入学式:お披露目
「(さて、どうしたもんか)」
雷撃付与は雷属性の強化魔法。
圧倒的なスピードと破壊力を自らに付与する。
他の属性強化の中で最もシンプルで強力な魔法。
「言っておくが、もう後戻りはできんぞ馬の骨!」
「止めてハーレット! 先生にもしものことがあったら……!」
シエルの呼びかけに反応しない。
頭に血が上って冷静な判断力を欠いている。
怒れる猛獣は危うい。
周りの被害なんて考慮しないからだ。
「ヤバイです。激ヤバです! Dクラスになったってだけでも、私史上、ぶっちぎりのアンラッキーなのに、なんでこんなことになっちゃうんですかぁ~……」
「いいんじゃな〜い? 別にアタシらがヤるわけじゃないし。怯える必要、ないっしョ」
ヤバイを仕切に使う女子生徒は怯えている。
そんな彼女を金髪の女子生徒が、
ユルい口調で落ち着かせている。
「片や名門ソラスト家の魔法剣士、片や無名の魔法教師。非常に興味深い一戦。この結果は、今後のクラスの発言力を大きく左右するモノと確定付けます」
「我々が割り込み、どうこうできるものでもあるまい。離れた場所で静観しようではないか諸君」
冷静な判断で状況を語る癖っ毛女子生徒。
それに同意を示したのは、
身なりの良い貴族の男子生徒。
「そ、それもそうだね」
「決闘、それ即チ神聖バトル。静か見ルでス」
スーザンドとハーレット
二人を中心に円の形で広がる。
この反応はスーザンドにとって
嬉しい誤算だった。
シエルだけはその場から動かない。
怯え、声も段々とか細くなってはいるが、
今もなお呼びかけ続けている。
「(魔法を扱う者の素質は持ち合わせているようだな。そうでなくては、俺も教えがいがない。これからどんな魔法を魅せてくれるのか、少し楽しくなってきたな)」
生徒はまるで、試合を観戦しに来た観客。
自分達には関係ないと壁を作り、
これから始まる試合を釘付けで見る。
スーザンドにとって
これ程お披露目に適した機会はない。
「さぁ、お前も準備をしろ。無抵抗な相手を甚振る程、私は落ちぶれてはいない」
与えられた千載一遇の機会。
これを生かすも殺すも、後はスーザンド次第。
勝負に負ける事は、万に一つない。
だが負けはなくとも、
次に繋がる勝利でなければ実質的な敗北。
次に繋がる勝利。
つまりはこの先の授業で
どれだけの人数を自分の下におけるかどうか。
「仮にもお前はあのクソッタレ校長から選ばれて教師になったんだ。少しは魔法を知っているんだろう? だったら見せて見ろ。そしてそれを私が、あの野郎の思惑ごとぶっ潰してやる」
ではどうすればいい。
圧倒的な勝利を収めるか。
あるいは苦戦を強いられているふりをするか。
それとも余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で翻弄するか。
「(今出た三つの候補は、敗北の選択肢だな。どうしたモノか、っ)」
「何故構えん! まさか肉体強化も扱えない素人か? それとも負けを認め、地に頭を擦り付けて許しを乞う気にでもっ」
「少し静かにしてくれ。今、どうやって勝とうか悩んでいる最中だ」
また、スーザンドの口がスベる。
考え事をしている最中、見当違いなことを言われ
思わず本音を口にしてしまう。
「……そうかそうか」
次の瞬間、ハーレットは懐に潜り込んだ。
レイピアによる横振り。
刺突ではなく横振り。
彼女の理性が
最後の境界線で何とか踏みとどまった証だ。
こうなった以上、
防御魔法を張る以外に選択肢がなかった。
「!?」
「いつの間に魔法の詠唱を?!」
「ぶよぶよとした薄水色の膜? が、先生の周りに張られている?」
「一体何の魔法だ。私は魔法に関しては知識のある方だと自負しているが、全く見当もつかんぞ!」
「貴様、何だその魔法は!」
「水の防御魔法『水母』。弾力性のあるこの膜は、触ると病みつきになる」
『水母』
クラゲをモチーフにした水魔法。
弾力性のあるクラゲを模した水を全身に纏う。
「水母……私に脳内にある魔法事典に、該当する魔法は存在しません。おそらく、『魔法登録』を行なっていない魔法だと考えます」
『魔法登録』
その名の通り、新発見の魔法を登録すること。
登録された場合、その魔法の有用性などを考慮して金額が支払われる仕組みになっている、
登録は義務ではない。
だが魔法使いの間で、魔法登録をしないとはみ出しモノ扱いを受ける為、暗黙の了解としてすることが常識である。
「まほうとうろく? よくわかりませんが、触ってみたいですあの布!」
「(親父の日記に載ってた、海の魔物にソックリだ。あれから着想を得たのか?)」
ヘアバンドをしている女子生徒は脳天気だ。
小柄で傷の目立つ赤髪の男子生徒は、
真剣な面持ちで分析している。
「ふざけた魔法を……!」
「先に言っておくが、この防御を突破するのは、今の君では不可能だ。この魔法は君が想像している以上に、ふざけた魔法だからな」
そう言ってスーザンドは魔法を解除する。
時間制限や消費魔力量による影響ではない。
ただ周りの生徒達には、
次の魔法に集中してもらう為だけに解除した。
「『天気予報』」
慣れない詠唱しながらの魔法発動。
相手に次の手段を教える上に
言い切った後ではないと発動しない為、
スーザンドは普段、無詠唱で行っている。
しかし今は何よりも分かりやすさ。
それに重きを置きたいと考えている。
「なんだこ、っコレは!!?」
今、ハーレットの真上には雲が浮いている。
空にではない、頭上にである。
天気予報は雲を生成する水魔法。
通常の雲と同じく、あらゆる気象が起こる。
「今日の天気は晴れのち雨。『雨曇(レイニーデイ』」
雨雲は、雲から雨を発生させる。
局地的豪雨に襲われ、オールバックな髪型は崩れ、膝も折れて四つん這いになる。
「ッッッ!!!」
「女、周り豪雨。我が国、欲すル魔法」
「天気も操れるなんて……」
褐色異文化交流女子生徒は、この魔法に興味を示した。
その横で普通に感心して、普通に驚いている男子生徒。
「水母、天気予報、雨雲。どれもこれも聞いたことのない魔法ばかりだ」
「もしかして〜、センセーって隠れ超魔法使ィ???」
『オリジナル魔法で気を引きながら勝つ作戦』
それがスーザンドの考えたお披露目会。
生粋の魔法使いであるならば、
新魔法を目の当たりにして興味を示さないわけがない。
「ハーレット……」
先程まで
スーザンドを心配するような目で見ていた白髪少女。
しかし今は形勢逆転。
その目は今、ハーレットに対して向けられている。
可哀想と心配する目。
それを見えないながらも、彼女は感じていた。
「(屈辱屈辱屈辱!!! お嬢様の前でこのような失態を晒してしまうとはッ! こんな事ではお嬢様を安心させられない! お嬢様を不安にさせてはならない!!!!)」
プライドが敗北を認めない。
必死に立ちあがろうとする。
「(雨量は抑えてあるが、今の状態ではとても抜け出せない。いつの間にか、雷撃付与も解けている、コレは勝負は決まったか)」
「『雷撃付与』!!」
「おっと、それはマズい」