学校 ~闘法2~
うつ伏せのまま、
アリシアの体温と感触を
感じながら、ぼんやりとする。
アリシア「学校っなんだかんだ言って
楽しくない訳じゃなかったよね」
アリシアが小さい声で言う。
トウァ「うん。そうだね」
もうすぐ、この学校に行く事もなくなる。
それが少し名残惜しい。
唐突にアリシアが耳元で囁く。
アリシア「ここを出たら、
私達、本当に2人っきりだよ」
体がビクッとなる。
トウァ「耳元で話しかけられると
ドキッとするんだけど」
アリシア「もっとしたい?」
アリシアが小悪魔みたいに言う。
トウァ「......いいよ。
人の目あるし」
アリシア「なに、その間。
絶対、迷ったでしょ」
アリシアがからかう。
トウァ「...うん」
素直に言う。
そんな穏やかな時間を
切り裂く様に、
唐突に教師の声が聞こえる。
リネチア「みんな、
走瞬と走流以外は
測定し終えたな。
まず、走瞬を測定する。
全員、ドアがある壁の所に並べ」
自分達含め生徒が壁の近くに
ズラーっと並ぶ。
リネチア「では、先頭にいる
カプヌード、そこから、
あの壁の端まで走れ」
教師は列の一番前に、
壁の端ら片にいた
カプヌードを指さして言う。
リネチア「カプヌードが
走り終わったら、
その後ろにいるペヤンも
カプヌードと同じ様に走れ。
ペヤンの後ろの者も同様だ。
では、カプヌード、
用意、はじめ」
カプヌードがダッダッダッダと走る。
カプヌードがいた壁の端から
もう片方の壁の端までは50mある。
50mを走る平均記録は
確か、8.5秒くらいで、
速い人は7秒台、
遅い人は9秒台だ。
~
ぼんやりしてたら順番が来た。
アリシア「頑張ってね」
トウァ「うん」
まぁ、自分は
どうせ遅いんだけど。
...自分って、やっぱ、
否定拒絶的なのかもな。
リネチア「用意...はじめ」
とりあえず全力で走る。
表情が崩れる程、
必死には走らないけれど、
手を抜いている訳ではない
くらいの力で走る。
そして、壁の近くで
足横滑走をする。
足が壁に着いた瞬間が終了で、
足横滑走しなきゃ、壁に激突しちゃう。
リネチア「トウァ、8.3!」
まぁ、そんなもんだろう。
少し横にずれて座る。
次はアリシアの番か。
アリシアは足が速そうだ。
アリシアが口を半開きにして、
前だけを一点に見つめて走る。
リネチア「...8.0!」
トウァ「これはそんな
凄くないんだね」
素直な感想を言う。
アリシア「私は短距離型じゃなくて
長距離型なの」
トウァ「ふーん」
~
リネチア「次は走流だ。
壁の端から、
中央に引いた線までの
25mを、この機械から流れる音に
合わせて往復する。
この音の律動速度は
どんどん速くなる。
間に合わなくなったら、
そこで終わりだ」
走流は嫌いだ。
どんどん、
速く走らなければいけなくなる、
その追い詰められていく感じが
嫌いなのだ。
リネチア「では、始めるぞ」
機械「ピーン
...............テ........テ....テ..テ.テテテテデヴィィ」
ピーンの音で走り始め、
ヴィという音が鳴るまでに、
中央に引いた線まで走る。
最初は遅いから、
小走りでも間に合う。
これで1回だ。
この音のリズムは
無限級数に基づいていて、
最初の「テ」という音は、
ピーンという、
走り始める合図の音から、
ある時間が経った時に流れて、
次の音は更にその、
ある時間の半分の
時間が流れた時に流れて、
更に次の音は、
そのある時間の半分の半分の時間が
流れた時に流れるといった
具合の律動だ。
~もう無理。
頑張る理由が、大してない人が
やめるくらいには苦しい。
中央に引かれた線でしゃがみ込む。
リネチア「トウァ、50!」
闘法は、辛くて苦しいだけで
何も楽しくない。
それ今、改めて実感した。
後はぼんやりアリシアの
走る姿を眺めていよう。
アリシアはまだ余裕そうだな。
こっちをチラチラ見て、ニヤけてる。
早々に離脱した自分を
煽ってるんだろう。
...かなり人数が減ってきたな。
今の回数は80だけど、
残りの人数は4人だ。
~アリシアが中央にある線でしゃがみ込む。
リネチア「アリシア、105!」
トウァ「アリシア、すごいね
100いけたじゃん」
アリシアに話しかける。
100いける人は初めて見た。
100...か。
支強人の性質なのか、
騙幸人内の個体差なのか、
微妙な所だな。
アリシア「ヘヘ、すごいでしょ?」
アリシアが自分の所に来て言う。
アリシアの笑顔は可愛い。
トウァ「うん」
学校で試験を受けてから2日が経った。
今は学校から帰ってきて、
アリシアとのんびり過ごしている。
ここ2日間は、
一緒に喋ったり、ご飯を食べたり、
