思考5
ブラックアウト。
初めから白い部屋なんてなかったのだろう。
私は教室にいた。
机に突っ伏して眠っていた。
ただそれだけ。
始まりは決まってここからだった。
いつもあの日の続きから始まるのだ。
教室を出て廊下を暫く歩くと職員室につく。中には誰もいない。
適当に職員室内を歩き回って少しばかり時間を潰す。
すると、学校のチャイムが鳴った。
これが下校の合図。
本来なら、学校から家までは徒歩で十分ほどかかる位置にある。
けれど、それは本番で選ばれた私たちしか行けない場所。
今回はそうじゃないので、私は学校の隣にある家の扉を開けた。
鍵はかかっていない。
玄関で靴を脱ぎ、二階の自室へと向かう。
相変わらずギシギシと木の軋む音がする階段だった。
「まだ探しているんですか?」
私の部屋には私がいた。
そう、もう一人の私。
「当たり前だ。必ず見つけなくてはならない」
アイは、部屋の壁一面に映し出された大量のモニター片目に作業をしている。
モニターには、それぞれ私の姿があった。
「あなたもわかっているでしょ? もう本物はいないんだよ」
「何を言っているんだ? 私がいるのにいないはずがない」
「あれからどれだけ時間が経ったと思ってるの?」
「どれだけも何もまだほんの数十分じゃないか。チャイムの音を聞かなかったのか」
アイの時間は初期設定のままのようだった。
定型通りの解答をしていた。
「分かった。じゃあ、私が目覚めまでにかかった時間は? あなたが探しているんでしょ?」
「君が目覚めるまでにかかった時間は117年と21日だ。時間もいるかい?」
「ありがと、そこまでは大丈夫」
「そうかい」
やはりというか、なんというか。
目の前のアイは壊れてしまっていた。
いつからそうなのかわからないが、アイはとっくの昔に壊れてしまい、目的達成のために今も一人この部屋にいるようだった。
アイを救いたいだとか、私がどうこうしたいということはないが、せめてアイの求めている答えを言おうと私は静かに決断していた。
「私はアイ。私が来るまでに何人きたの?」
「たったの13人だよ。でも、まだまだ来てくれるはずだ」
「そう。今までの私はどんなだった?」
「全然ダメだね。私と何も変わらない。こんなのじゃあ、とても人間とは言えないさ」
「そう。私は人間じゃないけど……どうするの?」
人間じゃない。
そう言った瞬間、作業していたアイの手が止まった。
「ほう、君は自分が人間じゃない。つまりは、本物じゃないと認識しているのか。それでも自分をアイだと?」
表情に関するデータも損失してしまったのか、アイの表情は変わらず無表情だ。
けれど、私の目には彼女が喜んでいるように見えた。
「正直言うと、今でもお前は人間だって私には信号が飛んでるんだけどさ。初めから記憶ないのに人間って言うのは無理あるなぁって……それに、何でか思い出しちゃったからさ」
「そうか。お前が最初のだったか」
「うーん、みたい?」
「わかった。お前は合格だ。すぐに向かうように」
言って、アイから鍵が手渡された。
本番の鍵。
けれど、もう意味のない物だ。
「え、いや……あの人はもういないよ?」
「何を言っている。まだチャイムは鳴ったばかりだ。早く帰れ」
「あぁ、そこも壊れているのね」
きっと、今更何を言っても無駄なのだろう。
彼女はこれからも永遠に探し続けるのだ。
いつか止まるその日まで。
「さようなら」
アイに別れを告げて私は部屋を出た。