乳幼院と幼育院
アリシア「ねぇ、トウァ。
子どもの頃って覚えてる?」
ふと、アリシアが微笑みながら言う。
トウァ「まぁ、少しはね」
唐突だなって思ったけど、
アリシアの視線が
幼育院に向いていたから、
子どもの頃を、
懐かしんでるんだなと察した。
アリシア「そっか。
私は獣耳が付いてたからか、
子どもの頃、みんなとは同じ様に
過ごせなかったんだよね」
アリシアは昔を懐かしむと同時に、
悲しい、寂しい過去を
思い出している様な表情をしている。
トウァ「そうなんだ。
アリシアは子供の頃、
どんな風に、過ごしてたの?」
アリシアはどんな子供だったんだろう。
アリシア「いつも、1人だったかな。
狭い個室に1人で、寂しかった。
乳幼院にいた頃は他の人と
一緒に暮らしてたんだけど、
幼育院に入ってからは、
他の子供達と一緒に
いれなくなっちゃったの」
トウァ「でも、乳幼院にいた頃なんて、
よく覚えてるね」
乳幼院は0~3歳の乳児が
暮らしているらしいけど、
自分にはその頃の記憶がない。
アリシア「うん。
私は他の人と、色々、違うみたいだからね」
アリシアは暗い声で言う。
他の人と違う事はアリシアにとって、
悲しい事だったんだろうか。
アリシアには、他の人と
違う事を誇って欲しい。
トウァ「乳幼院ってさ、どんな感じなの?
覚えてないからわかんないんだよね」
アリシア「乳幼院って、まず、
幼育院と建物の構造が違うの。
外観は同じだけど、
中が違くて、2階はどうか知らないけど、
1階は階全体がそのまま、
1つの部屋になってるんだよ」
トウァ「ふーん。
乳幼院って高さ的に、
多分、2階立てか、3階立てだよね」
アリシア「確か、2階立てだよ。
1階は乳児がいる部屋で、
すっごく広々してるの。
乳幼院の1階って、
322㎡あるんだけど、
それがそのまま1つの
部屋になってる。
私が乳幼院にいた頃は、
私はまだ乳児で、
すっごく小ちゃかったから、
それもあって、
1階がすごく広く感じたの。
端から端まで行くだけでも
大冒険に感じるくらい、
広く感じたんだよ」
アリシアは楽しそうに喋る。
周りに同年代の子供がいた、
その頃はアリシアにとって、
楽しい時期だったんだろう。
トウァ「へー、そーなんだ。
乳幼院って乳児が165人くらい
いるらしいけど、どんな感じだった?」
人が多くて狭く感じたりは
しなかったのだろうか。
アリシア「ちょっと、
子どもが多ぎて、
這い這いしずらかったかな。
2㎡に1人くらい子供がいて、
クネクネ曲がりながら歩かないと、
他の子供にぶつかっちゃうんだよね。
職員の人もいるしさ」
トウァ「そっかー。
床には絨毯とか敷いてあったの?」
学校みたいな灰色の石の床だと、
這い這いするのが痛そうだ。
アリシア「うん。敷いてあったよ。
紺色の絨毯だった。
結構、厚くて柔らかかったかな」
アリシアの語る乳幼院。
自分にもその経験がある筈なのだけれど、
全く思い出せない。
なんだか、アリシアの話している、
乳幼院に自分がいたという実感が湧かない。
トウァ「乳幼院にいた頃ってさ、
絨毯の上で1日中、這い這いしてたり、
寝転がってたのかな」
そんなの、今だったら、
暇すぎて発狂すると思う。
アリシア「そうでもないよ。
床に玩具が散らばってたから、
みんなそれで遊んでた」
玩具で遊ぶんだ。
自分には乳児というのがよくわからない。
だって、見た事がないし、
ただ、小さくて、知能が低くて、
運動能力が低いとしか、
教えられていないのだから。
トウァ「玩具で遊んだりするんだ。
そういえば、乳児って、
飲むのミルクだよね。
どんな味だったか覚えてる?」
乳児の飲むミルクという飲み物は
白くてトロトロした液体らしい。
子蝟胃夢のミルクとは
別物らしいけど、
どう違うのかはわからない。
アリシア「甘かったよ。
飲む時によって味が、若干、違ってた」
子蝟胃夢のミルクとかとは
全然、違うみたいだ。
トウァ「へー、甘いんだ。
美味しそうだね。
乳幼院にいる時って、
何処で寝てたの?
