アリシアの技術力
翌日は三人で馬車に乗りアリシアへと向かっていた。レオナの目的はアリシアの技術展覧会で取り入れる事が出来る物が無いか見学することだ。魔力消費効率が良い新技術があればそれを取り入れてそもそもの消費を減らすだけでもオフィキナリスに良い流れを手繰り寄せる事が出来る。
根本的な解決に至らないかも知れないけど外の景色を見て気づくことだってある。
そういう意気込みでレオナは挑んでいたが隣のロードは眠そうにしていて、メアリはレオナとロードを見守っていた。
「そういえばロードはちゃんと寝れた?」
「あぁ、昨日は色々とあったが眠れたよ」
瞼を擦りながらレオナの質問にロードが答えていた。
「色々とって何かあったの? あ、一人でお風呂に入るの失敗したとか自分の家じゃなかったら勝手が違うとかあるわよね?」
「いや、ちゃんと入れたよ。あんなに気持ち良い物とは思わなかったな。今まで冷たい水で汚れた体を流していたから一番驚いたよ」
「火を使わずに入れる温かいお風呂は最高よね」
レオナはメアリの都合次第だが一緒に入浴することも珍しくないらしく今度入ろうと誘っていた。
「ロードさんはもちろんお一人で」
鼻息荒くロードに自慢するようにメアリが言った。
「俺は一人でゆっくり入るよ」
「女子だけのつもる話もありますし。話題は尽きませんよねレオナさま」
「そうね。メアリと入った時はつい長話になっちゃう」
雑談をして時間を過ごしているとアリシアへ到着した。業者にお金を払い三人は都市アリシアの中を進んで行った。
このアリシアは何処の国にも所属していない為、王が存在しない。この街ではアリシア技術施設の所長を皆が選んで代表をしていた。
展覧会について話を聞く為に三人は所長の元へ向かう。
大きな施設の中に案内されて所長――クロユリが現れた。
ボブスタイルの髪の毛は明るく白衣を着てメガネを掛けたクロユリがレオナに声を掛ける。
「やぁ。オフィキナリスから遠路はるばるありがとう。大体二時間くらい掛かるんだったような気がするなぁ。それで、キングは元気かい? 王女様が一人で来るなんて珍しいね」
キングが病に倒れて表に出ていない現状は情報規制により公には出ていない。このオフィキナリス国外のアリシアでは知る由もなかった。そんなクロユリに対してレオナは笑いながら対応する。
「えぇ、キングは大丈夫ですよ。今回は私の独断で技術展示会を見ようと思いまして……姉達は別の仕事をしています」
「そぉかい。このアリシアから近い国がオフィキナリスとジェネラルの二つだからどっちとも有効的に行きたいからねぇ。お得意様にはサービスしちゃうさ。気に入った物があればこの子に何でも言ってね」
クロユリがそう言っておいでと手を振り小さな少女が駆け寄ってきた。
「さぁ、ご挨拶だ」
「ミゼリです。よろしくおねがいします」
褐色の肌に赤いワンピースを着た少女がレオナ達三人に向かって丁寧にお辞儀をした。
「こちらこそ、宜しくお願いしますね。ミゼリちゃんは何歳かな?」
レオナがミゼリと視線を合わせるために屈んで年齢を訪ねた。
「八歳になります」
「わぁ、お姉ちゃんと十歳も違う。若いわね」
ミゼリの両手で表現した八という数字を見てレオナは微笑んでいた。
「さて、うちのミゼリはこう見えて天才だよ。アリシア技術施設の中でも光る物があるねぇ……大人でも難しいことをやりとげるのは子供の柔軟性ってやつなんかね? 何かあったらミゼリに聞いてみな。そこらの大人よりも詳しいからさ」
特大評価を受けてミゼリは子供ながら恥ずかしそうにワンピースの裾を掴んで照れている様子だった。
「ミゼリちゃん凄いね。お姉ちゃん達は全然詳しくないから同じことを何度も聞いちゃうかもしれないけど宜しくね?」
ミゼリも優しいレオナの言葉で少し緊張が溶けたのか元気に頷いていた。
「さぁ、ミゼリ。展示会を案内しておいで。王女様御一行に私も付き合いたいけど、所長って立場は忙しいもんでね」
「ありがとうございます。お仕事頑張ってください」
そう言ってクロユリと別れてミゼリを先頭に展示会へ向かっていった。
