「私にその旗頭は務まらないのか」


うんうん唸っている大人たちに向かって松竜丸はそう声をかけていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


松竜丸の発言に対して信長の動きは早かった。


松竜丸様にその気があるのであればと他の者の承諾を得るまでもなく信長は尾張国内のみならず近隣諸国に大和守家の悪行を糾弾する書をバラまく。盟主は松竜丸とし、守護殺しの大和守討つべしと。


そして義統の弑逆から二週間が経ち、信長は軍を起こす。


信長の那古野勢は三千と五百。更には漁夫の利を狙う岩倉の上四郡守護代織田伊勢守家も信長に援兵を派遣し嫡男信家に山内康豊、堀尾泰晴らをつけ一千を預け寄越した。


守護館襲撃の際に散り散りになっていた武衛家直臣の一部も那古野へ集い、森政武、掃部助兄弟や那古野弥五郎、簗田弥次右衛門、由宇喜一、丹羽柘植らも帰参。松竜丸と共に仇討ちに参加させてくれと参陣していた。


松竜丸はまだ斬られた太腿が完治はしていなかったが、自ら信長が用意してくれていた甲冑に身を包み、馬に乗り軍勢の大将として参陣する。


福千代も同行したがっていたが、助兵衛に留守居を任せるとともに戦に出る兄の代わりに留守を守るのが弟としての武士の努めと助兵衛が説得してくれたお陰で渋々ながらも残留に同意していたので今回は居ない。


もちろん大和守家も黙って見ている訳などなく、兵五千をもって信長を迎撃する体勢を整える。


守護殺しの汚名を着た後ということもあり幾分大和守勢の士気は低い。加えて大和守家当主織田信友自身の姿が見えず、兵を率いるのは坂井大膳、坂井甚助や織田三位、河尻左馬助、川原兵助ら弑逆の下手人ばかり。返って信長たちの兵の士気が上がる一方だった。


「まさか元服前に初陣を・・・しかも父上の仇討ちとは・・・なんとも言えんな」


松竜丸の独り言に十郎が反応するが、なんでも無いと言って誤魔化す。


仇討ちの連合軍の名目上の大将は松竜丸で実質的な大将は言うまでもなく信長である。


だが大将を守る兵がなんとか集まった武衛家直参数十人というのはあまりにもなため、信長は元武衛家家臣である丹羽長秀と兵二百、また伊勢守家からの援兵のうち山内康豊と兵二百の計五百人弱を松竜丸守護の兵として配してきていた。


長秀にせよ康豊にせよ松竜丸と多少は顔見知りであった故の配慮でもあった。


信長の配下は佐久間信盛、佐久間盛重、森可成といった面々に兵を率いさせ大和守勢の正面に配した。


直接戦闘させるのを避けさせたい信長の配慮で、松竜丸たち五百名弱の兵は大和守勢からみて死角になる森の後方に布陣した。


「若君は拙者が守りますゆえ安心して戦を学ばれると良いでしょう」


人の良さそうな顔で織田伊勢守家から派遣されてきていた康豊が松竜丸に言う。


康豊は心の底からそう言っているのであろうと感じさせる不思議な安心感があった。


「そろそろ始まる様でございます」


十郎の言葉に松竜丸は緊張した顔で手を上げて返す。


松竜丸の陣の前に布陣している信長の軍勢から喚声が上がる。


それと同時に森の奥、大和守勢の方からも喚声が上がる。


合戦が始まった。

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