ただ黙ってボーっとくっついてたり、
穏やかで幸せな日々を送っている。
そして、今はアリシアの胸の中で
ぼんやりしている。
さっき、甘玉やラヴダーナッツを
たくさん食べて、眠くなったのだ。
それに、アリシアは暖かくて、
柔らかいから、くっついてると、
すごく落ち着いて、眠くなっちゃう。
たくさん食べたら眠くなる事は、
昨日、知った。
たくさん食べる機会なんて、
物心ついた時からなかったし。
そういえば、
ここ2日、甘い物ばっか、
たくさん食べてるから、
そろそろ塩っぱい物も食べたい。
ふと、アリシアが手のひらで
自分の頭を撫でる。
アリシアが自分の頭を撫でる度に、
意識がゆっくりと落ちていく。
このまま、自分は寝るのかもしれないし、
アリシアが何か話を始めたら、
起き続けるのかもしれない。
どっちでもいい。
どうしようかなんて考えない。
てきとーに、流れに身を任せる。
そういえば、
アリシアの家に初めて行った時から、
ずっと、自分の家に戻っていない。
飼育している生き物は大丈夫なのだろうか。
今更、そんな事に気付く。
コンコンコンッ
ぼんやりとした自分の心に、
大きな音が侵入する。
扉が来訪告知されたみたいだ。
もう、そんな時か。
アリシア「隠れて」
アリシアが小声で言う。
それを聞き、
無言で厠に隠れる。
こうなる事は前からわかってて、
事前に、こうする事は
アリシアと決めてたから
特に慌てる事もない。
アリシア「はい」
ガチャッ
アリシアが扉を開ける音がする。
生産宮の職員「品物を回収箱の所に置いた。
これからも労働に励むように」
アリシア「わかりました」
生産宮の職員「では」
扉がバタンと閉じる音と共に、
職員の足音がどんどんと
遠のいていく。
トウァ「遂に来たね」
厠から出て言う。
アリシア「うん」
トウァ「スー...ハァー」
大きく息をする。
今、届いたであろう品物で、
旅の準備をしたら...出発。
不安だ。
正直、まだこの家で
アリシアとぼんやり暮らしていたい。
でも、先延ばしをすると、
ずっと踏ん切りがつかないまま
時間だけが虚しく
流れてしまいそうだ。
それに、アリシアにあの日、誓った。
アリシアと一緒に公域SLに行って、
その中央にロメス・ヘルムが埋めた、
この世界について書いてある
書物を見つける。
そして、その書物から得た知識で、
新たな世界を探す。
ここじゃない何処かを、
ここよりも、自由で、
何にも縛られず、阻まれずに
2人で暮らしていける世界を見つける。
アリシアとの関係は、
この誓いが根っこにあって、
アリシアは自分がそれを誓ったから、
自分とこんなにも
仲良くしてくれているのだ。
もしも、ここで自分が、
誓いを実行するのに躊躇したりしたら、
アリシアを裏切る事になる。
アリシア「緊張する?
旅の準備したら、公域SLに出発だけど」
アリシアは自分を気遣って言う。
アリシアは何の不安もなさそうな
笑みを自分に見せる。
トウァ「うん。ちょっと不安」
隠さずに言う。
自分は不甲斐ない。
アリシアに優しくされてばかりで、
アリシアに優しくしてあげた事が、
今まで、あったのだろうか。
ちょっかいかけて、怒らして、
でも、許されちゃって...
自分はアリシアに甘えて、
そして、甘やかされてる。
アリシア「大丈夫だよ。
ずっと一緒だから」
アリシアがそう言って、
自分を抱き締める。
はぁ...息を吐く。
何の根拠がなくても、
アリシアがただ「大丈夫」と
言ってくれるだけで
安心してしまう。
アリシアが愛おしい。
そっと抱き締め返す。
アリシアの体に腕を回して
抱き締める。
こうやって抱き締め合うのは
何回目だろう。
アリシアと会ってから5日、経って、
アリシアとは大分、
親密になれた気がする。
前なら恥ずかしかった抱擁も
最近は良くするようになった。
最初は自分から言い出してした。
初めてした時は緊張して、
アリシアに笑われたけど、
今は慣れてる。
アリシアは柔らかい。
アリシアに抱き締められると
アリシアが愛おしくて仕方なくなる。
こんな可愛い生き物は
アリシア以外に、絶対にいない。
アリシアの黒い髪を左手で
触りながら匂いを嗅ぐ。
アリシアの匂いだ。
甘い匂いがする。
しばらく、アリシアを抱き締め続けて、
その感触を楽しんでいたら、
ふと、アリシアが自分の胸を
両手でそっと押して、
自分から離れる。
そして、自分の目を見て言う。
アリシア「そろそろ、外に行こっか」
トウァ「うん」
アリシアから離れるのは寂しいから、
抱擁やめる代わりに手を繋ぐ。
アリシアの手は暖かくて柔らかい。
扉の前まで歩き、
扉を左手で開けて、外に出て、
回収箱の所に向かう。
あぁ、始まった。