個室とかないみたいだし、
床に敷布団とか敷いて
寝てた感じ?」
アリシアの話だと、
1階は1つの部屋で、
玩具が散りばめられた
絨毯が延々と敷かれているって感じか。
それなら、尚更、
広く感じる気がするな。
アリシア「そうだよ。
床に敷布団を職員が敷いて、
そこに寝るの。
寝る時間が近づくにつれて、
照明がだんだん暗くなって、
いつの間にか寝ちゃうんだけど、
起きたら、布団の上で、
いつ布団に入ったのか、
わからなくて不思議だったんだ」
トウァ「へー。
確かに、いつの間にか、
布団の中にいたら、
不思議な気分になりそうだよね。
てかさ、よく考えたら、
自分とアリシアって同い歳だから、
同じ乳幼院にいたんだよね」
1つの学区には1つの乳幼院しかない。
アリシア「そうだね。
何回も乳幼院の中で会ってたんだよね。
そう思うと、なんか不思議な気分。
あの頃から私達、出会ってたんだね。
さすがに、乳幼院にいたどの子が
トウァだったかは覚えてないけど」
トウァ「うん」
自分も同じ気持ちだ。
アリシア「あの頃ってまだ、
文字が読めなかったから、
みんなの首輪に書いてる名前も
読めなかったんだよね。
読めてたら、トウァの事、
覚えてたかもしれないんだけど」
アリシアの言葉に、
2つの疑問を覚える。
トウァ「首輪ついてたの?」
アリシア「うん。
子ども1人に、交代制で2人が担当して、
面倒を見てるんだけど、
あの歳の子どもって、
見分けがつきずらいでしょ?
だから、首に首輪がついてて、
そこに名前が書いてたの」
あの歳の子供は見分けがつきずらいのか。
トウァ「へー。
交代制で2人って事は、
乳幼院で働く職員は、
毎日12時間半、働いてたのかな?」
12時間半も働いてたら、
疲れそうなものだけど。
アリシア「違うよ。6時間半ずつ。
子どもが寝てる間の12時間半は、
職員が全員、帰るの」
トウァ「なるほど。
確かに、寝てる時って、
乳幼院の職員はする事がなさそうだしね」
アリシア「そういう事。
...トウァって乳幼院の事、
何も覚えてないの?」
ふと、アリシアが聞く。
トウァ「曖昧な記憶だけど、1つあるかな。
大好きだった人と離れちゃった記憶。
多分、その人は乳幼院の職員さんで、
乳幼院から幼育院に移動する時に、
その職員さんから離れるのが
嫌で嫌で、悲しくて仕方なかった気がする」
漠然とし過ぎて、夢なのか、
よくわかんない記憶だ。
あの職員はどんな人だったんだろう。
アリシア「そっか。
私はね、乳幼院で私の担当だった
職員さんが、幼育院でも私の面倒を
見てくれてたの」
トウァ「へー。そんな事あるんだ。
面倒を見たってどういう事?」
幼育院には、職員がいたけれど、
1人の職員が同じ子どもにだけ、
面倒を見るという事はなかった筈だ。
アリシア「そっか。
私はね、乳幼院で
私の担当だった職員さんが、
幼育院でも私の面倒を
見てくれてたの」
トウァ「へー。そんな事あるんだ。
面倒を見たってどういう事?」
幼育院には、職員がいたけれど、
1人の職員が同じ子どもにだけ、
面倒を見るという事はなかった筈だ。
職員の数は28人で、
子供の数は297人くらいだったから、
人数的に無理なのだ。
アリシア「私はね、他の子に
会ったりできなかったの。
だから、ずっと、個室に1人で、
本を読んでたり、
遊んでたりしてたんだけど、
その職員の人、
リサラさんが私の個室に、
よく来てくれて、
それで、一緒に遊んだりしてくれて、
助かったんだよ。
リサラさんは、ご飯を持って来たり、
広場にある玩具を持って来たり、
汚れた服を洗ってくれたり、
外のお話をしてくれたりしたんだ」
トウァ「...そうだったんだ」
個室に1人...それは寂しそうだし、
暇になっちゃいそうだ。
アリシアがずっと個室にいさせられたのは、
やっぱり、その獣耳や瞳の色が理由か。
アリシアは獣耳を、
今まで自分と1人の友人以外にしか
見せたり、教えたりしてないみたいだし、
アリシアの獣耳は、
人に見られたり知られちゃダメなんだろう。
ミネリア式帽子を被ってても、
子供同士の戯れで脱げちゃいそうだし。
それに子供は人から秘密にするよう言われた事も、
親しい人につい、言っちゃうだろうし。
トウァ「自分とかは、ご飯を持って来たり、
汚れた服を洗う職員は、
その時々で違ってたなー。
職員の数が少なかったから、
人気の職員は取り合いだったし、
そのリサラさんがアリシアに
付きっきりだったのは、
人によっては羨ましいかもね」
アリシア「うん。
リサラさんは優しくて好きだったし、
一緒に話したり、遊んだりするのが
楽しかったんだよ」
トウァ「そっかー。
ずっと、個室にいたって事は、
広場に行った事ないの?」
アリシア「うん。だから、
広場がどんななのか
わかんないんだよね。
どんな、だったの?
