ひらめいたら一直線
アリシアからオフィキナリスへ戻り三人は城へ向かっていた。
「んー。楽しかったわね」
「あの技術が完成した時が楽しみですねお嬢様」
「そうよねー。ミゼリちゃんを応援しなきゃね」
レオナは歩きながらアリシアでの展覧会を経てオフィキナリスが参考に出来る動きを思い出しメアリに訪ねた。
「うちの国では魔石とか取れないのかな?」
「そういう話は聞いた事がありませんね。ジェネラルでは鍛冶屋が使う過程で魔石を取る様子でしたがオフィキナリスでは主に武器は仕入れています。大きな武器等の需要が少ないですからね。もしかしたら山を掘れば珍しい鉱石や魔石が取れるかもしれませんね」
国の色が関係して見えていない物が段々見えてきたとレオナは収穫を感じた。決して遊びに行った訳では無く、オフィキナリスに貢献出来る要素を探す旅だった。
「ステラ姉さまに提案してみようかしら? 採掘を始めようって」
「そうですねぇ。もしやるなら詳しい方を呼ばないと駄目ですね。我々では鉱石の判別も難しいです。そして、本当に使える石が出るのかはやってみないと分からないので苦労が徒労に終わる可能性が一番怖いですね」
オフィキナリスの予算を採掘に割り当てるのは現状リスクが高いとメアリの言いたいことはレオナに伝わった。難しく悩む顔をしているレオナにメアリが用事を伝えた。
「私は少しお買い物をして城へ戻ります。ロードさんもいらっしゃいますし先に戻っていてください」
「そう……分かったわ」
メアリは一礼すると商店街の方へ向かっていった。ロードはその様子を見て昨日の出来事を思い出す。確か、メアリの仕事としてレオナの護衛も入っていたはずだが……言葉の意味を考えるとロードへ丸投げしている。
一定の信頼を得ていると判断してロードは何も言わずレオナの隣を歩いた。
「ロードも楽しかったわよね?」
「そうだな。お風呂の仕組みとか意味は分からなかったけど、あのチビも楽しそうで良かったよ」
「チビって……ミゼリちゃんよ。ちゃんと覚えてよね! その……今度こっちに来た時は金盞花……先生の本とか読ませてあげるんでしょ?」
ロードに顔を合わせずレオナが言った。
「あぁ、そうだな。来た時は屋敷から本を取ってこよう。忘れないようにしないといけないな……あんたも最初は微妙な顔をしていたが楽しんでたな」
「微妙な顔? それってどういう事よ」
自分が変な顔をしていた記憶が無く心当たりも無いレオナはロードを問い詰めた。
「笑っていたけど笑ってなかった」
「ん……? 難しいわね。笑ってるならそれは笑ってるんじゃない?」
ロードはレオナが笑っていない場面を思い出しながら口を開く。
「あの眼鏡の……」
「クロユリ所長ね」
興味のない人物の名前を覚えていないロードはレオナの言葉で思い出した。
「そのクロユリって奴と話している時だな。キングが元気と言った時にあんたは笑っていたけど、俺には笑ってないように見えたんだ」
「あぁ……あの時ね」
キングは自室に籠もって医者が通う日々を過ごしている。非公式の事だからレオナはクロユリ所長に嘘をついていた。立場も関係して仕方ないとは言えレオナ自身も愛想笑いだったかもしれないと反省する。
「その時のあんたはまるでこの国の大人達みたいで暗かった」
「えっ?」
ロードの言葉を理解できなかったレオナはその言葉を考えた。王都オフィキナリスで生活する大人が暗いという意味はどういう事だろうと周りを見渡す。レオナの目には笑い合いながら歩く夫婦やお店に並んでデザートを待つ人達が見えた。早く食べたいのか心待ちにしている姿を見て暗いとは思えない。
「暗いってどういう意味なの?」
素直にレオナはロードへと意味を尋ねると少しの間があり言葉を選んでいるようにレオナは見えた。
「この前も暗いって言ったけど。変な感じだ。言葉にしづらいな……あの時は俺の言葉にあんたは明かりがついてこの国は明るいって言ってたけどそういう意味じゃないんだ。人間は難しい……目を凝らして見ると服装にも違いが見える。城への道は綺麗な服を着ているがあっちの方」
