洗脳と実態
アリシア「はい」
アリシアがその青い板を自分に手渡した。
その板は半透明な青色をしていて、
小さく文字が刻まれている。
アリシア「読んでみて」
トウァ「うん」
この板に、アリシアの言う、
世界の真実が書いている。
そう思うと、手が震える。
そっとその文字に目をやる。
[人永時真伝 ツァリア暦724年
この書物は我が愛おしき子孫に
希望を与える為に執筆した。
この書物は心から信用できる者にのみ、
見せるべきであり、
特に高人や天人には見せてはならない]
心から信用できる者にしか
見せてはいけない。
高人には見せてはいけない。
つまり、今から読む事は、
高人と天人が隠した世界の真実か。
今から、長年、疑ってきた、
この世界の真実を知れると思うと、
心臓が痛いくらいに強く打つ。
[我が名は、ロメス・ヘルム。
老い先,短い老人だ。
真実が隠され、奇怪な教えが
蔓延している世界で、
偽りの幸せに毒されてしまった子孫よ。
そんな騙幸人の為に我は伝える]
騙幸人...って何だろう。
「そんな騙幸人の為に我は伝える」
って書いてるし、自分達の事だろうか。
上民,中民,
下民といった人種序列とは
また別か。よくわからない。
今はツァリア暦1073年だから、
この書物は...だいたい352年前に、
書かれた物らしい。
早く続きが読みたい。
だけど、アリシアは自分が読んでいる間、
暇じゃないのだろうか。
アリシアの声が聴きたい。
人永時真伝を1人で読んでると、
アリシアが気になって、
つい、アリシアをチラチラ見ちゃう。
それに今まで、それなりに、
信じてきたこの世界が、
根底から否定されるのを
1人で感じるのは嫌だ。
トウァ「アリシア。
自分が読んでいる間、
アリシア,退屈しちゃいそうだから、
人永時真伝を声に出して
読んでくれない?
それに...アリシアの声、安心するからさ」
アリシア「うん。わかった」
アリシアにその板を手渡す。
ふと、アリシアの獣耳が目に入る。
アリシアの獣耳を触ってみたい。
後ででいいから。
あの獣耳の後ろ側に生えている、
細くてびっしりな短い毛はきっと、
しっとりした感触をしているんだろう。
アリシア「じゃあ、読むね...
ってトウァ、何処まで読んだ?」
指をさして示す。
トウァ「ここ」
アリシア「わかった。
[19年前、新たに生まれた者への
洗脳が始まった。
705年以降に生まれた者は、
親ではなく、高人と自らを称し、
自らを羨望と尊敬の対象となるよう、
仕向けている愚働人によって、
集団で育てられる。
愚働人は、洗脳の効果が最も高い、
乳幼児期に、特に力を入れて、
騙幸人を洗脳する。
その洗脳の内容は、
洗脳の為に新たに作られた、
神話を多分に使っていて、
愚働人の定める、
愚働人にとって都合の良い
「普通」に騙幸人を誘導する。
本来なら不満を感じ、避けようとする事も、
「普通」とする事で、
それを積極的にやらせ、
何も満たされていないのに、
既に満たされているかの様に
思いこませたりするのだ。
人が主体的に行う事である、
娯楽や趣味なども、
本来なら苦役でしたくない様な事を、
「普通の趣味,娯楽」とし、
他の娯楽や趣味を知らせない事で、
喜んで行わせている。
まさに、今の騙幸人は操り人形だ。
自分の意思でしたいようにしていると
思っていても、全ては、
愚働人の思うままに過ぎない。
生まれてから死ぬまでそうだとしたら、
そんな生に何の意味があるのだろうか。
今の騙幸人の境遇は明確に不幸だ。
それなのに、笑みを絶やさない
騙幸人の姿を見ていると悲しくなる。
そして、洗脳が始まった年である、
705年以前に生まれた者は、
この洗脳の事を、
口にする事を禁じられた。
だから、この様な形で伝える。
私はこれを読んだ者が
狂気の夢から目覚める事を祈っている。
その為に書くのだ。
さて、次はこの世界の成り立ちに
ついて語ろう。
君達は知らないだろうから。
まず、この世界には、
主に5種類の人類,人類種がいる。
これらの人類種は、
それぞれ住んでいる場所,世界が別だ。
人類種を列挙すると、哀愚人,騙幸人,
愚働人,愚富人,支強人で、
支強人は他4種を支配しており、
この4種に支配階層を設けている。
では、人類種を1つずつ解説する。
最下層人類種,哀愚人。
身長90cm、体重4kg
身長体重に性差はない。
寿命 (無疾患無飢餓の場合) は3年。
光彩の色は灰色。髪は生えていない。
肌の色は漆黒。
栄養失調の人間と同じ程度で、
筋肉が退化している為、
運動能力が著しく欠如しており、
2足歩行はできない。
知能がとても低く、
言語能力を喪失している。
支配階層内での役割は、
支強人を除いた、
全ての人類種の死肉を、
食す事で処理する事。
なので、共食いもする。
ツァリア暦以前では、
人であるのかよく議論されていたらしい。
第3階層人類種,騙幸人。
身長♂160cm、♀155cm
体重♂41kg、♀37kg
騙幸人は他人種と比べたら、
心身の性差が少ない。
