2. スプーンバキボキペッキャリアイスは硬くなくては意味がない
派手に何かがぶつかる音がした。
思わず振り返るが、二階の窓ガラスがぶれているだけ。
「標的の部屋からだな」
「……陽動か?」
「俺達の事は気付かれているっぽいな。慎重に取り囲もう……」
ボロアパートの二階へと数人が駆け上がり、そして扉の周りを囲もうと二人目が扉の前を通り過ぎた時。
ドォンッ!!!!
爆音と共に扉が吹き飛んだ。
その二人目は声を上げる事すら叶わずに扉と共に錆びた手すりを破壊しながら地面へと頭から落ちていき、ぐしゃりと音が鳴る、と共に煙に塗れた部屋の中からからんからんと音が。
嫌な予感がした時にはもう遅かった。
パンッ!
閃光と巨大な破裂音。ビクッと体が動いて、せめて銃を構えようとした時には……首を切られていた。
俺が刃物一本で他の三人の首やら胸やらを突き終えて振り返れば、赤城は一人を丁寧に銃で仕留め終えていた。
「蒼樹さんは速いですね、やっぱり!」
「本職だからな。で、こいつらは本職どころか、経験も積んでねえぞ」
「そうですね!」
「それに……こいつ、うん、やっぱり俺が過去捕まえた奴だよ。
どの位の刑を喰らったかは知らんが、無差別テロとか企んでた一味の奴だし、無期懲役は固いと思うな。
お前も見知った奴居るんじゃねえの?」
「頭潰れちゃってるんで本当にそうかは分かりませんが、爆発に巻き込まれて落ちたあの犬人、麻薬の密売人だった気がしますね! かなりの下衆で誘拐、殺人、強姦なんでもござれで、仲間に売られて捕まったはずです!」
「わーお。じゃあ何だ? 俺等は使い捨てにしても良いような命に狙われてるっての?
っていうか、マジで使い捨てだなこいつら。銃に弾も最低限しか入れられてねえし、……あらあら。胸には何か爆弾みたいのも付けられてやがる」
「私達、本気で殺されるような事にはなってないのですかね!?」
赤城がほっとしたと同時に、これからどうしようか悩むような素振りを見せる。
……百の策を考えていたってのは、捨て身前提だったんだろうな。いや、ホテル爆破した時点でやり過ぎな気もするが。
早速この場から離れながら会話を続ける。
「試されてるって感じだよなー。本気なら狙撃班が待機しててもおかしくねえが、そんな事もなさそうだしな。
俺達が秘密を知っているなら、知っておきながら生かす価値があるか試してるんじゃねえの? って思うな」
自分で言っておきながら、背筋が冷えるような事に気付いた。
「…………すみません」
ピンと立っていた赤城の耳がしょんぼりと垂れる。
いや〜〜な予感。もし俺の予想が当たっていたとして、示すべき価値は赤城が爆発させたホテルの費用が上増しされるのでは?
それは何億円なんでしょう? それは今この国に居る死刑囚やらを全てぶっ殺したとしても釣り合うんでしょうか?
「……俺の家系は知っての通り、忍者だったりスパイだったり、そーいう事を生業としてきたところでな。
単純に来る敵を迎え撃ったりするだけで良いなら、俺が一番慣れてるのは鍛錬で嫌と言う程シバかれてきた森ん中なんだよな。
お前は?」
「私は確かに訓練とかは一通り受けて実戦経験も積んでますけど、流石に街中だけですね!
後……すみません、流石にそんなレンジャー部隊みたいな事、いきなり長期間出来る気はしません……」
「正直でよろしい。じゃ、これからどうするかは赤城、お前が考えてくれ」
「え、私で良いんですか?」
予想とはいえ、流石にやらかした事のレベルが段違いからか、いつもの溌剌さはもうかなり消えてるな。
「お前の方がそういうの得意だろ。それに、一蓮托生っぽいしな……」
こいつから良く依頼受けていたり、一緒に遊んだりとかもしてたけど……狙撃手と観測者みたいにお上は運用しようとか思ってんのかね?
