異なった心 異なりの生物 軟葉と硬塊
学校が終わり家へと帰る道。
目は開いてるけど何も見ていない。
景色も音も何も頭に入ってこない。
ただ、彼女の事を考えている。
名前も知らない、
今日,初めて会ったばかりの彼女を。
今まで、登下校の時に
会った事がなかったって事は
彼女は登校する時間が
いつも早いんだろうか。
自分はギリギリの時間に着く様に
遅めに登校してるし。
同じ学校に通う人は
全員,顔だけは見覚えがあると思ってたけど、
登校時間がズレてる人は
意外に見てなかったのかもしれない。
それにしても、
何度もあの出来事を思い出す。
何度,思い出しても心が揺さぶられる。
もう自分は彼女の事を繰り返し
思い返すだけの機械に
なってしまったみたいだ。
自分の記憶力に驚くくらい
あの出来事をよく覚えている。
自分の記憶力に驚く暇もないくらい
彼女を思い返し感じる事で心がいっぱいだ。
彼女は何よりも特別だ。
何故かはわからないけどそう感じてる。
世界観が、人生観が全て変わってしまう様な
何かを彼女から感じる。
彼女の事しか考えられない。
彼女に心が囚われている。
それは心地いい。
それは甘美で、もっと囚われたい、
もっとその感情に浸って、
溺れてしまいたいと考えてしまう。
赤くなった顔,訝しげな顔,
別れ際に見せた笑顔,
可愛いくて元気な声、
ただただ愛おしい、狂おしい。
狂おしくて、自分で自分を
抱きしめてしまうくらいに。
この狂おしい思いを彼女にぶつけたい。
ふと、ゾワっと不安になる。
彼女は本当に今も
存在しててくれてるんだろうか。
あの出来事は現実だったのだろうか。
常に傍に置いて,見て,
触れて感じ続けてないと
彼女は消えてしまいそうだ。
それが怖い。
あの時間が、
彼女との時間が夢じゃないか、
怖くなってきた。
いや...あれは確かに現実だった。
彼女はいる。今も何処かにいて、
約束の時間,約束の場所で会える筈だ。
にしても、どうしたんだろうな。
何処か狂った様な、
いや、狂った自分を嘲笑する。
昔から自分は異常者だ、異端者だ。
自分だけが他の人と異なっていた。
この世界からどれだけ外れてようと
今更,気にしない。
ただ、早く会いたい。
会って、見て、
声を聞いて......触れたい。
でも、彼女と再び会う事は不安でもある。
会ったら、どんな顔で、どんな声で、
どんな事を話せばいいんだろう?
間違いたくない、彼女に良く思われたい。
彼女は一体、
自分に何を望んでいるんだろう。
わざわざ、自分を呼び出すのには
何か目的がある筈だ。
自分は彼女の望みに応えたい。
でも、彼女はこんな自分の激しくて、
狂おしい感情を受け止めてくれるだろうか?
この世界に存在しない異様な想いを
受け止めてくれるだろうか?
理解...してくれるだろうか?
不思議な気分だ。
世界が変わって見える。
急に世界の中心が彼女になってしまった。
彼女が好きだ。
何なのだろう、この気持ちは。
人を好きになる、
そんな感情を自分は知らない。
いや、そんな事はどうでもいい、
この世界なんてどうでもいい。
彼女が世界だ。
自分は信じきれない
この世界を捨てたかったのかもしれない。
新しい世界が,新しい生きる軸が
欲しかったのかもしれない。
それを見つけた今、
もう、彼女以外,何もいらない。
彼女以外の全てを
捨ててしまっても構わない。
だから、受け入れて欲しい。
~いつの間にか自分の庭にいた。
いつ、庭に着いたんだろうか。
もしかしたらずっと前に庭に着いてて、
ずっと突っ立ってたのかもしれない。
ずっと、突っ立って、
彼女の事を考えてたのかもしれない。
軽く笑う、自分を笑う。
いつも、嫌な笑い方しかできない。
でも、それでも、その嫌な笑みが消えた後,
残る微笑みある。
...さて、働こうか。
彼女があの場所に来るよう言った時刻まで
まだまだ時間があるのだ。
いつもなら、憂鬱に感じる労働も
後で彼女に会えると思うと苦じゃない。
12100 ㎡の広い庭を見渡す。
何から始めるかな。
1辺110mという
半端な長さをした正方形の庭。
この庭は自分の土地だ。
庭の角には家があるけど
庭の広さに比べたらかなり小さい。
庭を見渡していると、
庭の端にある軟葉が目に入る。
最初は軟葉と硬塊を収穫するか。
その為に家の隣にある物置に小走りで行く。
あまり速く走ろうとすると
脱げてしまうこの靴は不便だ。