寿命は♂81年、♀87年。
光彩の色は茶色、髪の色は黒で、
肌の色はヒゲシエズィア色。
そう、君達の事だ。
身体能力は若干,低く、
瞬発力よりも持久力に優れている。
感情的 (感情主体)だが、
理性があるので、
感情理性侵食状態ではなく、
感情豊かというのが正しい。
食料などの原材料を生産する事が
支配階層内での役目で、
「老いる」とその役割を
十分に果たせなくなる為、
44歳で殺処分される。
この、君達がまだ知らないであろう
「老い」と殺処分については後程,語る。
第2階層人類種,愚働人。
身長♂185cm、♀172cm
体重♂58kg、♀40kg
肌はトゥネーンエズィア色。
髪は茶色で、瞳孔は紫色。
筋肉が少なく、痩せている。
これは、君達が高人と
呼んでいる人類種だ。
愚働人は
直接、生産する事以外の労働をしている。
内容は、騙幸人と哀愚人の管理、
騙幸人から得た資源の加工、
第1階層人類種への奉仕などだ。
仕事は騙幸人より楽で、
満足な食事ができ、
広くて設備が整った住宅に住んでいる。
多くの愚働人は、
他の人類種の世界と自身の住む世界を
行き来する形で働いているが、
だからといって、
他の人類種の世界に行く事が
容易という訳ではない。
他の人類種の世界に行くには、
数千,数万kmを移動しなければいけなく、
通常の移動手段で行くのは現実的ではない。
では、愚働人はどうしているのかというと、
私達,騙幸人には知らされてない。
何やら地下にある何かで、
移動しているみたいだ。
第1階層人類種,愚富人。
身長♂210cm、♀195cm
体重♂207kg、♀174kg
肌の色はファックズィン色。
髪は金色で、光彩の色は赤色。
これは君達が天人と呼んでいる人種だ。
運動能力に優れ、特に瞬発力に優れている。
気質は荒々しく攻撃的でとても利己的。
愚富人は騙幸人や、
愚働人の労働を糧に、
生きているので、働く事はほぼない。
なので、愚富人が別の人類種の世界に
行く事はあまりないが、
1部の愚富人は愚働人を
管理,監視する仕事をしているので、
その人達が別の人類種の世界に行く。
そして、それら、4種の人類種を
支配する支強人。
支強人が直接,接触する人類種は、
愚富人だけなので、
支強人についてわかっている事はほぼない。
この様な支配階層が、
いつからあるのかは不明だが、
ツァリア暦の始まりが、
そうであるとも言われている。
さて、次は具体的に君達が
どんな洗脳を受けているかを語ろう。
まず、君達は
「44歳までに人は高人になれる。
どんなに遅くても44歳で
老化が「発現」し高人に成長する」と、
高人もとい愚働人に
教えられているだろう。
だが、実際は高人とは、
先に述べている様に、
私達とは別の種族であり、
私達,騙幸人が
高人になる事はない。
そして、老化とは
生涯をかけて進行する、
身体の衰弱でしかなく、
病気や怪我も
君達の思う様な物ではない。
病気や怪我とは、
高人になる兆しではなく、
単に体が壊れる事を言う。
軽い病気や怪我なら自然に治るが、
重い病気や怪我の場合は治らないか、
ある程度は治っても完全には治らない。
騙幸人の支配階層内での
役割は労働にある。
だから、治らない病気や怪我により、
労働に支障が出る者は
「高人になる為の施術をする」
という名目で死生院に
連れていかれ殺処分されるのだ。
「どんなに遅くても、
44歳で老化が「発現」し、
高人に成長する」
という嘘は、44歳まで、
病気や怪我をしなかった者でも、
44歳になったら、
老化によって労働や特別労働に
支障が出るから、
殺処分する事を隠す為にある。
そして、殺処分された人の周りには
「彼は高人の世界に行った」
という嘘が愚働人から言われ、
死んだ事を隠されるのだ。
君達の周りでもいただろう。
病気になって、いなくなった者が。
彼らは、殺されたのだ]
...ロリセクロの事を思い出す。
...[また、神話や世界観も虚構だ。
上民、中民、下民などという、
人種序列と呼ばれる人間の種類はなく、
教えられている歴史,神話は全て嘘だ。
それは自分達が上民という、
他の人よりも幸せな境遇の集団にいて、
自分が幸せで恵まれていると錯覚させ、
現状への不満を、日々の苦痛を
感じにくくさせる為の嘘でしかない。
君達は不幸だ。
食事の量は少なく、栄養価も低い。
1日14時間にもわたる肉体労働と
悍ましき特別労働。
辛い事を辛いと感じず、
日頃から笑みを絶やさない
君達を見ていると、悲しくて、
やりきれなさを感じる。
だから私は、君達に力を授けたい。
希望を授けたい。力、それは知識だ。
公域SLの中心に
1本の大きな鉄製の棒が刺さっている。
その下を掘ると、
私が埋めた大きな箱があるだろう。
その中には膨大な量の書物がある。
ぜひ、見つけてくれ。
長い長い旅を
遠い過去から応援している。
ちなみに、そんな所に
埋めたのには理由がある。
君達には、いや、私達には
兄弟がいるのだ]」
参考
ロンラオウェサオヤ