5. 紅生姜をたっぷりと掛けるのには賛成
『今より73年前、丁度999年の事です。
我々人類はとうとうDNAの解析という、多様な姿をしながらも等しく知性を持ち、社会生活を営める我々がどこから来たのか、というルーツの解明の為の技術を手にしました。
しかしながらその結果は驚愕の事実を我々に示します。
種類を問わず、我々のDNAは、この世界に生きるどの生物とも強い共通点を持たない、そして強いて言うのならば、最も近いのは猿であるという結果を出したのです。
それは毛皮を持たない、蜥蜴人、鰐人、そして足すらも持たない蛇人でも変わりませんでした。
その事実は衝撃と共に瞬く間に世界中を駆け巡ります。
時が経つに連れて。
科学者であるのならばまず信じられる事のない創造論が、持て囃されるようになりました』
そのラジオは、赤城が命を狙われるきっかけとなった、国にとっての最重要機密であるはずの事柄をだらだらと話し続ける。
俺は手を伸ばして、プツ、とラジオを消した。
「……少なくとも、俺もこの事実は知らなかった」
「ですよね?」
「図書館にでも行けば簡単に分かるはずだ。……俺達の記憶が改竄されていたにせよ、俺達はその事実が本当におかしいものなのかも調べなかった大馬鹿者なのかどうか」
「そう、ですね」
「取り敢えず、今日は寝よう。お前も疲れてるだろ」
「……助かります」
ラブホに着いて、赤城が体を洗ったら俺に尻を貸す前に寝た。顔には出さなかったが、かなり疲れていたんだろう。
俺はその寝ている赤城の尻を使って抜いた後、それでもモヤモヤしながら寝た。
*
まずは飯。鶏丼のチェーン店に入って大盛りを頼む。赤城は相変わらずサイドメニューから納豆とあるだけの付け合わせを頼んでねっちゃねっちゃと混ぜ合わせていた。
そして紅生姜もたーっぷりと丼に入れて、しゃくしゃくと本来鳴らないはずの音を立てながら掻っ込んでいく。
「ま、俺も紅生姜には賛成なんだよな」
一度試したら、何か普通の鶏丼が物足りなくなっちまったんだよな。
しゃくしゃく。しゃくしゃく。
ぱりぱりな茄子の漬け物。
ぱりぱり。
「……すみませーん、茄子の漬け物もう一つ」
「あ、私もお願いします!」
ぱりぱり。
お茶をぐいっと飲んで、おしまい。
店を出て、車に戻る。
「図書館に寄るより、まずは爆弾とかの素材を補充しておきたいけどな。どっちもまだ開店してない時間帯だし、
少しドライブしながらお前の話でも聞こうか」
「私も話そうと思ってました」
「私、事務仕事も多くやるんですけど、ある時サーバーの中にどうにも隠された場所がある事に気付いたんですよね。
サーバーの示すデータ容量と、実際に入っているデータに少しばかり食い違いがあるというか。
気になってしまったら、私、止まらない性質でして」
「よーく知ってる」
「クラッキングしようとしても、やはり私の属する部門は裏方というところでかなり強固でして。下手な事しようとしたら一発で通知がいく仕組みですし。
最終的に上司のパスワードを盗み見て、不在の時にそこのパソコンから入ったらその文書が読めました」
同僚として、居て欲しくないタイプだ。
「ただ、履歴とかもしっかり消して、毛も何も残さなかったのに、そう日が経たない内にばれてしまったようで。
私は蒼樹さん宛ての仕事を依頼しにいく為に外に出て、そして四日前に至るというところです。
……今思えば、あのパスワードでパソコンにログインした事自体が罠だったんでしょうね……」
「そしてこれがある程度計画されていた事なら、お前がサーバーをクラッキングしようとする所から俺を頼りに来る事まで、お上は織り込み済みだったと」
そして、その秘密を見つけてすぐ、俺を巻き込む事も計算済みだったと。
「……不貞寝したい気分ですよ、全く!」
そういう事に赤城が選ばれた理由を考えてみると、赤城がそんな事までしてしまう問題児だから、っていう発想に至るんだよなあ。
……俺も? いや、まさかぁ。……まさかぁ。
「蒼樹さん?」
「……いや。俺達がどういう目的の為に試されてるのか分からんが、少なくとも危険な事柄なんだろうな。
それなりの報酬貰わねえとやってらんねえぞ」
「蒼樹さんは何をお望みで?」
「……やっぱり金だな。別にそんな金を使うような趣味とかも無いんだが、一年くらい殺しとか戦闘とか無縁で過ごしてみてえな」
「普通に働く事はしないんですか?」
「俺が普通に働いているところ、想像出来るか?」
「蒼樹さん、やろうと思えば大抵の事は出来ると思いますけど」
「……訂正。殺しで稼いでる事に後ろめたい気持ちがあるが、だからといって俺は普通に働いて生きるなんて事もしたくねえ。だから、何もせず遊んで暮らせる金が欲しい」
「贅沢ですね!」
「お前はどうなんだ、お前は」
「私ですか? 私は今の生活に結構満足しているんですよね。程良く緊張感と危険のあるスリルも味わえる、人には話せない裏方のお仕事が好きなんです」
「好きなのに、自らぶち壊すような事したのか」
「それは好奇心が止められなかったので、仕方ありませんね!」
仕方ないで済ませられる事かよ。
「じゃあ、欲しいものは無いと?」
「いやー……少しだけ欲しいというか。蒼樹さんのその優れた五感、今からでも身につけられませんかね?」
「やめとけやめとけ、純粋無垢な子供の頃じゃねえと、あんなつまんねえ生活耐えられねえよ」
「あー……」
それだけで俺がどういう幼少期を送ったのか、大体想像出来たようだった。
