魔導教育の取引
君には万分の確率で手に入れた才能がある。
誰もが羨み、妬み、欲する才能だ。
ただしその才能は
同じ才能を持つ他の人に比べ、極めて劣っている。
それは同じ才能を持つ者から
嘲笑され、仲間外れにされ、虐られる程。
こんな時、貴方ならどうする。
『才能を手放す』?
『才能に掴つく?』
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初めは世界のついて説明しよう。
この世界はいわばファンタジー。
魔物が存在し、道を探索する冒険者も一般職にある。
唯一違う点は、魔法全般の地位が高いことだけだ。
【魔法使い】
一般的には魔力を有する人種を指し示す言葉。
また魔力を扱う職の呼称
あるいは総称としても使われている。
この世界における魔法使いは才能だ。
頭がいいとか、スポーツに秀でているとか
努力次第で何とかできる事柄ではない。
産まれ落ちた時点で決定する。
100%純正な運とされている。
そんな幸運な彼らを育む学校がある。
【アトラー魔法学校】
魔力を有する若者が集う場所。
過去に偉業を成し遂げた偉大な魔法使い
現役で活躍している優れた魔法使い
将来有望な小さな魔法使い
全魔法使いの本流はこの学校にある。
コレは決して過言などではない。
この学校を『卒業』しているか否か
それは魔法使いにとって
最大にして最重要な一点である。
故に在校生は死に物狂いでしがみ付く。
例え在学中の思い出が苦であろうと。
「火球!」
「火球、拳サイズの火の玉を打ち出すくだらない技」
「水打!」
「水打、火の魔法の水版。違う点は単発か散弾か。どちらにせよ似たり寄ったりな技だな」
「雷撃!」
「雷撃、手から雷を直線に出す技。全く、さっきから手から出す以外に脳がないのか?」
「土壁!」
「土壁、土の壁を出す。手以外から出た技が、まさか赤ん坊の砂遊びとはなクソッタレ」
校長室のベランダから見える景色。
生徒達が必死に魔法の練習に勤しむ姿を
悪態をつきながら、苛立ちの表情を浮かべる男が1人。
「お前はあの時確かこう言っていたな? 『私が今の魔法学の在り方を変えてみせます。師匠の学説の正しさを証明して見せます』と」
「ハイ。そう宣言して、私は師匠の下を去りました」
「……何か変わったか? 魔法学は、いや魔法は」
男が苛立っている理由
それは魔法の在り方についてだった。
画一的で全く面白味がない。
古い時代に創られた古い魔法。
それが今の時代になっても現役で使われている。
使うなと言っているのではない。
何故それを反復して行う必要があるのかと怒っている。
「何も変わってはいません。どうやら現代の魔法学は私が考える以上に根深く、腐り固まっていたみたいで」
「当然だ。何千年と続いた歴史を自らの手で傷つけるような真似、奴らに出来るはずがない。この事はお前が去った二十年前にも話した筈だぞ、グレオラ」
【グレオラ・リーテル】 アトラー魔法学校現校長
声質、見た目、いずれも中性的。
常に襟の高い服を着用している。
公表している年齢は二十代。
若くして、最高峰の魔法学校の校長に就任したのは
膨大な魔力と秀でた魔法を扱えたからに他ならない。
「現在進行形で広報活動中ですよ、秘密裏ですがね。私も校長の座に座れたのはここ数年。上での発言力はまだまだ乏しいのが現実」
「ならば何の為に俺を呼んだ。わざわざ転移を使ったんだ。俺に会いたかった、何て緊急性のない理由なら……消すぞ、記憶」
「『風衝』!」
「煩わしい!!」
魔法で窓を閉め、カーテンを閉め。
更に防音魔法を張った。
男は深呼吸をし、席へと座った。
テーブルには香り高い紅茶
そしてその紅茶に合った菓子が置いてある。
「ふぅ」
