綿羊
♪~
朝だ。
起きて、ぼんやりしながら部屋を出る。
この動きはいつも無意識だ。
廊下を流れる川で顔に
水をパシャリを浴びせる。
目が覚めた。今、起きた気分だ。
川で顔を洗うまでは、
寝ながら起きてる感じなのだ。
川沿いに置いてある飲み皿で川の水を飲む。
寝ている間に口呼吸で乾いた喉が癒される。
フウミ「お姉ちゃん、おはよ」
後ろから、フウミが話しかけてくる。
フウミは可愛い寝癖をつけて、
眠たそうに眼をこすってる。
私「おはよ、フウミ」
フウミの寝癖を手で潰して、
フウミの頭を撫でる。
フウミ「撫でられたら眠くなっちゃうよ」
フウミはヘへっと笑う。
私「いいよ。おんぶしてあげる」
たまには甘えられたい。
フウミに背中を向けて軽くしゃがむ。
すると、柔らかな重みが自分の背中に乗っかる。
やっぱり、フウミはまだ軽い。
まだ、成長途中だ。
フウミが少し休めるように、
居間に向かってゆったり歩く。
そう言えば、私も子供の頃は、
お母さんに居間まで
おんぶしてもらってたっけ。
フウミとかフウマと取り合いになってた。
~居間に着いた。
フウミが私から降りて、椅子に座る。
私も椅子に座り、
他の人達を待ってぼんやりする。
今日はルリの婚姻の儀式と、
家族迎えの儀式があるから、
夕食が豪華そうだ。
前に家族迎えの儀式と
婚姻の儀式をしたのはミアで、
2年前になる。
その時は本当に美味しいご馳走を
満腹になるまで食べた。
ふと、タニシが私の向かいに座り、
目が合う。
タニシが首をひねって、
あからさまに目を逸らす。
昨日、性的な店に入ろうとしたのを
見られたのを気にしてるみたいだ。
私「ビビり」
かしら「全員,集まったか?
今日は19時半から遅めの夕食と、
ルリ,ツミキの婚姻の儀式、
ルリ,ルキの家族迎えの儀式が行われる。
19時半からになったのは、
18時~19時半はミャラリ村で、
舞乱子幅跳び大会が
開かれるそうだから、
その時間と被らない様にだ。
では、朝食を食べよう。
かるら、誓いの文を読んでくれ」
今日は舞乱子幅跳び大会があるんだ。
今,知った。見に行こっかな。
するのは恥ずかしいけど、
とりあえず、見ときたい。
かるら「テラシナ、ユアタカ、
ムツナカの三神による、
毎日の幸せに感謝し、
今日も人の為が自分の為で、
自分の為が人の為である様な
労働をする事を誓って、
三神から賜られた食物を頂きます」
自分達「誓って、頂きます」
今日の朝食は塩掛け芋、
溶け豆塊掛けバナナ、
納豆、昨日のスコーンスープだ。
溶け豆塊掛けバナナはあまり出ない、
少し高級な料理で、甘くて美味しい。
今日は夕食が遅いから、
その分、朝食が美味しいのかな。
お腹に溜まりそうだ。
さっそく、溶け豆塊バナナを口に入れる。
豆塊をボリボリ食べると、
濃厚な甘味が口に広がり、
それが柔らかでトロトロとした
バナナと混ざり合う。
やっぱり、豆塊は美味しいし、
豆塊とバナナの相性は抜群だ。
豆塊は大豆を再細塊化した物で、
大抵、あんこが混ぜてある。
再細塊化とは細かくした後、塊にする事で、
木を粉末状にした物を
水と熱で固めて木材にしたり、
豆塊なら大豆を粉末状にした後、
水で溶かして固める。
再細塊化は塊を全体的に均一化し、
偏りや構造をなくす効果がある。
そうする事で大豆なら食感が変わり、
木材なら目が合って削れずらい所、
目がなくて削れやすい所といった、
ムラもなくなる。
再細塊化は料理や
物作りでよく使われる手法で
あらゆる固形の物が
再細塊化の対象だ。
豆塊掛けバナナを食べ終わり、
魚醤を納豆にかける。
納豆はたくさん混ぜて、
フワフワにしてから食べると美味しい。
魚醬は高級な調味料だけど、
この村は海沿いの村だから、
原料の魚が安く手に入って、
魚醬もたくさん作れる。
