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一年前のあなたへ


ステラとのやり取りを終えてレオナは自分の部屋に居た。扉を開けてメアリが中に入ると身支度を始めているレオナに声を掛けた。


「お出かけですか?」

「もう家出する」

「お夕飯までには帰ってきてくださいね」

「家出だから帰らない。折角作ったのに……ステラお姉さま酷い」


 服を脱ぐのに手こずっていたレオナを見てメアリが手伝い始めた。


「初めて作ったことを加味すると、とても美味しいですよ?」

「私も食べたけど……そりゃ、お店と比べたらイマイチかもしれないけどさ」


 メアリは服を着せた後にレオナの髪の毛を櫛で梳かしながらレオナの話を聞いていた。


「とりあえず、今日は一人で外に行くからね」

「はい。お夕飯までに帰ってきて頂ければ大丈夫ですよ」

「はーい」


 レオナは焼き菓子を紙に包んで本と一緒にカバンへ入れた。最後に柑橘系の甘い飲み物を水筒に注ぐ。


「本をお持ちになるのですね」

「うん。今日がその……発売日なの」

「随分前から用意されてますが……」

「今日の日付を書いたから今日なのよ。一人で行くから後ろとか着いてきちゃ駄目だからね?」

「分かりました」


 王都オフィキナリスは他の国と比べて魔物が現れない。生活圏内で姿を見せるのは稀で年に数回あるかないかである。だからこそ護衛も無くレオナは自由に城を出ていた。


「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 メアリは見送った後に支度を始めた。元々は他国で冒険者として活動していたメアリは戦闘能力も高くレオナの身の回りのお世話から護衛を請け負っている。長女のステラからバレないように見守る指示を受けていたメアリはこっそりとレオナの後をつけていった。


 そんなことも知らずレオナはオフィキナリスから少し離れた森へと向かっている。そこは一年前にとある青年と出会った場所だった。


 リーブと呼ばれる花を探して彷徨っていたが見つけることが出来ず、水筒も空になり屋敷を訪れた。そこでは、水を頂いて少しだけ雑談をした。そこで青年――ロードの言葉をレオナは全く信じてなかった。


 棺桶で眠り本を読むロードは変な人でオフィキナリス領域で生活しているにも関わらずレオナを知らなかった。腰まで伸びたボサボサの長髪を適当な紐で結び、汚い部屋で生活する彼を見てお礼に掃除をした。


 何より、自分が無理言って出版した本を好きだと言ってくれたのが嬉しかった。金盞花という名前で出した本は全く売れず続編は存在しない。レオナという名前を出せば売上はあっただろうけど、恥ずかしさもありレオナは人知れず出していた。


 レオナが気にしているロードは別れ際に意味の分からないことを言っていた。


 それは棺桶で眠れば一年をあっという間に過ごすことが出来てすぐに続きを読めるという内容だ。眠っている間は屋敷を隠す事も出来る。


 それを信じてなかったレオナは掃除の続きをしようと翌日向かったが屋敷は見つからなかった。暫く暇を見つけて探したけど本当に見つからない。


 ロードの言葉は本当だった。


 一年待って尋ねる今日という日の為にメアリからお菓子作りを教えてもらった。どんな感想が来てもレオナは受け止める気持ちでとうとうロードの屋敷へ到着した。


 使用人が沢山いても驚かない大きな屋敷の庭で前はロードが本を読んでいた。


 今は誰も居ないのでレオナは門を力いっぱい押して侵入する。扉の前に立ってドンドンと叩いてロードが出てくるのを待った。


 暫く待つと物音が聞こえて扉が開きロードが懐かしい姿のまま現れた。


「ロード! 来てやったわよ」

「待ってくれ……あんたの相手をする余裕が無い」

「なっ、待ちなさい! 本当に一年待ったんだからね? あの時の話が本当って強く言ってよ翌日ちゃんと来たのに屋敷は見つからないし。あの大きな機械時計も時間が戻せるって嘘じゃないのよね?」