「どうですか、久しぶりに私が淹れた紅茶は? 魔法はからっきしな私が、唯一褒められた腕前は変わらずでしょう」
「……話を逸らすな。呼んだ理由を速やかに答えよ」
「ふふ、実は師匠に贈り物が一つ」
グレオラは何も持たない右手を前に出した。
肘が伸び切るのと同時に、手の中に一冊の本が。
損傷が激しく、変色もしている。
特に表紙はズタズタに裂かれていて
とても読める代物ではない。
だがその本を一目見て
男は確信し、声を上げて言った。
「【シルバリオスの魔導説】!!?」
「流石は師匠。そうです、この本こそ現代の魔法学において禁書、異本とされているシルバリっ」
この時の記憶はあやふやだった。
正常ではいられなかった。
長年追い求めていたものが見つかった。
その喜びで冷静ではいられなかった。
転移魔法でグレオラから本を奪取。
修復魔法で発行当初の状態に完全修復。
複製術で完全なコピーを創造。
身体能力強化で眼を強化し速読。
心理術で完全に記憶。
その後、原本を異空間に保管。
コピー本をグレオラに手に収めた。
それらの行動を刹那に行い
気が付けば、行った事実だけしか残らない。
「しまった……」
「いえいえ、私如きでは師匠から本の一冊どころか、髪の毛一本すら守り切れる自信はありません。何ならそちらではなく、原本の方をお持ちいただいてもかまいません。師匠の複製術を見抜ける人間はいないでしょうから」
グレオラ自身も見抜けていない。
男は手にある本をわざとらしく
異空間にしまう動作をした。
勿論、今手にあるのがコピー本。
だから手を突っ込んだだけで交換はしなかった。
「……何が目的だ」
「私の目的は今も昔も変わりません。師匠の為の行動です」
「そうだったな。お前はそういう奴だった」
グレオラの言葉に嘘はない。
この行動は師匠の為思ってやった行動。
それに偽りは無く、純粋そのもの。
ただ他に目的がない訳ではない。
グレオラという人間は、目的を複数用意する。
確実に達成できる目的
達成可能な目的
出来ればな目的
と言った具合である。
今回の場合は
①シルバリオンの魔導説の譲渡
②師匠に会う
③お願い事
「いいか、分かりやすく現状を説明してやろう。俺はお前から、長年探し求めていた本を受け取った。つまり今、俺とお前の関係は師匠と弟子ではなく、恩を売った側と売られた側だ」
「恩を売るだなんてそんな。私自身、師匠に救われた過去がある以上、そんな恩着せがましいこと……」
「なら要件はないのか?」
「……ふふふ、流石は敬愛する我が師。私のことは何でもお見通しですね。では結論から言わせてもらいます。師匠、契約してくれませんか。この私、アトラー魔法学校の校長であるグレオラ・リーテルと」
わざわざ校長であることを強調する。
学校に関する頼み事だという事は察しがつく。
嫌な予感はした。
だが男が感じている恩義は
そんな予感すらも吹き飛ばしてしまうほど大きい。
「いいだろう。受けよう契約を。如何なる内容であろうとな」
「ふふふふふ、受けて頂けて良かったです。それじゃあ契約内容ですけど」
グレオラは満面の笑みを浮かべる。
先程までの作り笑いとは違い純粋無垢だ。
「契約内容の主流は一年間の教員生活です。師匠にはある一年生のクラスを受け持ってもらい、いくつかのノルマを達成して頂きたい」
「一年? 確かこの学校は三年制、三年間見守らなくていいのか」
「一年もあれば、師匠なら目的を達成できるかと。師匠は教え上手ですから」
今度は二枚の紙を転移させた。
転移してきたのは、ある人物に関する資料。
一人は王家直属の騎士
もう一人は王族
どちらも明日の入学式に参加する新入生だ。
「師匠には、この子達の【先生】になっていただきます。我が学校の最底辺、【Dクラスの先生】に」