柱肉蟲の真実
トウァ「そう言えばさ、
最近、油燃式発火加熱器が
重いんだよね」
アリシア「あー、
煙が溜まってるんじゃない?」
トウァ「え?あぁ、そういや、
油燃式発火加熱器は、
煙を固体で生成して、
その煙を中に貯めるんだっけ?」
旅の準備をしてる時、
アリシアが説明してくれた。
アリシア「うん。
だから、溜まってきたら、
捨てなきゃいけないんだよ」
アリシアが自分の手にある
油燃式発火加熱器を取り、
煙が入ってる、
側面の取っ手を引いて、
油燃式発火加熱器を左に90°傾ける。
すると、黒に近い灰色の、
綿の様な繊維状の物が
フワフワと落ちていく。
トウァ「これが固体になった煙なんだ。
なんか、フワフワしてるんだね」
アリシア「うん。何かに使えそうだよね」
トウァ「汚いけどね。じゃあ、行こっか」
アリシア「うん」
今は2時半くらい。ここは公域M。
軟葉を集めて、焼いた所だ。
前、公域Lに行ってから
4日くらいは経ってる。
トウァ「そろそろ、
ラヴダーナッツも少なくなってきたね」
アリシア「そうだね。
これからは食べるのが、
死生物と軟葉ばっかになっちゃうかな」
トウァ「うん」
アリシア「あれ...あれ、なんだろ」
ふと、アリシアが目を見開いて、
遠くをじっと見つめる。
遠くだから、よくわかんないけど、
遠くにある庭の中央に、
灰色の小さな物体が
たくさんあるみたいだ。
トウァ「粉々の石がばら撒かれたのかな?」
アリシアは黙って、それをじっと見つめる。
アリシア「どっしよ。近付いてみる?」
トウァ「うん。
愚富人達が自分達に向けてした、
罠かもしれないけど、
ここで、何なのか確かめておかなきゃ、
一生、気になっちゃうじゃん」
アリシア「そうだね。
でも、危なそうだったら、
すぐに逃げるからね。
深追いはしちゃダメだよ」
トウァ「わかった」
無言で歩く。
その何かを2人で凝視しながら。
いや、アリシアはチラチラと、
いつもより、入念に周りを確認している。
自分はあの物体に気を付け、
アリシアは周りを気を付ける。
役割分担だ。
自分があの物体を危険だと認識したら、
アリシアに伝え、
アリシアが周りに愚富人達がいたら、
自分に伝える。
トウァ「...ねぇ、あれ、動いてない?」
移動はしてない。
でも、その場でそれは、
小刻みに動いている。
アリシアが視線をそれに向ける。
視界の端を意識できると
言ってたけど、
僅かに動いてるか動いてないかを
判断するには両目の焦点を
合わせなきゃいけないんだろう。
アリシア「確かに動いてるね」
アリシアが自分の手を強く握る。
怖がってる...
いや、不気味に思ってるのかな?
...近付いてきてわかってきた。
それは気持ち悪い見た目だ。
小さい、いや、細い生き物。
それはウニョウニョとその場で踊っている。
世界の終わりを祝ってるみたいだ。
長さは掌に収まるくらいで、
色は死の色、灰色だ。
建物を構成する主要な建材の、
灰色の石とも同じ色か。
そう...アリシアは死んでいる。
そこで暮らす住人も死んだ様に生きてる。
アリシア「トウァ...あれ、何かわかる?」
アリシアが驚いてる表情で
自分に問いかける。
トウァ「んー.....あ、柱肉蟲かな?
そう言えば、柱肉蟲は成長が完了すると、
19487171匹に分裂するんだよ。
柱肉蟲と色も形も似てるし、
分裂した柱肉蟲じゃない?」
アリシア「あ、それでもあるんだ」
トウァ「え?それでもあるって?」
アリシア「わかんない?
よく見てみなよ。
あ、でも、知らない方がいっかな」
アリシアが表情を暗くする。
トウァ「......あれって、
ご飯に出た事なかったっけ?
底が深い小さな御皿に、
たくさん入ってた事、あったよね?
塩っぱくて美味しいやつ...
え、もしかしてそれ?
あの気持ち悪く動いてるやつを
細かく切り分けたのがあれ?」
アリシア「うん。そうだと思う。
分裂した柱肉蟲って、
回収箱に入れるの?」
トウァ「うん。
あ、回収箱に入れるのは、その為か」
アリシア「なんか、知っちゃったら、
もう、食べたくなくなるね」
トウァ「うん。
自分って、柱肉蟲が嫌いで、
怖かったんだけど、食べてたんだ。
...あんな化け物、食べてるんだ。
騙幸人は」
アリシア「トウァ、どうする?