ホームセンターでパイプ爆弾の材料やらを買い足してから図書館へ。
休日だからか、少しばかり人が入っている。
「えーっと……歴史か、それと生物学か」
正直なところ、俺と赤城の記憶が改竄されているのは事実なんだろうなあ、とほぼほぼ確信している。
俺も赤城も、歴史にはそこまで関心を持っていない。少なくとも俺の学生時代の点数は並以下だった……ような気がする。
そこあたりの記憶も、変に曖昧になっている。
学生向けの参考書の類も持ってきて、赤城と合流。
「こんな題名の本があった時点で、決まったようなものですね」
「我々はどこから来たのか 〜DNAと創造論〜 ……ね」
調べてみれば、その999年の事は世紀末の大事件として小学生の教科書にも書かれているような事実だった。
DNAという共通の仕組みを使っており、他の動物と同じように内臓などの器官も備えている。なのに、俺達だけは他の動物達は元を辿れば一緒、というようなDNAを持っていない。
世紀末ショックという分かりやすい名を付けられたその発見は、世紀末という事もあって世界中に大パニックを引き起こした。
それに乗じて宗教家が幅を利かせたり、科学者が不当に殺されたりと、その世紀末ショックは今でも科学の世界を飛び越えて多大な影響を及ぼしている。
「世紀末ショック……かあ」
「うっ……」
赤城が頭を抑えていた。
「どうし、た……?」
……記憶が。
*
ある日唐突に呼び出されたかと思えば、常識に関するようなテストを受けさせられた。
今思えば、それがどの記憶を封印出来るかを確かめるものだったのだろう。あのテストで歴史に関する事柄はあんまり答えられなかったし。
「これは何なんだ?」
紙を渡しながら聞く。
その日俺と会ったのは、赤城と同じ機関に属し、赤城より二つ三つ上の地位に立つ牛人。
名前は黒岩。
巨体で、その癖インテリな堅物。なんっつーのか、光の道をタックルして障害物も弾き飛ばしながら真っ直ぐに突き進んできた印象。
「相性調査、とだけ言っておく」
「相性? 誰とのだ?」
「今はまだ、言えない。相性が良く、そしてそいつとのミッションをこなせたら、ある任務に就いて貰おうと思っている」
そいつ、と言うところで嫌悪感のようなものを感じた。
赤城かぁ、とその時点で俺は察していた。
「ある任務? どういうものだ?」
「ある場所を捜索して貰う」
「それだけじゃ良く分からないが? 危険度の高いものなら、あんまり受けたくねえんだが」
「詳細と、受けるかどうかは、相性調査が終わってからで良いだろう」
「ま、そうだな」
「それと健康診断も受けて貰う」
「へいへい」
そこから詳細を調べると言われて、断食の後にバリウムを飲まされたと思ったら、睡眠薬が入っていたようで眠くなっていき。
「気付いたら、オプシディアンまで来い」
*
俺の頭の中にあった、俺自身も気付いていなかった靄が晴れていく感覚。
何と言うか、記憶を引っ張り出す為の鍵だけを失っていたというか。
妙にすっきりした頭を振って。
「……オプシディアン?」
「黒岩の営んでるカフェですよ……。骨董品とか好きで集めているのを見せびらかしたくなった結果、そんなものを経営するようになったんです」
赤城も似たような記憶を取り戻したらしい。
「へー……あんなナリしてねえ……。人入りは?」
「物好きが良く集まるようですけど、それだけで後はトントンっぽいですね」
「ネタにもしにくい感じか」
「つまんない男ですよ彼は」
「へいへい」
ま、赤城とは水と油な事は容易に想像出来るわな。
本を片付けて車に戻る。
「さっさとそのオプシディアンとやらに行くか。あったとして、襲撃も後一回ってところだろ」
「はい!」
「それにしてもな……俺、お前が俺を巻き込んだ時、半分くらいお前を殺すつもりだったぞ」
「その事に関してですが、どうなんでしょうねえ? 私が蒼樹さんを巻き込む事まで想定されていたのか、その上で蒼樹さんを巻き込めるかどうかも私の適性検査の一環だったのか。
何にしても……勝手に試されるっていうのはとてもイライラしますね!」
「……そりゃ、同感だ」
……俺が赤城を殺していたら、俺も適性無しの烙印を押された上で、碌でもない事にでもなってそうだったな……。
いや、俺が悪いか? どう考えても赤城の巻き込み方の方が悪いだろ。
いやいや、俺は赤城を殺すのではなく赤城に着いていくと決めた、というかその選択肢しか選べない状態にされていたよな。
溜息を吐いた。
「この数日間、結局俺達は死刑囚やらを殺して? その分の税金をちょびっと軽くしただけかね」
「死刑囚じゃない程度の罪人も結構居ましたけどね! 産業スパイとか、結婚詐欺師とか!」
「マジで?」
「けど、どれも反省の見込みのないような人ばっかりでしたよ。娑婆に出たところで似たような事をやらかすだろうというリストに載っていました!」
「へー……」
俺達を殺せたら自由にしてやるとか言われたのかね?
記憶処理:
特定の記憶に対して、思い出す為の部分に鍵を掛けてしまうイメージ。
ただ、当人にとって興味のそんなない記憶にしか効果がなく、更に鍵を外部から与えられたりと、ふとしたきっかけで思い出してしまう、かなり不完全な代物。
人類:
種族が何であろうと一番DNAが近いのは猿。
蒼樹:
鶏丼には紅生姜をたっぷり掛けて食べる。
ぱりぱりした茄子の漬物は好き。
赤城:
好奇心を抑えられないし、その為なら危ない橋も平気で渡ってしまうタイプ。
鶏丼には紅生姜をたっぷり掛けて食べる。
ぱりぱりした茄子の漬物は好き。