少なくとも俺が赤城を手配書の通りに殺さないところから、一緒に逃げるところまで……もしかしたら赤城がホテルに爆弾を仕掛けたところまで、お上は承知の上で敵を寄越している。
「それでは、北と南、どっちが好きですか?」
「南。一旦ここから離れるのか?」
「まず私達が何をマーカーにして尾行されているのか定めておく必要があると思いまして」
「最悪、俺達の気付かない間に体内に埋め込まれてるとかも有り得たりすんのかねえ」
「それはとても嫌ですね!」
特徴的な警笛が流れてきて、赤城を引っ張って身を隠す。
「ウチの国の警察は優秀だこと」
多分揉み消されるんだろうけど。御愁傷様。
*
「弁当はいかがですかー。ビールもありますよー。先日テレビに上がったスプーンバキボキペッキャリアイスもまだまだありますからねー。一個350円ですー」
「あ、スプーンバキボキペッキャリアイスひとつください! 蒼樹さんは要ります?」
「いや、ここで舌を冷やしたくねえ」
新幹線の中。車内販売から赤城がアイスを買うと、手に当ててひたすらクルクル回し始める。
前にも後ろにも隣にも一般客がたっぷり。
流石にこんなところで仕掛けては来ないと思うが、念の為舌に味覚は乗せないでおく。
俺もスプーンバキボキペッキャリアイス食いたかったなー……。
「保冷バッグも売ってたので買っておきます?」
「いやー、あの硬さは普通に保冷してるだけじゃ消えるらしいんだよ」
「そうなんですか。あ、それと」
赤城が窓の外を指差した。
外に見える風景はまだ都会のそれだが、その中に殺風景なマンションのような建物が一つ。
「あの建物、刑務所です」
「あー……流石にこんな場所にまで来ねえと思うけどなあ」
思いたくねえけどなあ……。念の為、うん、そうだな。
「あ、すみませーん。やっぱり保冷バッグとスプーンバキボキペッキャリアイス3つください」
程なくして新幹線は停まり、新しく人が入ってくる。都心からまだそう離れてない事もあって、出て行く乗客は居ない。
俺と赤城は腰をだらしなく下げて(俺の太い尻尾がぐにゅりと曲がって痛いが)頭が後ろから狙えないように、そして俺は舌を出して、一人一人の乗客の感情を嗅ぎながら念の為待ち構えていると。
乗ってくる客の中で一人、強い緊張を抱いている奴が居た。
「……市井に住んでるには質素過ぎる臭いの人から、妙な薬の臭いがしますね」
俺の舌は感情やらを読み取れるが、赤城のように麻薬の臭いを嗅ぎ分けたりだとかは出来ない。
前者は要するに、大した娯楽を許されてない刑務所を出た奴という事。そして後者は。
「麻酔銃の類か」
「多分、ポケット越しに撃とうとしてますね」
「助かる」
他の客に強く影響を及ぼさない代物を使う事を定められてるのか。
それとも、もしかして俺達が一般人に被害を出してもその時点でアウトだったりすんのか?
それはそれで嫌だなー。
そいつが背後から乗客を避けながら近付いてくる。緊張がより強くなっているのが感じられて、いや、悪どい事をしてきて使い捨てにされるであろう人材にしては緊張し過ぎじゃないか? 俺が捕まえた奴だったりすんのかね?
何はともあれ、その小柄な猫人が隣にまでやって来て、頭を隠していた俺を視認する……と同時に、ポケット越しに撃とうとした麻酔銃の射線に保冷バッグから出したばかりのスプーンバキボキペッキャリアイスを置いた。
「撃たねえのか?」
銃を表に出したらきっとこいつも胸の爆弾が作動するようにされてるんだろう。ポケット越しにずらしてくる狙いに的確にスプーンバキボキペッキャリアイスを置き続ける俺に、その猫人はどうする事も出来ない。
そして後ろの乗客が何立ち止まってるのかと燻り始め。
「おい、さっさと行ってくれよ」
「え、あ、ちょっ!」
押されて去っていった。
ふぅ、と溜息。
「あいつ、知った顔だったか?」
赤城の方を見ると緊張を隠せていなかった。俺が銃弾を躱したり出来るところは何度も見てるはずだけど……いや、流石に俺に全幅の信頼を置いたとしても、銃で狙われるのに何もしないのはきついか。
「えーっと、あの15年前の凄惨なレイプ事件の集団の一人だったかと」
ある意味伝説になってるアレか……。
「マジかよ。……それと、行き先も分かられてるっぽいが、ここから先はどうする?」
「ひとまずは、刑務所も近くにないような辺鄙なところまで行きましょう。そこなら尾行が居たとしても分かりやすいと思いますし」
「承知の助」
*
新幹線を指定した場所より二つ程早く降りて、そこからすぐにタクシーを捕まえて何度か乗り換えたりして。
追ってくるような車両もないと断言出来たところで、更に離れて適当な民宿に入る。
「これですぐにバレたら、私達の体内に発信機か何かしらがあるでしょうね!」
発信機を警戒して大半の物は道中で捨ててきた。ここまで持ってきたのは少しの銃器と金だけだ。匣も置いてきた。
匣が如何に使えるものだとしても、使えるかと、使いこなせるかはまた別問題だし。
それに俺にとっての武器はホームセンターにでも寄って、多少手間を加えれば何でも揃う。
「ま、今日中に現れなきゃ少しは気を抜ける時間もあるかねえ」
テレビを付けてみれば、あれだけデカいホテルで爆発を起こしたのは流石にニュースになっていたものの、赤城の隠れ家で武装した囚人を返り討ちにしたのは何のニュースにもなってなかった。
「明日なら温泉にでも入れますかね? あ、ムラムラしないでくださいよ?」
「この頃特殊なプレイばっかりだったから、普通に同じ蜥蜴人の女とセックスしてえ気分なんだわ」
「そうなんですか。あ、持ってきたスプーンバキボキペッキャリアイス、溶けない内に食べちゃいましょう!」
「お、そうだな。……やっぱ、スプーンが刺さるスプーンバキボキペッキャリアイスなんてスプーンバキボキペッキャリアイスじゃねえな」
結局、三日間は何事も起こらなかった。
蒼樹:
装備:
特注のがなくてもホームセンターがあれば、手間を加えて揃えられるし、基本それを使ってる。
なので、銃とかがなくてもそんな困らない。
スプーンバキボキペッキャリアイスは硬いのを少しずつでも削りながら食べるタイプ。
赤城:
スプーンバキボキペッキャリアイスは手で回しながら温めて柔らかくなってきたところを食べるタイプ。
犬人:
体格: まちまち
筋力: まちまち
脚力: まちまち
瞬発力: ☆☆☆☆
備考: 狼人に比べて能力はやや劣る事が多いが、どこにでも溶け込めるような協調性を持つ。
猫人:
体格: 小〜中
筋力: ☆☆
脚力: ☆☆☆☆
瞬発力: ☆☆☆☆☆
備考: 特になし。