ロードは東区を指差した。
「向こうを歩いている人達は不安を抱いているように感じた」
移住する者が増えているオフィキナリスで東区が主な住宅街となっている。東区と西区を比較すると城からの支援を受けているのは圧倒的に東区が多いという現実をレオナは思い出していた。
「覚えているか? 公園で俺が水を飲んだ時の事を」
「もちろん覚えているわよ。水飲み場で手軽に水が出るのを見せたときよね」
「あぁ、そうだ。見てないかもしれないが公園で遊ぶチビ達の方が何倍も輝いていたさ」
レオナはあの時を思い出すとロードが水を飲んで苦手と言っていた事は覚えている。でも、公園で遊ぶ子供達は見ていなかった。
「でも、それ子供が遊んで笑顔なのは当然じゃないの?」
「難しい……こういう時に金盞花先生ならどんな言葉で紡ぐんだろうな。大人でも公園で遊べば笑顔になるもんじゃないか……いや、違うな。今のは無しだ」
ロードは言葉を選び好きな金盞花ならどう表現するか考えるも答えは出ない。
だから諦めた。全て自分の言葉で思いを伝えることにした。
「俺はあんたの笑った顔が好きだ。焼き菓子をくれた時に食べている俺を見て笑っていたあの笑顔が気に入っている。あんたは気づいていないかもしれないが、城に居る時はあんまり笑ってなかった。悩みもあるんだろうが俺には分からない」
「急に言われたら……私も反応に困る……」
レオナは突然のカミングアウトに言葉が詰まる。
「アリシアであのチビ……ミゼリと話している時とか変な仕組みを見て驚いているときも最高の笑顔だったよ」
レオナは自分が意識して笑っている訳では無くロードの言葉でそれを意識した。自分が笑っている時を思い出そうとしたらロードの顔が真っ先に思い浮かび一生懸命作った自分の本について語るロードが脳裏を過る。そんな事を考えていたら、にやけて顔が熱を帯びるのと同時に思いついてしまった。
レオナは無意識に体が動き両手でぎゅーっと力強くロードに抱きついていた。
「ロード。あなたって本当に最高ね」
ロードは自分の胸に顔を埋めるレオナを見つめた。
その時ロードは人生で初めて心に熱を感じる。
抱きしめるレオナに自然と返そうとしている自分に気づいて寸でのところで思い留まる。
メアリとのやり取りで女性への対応を間違えると嫌われてしまう話を思い出していた。自分の動きを制御出来て安堵しているとレオナも冷静になったのか、さっとロードから離れた。
「あっ、えっと。急にごめんなさい」
両手で顔を隠すレオナは自分の行動に動揺しあわあわとする。
「お……驚いた」
「そうよね。あたしったら……あっ! ロードの言葉で思いついた事があるの」
レオナは喜々として考えをロードに伝えた。その内容は子供だけじゃなくて大人も現実を忘れるくらい楽しい公園を作る事だった。アリシアで楽しんでいる自分自身をきっかけに思いついた。
アリシアの技術を生活向上では無く楽しい時間に焦点を合わせる。レオナ自身も作り手の気持ちを知ってるからこそ相手が喜んでくれる嬉しさを知っていた。何処の誰でもない自分が感じたこの気持に向き合うと決めた。
「あんたがやるって言うなら俺も付き合うよ」
ロードの言葉にレオナは不満そうな顔で睨む。
「どうした?」
「レオナってちゃんと呼びなさい! ロードは人の名前を覚えるの苦手っぽいから私の名前を忘れない為にも名前で呼びなさい!!」
「……レオナがそう言うなら努力する」
少し照れくさそうな表情にレオナは満足したのかロードの手を引いて駆け足で城へ向かった。
ちょっとだけ離れた物陰でメアリが二人の様子を見ていた。第一王女に頼まれた買い出しが予想よりも早く終わり、偶然にも話し込んでいた二人に追いついてしまい。顔を出せる雰囲気でも無かったので見守っていたのだ。
メアリはレオナよりも少しだけ歳上で大人の余裕を持った感想をつぶやいた。
「お嬢様も大胆ですねぇ」
数年前からお世話をしている少女の成長を一人で感じていた。