庭での時間
喋りながら歩いていると、
回収箱の所に着いた。
ここで、情報的品物媒体と
品物を交換できる。
交換と言っても、
情報的品物媒体がなくなってから、
数日~1週間後に品物が届く。
時間差のある交換だ。
アリシア「まず、両肩に掛けれる
紐の着いた袋を、
一番大きい大きさで2つ」
アリシアは回収箱の
横に付いている2つの
突出度式切り替え機で、
品物を情報的品物媒体と
交換する際の記号対応操作を
打ち込んでいる。
品物ごとには、
2進数の記号対応操作が決まってて、
品物の記号対応操作は
商品目録に書いているのだけれど、
アリシアの手には商品目録がない。
トウァ「品物の記号対応操作、
全部、覚えてきたの?」
アリシア「うん。そうだよ」
アリシアはあっさりと言う。
トウァ「全部ってすごくない?
自分は1つも覚えれる気、
しないんだけど。
どうやってアリシアは覚えてるの?」
不思議だ。
アリシア「んー、逆にトウァとか
みんなは何で覚えれないんだろ。
...トウァとかでも、
後で思い出したい事を、
紙に書いて、後で見れば
思い出せるでしょ?」
アリシアも不思議そうにする。
トウァ「それは......そうだね。
紙とかは筆は
学校のテストの時にしか
使えないから、
実際にした事はないけど、
そうすれば、思い出せそう」
アリシア「それと同じだよ。
私は頭の中に、
「紐付き袋サイズ最大112122
袋サイズ中122112
袋サイズ小112211」みたいな
文章を頭の中で書いて、
それを後で見てるだけなの」
理解はできたけど、
自分にはできる気がしない。
トウァ「んー、
自分はそれができないんだよね。
後で見るって言うけど、
本とかを見る時みたいに、
文章を全体的に見れない、
思い出せないんだよ。
...覚えている文章を思い出す時って、
言葉が1つずつ浮かんでくる感じだし、
1つの言葉は思い浮かべれても、
1つの文章を丸々、
思い浮かべる事はできない」
アリシア「そうなんだ。
やっぱり、みんなは違うんだ」
トウァ「なんか、
自分とアリシアの
記憶力の違いって
記憶力がいい、
悪いみたいな違いというより、
もっと根本的なさ、
機能の性能の優劣じゃなくて、
機能の有無みたいな、
そういう次元での違いだよね。
自分には元々、
アリシアみたいな
記憶の仕方をする機能が
ない気がする」
アリシア「私だけそうって事は、
私の親かもしれない
支強人が由来の能力なのかな」
トウァ「かもね」
アリシアの事がまた1つ知れて嬉しい。
アリシア「...次は小さい袋12個、
中くらいの袋4個、
で、地面に敷き詰めて寝る用の
大きい袋を64個。
袋はこれで、いっかな?」
個数はなんとなくで
決めているのだろう。
まぁ、それくらいの個数が
適当な気がする。
トウァ「うん。いいよ。
足りなかったら、
また交換すればいいし」
アリシア「わかった」
アリシアは左手の、
人差し指と中指で、
記号対応操作を
タタタタタと高速で入力する。
うわぁ、1秒に15回くらい
突出度式切り替え機を押してる。
これも支強人の
特性なのだろうか。
記号対応操作をいくらはっきり、
覚えていたって、
それを正確に、あれだけ早く、
手の動きに出力できるのはすごい。
トウァ「あと交換するのは、
塩水濾過器、
油燃式発火加熱器、
ミルク用油分抽出機だね」
アリシア「うん。
ミルクの油はここの庭で抽出したら、
袋に入れて、取っておこっかな。
公域SLへの旅で、
野生の子蝟胃夢のミルクから
油を取る機会はないだろうし」
子蝟胃夢は公域SLにしかいない。
トウァ「...だね。」
一瞬、他人の庭で
飼われている子蝟胃夢から、
ミルクを抽出できる気がしたけど、
悪い事だからやめておこう。
ただ...もしも食べる物がなくなったら、
他人の庭にある、甘玉や
ラヴダーナッツを、
自分は、自分達は食べるのだろうか?
食べ物がなくなって、
長期間、食べ物を食べなかったら
どうなるかを自分は知らない。
アリシアの人永時食伝には
書いてあるのかもしれないけど。
ただ、学校で習った事から考えて、
生命という機構の動力がなくなれば、
生命という機構は停止する。
生命活動が停止する、死ぬのだろう。
なら...答えは簡単...か。
アリシア「交換できたよ。
後は届くの待つだけだね」
トウァ「そっか、じゃあ、
...何しよっか?」
本来なら働く時間、
でも、今の自分にはその気がない。
アリシアは今まで労働とか
してたのだろうか?
