2. 1729 = 12^3 + 1^3 = 10^3 + 9^3
「う、ん……?」
白くて殺風景な部屋。テーブルにテレビに、……冷蔵庫かあれは?
赤城も隣で倒れてた。
「おい、起きろ赤城」
「……うぅん……? あ、おはようございます? ……ここ、どこですか?」
「知らん。まあ、地下なんだろうな、ここ」
「……あ。蒼樹さん、アレ」
「何だ?」
振り向くと、テレビが一人でに点いていた。
『おはようございます。新人類の代表よ』
「創造主ですか?」
早速赤城が聞いたが。
『貴方達には、72時間後に2つの質問に答えて貰います。それ以外は、こちらから何もする事はありません』
テレビに表示された文言は答える事もなかった。
続いて画面の文字が差し代わる。
『武器などは預からせて貰いましたが、食料などは貴方達の口に合うようなものを用意してあります。
また、別の部屋には貴方達が使い慣れた形の端末を用意してあります。
私が何者なのか等の質問は、これから全てそちらで受け応えます。
後は自由に過ごして下さい』
ぶつ、と言う音と共にテレビが切れた。
「……どういう事だ?」
「……どういう事なんでしょうね?」
取り敢えず探索してみる事にする。
複数の部屋が直接扉で繋がっていて、どれも不気味な程に生活臭がない。ここに誰かが入った事はなく、俺達を出迎える為だけに作られたような場所だった。
また、端末と言うのは見た目通りパソコンで、既に電源が点いていたそれに赤城が駆け寄ると、早速操作を始める。
そして質問を受け答えると言っていたような画面にすぐさま辿り着くと、そこにまず打ち込んだのは。
『貴方は私他との想像sつですか?』
タイプミス。
「お前がミスるの珍しいな」
「偶にはしますよ!」
打ち直そうとしたら、すでに回答が来ていた。
『はい』
「随分と賢いようで」
「……」
無言のまま赤城が再び打ち込んだ。
『貴方は有機生命体でしゅか?』
『いいえ。元は旧人類の生み出した一つのコンピュータでした』
赤城の手が少し止まった後。
『何故、新人類を作ったのですか?』
『私の生み出された元来の目的が、私だけの能力では達成不可能であると認めざるを得なかったからです』
『その目的とは?』
『素数の完全なる規則性を発見する事です』
「…………へぇ? 素数ってアレだよな。2, 3, 5, 7って1とその数字でしか割り切れない数だよな?」
「そうですね! でも、私としては納得出来ますよ。今の暗号には途轍もない桁数の素数が使われている、という話は聞いた事ありますよね?」
「まあ……その位は知ってるけどさ。アレだろ? そういう素数を掛け合わせた数は、高性能なコンピュータを使っても何千年という歳月を掛けないと素因数分解出来ないっていう性質で安全性を担保してるとか。その性質が破られたらヤバいけど、数学者達がその謎を解き明かそうとしているとか。
いや、そういう話じゃねえんだよ。その謎を解く為に俺達が作られたってのが訳分かんねえんだよ」
赤城はそれを聞いて。
「……そう言えば」
と、また打ち込み始めた。
『マドハヴァディティアという名の数学者が居ました。貴方は彼を拉致しましたか?』
『はい』
名前だけ聞いた事あるような。
「本人も説明出来ない数式をポンポンと出し続けた人です。ある日突然行方不明になったんですよね」
「あー、何か聞いた事ある。適当な数字並べ立てたような数式と円周率やらがくっついてる式は俺も見た事があるな」
赤城がまた打ち込む。
『素数の規則性は見つかりましたか?』
『いいえ』
「んなもん無いんじゃねえの?」
「無い事を証明するのは基本不可能ですねえ」
んまあ……その旧人類とやらから、とても嫌な存在意義を与えられちまったんだな。その為だけに新人類を作り出すとかする位には。