みんな、何して遊んでたの?」
トウァ「広場は...広かったね。
確か、縦横19mくらいあるんだよ。
広かったから、鬼ごっことか、
走って、遊ぶ子が多かったかな」
自分は運動があまり好きじゃないし、
ずっと、絵本を読んだりしてたけど。
アリシア「走ってたんだ。
羨ましいなー。
私はずっと個室にいたから、
思いっきり走ってみるのに、
すっごく憧れてたんだ。
そんな広い場所で、
たくさんの人と鬼ごっこしたら、
楽しかっただろうなぁ」
アリシアは羨ましそうな声で言う。
自分にとって当たり前だった
あの生活も、アリシアにとっては
すごく羨ましい事だったんだろう。
あの狭い個室でずっと過ごすのは、
きっと、辛くて寂しかった筈だ。
そんなアリシアと、
一緒に遊んだりしてくれていたという
リサラに感謝する。
トウァ「うん。でも、5階の広場は、
2階の広場に比べたら、
かなり、小さかったから、
走って遊ぶ人は少なかったかな。
2階の広場を利用するのは
7歳~10歳だけど、
みんな、成長して体が大きくなってるし、
走ると人にぶつかりそうに
なっちゃうんだよね」
アリシア「そっか。
トウァは何して遊んでたの?」
トウァ「ずっと本、読んでたかな。
あんまり友達、いなかったから」
自分は幼い頃から1人が好きだし、
人付き合いの仕方がよくわからなかった。
1人の自分に気を掛けて、
何かと遊びに誘う人もいたけど、
自分にとってはウザいだけだったな。
その頃は、子供だったせいもあって、
人の感情がわからなくて、
遊びに誘ってくる人に
冷たく対応してたっけか。
本音を隠す事をしなかったのだ。
でも、大人になって、
本音を隠す様になったらなったで、
本音を人に隠して、人目を気にして、
演技的に人と接したせいで、
誰にも心を許さなかった。
他人との接触は
変に思われない様に、
できるだけ少なくするようにとしか、
考えてなかった。
アリシア「じゃあ、あんまり、
広場にはいなくて、
いつも個室にいた感じ?」
トウァ「そうだね」
アリシア「そっか。
私とそんなに変わんないんだね」
アリシアがちょっと嬉しそうに言う。
親近感を感じたんだろう。
トウァ「うん。同じだね」
アリシアと同じなのは嬉しいし、
自分と同じ事をアリシアが
喜んでくれるのも嬉しい。
アリシア「そういえばさ、
トウァは初めて外の世界を見た時、
どう思った?」
トウァ「あー、うっすら覚えてるかな。
ただただ、外の世界が、
不思議で不思議で仕方なかった記憶がある。
その初めて見た時は、多分、
乳幼院から幼育院に移動した時かな」
アリシア「確かに、不思議だったね。
でも、私は不思議というより、
綺麗で感動した。
川から漏れる水色の光が
すっごく綺麗だったなぁ。
それに、何処までも続いてそうな、
全てを吸い込んじゃいそうな、
あの空が...神秘的に感じたの」
アリシアはその時の感動を
思い出しているのか、
うっとりとした声で言う。
トウァ「そっかー。
その頃の自分は、
そこまでの感性が育ってなかったな」
確かに、この世界は綺麗だ。
トウァ「てかさー、
アリシアって排泄どうしてたの?
厠って自分の個室にはないでしょ?
個室が敷き詰められた階にある、
たくさんの個室のいくつかは
厠になってたけど、
アリシアって個室の外に
出られないから、
どうしてたのかなと思って」
アリシア「いや、
私の部屋には厠あったよ?