アリシア「言わなくていいよ!」
アリシアはそう乱暴に言うと、
扉を開けて、
急に、家の外に出る。
扉開閉用機構を
握るアリシアの手を変に意識しちゃった。
アリシアの手、優しそうだ。
急に家を出たアリシアを追って言う。
トウァ「ねぇ、
アリシアの手、握っていい?」
アリシアの手は柔らかそうだ。
握りたい。
アリシアが無言で自分の事を
2秒程、見つめる。
自分が何を考えているか伺う様に。
アリシア「...フフッ...握りたいの?」
アリシアがちょっと笑って言う。
トウァ「うん。アリシアの手、
柔らかそうだから」
アリシア「...いいよ」
アリシアが手を差し出す。
それを自分が握る。
...暖かい。
そして、柔らかい。
手が優しさに包まれたみたいだ。
これ...好きだ。
トウァ「ねぇ、アリシア。
自分、アリシアの事、
やっぱり好きみたい」
アリシアの手を握って実感した。
アリシアが驚いた表情をする。
口を半開きにして、
自分の顔を見つめる。
すると、自分を見つめる
アリシアの顔が、
だんだん、恥ずかしそうな表情になって、
下を向いていく。
アリシア「.........行くよ」
自分の目を見ずにボソっと
アリシアは言うと、
自分の手を引く。
トウァ「うん」
アリシアが扉を開けて、
2人で外に出る。
いつもの光景だ。
でも、アリシアがいるだけで、
違った様に見える。
アリシアと一緒にいるようになってから、
今まで見てきた物が全部、違って見える。
世界が違って見える。
アリシアが世界の色を変えてくれた。
家のすぐ近くには、
庭と庭の隙間にある川から、
パステルブルーの光が放たれている。
眩しくて直視できないくらいに。
それだけ眩しい光でも、
川から一番遠くに位置する
庭の中央となるとかなり暗い。
自分の手の指の本数を数えられるか
わからないくらいだ。
だから、労働で細かい
手作業をする人には
照明を買う人もいる。
トウァ「アリシア。
あの川の近くみたいに、
世界全体が明るかったら
いいのにね」
アリシア「...うん」
アリシアはなんだか
緊張してるみたいだ。
トウァ「そんな世界に
2人で行けたら、嬉しいね。
アリシア」
アリシアが自分の手を
ギュッと強く握る。
なんんとなく、
自分も強く握り返す。
たったそれだけの事で、
なんだか、自分まで緊張してきた。
ふと、考える。
さっき、言った事は
変だったのだろうか?
好きだから「好き」と言う事は
変なのだろうか。
わからない。
それから、ぼんやり歩く。
さっきから、
アリシアは口を開いてない。
自分もずっと口を開いてない。
それを意識すると、更に緊張してきた。
なにか喋った方が良いのだろうか。
でも、今のドキドキするこの状況も、
これはこれで心地いい。
アリシアの顔を見る。
すると、既にアリシアは
自分の顔を見ていたみたいで、目が合う。
緊張していた感じの表情をしていた
アリシアがフフッと笑う。
自分が緊張していたのが、
おかしく感じたみたいに。
トウァ「アリシア、可愛いよ」
アリシア「...ありがとう。
でもさ...さっきもそうだけど、
「好き」とか「可愛い」とか、
そういう事、言うのって
恥ずかしくないの?」
わからない。
言う事自体はそんなに、
恥ずかしくないけど、
アリシアが恥ずかしそうにするから、
自分まで恥ずかしく
なっている気がする。
トウァ「だって...言いたいんだよ。
自分がアリシアを、
可愛くて好きだと思ってるのを、
アリシアにも知って欲しいんだよ。
それに、アリシアに、
アリシアは可愛くて、
自分が好きになっちゃうくらい
魅力的だって、
知って欲しいんだよ」
アリシアには何も隠したくない。
思った事は全部、口に出して伝えたい。
アリシア「...そっか」
アリシアが自分の右腕に
その腕を絡める。
心地いい感触がする。
だから、言う。
トウァ「ありがと」
トウァ「アリシアってさ、
普段、労働とかしてるの?」
歩きながら聞く。
アリシア「んー、ちょっとはね。
少ししたら、寝てる。
情報的品物媒体の為ってより、
甘玉とか、ラヴダーナッツを
食べる為にしてるだけだよ」
トウァ「そっか。
自分は目的もなく、
なんとなく働いてたな。
する事ないし、
他の人がしてたし。
だから、なんとなくしてた。
...なんとなく。
自分もアリシアみたいに
食べれる物、育てて、
食べ物を食べる為だけに、
労働してれば良かったなぁ。
そしたら、甘玉とか
ラヴダーナッツとか美味しいの、
たくさん食べれたのに。
自分って大人になってから
3年も時間を無駄にして、
何にもしないで、
虚しく生きてたんだね。
ちょっと後悔しちゃう。」
気分が落ちる。
アリシア「今までは、
そうだったけどさ、
今は色んな事、一緒にして、
充実してて楽しいでしょ?
