特別労働
~アリシアが寝て暇になった。
さっきから長い時間、
ボーっとアリシアの寝顔を見ている。
眠いっちゃ眠いけど、
今日あった色々な事、
今日アリシアから聞いた
色々な事が頭を駆け巡る。
今日は本当に色々な事があった1日だった。
アリシアと出会った。
アリシアの秘密を知った。
世界の秘密を知った。
夢を見つけた。
これから何十年と生きても、
今日という日が自分の人生で1番、
思い出,深い日になるだろう。
アリシアとの出会いが
自分の人生で1番,大きな出来事だ。
にしても、さっきアリシアの獣耳を
ずいぶんいじめちゃった。
起きたら機嫌を直してくれるだろうか。
嫌われていないか不安になる。
自分にはアリシアしかいないから、
アリシアに嫌われちゃったら
もう生きてけない。
アリシアと約束した事は、
公域SLに2人で行って、
別の世界を見つける事。
それが叶わず、今まで通り
死んだ様に生きるなら、
生きる意味なんてない。
いや、元々なかったけど、
今まで気付いてなかったんだ。
今までの人生は無意味だった。
それをアリシアから教えてもらって、
新しい生きる意味をアリシアから貰った。
自分の生きる意味は別の世界を
探しに行く事じゃなくて
アリシアと一緒に探しに行く事だ。
前の世界はもう捨てる。
今の自分にとってアリシアが世界で
アリシアがいなくなったら、
ほんとうに、生きる事に
何の意味もなくなっちゃう。
もう知っちゃった、
アリシアに教えてもらった。
今までの生活がどれ程,不幸だったか、
その未来には希望がない事を。
そして、今までの生活を捨てれば、
手に入れられるかもしれない希望を
アリシアが与えてくれた。
だから自分はこの世界を捨てる。
もしも、アリシアがいなくなったら
耐えられないくらいの
虚無感と喪失感で
何もできなくなるだろう。
いや、単に寂しくなるだけかな。
今の世界を捨てたいだとか
別の世界に行きたいだとかは
表面的な思いで結局のところ、
自分がアリシアを好きなだけだ。
アリシアがいる上で
それらの希望があるだけで
アリシアがいないなら
別の世界に行く事も意味はない。
アリシアが寝返りを打ち、
顔がこちらを向く。
...アリシアはまだ起こってるのかな。
自分の事を嫌いになっちゃってないか、
不安でいっぱいだ。
気になって仕方ない。
これ以上その事を悩んでも
仕方ない気がするし
暇つぶしに人永時真伝をもう1度,読もう。
人永時真伝。
約352年,前に大人が、
いや、騙幸人が書いた書物。
綺麗な青色をしたこの板を
ゆっくりと読み進めて行く。
[より上位な階層の人類種が
より豊かで幸せな生活をしている]
[食料などの原材料を生産する事が
支配階層内での役目で、
「老いる」とその役割を
十分に果たせなくなる為、
44歳で殺処分される]
[愚富人は騙幸人や、
愚働人の労働を糧に
生きているので、働く事はほぼない]
自分は不幸だ。
愚富人に利用され、
時間も労働の成果も奪われる。
だから、ここじゃない何処かを
探さなきゃいけない。
ずっと、自分を異物の様に感じていた。
ずっと、この世界を疑ってきた。
この、何も幸せじゃないのに
誰もが笑顔な気持ち悪い世界から
抜け出してアリシアと生きたい。
自分達が不幸だと言うなら、
きっと愚働人や愚富人は
自分が知らない幸せを知っている筈だ。
その幸せを手にしてる筈だ。
自分も手にしたい。変わりたい。
あと40年ただ生きてただ死ぬのは嫌だ。
幸せになりたい。
自分には想像できないくらい
長い時間が残ってる筈だ。
アリシアの寝顔を見る。
アリシアはスースー静かな
寝息を立てて寝てる。
きっと他の人には見せてないだろう
獣耳を自分の前で出して寝てる。
それが嬉しい。
アリシアの獣耳は自分の物だ。
...アリシアは可愛い顔をしてる。
明るくて優しくて、自分には眩しい。
アリシアは尊い。
だから、アリシアはこんな
穢れた世界には相応しくない。
[そして、語るのも嫌な特別労働。
君達は、同種族間での性行為をしない]
あれ、聞いた事がない箇所がある。
アリシアは何でここを
読まなかったのだろうか。
不思議に思いながらも読んでみる。
[君達は、同種族間での性行為をしない。
本来はあらゆる有性の生物がするのだが、
そうゆう感情や欲求も
洗脳によってなくされたのだろう。
騙幸人の性的欲求は
本能的ではなく感情的だ。
そして、本能よりも感情の方が
操作が簡単なのだ。
騙幸人は中性的だから、
「異性を異性として意識しない、
異性を同性として
意識する様な洗脳」が行われた。
そして、愚富人を性的に、
性的な意味で魅力的に感じる様に
洗脳されたのだろう]
確かに自分はそれにも違和感があった。
愚富人は何回か見た事があるけど、