魚はすぐ腐っちゃうから、
魚は干すか、魚醬にして、
ゆっくり消費したり、別の県に輸出するから、
干し魚と魚醬に困る事はない。
海から離れた県だと魚醬じゃなくて、
豆を使った調味料、
醬油を魚醬の代わりに使うらしいけど、
醤油は魚醬に比べて
旨味が少ないから、あくまで代用品だ。
納豆を混ぜ終わり、
納豆を一気に口に流し込む。
フワフワに泡立った納豆が
トロトロと口に流れ込む。
そんな、心地いい触感と共に、
旨塩っぱい味が口に広がる。
やっぱり、私は納豆が好きだ。
ちょっと、塩っぱくなった口を、
味の薄い塩掛け干し芋を食べて薄める。
塩掛け干し芋はパリパリして、
これはこれで食感が良い。
この塩掛け干し芋は
厚さが5mmくらいあるけど、
高級な塩掛け干し芋だと、
厚さが0.33mmで、
光が透けるくらい薄いらしい。
その高級塩掛け干し芋は
薄く切るのも、持ち運ぶのも大変らしい。
口に運ぼうとしたら、
口の前でポロっと
折れちゃったなんて話もある。
まぁ、そんだけ薄いと
食べ応えなさそうだけど。
かしら「かるら、締めの文を頼む」
かるら「足る事を知って、
足りた事に感謝し、
その感謝を労働として形にしましょう。
そして、食の喜びを齎してくれた食材と
食の神ハミモヌナタラダコに
感謝の言葉を捧げましょう。
ありがとうございました」
私達「ありがとうございました」
朝食が終わった。
今日もお仕事だ。
今日のお仕事は何をするんだろう。
フミヤ「フウリ」
ふと、後ろから話しかけられる。
フミヤおじいちゃんだ。
フミヤ「今日は牧畜をしてみないか?」
私「え、私が?」
牧畜は15歳からする筈だけど。
フミヤ「今日、フート、ツキ、
ミニア、ウォリアの4人が
熱を出して人手不足なんだ。
農耕は後回しにしても
大丈夫な業務が多いけど、
牧畜はそうじゃない」
私「あ、うん。わかった」
フミヤ「じゃあ、動物広場に行って、
ファミに教えてもらいながら、働いてくれ」
私「はーい」
牧畜...ワクワクする。
動物と触れ合うのは楽しそうだ。
どんな事するんだろう。
ウキウキで動物広場に足を進める。
~動物広場に着いた。
ファミさんを探す。
すると、ファミさんは池で
綿羊の毛刈りをしてた。
私「ファミさん。おはようございます」
ファミ「ん?」
ファミさんが私の方に振り向く。
ファミはミアのお父さんで画家だ。
私「ハタモチからファミさんに、
仕事,教えてもらうように言われました」
ファミさんとはあまり話した事が
ないから息が詰まる。
ファミ「あぁ、そうか。
そうだな。この羊の毛,刈ってもらうかな」
ファミさんはそう言うと、
私に鋏を手渡す。
鋏は刃の長さが、
肘から手首の長さくらいまであって、
物騒な感じがする。
先端が尖ってる訳じゃないから、
人に刺さったりはしなそうだけど。
ファミ「じゃあ、この池に入って、
この紫色の羊を丸裸にする。
尻尾と耳...あと、
乳首を切っちゃわないように」
ファミは淡々と説明する。
その視線は何故か雲に向いてる。
私「尻尾とか切っちゃう事、
あるんですか?」
恐る恐る聞く。
ファミ「たまに」
たまにでも怖い。
足服を膝の上まで捲って、池に入る。
水がひんやりしてて心地いい。
綿羊は寒い山岳地帯に住んでて、
ここみたいな、低地だと、
暑くて熱中症になっちゃうから、
人工の池で飼われてる。
池は長さ12mの円で綿羊が2匹いる。
端から1.5mまでは深さが45cmで、
足服を捲れば入っても抜けないけど、
そこから先は深さが1mあるから、
落ちたら全身が濡れちゃう。
鋏を持った両手を水に沈めて、
そのまま綿羊の毛にサスっと鋏を差し込む。
鋏は全部、綿羊の毛の中に入ったけど、
体に当たった感触はない。
鋏の長さよりも毛深いんだ...