だから、良いじゃん。
それに、今は私の庭にある
甘玉とか
ラヴダーナッツ、食べ放題だよ?」
アリシアは優しい。
アリシアに優しくされる度に、
アリシアが愛おしくなる。
トウァ「食べていいの?
あんまり食べたら、
アリシアの分が減っちゃわない?」
アリシア「普段から多めに
作ってるから大丈夫だよ。
それに、一緒に食べる方が、
楽しいじゃん」
アリシアが笑顔で言う。
その笑顔を見てドキっとする。
トウァ「...うん。ありがと」
アリシア「じゃ、食べよ」
アリシアが自分の手を引く。
トウァ「うん」
甘玉を栽培してる所に来た。
トウァ「これってさ、
どうやって育ててるの?」
甘玉は栽培した事がないから
わからない。
労働で育てる生き物の、
生態や飼育法は、
授業では教えられなくて、
教師に聞けば教えてもらえるけど、
聞くのは、飼育しようと思った
生き物くらいだから、
飼育した事がない生き物に
ついてはわからない。
アリシア「甘玉に、
粉末化した死生物を撒いて、
ミルクをかけるの。
そしたら、甘玉が増えるんだよ」
トウァ「...あの精液かかってるんだ、これ。
アリシアって、そんなの、
いつも食べてたんだ」
自分もそんなのを食べたのか。
それでもちゃんと
美味しいのが不思議だ。
アリシア「んーん!」
突然、アリシアが自分の肩を握って、
自分を強く揺さぶる。
トウァ「え」
どうしたんだろ。
アリシア「そーゆー事、
言わないでってば!」
アリシアが大きな声で言う。
アリシアが大きな声を
出すのは珍しい。
トウァ「あ、ごめん。
でも...そんな恥ずかしい?
だって、本当に
せいえ...みたいなんだよ」
思わず、また言いそうになる。
また言ったら、
アリシアがどれだけ怒るか
考えたら軽くゾクッとした。
アリシア「知らないから!
変な事、言わないでよ!
今から食べるんだよ?」
アリシアは興奮した様子で言う。
トウァ「...うん。ごめん」
強く言われると、言い返せない。
アリシア「...ほら、食べるよ」
アリシアが落ち着いた声で言う。
左手で掬って、口に放り込み、
もしゃもしゃ噛む。
ふと、アリシアの方を見る。
何故か、アリシアの事を見てると、
笑いそうになってきた。
甘玉、あれかかってたんだ。
ドロドロで、濃厚な白色のあれ。
そういえば、
甘玉は少し、
白みがかってるなって、
思ってたけど、
これは乾いたミルクだったのか。
自分がアリシアを見ながら
ニヤけているのが
バレたのか、アリシアは、
怒って無言で、
自分の肩を横から叩く。
咀嚼をし終えてアリシアが言う。
アリシア「ねぇ...何で見るの?
何で笑うの?」
アリシアが少し冷たい声で言う。
心臓がドクッとする。
トウァ「別に...なんでもないよ」
そんな事、聞かれても困る。
アリシア「絶対、そういう事、
考えてたじゃん...」
アリシアは小さな声で言う。
気不味い。
黙ってもしゃもしゃ
甘玉を食べる。
チラっとアリシアを見る。
獣耳がいつも通り可愛い。
アリシアは獣耳が付いてるから
何をしても可愛いのだ。
トウァ「アリシア、後で、
その獣耳触らして」
アリシア「前に、
もう触らせないって言ったじゃん」
冷たく言い返される。
トウァ「...可愛いから触りたい」
もう1回、言ってみる。
自分は結構、しつこい性格してるのだ。
アリシア「...やだよ」
アリシアはそう行って、
何処かに向かう。
ラヴダーナッツの所に行くのだろうか。
アリシアに追いていく。
アリシアは中々、
機嫌を直してくれない。
ラヴダーナッツの所に着いた。
アリシアがラヴダーナッツを
モグモグ食べる。
両手で持って食べてるのが可愛い。
自分がアリシアを見つめているのを、
アリシアがじっと見る。
ジトっと見る。
そんな風に見ないで欲しい。
どうすれば機嫌を
良くしてくれるんだろうか。
アリシアがラヴダーナッツの半分を、
1つ目の輪っかを食べ終える。
そこで自分がアリシアの
両手首を掴む。
アリシアが不思議そうに
自分の事、見つめる。
そして、アリシアの手を
そのまま持ち上げて、
自分の口の所に、
持って行って、
パクッと、アリシアの
ラヴダーナッツを食べる。
それを見てアリシアが笑う。
「なにしてるの」
良かった。
機嫌を直してくれたみたいだ。
トウァ「アリシア、好きだよ」
アリシア「...うん」
アリシアが自分の左手に、
手を乗っける。