あれ程,醜い顔をした人間は見た事がない。
単に醜顔という訳ではなく、
とても性格が悪そうな、
欺瞞的な顔をしているんだ。
あれに魅力を感じる意味がわからない。
[そもそも、君達は性行為が
何なのかもわかっていない。
人という生物がどのように
繁殖しているのかすらも
知らないのだろう。
人は本来、その特別労働もとい
性行為によって妊娠し出産する。
君達の周りで妊娠した人は
腹に寄生獣が巣食っているなどと言われて、
産待院という施設に
隔離されているだろうが、
そのお腹に宿っているのは自身の子どもだ。
いや、君達は「子ども」という言葉に
年齢的な意味しか知らないのか。
「子ども」というのは
もう1つ意味があって、
自身と自分が性行為した対象、
双方の形質が受け継がれた人を意味し、
性行為後に体内の腹部に発生し、
9ヶ月後に産まれる
(体内から排出される)事で誕生する。
愚働人は徹底的な管理,洗脳の為、
親と子を引き離し、
そもそも親や子という存在を認知させない。
子どもは母体が全身麻酔をした上で
特殊な科学技術により
体内から排出されるので、
親と子は会う事すらないのだ。
本来、子は親が育てるのだが、
子は乳幼児の頃に受けた、
育て方や環境の影響を強く受けるので、
愚働人からすると
洗脳をするのに都合がいい時期である。
だから、愚働人は親と子を引き離して、
自分達の手で育てるのだ]
トウァ「そうか。高人は、
そんな事まで騙していたのか」
ポツリと冷たい声で口から出る。
[本来、子は親が育てる]
つまり、愚働人は自分達から奪ったのか。
奪った事すらわからない様に騙したのか。
ゆっくりと苛立ちが沸き上がる。
[また、子は親と親密な関係を築くが、
親密な関係は洗脳の内容ではなく、
人との関係を優先して生きる原因になり、
親密な関係で生まれる、
本音の対話は洗脳の内容にある
矛盾点などのおかしさを見つけたり、
自分の思う洗脳の内容のおかしさを
他人に話し、認められる事で
自信がついてしまうのだ。
愚働人にとって、
自信はあってはならない。
自信は主体性、独自性を生み、
洗脳を信じずに
自分を信じる結果を生むからだ。
そして、騙幸人同士は
性行為していないのに
どうやって、騙幸人は
産まれているのかと言うと、
子を作るのには精液が必要なのだが、
モッドノックという
地上文明時代に反出生主義者達が
自分の種族を絶滅させようと
作った物を装着して
性行為をする事で精液を採取できる。
その精液を使って、
騙幸人の女性に対し、
人工授精を行なう事で
騙幸人同士の子が作られているのだ。
本来、異種族との性行為は
めったに行われない。
性行為とは、厳選した対象、
好みの者としか、
したくないようにできており、
その厳選の条件に自己同一性があるからだ。
そして、そうでない対象との
性行為は不快に感じる。
また、私達、騙幸人は、
人類種の中で珍しく、
性に羞恥を感じるのだが
それも洗脳でなくなっているみたいだ。
何でも羞恥は形式化でなくなるらしい。
君達は性行為を
ただの労働と教えられる事で、
性に対して羞恥をなくしているのだ。
ちなみに、地上文明時代でも
「子作り、あくまで子供を
作る為だけの行為、
動物なら当たり前にする
自然な行為」などと形式化して
羞恥をなくしていたそうだ]
アリシアがこれを読まなかったのは
「騙幸人は性に羞恥を感じる」
からだろうか。
それとも、また別の...
そういえば、自分は11歳になり、
特別労働が始まる年齢になった時、
性殖能力に関する情報を学籍に登録する為の
筆記式質問を受けたが
なんとなくEDを偽った。
それが理由か1度も特別労働をした事がない。
だから自分にとって性的な事柄は
そもそも情報としてしか知らないのだ。
[性行為とは、厳選した対象、
好みの者としか、
したくないようにできており、
その厳選の条件に自己同一性があるからだ。
そして、そうでない対象との
性行為は不快に感じる]
多分それは大切な行為で
そこに大切な関係が
あったんじゃないだろうか。
子と親は親密な関係を築くと書いていたけど
きっと親同士もそうな筈だ。
自分達はこの世界にどれだけ
たくさんの物を奪われているんだろうか。
アリシアの寝顔を見る。
アリシアの髪を手で梳く。
やっぱり、こんな世界にはいたくない。
こんな奪われてばかりの世界に
アリシアを置いときたくない。
...ふと、酷く嫌な想像が頭に走る。
なんだか、自分も眠くなってきたから、
結局,アリシアの近くで横になって、
その嫌な想像を
振り払う様に目を瞑る。
アリシアは例外だ。
きっとそうだ、そう振り払って。
なぜか、アリシアが恋しくなって、
アリシアの背中におでこをくっつけて
色々あった今日を思い出しながら
アリシアの事を想った。