12.新生活スタート
一週間に渡る真理の猛抗議も空しく、次の日曜日の早朝に両親は北海道に飛び立ってしまい、昼過ぎには、真理は大荷物を持って高田邸の前にブスっとした顔で立っていた。
その隣には、同じく、いやそれ以上にブスっとした顔の高田が、真理の荷物の半分を持って立っている。
高田は無理やり『荷物持ち』と称して真理の家までタクシーで迎えに行かされたのだ。
「言っておくけど、私、頑張って抵抗したからね? 来たくて来たわけじゃないから!」
高田家の門を前に、真理は高田に向かって念を押した。
「それでも、結果、来るはめになってるんだから意味無いね。君も大概役立たずじゃないか」
高田は真理を一瞥すると、はぁ~と長い溜息を付いた。
(うぎぎ~~っ!)
先週の自分の暴言をそのまま返されたが、真理は言い返せない。
歯を食いしばりながら高田を睨みつけた。
「とにかく、中へどうぞ」
高田は、そんな真理など目も向けず、わざとらしく丁寧に門を開けると、真理に先に入るように促した。
真理はフンっと顔を背けると、ドシドシと歩きながら玄関に向かった。
高田夫妻からは熱烈な歓迎を受け、例の真理の部屋へ通されると、
「すでに胃が痛いんだけど・・・」
自分の荷物をドカッと置くと、ベッドに座り込んだ。
高田夫妻の親切ぶりに、何故かとても後ろめたくなる。
自分は彼らの息子と何の関係も持つ気はないのだ。
なぜなら、自分には想い人がいるのだから。
何故に自分がこんなにも背徳感を覚えなければいけないのだ・・・。
(私が悪いわけじゃないのに・・・)
「胃薬いるなら持ってくるけど」
高田は真理の荷物を部屋に放るように置くと、顔も向けずにそう言った。
その口調からは労わりのイの字も感じない。
「高田君は、後ろめたくないの? おじ様もおば様もあんなに喜んじゃってるけど・・・」
「なんで俺が後ろめたく感じなきゃいけないだよ? 本来逆だろ? 嫌がっている俺たちに対して後ろめたく思うのは向こうのはずだ」
「・・・そ、そうか・・・」
「それなのに、あんなに浮かれて・・・。アホなんだよ。放っとけよ、まともに相手していると本当に胃に穴が空くぞ」
高田は肩を竦めた。
「じゃあ、先週も言ったけど、くれぐれも俺の生活を邪魔しないように頼むよ。出来るだけ関わらないでくれ」
「な・・・!」
憤慨しかけている真理を無視して、高田はさっさと自分の部屋に行ってしまった。
(く~~、相変わらず気に入らない!)
真理はもう誰もいない部屋の入口を睨みつけた。
「大丈夫よ、真理! 元気出せ! 二ヶ月なんてあっという間よ! 目を瞑っているうちに過ぎるわ!」
むしゃくしゃする胸をトントンと叩き、真理は自分を宥めるように言い聞かせた。
★
「行ってらっしゃい! 翔、ちゃんと真理ちゃんを学校まで案内するのよ」
翌朝、高田の母親ににこやかに見送られ、真理と高田は一緒に家を出た。
「ちょっと、高田君、歩くの早いんだけど!」
スタスタと歩く高田を、真理はほぼ小走り状態で付いて行く。
「毎日、一緒に登校するのはごめんだから、駅までの道は一回で覚えてくれよ」
高田は振り返りもせずに、面倒臭そうに言った。
真理はその言葉に苛立ちながらも、高田の横に並んだ。
「分かったから、もう少しゆっくり歩いてよ」
「・・・悪いけど、離れて歩いてくれる? 人に見られたくないんだけど」
「は?」
「だから、一緒に登校しているところを人に見られたくないだよ。意外といるから、この界隈にも同じ高校の生徒が」
高田は真理をチラリと見た。
「噂になったら迷惑なんだよね。適当な距離を保って後ろから付いてきてくれる?」
「ぐっ・・・」
あまりの言い草に、真理は思わず言葉を詰まらせて立ち止まってしまった。
高田はそんな真理の事などお構いなしに、スタスタと歩いて行く。
(コノヤロー・・・)
真理は歯ぎしりしながら高田を追いかけると、ぴったりと隣に並んだ。
「だから、横に並ぶなよ」
高田は苛立ち気に真理を睨みつけた。
「迷惑かけられたくなかったら、私に協力してよ! 川田君の事!」
真理はフンっと鼻息荒く、そっぽを向いた。
「ふーん・・・、俺と仲良く登校していることを川田君に知られてもいいんだ?」
「あ・・・」
「しかも、同じ家から通ってるって」
「・・・」
「噂になることは俺だけじゃなく、君にもメリット無いんじゃないの?」
「チッ・・・」
真理はスススーッと高田から離れた。
(くそ~、融通の利かない奴め!)
真理は高田の後頭部を睨め付けながら、数歩後を付いて行った。




