入学式:挨拶
魔法学校といっても
構造は普通の学校と大差はない。
グラウンドに体育館
食堂に図書室
学生寮に購買部、農場などがある。
ただほんの少しだけ、
それらに魔法がかけられて
利便性が高まっているくらい。
『アトラー魔法学校集会場』
集会のみを目的とした施設。
一見すればバスケットゴールがなく
床に白線が引かれていないだけの体育館。
この施設には二階がある。
基本的に教員のみ入れるスペースが五部屋。
その部屋は特殊加工がなされており
外から見てもただの木のタイルにしか見えない。
だが部屋からは俯瞰する事ができる。
その場所に二人はいた。
グレオラとその師匠は今、
アトラー魔法学校の入学式に立ち会っている。
「多いな。何人いるんだ?」
「今年は去年より2万人増えて、ざっと6万人ですね」
「6万、馬鹿けた人数だな。んでもって、去年は4万人。三年生制だから、合算すると12〜14万くらいが在籍してるわけか。……ホント、馬鹿けた数だな」
教員になる事は、彼にとっては確定事項。
それだけ多大な恩義を感じているからだ。
契約は完全遂行する気でいる。
実際問題、内容自体はさほど難しいものでもない。
ただ気掛かりなのは、クラス人数だった。
6万人、クラスの数は5つ。
単純に割れば、12000人が下につく。
しかも担当するDクラスの性質上
教員は全て一人で担うことになった。
それを聞き、億劫になる。
「安心してください、Dクラスは早々入れませんから」
「だといいがな。俺はこういう土壇場での運が壊滅的だ」
見透かしたように声を掛ける。
だが全く気が休まった様子を見せない。
運がないと言うのも一因だが、
情報を鵜呑みにしないことを心がけているからだ。
「ふふ、そうでしたね。それにしても今年は6万人か……ここ数年、魔力持ちの子供は増加傾向にありましたが、まさかここまで増えるとは」
「そうだな。俺の知ってる限り、魔力持ちは希少って覚えがある。それこそ本来、ここにいる人間から十数人程度の希少性だったな」
「……実は師匠、前回の時は関係なかったので言わなかったんですがっ」
「それよりお前、何で一々魔法を使い分けて使ってるんだ? お前はあるはずだろ、俺が教えた【魔導】が」
この学校には魔法がかけられている。
空間魔法
とても単純な説明だが、
外から見たアトラー魔法学校の広さは
通常の学校と同程度の敷地面積しかない。
だが中に入れば一転、
外から見る十倍以上の広大な敷地が広がっている。
転移の魔法陣
莫大な敷地面積を補うための処置。
施設内の至る所、学生証にも陣が描かれている。
その陣に触れ、行き先を思うだけで
一瞬でその場所にまで飛んでくれる。
「あぁえっと、公の場では流石に。ここは一応、魔法の学校ですから。...おっと、そろそろ時間か。師匠はこのまま特等席で紅茶でも飲んでいてください。さっさと終わらせてくるので」
グレオラは壁に手をやると
壁に人一人が入れる程度の楕円の穴が現れた。
転移を使わず、わざわざ穴を開けた。
その理由には校長就任以来続けている
グレオラ特有の演出があった。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
集会場は人で溢れかえっている。
ひそひそ声もこれだけの人数がいれば
大音量に化ける。
そんな中、突然闇に飲み込まれた場内。
一同の声が一瞬止み、
すぐさまどよめきの声に満ちた。
「皆さん、お待たせいたしました。これより、アトラー魔法学校、入学式を開催したと思います」
グレオラの声が響き渡る。
それと同時に壇上にスポットライトが、
空中よりゆっくりと降下するグレオラを照らす。
「ウォー! 生グレオラ・リーテル様だ!!!」
「上から現れたぞ! あれが噂に聞く転移の魔法か!!?」
「本でみた似顔絵より、ずっと凛々(りり)しいお姿ですわ……」
「何とお美しい姿……! 今まで見てきた令嬢の姿が記憶から消えてしまいそう」
グレオラは生き英雄と称されている。
膨大な魔力量、多彩な魔法の数々
何より未発見の魔法をいくつも発見した功績。
現代魔法界において
グレオラの存在を知らないのは、
生まれたての赤ん坊くらいとさえ言われている。
「『静寂の魔法』」
指パッチンと共に詠唱を挟む。
すると生徒らが発する音が完全に消失した。
声も、靴の擦れる僅かな音さえもだ。
「...皆さん初めまして。私の名前はグレオラ・リーテル、アトラー魔法学校の校長だ。本日より君達は我が校の生徒となるわけだが、予め言っておく事がある。君達がここにいるのは実力云々ではなく『運が良かったから』だということを」