そのまま鋏を開いてサクっと毛を切る。
ここは胴体の横だから、
切っちゃいそうな物はないだろう。
両手でサクサク、毛を切る。
切った毛は流れて、
池の水が出る出口を覆う布で
堰き止められる。
後でそれを集めて、
木の籠に入れるらしい。
ファミさんは私とは
別の綿羊の毛を刈ってる。
にしても、綿羊はほんとうに毛が多い。
真ん丸になるくらい毛が
長くたくさん生えてて、
毛同士がひどく絡みついてる。
この毛はほどこうとしても、
全然、ほどけなくて、
絡まってるというより、
塊になってると言った方が
正しいくらいだ。
でも、水中だと、
毛は簡単にほどけて、
簡単に鋏で切れる。
池に入れてる理由はそれもあるのだ。
綿羊は長さが3mあるけど、
体長は1.5mでそんなに大きくない。
長さ3mの綿の中で、
綿羊は前の方にいて、首が長い。
これは息をする為らしい。
こんな毛の塊で
身を覆っているのには訳があって、
山岳地帯では綿羊などの
草食動物を食べる肉食動物がいるから、
毛で体を守ってるのだ。
綿羊の毛は丈夫で、
噛んで引っ張っても千切れたり、
他の毛とほどけたりもしない。
唯一、毛から出てる顔は硬くて、
捕食者に対して突進して顔をぶつける。
実際、これは危険だから、
綿羊の足は紐で縛って、
木に括り付けてある。
そうしないと池から脱走して、
人に体当たりしちゃう。
自由人の職種の1つに
綿羊を山岳地帯から連れてくる、
羊飼いがあるけど、
綿羊に体当たりされて、
骨折しちゃう人はたくさんいる。
冬の山でそうなると、
凍死しちゃう危険もあるから、
羊飼いは危険な職業だ。
~飽きてきた。
まだ、綿羊の毛刈りが、
半分も終わってない。
いつもはタニシと
喋りながら働いているけど、
ファミさんはなんか変わってて、
話しかけずらいし、
ファミさんから話しかけてくる事も
ないから無言で暇だ。
ちょっと、勇気を出して、
話しかけてみよっかな。
私「ファミさんって、
絵を描いてるんですよね?」
ファミ「......」
え、無視された。
う、気まずい。
この人、やっぱり、苦手かも。
ファミ「そうだな」
変に間を開けてファミが答える。
無視した訳じゃなかったみたいだ。
私「どんな絵を描いてるんですか?」
ファミさんはいつも自室で絵を描いてて、
完成した絵は絵を展示する為だけに作った
建物に飾ってるらしいから、
私は見た事がない。
ファミ「......どんなだろ。
綺麗で暗い絵かな。
君は...あまり好かなそうだ」
ファミがポツリと言う。
私「あ、そうなんですか」
勝手に好かなそうだと
決めつけられるのはあまり嬉しくない。
私の事なんて知らないくせに。
私「ミアとかニアは、
ファミさんの絵に、
なんか言ったりしてます?」
ファミ「別に...でも、
ミニアは褒めてくれる」
ファミの声が少し嬉しそうになる。
ミニアはファミの奥さんだ。
奥さんに絵を褒められるのが好きなのかな。
そう言えば、特に何か一緒にする訳でもなく、
ファミさんとミニアさんは
一緒にいる事が多い。
一緒にいるというより、
ファミさんがミニアさんに追いて行ってる感じだ。
1年くらい前、大家族の買い出しに、
ミニアさんと言った事があるけど、
突然、後ろからファミさんが現れて、
ミニアさんの横を
歩き出したからびっくりした。
それにミニアさんは何も反応せず、
そのまま歩くし。
私「この綿羊は何処で貰ってるんですか?」
綿羊は貴重で高いらしいけど。
ファミ「ムラミの牧畜を管理する、
モコマラーモが中央市中央村で買う。
1頭3456万ムニ」
私「え、そんなに高いんですか」
高いとは聞いてたけど、
まさかそんなに高いとは思わなかった。
大家族で働く労働者の年収は
約25万ムニだから、
その150倍くらいかな。
私「綿羊1頭でどれくらいの服が
作れるんですか?」
25万ムニもするなら、
たくさん作れそうだ。
ファミ「1年で200着分くらい。
毎年、毛刈りが1回できて、
綿羊の寿命は12年。
2歳で買い取るから、
10年,飼って、10回,毛刈りして、
2000着の服が作れる」
私「え、そんなにいるんですか?」
村の人口は324人だけど、
服は一生物だし、
そんなに服を作ってどうするんだろ。
ファミ「いや、もっぱら輸出用だ。
この村は比較的,山岳地帯に近くて、
綿羊が手に入りやすいから、
そうじゃない所に輸出する」
そうだったんだ。
私の住むミャラリ村、シラハミ市は
海産物の輸出だけじゃなくて、
服の輸出もしてるのか。
私の住んでる地域って、
結構、恵まれてるんだ。