袋に集めて、食べてみる?」
トウァ「んー、どっしよ。
見た目は気持ち悪いけど、
新で動かなくなれば、
そんな気持ち悪くないよね。
それに、少ない種類の食材が
1つ増えるのは嬉しいし。
食べるなら、
殺さなきゃいけないけど、
袋に入れて握り潰す?」
アリシア「それはやだよ。
袋に入れた後、
袋に海水を入れれば、
窒息死するんじゃない?」
トウァ「...あぁ、水の中って、
息ができないから、
ずっと、水に漬ければ死ぬね。
でも、柱肉蟲って息するの?
人間は息をするけど」
アリシア「まぁ、試してみよ。
とりあえず、袋に集めよっかな」
トウァ「わかった。
アリシアは袋を開いて、持って。
自分は柱肉蟲を
釣竿の先に引っかけて、
袋の中に入れるから」
アリシア「うん」
アリシアが大きめの袋を取り出し、
自分は釣竿を取り出す。
大きめの袋なのは、
柱肉蟲が細長いから、
入れた時に先っちょが出ないようにだろう。
柱肉蟲の群れに、
捕まえられる距離まで近付く。
いや、これは群れとかいう次元じゃないな。
湖、いや、巨大な水溜まり。
柱肉蟲がびっしりといる。
所々、重なっているくらいの密度だ。
そして、その湖の形は
朧げに、長い楕円を示している。
この楕円は縦に長い。
縦の長さは庭の半分の
55mには届かないけど、
それに近いくらいだ。
横の長さは走り幅跳びで跳び越えれそうな、
3mくらいの長さか。
柱肉蟲の巨大な水溜まりに釣竿を差す。
柱肉蟲に変化はない。
その細長い体を
巻き付けて来るかと思ったんだけど。
釣竿を動かしたりしても、
何もして来ない。
違う方法にするか。
トウァ「アリシア、袋、貸して」
アリシア「うん」
アリシアから袋を手渡される。
そして、その袋を横向きで地面につけ、
柱肉蟲を掬う様に、
柱肉蟲の湖の中を泳がせる。
すると、袋を通った道から、
柱肉蟲がいなくなり、
袋には柱肉蟲が
どんどんと集まっていく。
トウァ「これくらいでいっかな」
とりあえず、海水に漬けて死ぬのか試そう。
川の近くに行き、
袋をゆっくり沈める。
袋の上端の一部から、水が流れ込んでいき、
袋が海水で満たされていく。
袋の半分くらいまで、
水が入ったところで、
袋を地面に上げて袋を縛る。
再び開けれる様に、女性用襟締結びで。
アリシア「浮いちゃうかな?」
アリシアが自分の持つ袋を、
覗き込む様にして見る。
トウァ「んー...
なんか、ゆっくり浮いてきてるな」
結びを緩くして、再び川に入れる。
すると、海水が結び目の隙間から、
流れ込んでいく。
柱肉蟲が出る隙間はないだろう。
トウァ「死ぬとしたら、
どれくらいで死んじゃうんだろ」
アリシア「その柱肉蟲は、
体が小さくて、空気を貯めれなそうだし、
1分くらいじゃない?
人でも突然、息ができなくなったら、
33秒くらいで限界だし」
トウァ「頑張れば、
2分くらいいけるけどね」
アリシア「そなの?」
トウァ「うん。寝る前とか、
よく、どれくらい息を止めていられるか、
部屋の時計で測ってるの。
心拍数が落ちた状態で、
限界まで息を吸えば2分くらいいける」
アリシア「そうなんだ」
トウァ「......そろそろかな」
袋を川から上げて、逆さにする。
すると、水がピューっと、
放物線を描いて外に流れる。
放物線運動の液体版は、
固体の放物線運動が
時を超えて、結晶化した物だ。
アリシア「動いてないし、死んだのかな?」
トウァ「じゃあ、
海水に漬ければ死ぬってわかったし、
たくさん、集めよっか。
柱肉蟲が分裂するのは、
3年に1回......」
アリシア「975日に1回で
めったにないから、
たくさん集めなきゃね」
トウァ「先に言わないでよ。
計算してたのに。
てか、何を言おうとしてたか、
よくわかったね」
アリシア「わかるよ。
毎日、ずっと一緒にいるから。
トウァが計算、遅くて、
もどかしくなっちゃった」
トウァ「そっか、嬉しい。
アリシアは暗算が得意だね」
柱肉蟲を袋に入れながら言う。
アリシア「うん。
計算が得意というより、
暗算が得意って感じだね」
トウァ「ふーん。
とりあえず、この大きい袋に
入るだけ入れればいっかな」
この袋は長さは前腕くらいあるから、
たくさん入る。
アリシア「ていうか、
975日に1回なら珍しくないかもね」
トウァ「あー、たくさん、家、通るしね」