オフィキナリスとは違い技術者が多いのか白衣を着た人達が忙しなく働いていた。その中で一部、展示を見ている人も疎らにいてレオナは何処から見ればいいのか判断がつかなかった。その様子を見ていたミゼリがレオナの手を引いて一つのガラスケースを見せる。
「このボタンを押してみて」
「分かったわ」
レオナは言われるままにボタンを押すとケースの中にある金属が紫電を帯び始めた。びりびりと小さな稲妻が中を輝かせる。
「わぁあ凄い」
「でしょー、これミゼリが作ったの」
「へぇー、どうやって作ってるの?」
レオナは素直にアリシアの技術力へ興味を持っていた。そんなレオナに一生懸命ミゼリが説明を始める。
「お姉ちゃん。金属の棒があるでしょ? そこの上を見たら石があると思うの」
レオナはミゼリの指差すところを注視すると親指ほどの透明な石を見つけた。
「本当ね」
「この石は魔石って言って魔力を留める力があるんだけど。それをプリズムって呼んでるの。それで、そのプリズムにミゼリみたいな『呪い師』が命令を刻むと中の魔力を元に動くんだよ!」
この技術の元は魔石を利用して道具に様々な効果を付与する事だとレオナは理解した。それを理解した上でレオナは質問する。
「お姉ちゃんたちも魔石さえあればそういう事が出来るのかな?」
自分たちでそういう事が出来ればアリシアとは競合関係になるが新たな道が見つかるんじゃないかと考えていた。
「うーん。どうだろう?」
ミゼリはそう言ってポケットから小さいプリズムを取り出した。
「お姉ちゃん。これを握って念じると何か見えてこない?」
レオナは言われるまま受け取り念じてみるも何も起きない。それをロードとメアリに試して貰ったが結果は同じだった。
「ミゼリ達しか出来ないのかな? 念じたら魔石の中身が見えるの。まるで本のページみたいに見えるんだけど……そこを自分のペンで書き換える感じで……」
そう言ってミゼリが握ったプリズムは青色に変化していった。
「こんな感じ!」
「そうやって自分なりに書いて行くのか?」
ロードはミゼリの握るプリズムを見てそう言った。物珍しそうに眺めていたロードも興味を持ってる様子でレオナは連れてきてよかったと胸をなでおろす。クロユリとレオナが話している時は顔を見てわかるくらい、つまらなそうにしていた。
「うん! このプリズムにはあんまり魔力が無いから大きな事は出来ないんだけど。色とかなら簡単に変えきれるよ」
ミゼリはそう言って赤や緑とプリズムを変化させていく。透明な石がキラキラと様々な色に輝く石へと変わっていた。
「ほほぉ。なら金盞花先生なら出来るな」
石を見てロードはレオナが手渡した本の作者名を口にした。突然呼ばれたレオナは動揺を隠せない。
「え。ちょっ。それってどういうこと?」
「真っ白い紙にペンで描いていくんだろう? なら金盞花先生の本はその通りじゃないか。ただの紙に文字で物語を紡いでいくってのは世界を作る感じだな」
「きんせんか?」
ミゼリはロードの口から出た金盞花という言葉に疑問を抱いた。
「あぁ、金盞花ってのはオフィキナリスで本を出している人の名前だ。何処の誰か分からないけど俺はその人の書いた本を読んでるんだよ」
「凄い人? お兄ちゃんは金盞花さんが好きなんだーミゼリもいつか読んでみたい!」
話が大きく脱線している中でレオナは少しだけ顔を赤くして手を扇子のように扱い風を送っていた。その様子を一歩引いた視点でメアリが眺めている。
「あぁ、こっちの国に来たら読めばいい」
布教活動をロードがしているとプリズムの輝きが失われた。
「魔力なくなっちゃった」
ミゼリの言葉を聞いてレオナは疑問を口にする。
「もう一度その魔石を使うにはどうしたらいいの?」
魔力が込められた魔石が空になったらどうやって魔力を込めるのか気になっていた。
「んーと、ほっとくと勝手に魔力は魔石に溜まるんだよ」
「不思議な石ね」
ミゼリは追加で情報を補足した。
魔力とはそこら中に漂っていて魔石が自然と魔力を溜め込むと言った。その他、魔物から取れる魔核があれば魔力を魔石へ移す事が出来るらしい。魔核から魔力を移す時は完全に全魔力を動かせる訳でもなく魔石によって違いがあるらしい。プリズムは魔力の伝達率が並で他の高価な石を使うことで様々な効果を生み出せる。
「どんどん見ていこう!」
三人はミゼリの後を追った。