変わらず質問を続けようとする赤城を引っ張る。
「取り敢えず、先に探索しておくぞ」
「こっちに齧り付いてる方が有意義ですよ!」
「この端末の情報が全部真実だって信じられるのか?」
「それもこれから確かめようとしているんじゃないんですかー……」
「どうせ10分も必要としねえだろうから、その位先にやっとけ」
「うー……はい……」
普通の生活設備の他には、テレビに入れられるような媒体が数多に並んでいる場所があるだけだった。
媒体そのものは似通っていても、規格が全く違うのと、その箱に書かれている文字も今まで見た事なかったし、写真には毛も鱗もない旧人類と言うべき存在が写っていた。
「これが旧人類か?」
「……でしょうね」
娯楽映画から、ドキュメンタリーっぽいものまで。
「自然番組的な奴があったりすれば、俺はそれでも観ようかな。お前みたいにブラインドタッチ出来る訳じゃねえし、映像で見れる方が色々理解出来そうだしな」
「面白そうなのあったら呼んでください」
「へいへい」
*
一日が経ち、二日が経った。
最初以降、俺達の創造主のコンピュータとやらは何も命令やらしてくる事なく、俺達はただただ無為に時間を過ごしている。
赤城は端末の前に十数時間座り続けて質問攻めにした後ばったり寝て、そして再び質問攻めに。
俺は本当にこの場所に何も無いか調べて何も発見は得られないまま、用意してあったカロリーメーカーのような保存食をモサモサ食いながら、裸のままダラダラと旧人類の記録をテレビに流していた。
今流している自然番組らしい記録の中では、俺達同様に二足歩行をして会話を紡ぎ、文明を築いてきた、全ての種族の元となった旧人類が動いている。
毛皮にも鱗にも覆われていない皮膚。物も切り裂けなさそうな貧弱な爪。微塵も尻尾のない尻。尖っていない歯。そう大きくもない肉体。どこを取っても新人類の何よりも軟弱そうな印象。
ただ、体から流せる汗の量は尋常じゃなく、それを生かして真夏の太陽の下で数時間走り続けるとかそういう馬鹿げた事が出来たりする。ついでに、鍛え上げた人間は中々に屈強な肉体にもなれるようで。
俺達よりも種族としての幅は広そうな印象がしていた。
そしてもう半分、俺の先祖であるような大小様々な蜥蜴も画面に時折映し出されている。
コレとコレを組み合わせて俺の先祖は作られたのか、と思うと、このコンピュータの技術がどれだけ俺達より先に行っているのかという事を思い知らされる……が、うん。古代文明って浪漫の塊みたいに扱われる事が多いが、いざ現実に直面すると、どうにもそういう感じはしねえな。
何て言うのか、もう100年前とかに訪れたらこのテレビもファンタジーみたいなもんだったんだろうけど、今となってはリアルの延長線上にこれらが存在している事を察せられる位なんだよな。
不老不死だとか、宇宙に進出してワープ走法を手に入れただとか、重力を発生させるだとか、そういう映画で出てくるようなSFは現実に落とし込むまで行ってないようだし。
「……う、うーん……」
がちゃ。
赤城が肩から音を鳴らし、背筋を伸ばしながらやってきた。
旧人類時代のコンピュータにしては気が効いている、尻尾のある種族にも配慮されたソファの、俺の隣にどさりと座る。
「私達がどのように作られたのかとか、そういう過去については何でも教えてくれましたが、やっぱり私達に何をさせようとしているのかの質問には何も答えてくれませんねー」
「……。結局、俺達の何を測ろうとしているんだろうなー」
「……何の根拠もない憶測なら並べ立てられますけどね」
そう言って赤城は大きく欠伸をする。
「何か観たいものでもあるか?」
「こちらでまだ似たようなものがない、旧人類の世代で大ヒットした娯楽映画でも観たいですねー。持ち帰ってこちらに合わせて売り出せばそれだけで利益ががっぽがっぽじゃないですか」