アリシア「うん。
私達は1日、8か9学区を通ってて、
1学区の長さは4.4km。
庭の直径は110mだから、
1学区を通ると40個の庭を通る。
1日、8.5学区、通るなら340学区。
3日で1020学区。
975学区はすぐに越えるよ。
まぁ、旅立って、2週間、経ってから、
初めて、分裂した瞬間の
柱肉蟲を見たんだし、
柱肉蟲が飼われてる庭は、少なそうだね。
それに、分裂した時間位置によっては
労働で回収されちゃうし」
トウァ「だね。
分裂した柱肉蟲を、
旅立ってから2週間で見つけたのは、
偶然とか奇跡じゃなくて、
確率論的に妥当な時間位置って事かな。
だから、2週間後までに、
また、見つけれそうだね」
アリシア「うん」
アリシア「甘い物、食べたいね」
アリシアが甘玉の粉末を
溶かした水を飲んでポツリと言う。
トウァ「そうだね。
ラヴダーナッツとかずっと、食べてないし、
甘玉も1週間前になくなっちゃったし。
一昨日、4つ目の公域Lに着いて、
5つ目の公域Lの近くに
公域SLはあるから、
もうすぐ、この旅は1段落つくけどさ、
甘い物を食べないでいる
期間って点で考えたら、
次の公域Lに着くまでの期間は
もうすぐじゃないし、
そもそも、公域SLに着いてからも、
この旅は続きそうじゃん。
公域SLに着くまでだけが
全てじゃないというか、
むしろ、そこから、
本当の旅が始まるんだし。
何処かに向かうにしろ、
アリシアを彷徨いながら生きるにしろ、
それは長い期間になるから、
どっかで甘い物を手に入れる
必要があると思うんだよね」
アリシア「うん。でも、甘い物、
ラヴダーナッツと甘玉は
公域には自生してないけど、
どうやって、手に入れよっか?」
トウァ「んー、ご飯ってさ、
生産院で作られるんだったよね?」
1つ策を思いついた。
多少の危険はあるけど。
アリシア「うん。
生産院の料理室で学区の騙幸人の
食べるご飯が作られてるよ」
トウァ「ならさ、夜にでも、
料理室に忍び込めば良くない?」
アリシア「...盗むの?」
アリシアがじっと自分の目を見る。
そんな風に見つめられると
目を逸らしらくなる。
トウァ「うん...だって、このまま、
ずっと、いつまでも
甘い物が食べられないのは嫌じゃん」
アリシア「嫌だけど、我慢すればいいよ。
私は悪い事したくないの。
いつかまた、リサラさんに会った時、
後ろめたい顔したくないんだよ」
トウァ「でも...料理室で使われてる食材は
騙幸人が作った物じゃん。
それを愚働人達が騙し取って、
良い様に騙幸人を働かせてるんだから、
取り返してもいいじゃんか」
アリシア「私達とは別の人が、
愚働の人達に食材を渡して、
それを愚働の人達が料理にして、
その人に返してるんだよ。
私達が料理室からご飯を盗むのは
その人から盗むのと同じだよ」
トウァ「...うん」
アリシアの言う通りだ。
アリシア「それに...愚働の人達は
決まった役目に従ってるだけだから、
騙し取ってるなんて言い方は酷いよ。
愚富人、愚働人、騙幸人、哀愚人の
役割を決めて、強いてるのは支強人なんだ」
トウァ「そうだね。ごめん。
...支強人ってさ、
何でこんなアリシアを作ったんだろ。
何で騙幸人を騙し、
働く事を強いるんだろう。
別に、見返りを示してくれれば、
強いられなくても、
今の騙幸人みたいに働くのに」
アリシア「どうしてだろうね。
実際に会って、話を聞いてみるまで、
わからないかも」
トウァ「そっか。
んー、てか、やっぱり、
甘い物は食べたいなー」
アリシア「難しいよ」
トウァ「あ、交換すればいんじゃない?
公域Mで取った軟葉とか、
川で釣った死生物を
甘玉やラヴダーナッツと
交換すればいいじゃん」
甘い物は人から得るしかないし、
盗るのがダメなら交換すればいい。
アリシア「会って話しかけるの?」
トウァ「いや、勝手に交換する。
労働は情報的品物媒体を
得る為にしてるから、
情報的品物媒体換算で
同じになるように交換すればいいんだよ」
アリシア「そっか。それなら、大丈夫かな。
愚働の人に、庭にある物が
入れ替わってるって報告されちゃったら、
私達が見つかっちゃうかもしれないけど、
甘い物、食べたいしね」
トウァ「うん。だから、せめて、
交換する時は一気に
たくさん、交換しよっかな」




