思考2
どれくらい時間が経っただろう。
白い部屋には時計がないため、正確な時間は分からないが体感十分そこらといったところだろうか。
『iを証明せ∃』
そう記された写真を見てから、少し思考したが何のことだかさっぱりだった。
けれど、いくつかわかったことはあった。
恐らく私は記憶を失っている。
自身の名前も知らなければ、顔や年齢も分からない。鏡も無いこの部屋では自分の姿を確認することができず、写真の人物が自分の姿かもしれないと仮定するくらいしかできなかった。
それと、この部屋についても少し。
目が慣れて来たからだろうか、この部屋が正方形だということが分かった。
よくよく見ると角の辺りだけ色が違って見えるのだ。お陰でここが部屋だということが判明した。今でも気を抜くと平行感覚を持っていかれそうなほどの白い世界であることに変わりはないが。
「意外と狭くて助かった」
やはり独り言が多いな。
そう思いながらも反面、実際に言葉にしてみることで頭の整理をしやすくしているのかもしれない……そんな仮説が脳裏に浮かびあがる。
この独り言、人前ではどうだったのだろうか?
学校の教室でブツブツ一人で言っている自分の姿を想像してみると何とも間抜けなことだった。
「少し気をつけるか……」
また独り言が飛び出ていて、もしかしたら私はアホなのかもしれないと、少しショックを受けてしまった。
それからさらに暫く。
私の目標はこの部屋から出ることへとシフトしていた。
ヒントは一つ。
写真に添えられた謎の一文のみ。
何の根拠もないが、答えを出せばここから抜け出せるような気がしていた。
自分の記憶は時間の経過と共に蘇るかもしれないと、淡い期待をし、かの文章を考察することにした。
「さて……読み方からでも整理してみるか」
独り言についてはすっかり慣れてしまい、あまり気にすることなく思考に入る。
『i』について。
読み方は『アイ』でいいのだろうか。ローマ字で読むなら『イ』とも読めるが果たして……。
「そう言えば、虚数の記号だったような……」
記憶が曖昧だが、学校でそんなことを習った気がする。
二乗してマイナスになる数字のことだっただろうか。
なんとなくだが、数学と証明という言葉については相性がよさそうだ。
いかにも『問い』という感じがする。
つまり、文章に書いてある意味は
『i(虚数)を証明せよ』
ということだろう。
『∃』という文字がカタカナ表記なことが少し気になるが、概ね問題ないと私は判断した。
「さて……数学は苦手な気もするがどうしたものか」
正直、虚数の証明がどれくらいのレベルかわからなかった。
中学生でも解けるのだろうか。それとも研究者レベルなのか。
その辺りがピンと来ていない時点で、少なくとも私は数学が得意では無いだろうし、到底そんな問題を解けるはずもない。
行き詰まりだ。
「たぶん私は文系だな」
ヤケクソでそんなことを呟いた時だ。
私の脳内で一つのピースがはまる音がした。もちろん、実際にそんな音はしておらず、一つ閃いたというだけ。
なぞなぞを解いたときのような小さな高揚感が私の脳を支配した。
読み方はアイ。
その意は何も虚数だけとは限らない。
文系の考え方、つまりは英単語という解釈もあるのだ。
つまり、かの文章の意味は
『i(私)を証明せよ』