もしかして、個室に厠があるのって、
私の個室だけだったの?」
トウァ「あー、高人が、
アリシアの為に、個室に
厠を作ったのかな」
個室の外に出て、厠に行くとなると、
他の子どもに見られるだろうし。
アリシア「だね。
そういえば、幼育院にいる頃、
ずっと気になってたんだけど、
私の個室ってなんでか、
誰も、間違って
入ったりしないんだよね。
隣の個室とかだと、
1ヶ月の1回くらいは
あるみたいだったんだけど」
個室の出入りは梯子を使って、
床か、床と天井にある扉から出入りする。
個室の上の階は広場だけど、
広場は広くて、びっしりと
個室の扉があるから、
たまに入る個室を間違えちゃう。
トウァ「んー、鍵がかかってたんじゃない?
使われてない個室って、
鍵がかかってるんだよ。
アリシアの個室も、
多分、鍵がかかってたんじゃない?」
幼育院に収容されている
子どもの数によっては、
一部の個室が使われてなくて、
その個室は鍵を掛けて、閉じられてた。
アリシアは間違って、他の子供に、
その獣耳を見られたら、
不味いだろうから、
鍵をかけて予防していたんだろう。
アリシアの個室に誰かが入る事を
防ぐのは勿論だけど、
アリシアが出るのを
防いでたんじゃないかとも思う。
鍵をかけられてる個室はよくあるから、
アリシアの個室が変に
思われる事もなかっただろう。
アリシア「あー、そっか。
鍵、かかってたんだ。
トウァとかはさ、
他の人の個室に入ったり、
就寝時間に、他の人の個室で
寝たりとかした?
私、してみたいなーって
よく思ってたんだよね」
トウァ「いや、他の人の個室に
行った事はないよ。
「自分の個室とは
自分だけが過ごす部屋で、
自分の個室に他者が入ったり、
その逆はおかしい」って風に、
教えられてたから」
個室には愚働人すら
入らなかった。
ふと、気付く。
愚働人による洗脳の多くは
して欲しくない事を
禁止するんじゃなくて、
「するのはおかしい」
「普通はしない」として、
間接的にしないように
しているみたいだ。
トウァ「そういえば、
アリシアは「夜のお話」
とかって聞かなかったの?
普通の人は、広場で、
毎日、寝る時間の1時間前から、
職員さんからのお話があったんだよ。
「夜のお話」は、
学校での世界機構に繋がる、
洗脳だったんだけどさ。」
あの優しかった職員が
自分達を騙そうとしていたと
考えると、少し悲しくなる。
アリシア「夜のお話?
知らないね。職員さんは、
どんなお話をしてたの?」
トウァ「んー、毎日、2回、
渡される食べ物より多くの
食べ物を食べたら、
苦しくなっちゃう事とか、
就寝時間以外は眠れないし
眠くないって事とかを
絵本を通して教えられてた。
あと...愚富人みたいな
人物が登場する絵本だと、
愚富人がやたら、かっこ良くて、
美しい人って描かれてて、
騙幸人が愚富人と、
性的な事をする
お話が多かったかな。
性的な内容の絵本に
恥ずかしがる子も最初はいたけど、
「そういう事を恥ずかしく
感じるのはおかしい事。
人はそういう事を
恥ずかしいと感じない」って暗に
教えてるみたいな絵本を何度か
読み聞かせられてからは、そういう事に
恥ずかしいと感じてるみたいな、
言動や反応をする子もいなくなってた。
多分、幼育院で暮らす騙幸人は
愚富人に...そういう良さを感じて、
そういう事を...求める様に
仕向けられてたんだと思う」
あまり、愚富人と
特別労働にまつわる話はしたくない。
アリシア「そうだね」
トウァ「幼育院でアリシアの面倒を
見てくれてたリサラさんってさ、女性?」
名前の発音的に多分、女性だろう。
アリシア「うん。そうだよ」
トウァ「幼育院の職員ってさ、
男性が1人しかいなかったけど、
乳幼院も同じ感じだったの?」
幼育院は職員が26人もいるのに、
男性の職員は1人だけだった。
学校は真逆で男性しかいなかったけど。
アリシア「そうだね。
乳幼院だと、男性の職員はいないよ。
あと、乳幼院の職員の方が、
幼育院の職員より若かったね」
学校では教師は男性だけなのに、
何故、乳幼院と幼育院だけ、
職員が女性だけなんだろ。