物置に着き、扉を横に開けて、
中にある円柱の形をした
網の籠を右手で持ち、
55cmくらいの長さの棒を左手で持つ。
これが軟葉を収穫する道具だ。
そして、軟葉と硬塊を
栽培してる植物籠へと歩く。
植物籠は庭の端っこに設置してあって、
物置から110m程,離れてるから
行くのに少し時間がかかる。
軟葉と硬塊の餌となる、
ミルクという液体を出す
子蝟胃夢という生物が、
遠くにいるからそれに合わせて
植物籠も遠くに置いたのだ。
植物籠は動かせるけど
子蝟胃夢は巨大で動かせないから仕方ない。
歩いているとまた、思考が彼女に向く。
彼女はどんな生物を
飼育してるんだろう。
定番とされる生物か、
それとも独特な趣味があるのか。
彼女は何か自分と同じ物を感じた。
この世界から外れた様な雰囲気。
もしかしたら、彼女は労働を
やっていないかもしれない。
植物籠の所に着いた。
植物籠の中でモゾモゾと軟葉が動いている。
軟葉は嫌に鮮やかな桃色の
ヒダヒダした柔らかい
臓物って感じの葉っぱ、
硬塊は拳大で
小さな骨みたいな粒が所々,混じってる
ジャリジャリした茶色の塊といった感じ。
硬塊ははまだ良いけど、
軟葉は棒に絡めて持ち上げると
粘液が滴り落ちるくらい
ヌルヌルした粘液に
覆われていて気持ち悪い。
何でも、この柔らかさと
ヌルヌル具合が良いらしい。
自分にはわからないが。
人気だからとりあえず飼ってみただけで
好きでも何でもないし、
少し買った事を後悔してる。
彼女は普通の人みたいに
こういう生物が好きなんだろうか。
左手で持ってる棒を
軟葉に触れさせる。
すると、軟葉が絡みつくので
棒を円柱型容器の中に持って行き、
そのまま、激しく棒を振って
円柱型容器の中に落とす。
棒から伝わる軟葉の重量感すら気持ち悪い。
次に棒を硬塊に突き刺す。
硬塊は締まってる小さな穴があるから
そこに勢い良く刺すのだ。
なんか卑猥だ。
刺した硬塊は
円柱型容器の内側の
ザラザラした壁に擦り付けて、
棒を硬塊から抜く事で
円柱型容器の中に入れる。
これを適度な匹数に減るまで
何回も繰り返すだけだ。
~33分くらいで収穫し終わった。
回収箱に行こう。
回収箱は庭の中央にあって、
生物の飼育や労働で
収穫した物を入れる箱の事だ。
回収箱は1辺1mの立方体で、
そこそこ大きい。
回収箱の所に着き、
回収箱の上面にある正方形の穴の上で
円柱型容器をひっくり返す。
すると、軟葉と硬塊は
その穴に入って見えなくなった。
回収箱にある穴は深い闇で
何処に繋がっているかはわからない。
軟葉と硬塊を回収箱に入れて3秒すると
回収箱から性別の判別が不能な程,
非人間的なガヴィガヴィした
不快な機械音声が流れる。
[347p 今日現在の順位、上位49%。
今の所持ポイント 243189p
合計順位 上位72%]
上位72%か。つまり下位28%。
日に日に下がってきてるな。
真面目にやってた頃は
上位19%まで行ったけど。
労働では回収箱に入れた
資源の種類と量に応じて、
情報的品物媒体が貰える。
情報的品物媒体は
労働で飼育する生物や
労働で使う道具などの品物と交換できる。
交換する際は回収箱に付いてある
2つの突出度式切り替え機で
記号対応操作を入力すれば
生産院から数日~1週間以内に届くのだ。
ただ、所持している
情報的品物媒体の量は、
わざわざ順位が伝えられる様に
自己誇示数値であり、
その量を他の人と競うので
人はむやみやたらに
情報的品物媒体を品物と交換する事はないし、
情報的品物媒体と品物を交換するのは
より情報的品物媒体を効率良く
稼げる品物を獲得して
所持情報的品物媒体を増やす為だ。
だから、労働とは情報的品物媒体を増やし、
競う為にする事なのだ。
人は、大人から高人になるまでの人生を
より多くの情報的物体媒体を獲得して
所持情報的品物媒体の量で
高い順位を目指すのを生きがいとしてる。
自分はこんな事を楽しむだけの
人生は最悪だが。
...そうでない人生などあるのだろうか?
いや、それを自分はもう見つけた筈だ。
自分は...彼女と一緒にいられれば
それだけで楽しくて、
生きがいに感じる気がする。
自分はそういう人生が良い。
そうか。自分は彼女に
会いたいだけじゃなくて
一緒にいたいんだ。
...そうでなきゃ、
自分はもう耐えられない,生きていけない。
もう、自分は知ってしまった。
彼女という存在を。