この学校に入学する事は
魔力持ちであれば100%可能である。
何故なら学校方針にそう書かれているからだ。
校訓『魔力を有する者拒まず』
微量の魔力だろうとは入れてしまう。
初代校長の意向であり、現代にまで引き継がれている。
誰であろうと平等に入学できる。
公平さをあらわす校訓。
しかし、実際に公平かと言われれば。
「実力が試されるのはこれからだ。努力を怠れば例え上位クラスに入学できたとしても、火球で終わってしまう。その逆も然り、努力さえ惜しまなければ、炎を生き蛇の如く縦横無尽に動かすことさえ夢ではない」
炎蛇と呼ばれる大魔法。
言葉の通り名の通り
炎を生きた大蛇の如く動かす火魔法。
それを無詠唱で発動させて見せた。
その事実に生徒のみならず、
別の部屋で入学式を見ている教員も驚いている。
「当然そんなことを言う以上、私を含め教員一同、一切手を抜かない。持ちうる知識を全力で活かし授業を行い、親身になって寄り添い、訓練が必要とあらば付き合おう。必要であるなら、私自身も出張ろう」
本心だろう。
だが同時にDクラスを見学する口実にもなっている。
唐突に現れても、宣言通りでしかなくなる。
「だが今年に関しては、私が赴くようなことは少ないだろう。何故なら今年の先生陣は歴代最高と断言できる。優れた先生の教育の元で一年二年。きっと見違えるような力を得て、君たちは卒業していくだろう」
生徒達に背を向け、上を見上げた。
その先にいる師匠を見つめ、笑みを浮かべた。
特定の個人に向けての行動。
しかし他の教師達には、
自分が期待されているという間違った認識を与えた。
「さて、ダラダラと話を長引かせるのは時間の無駄だ。それにこの後は、君達待望の『魔力測定』。自分の実力を知れる、一年に一度の大イベント」
場内に太陽の自然の光が差し込む。
静寂の魔法も切った。
誰もが次に移ると思っていた。
「...だがその前に一つだけ、皆の肝に銘じておいて欲しいことがある」
グレオラは浮遊の魔法で宙に浮かぶ。
手を後ろに組み、直立で上昇する。
そうして師匠のいる特別室まで浮かび上がる。
「創立より魔力測定はアトラー魔法学校において、入学卒業と同価値のイベントだった。その理由は、測定次第で今後の学校の質を決めるからだ。だが私は今ここで、就任以来初めて胸の内に秘めていたことを宣言する。『測定結果など、気にするな!』...と」
一瞬の静止、そして互いの顔を見合う生徒。
どよめきが波になって、耳へと届いてくる。
彼らの動揺は至極当然である。
魔力測定結果の重要性は誰もが理解しているからだ。
現代魔法学において、魔力は絶対にして至上。
何よりも優先して見られる。
それを蔑ろにする発言。
それは魔法界に喧嘩を売るに等しい行為だ。
「アトラー魔法学校の校長として。否、魔法使いとして相応しくない台詞と思うだろう。だが私は今の発言を撤廃するつもりなどは一切ない。むしろもう一度言おう! 測定結果に縛られず、希望を持って授業に臨みさえすれば、必ずや君達の才能を開花させてみせよう」
今、男の目にはグレオラの背しか見えていない。
それでもわかる。
このメッセージは自分に言われている。
期待されている。
成功すると思われている。
間違いないとされている。
「...私からは以上だ。それでは魔力測定に移る」
再び穴を開け、部屋へと戻ってくる。
その際、部屋内に防音の魔法をかけた。
完全に音を消すではなく、
音を一定にまで減す魔法だ。
「ふふ、やっちゃいましたね」
「やったのはお前だ。俺を巻き込むな」
「巻き込みませんよ。この渦の中心は師匠なんですから。巻き込んでる側ですよ」
小生意気な発言で紅茶を一啜り。
場内は大混乱、部屋の扉を叩く音も聞こえる。
有名な学校だ
著名な魔法使いも参列していたのだろう。
「え、えーそれではこれから魔力測定を行います。事前に手渡された紙に書かれた番号の転移装置の上に乗ってください。手順に関しましては、転移先の担当者が説明いたします」
副校長がスピーカーを使い生徒一同に指示を出す。
副校長も大変だなとしみじみ思った。
「本当ならこのまま師匠と話したかったんですけど、私も動かないといけないので……。っあ、それは師匠も同じか。担当クラスに赴かないとですしね」
「それもそうだな。紅茶も切れたことだ、俺も身支度を終えて持ち場に着くとするか」
椅子に掛けていたマントを身に纏う。
内側は赤い布性、外側は黒い革製でアトラー魔法学校の紋章が刻まれている。
「任せましたよ師匠。いえ、【スーザンド・ヴァンヘイル】先生」
「任されましたよ、校長センセ」