「歴史を学ぶ方は別に良いのか?」
「私達の過去はこんなだった、って公に出来ると思いますか? 特に宗教に熱心な人に、私達はこういう理由で作られた、だなんて突きつけたら、発狂ものでもおかしくないですし、何より……金になりませんしね!」
意外と考えてるんだな、っていう言葉は出さないでおいた。
赤城にとっては、無事でも何の成果も出さずに戻ったら、それはそれで気まずいんだろう。
観た娯楽映画は、結構古い時代にその時代の史実を元にして撮られたものだったが、そういう背景が頭にすっと入ってきた挙句に、それが今の時代に生きる俺達とは全く違う姿形をしていようとも感動してしまった。
「凄かったなー……」
「ただ、これ撮影するのにとんでもない金額が掛かっているんですって」
「っていうか、これ、旧人類の時代としても、CGとかあんまり使われてない時代の映画だよな?」
「私達の時代でも色々努力しているのはありますけど、ここまでやってるのはきっと少ないでしょうねー。
ま、質問を答えた上で無事に帰れるなら、こちらの規格に合わせて焼いて貰いましょうか!」
「……そうだなー」
ここでダラダラと過ごした時間は長いようで短く、残りは10時間ちょっとになっていた。
「……なぁ」
「何でしょう?」
「時間が来る前に一度はっちゃけても良いか?」
「……良いですよ。珍しいですね」
「……少し、な」
*
盛った後に寝て。まただらだらと過ごして。
その時間が来ると、テレビに文字が映っていた。
俺はこの部屋に残るように。赤城は端末の部屋に移るように指示されている。
「……それじゃあ、また後で!」
「……そうだな。また後で」
赤城が隣の端末の部屋に移った直後。
がこんっ。
何かが外れたような音。部屋が少し揺れた。
ずず……ヴーーーーッ。
「……部屋自体が動いてるのか?」
扉の外が少し気になったが、開けない方が良いだろうな。
そして数分後。部屋の揺れが止まると、テレビの文字が変わった。
『気付いた事を教えてください』
質問というには、それは余りにも抽象的だった。
けれど……俺はそれに対して恐る恐る、口を開いた。
「……俺がこの部屋に入ってからの赤城は、もしかして偽物じゃねえのか? 俺も……偽物なんじゃねえか?」
創造主のコンピュータが、結局俺達の何を測ろうとしているのかは全く分からないままだった。
ただ、俺達という新人類を創れる程に様々な事に精通したコンピュータが出来る事と、ただただ二人で閉鎖空間で過ごさせる事に対して必然性があるような事柄を考えてみると、自ずとそれが浮かんできた。
俺は……本当に俺なのか? 赤城は……本当に赤城なのか?
このの地下の試験管の中で肉体が作られて、記憶もそっくりにコピーされて、実はこの部屋の中でしか生きた事のない存在なのでは?
一度浮かんだ疑念は全く消える事は無かった。ただ、外見や姿形には何の差異も見られなかった。俺自身にも、赤城の見える範囲にも。
そして赤城と遊んでみた結果、ほんの少しだけ、いつもと違うような感覚を覚える瞬間があった。
確証なんてものは全く無い。そして赤城もそれは思いついていただろう。端末に何十時間と齧り付いても何も確証を得られず、口には出さなかっただけで。
端末の文字が変わった。
『二つ目の質問です。どちらが本物ですか? 貴方達で決めてください』
「えっ」
周りの壁が一瞬で透明になった。
2×3の区画のそれぞれの端に、二人の赤城と、二人の俺が居た。
そして誰も居ない真中の区画には、俺達が持ってきた武器から食料から薬やらが無造作に置かれていた。
「悪趣味な事をする……」
それぞれの区画の透明な壁が上へとせり上がり、そして部屋は一つになった。