 夢だったんじゃないかとレオナも疑ったが一年後の今日はロードに会えた。それなのにレオナの相手が出来ないと言われて冷や汗がレオナの頬をつたう。


 そんなレオナとは裏腹にロードは何か気づいたのか表情が柔らかくなる。


「そうか、時間を戻したのか。魔力が枯渇して時計も止まった……もう棺桶も使えないのか」

「えーっと、どういうこと? 壊れちゃったの?」


 レオナは朧げな記憶になり始めているがあの時は棺桶も壁一面の時計も父親の遺品だと話を聞いていた。それが壊れたとなれば焦るのも理解できる。


「いや、何でも無い」


 先程の焦りを一切感じられないロードの言葉を聞いてレオナも触れないことにした。


「そう? 言いたいことは山程あるから……外の椅子でいいわ」


 初めて出会った時にロードが座っていたガーデンテーブルの隣にある木製の椅子を指差した。


「あぁ、付き合うよ」


 ぶっきらぼうだった記憶がレオナにはあったが様子が変だ。


「す、素直じゃない」

「何処の誰でもない俺があんたと会う時間に決めたんだ。とことん付き合うよ」


 ロードの言葉でレオナは自然と頬が緩んだ。一年後に新作を渡すと言ったのはレオナなのにロードも眠っていて記憶が薄れているんだろうとレオナは判断した。


「あ!」


 突然ロードは思い出したかのように声を上げた。


「どうしたの?」

「俺は王都オフィキナリスに本を買いに行かないといけない」


 レオナはカバンから一冊の本を取り出した。


「金盞花先生の新作はここにあるけど?」

「買いに行く手間が省けたな。それにしても雰囲気が違う……まるで頑張って素人が綴ったみたいだ」

「べ、別に……たまたまよ。紙とか足りなくなって今年はそういう本になってるの!」


 レオナは手作りで世界に一冊の本だけど正体をバラしてないのでそれっぽいことを口走った。


「そうか。ありがとな」

「えぇ。まぁ? ついで……来たついでね」


 レオナはロードに遺品の話を尋ねた。すると、予想外にも丁寧にロードは教えてくれた。初めに棺桶は中の時間を止める機能を持っていた。だから起きたら周りが汚れてる事が多く掃除をしない。お風呂の水も魔力を用いて流していたので庭にある井戸から汲み上げる事もない。


 レオナは動かない壁一面の機械時計を見せてもらった。一年前は忙しなく動いていた歯車が完全に動きを止めている。


 ロードが魔力で動作すると言っていたので動いていない理由を考えると単純明快だった。


 今まで使っていた魔力が空になりこの屋敷は機能を停止している。それはロードが使っていた物が全て動かなくなったという事だ。棺桶に入っても時間は過ぎ去らない唯の箱になり、時計は時間を刻まず飾りとなった。


「動かなくなったもんはしょうが無い。元々は父が残した屋敷に俺が住んでるだけだから……」

「お風呂とかどうするつもり? 確かベッドも無いわよね?」

「このまま棺桶で寝るか……金だけはあるから別の家に住むとかどうにかなるだろう」


 オフィキナリスでも魔力で動く物は近年珍しくない。都市アリシアとの交流を経ていくつか技術を取り入れている。お風呂も簡単にお湯が出るしロウソクが無くても明かりを灯す事は常識となっている。


 全て魔力が為せる技でその技術のおかげで生活は豊かになっていた。


「あ、そうだ。焼き菓子があるの」


 レオナはカバンから包み紙を取り出しロードに披露した。ロードはそれを手に取り匂いを嗅いで疑いの目を向けながら口に放り込む。サクッと砕けた後にナッツの香りが漂った。


「口の中の水分が持ってかれる……」

「これも一緒に飲みなさい」


 レオナは水筒を取り出しロードに手渡した。


「悪くないな。程よい甘さだ」


 その言葉を聴いてレオナも焼き菓子をぱくりと食べて水筒をロードから奪い取ると口に含んだ。


 姉であるステラに指摘された甘さが保管され、しっとり感が増して美味しく感じた。次は飲み物無しでこの美味しさを再現するとレオナは胸に秘めた。


「ロードは普段こういうの食べるの?」

「俺は肉が好きだ」

「あー、お肉ばっかり食べたら駄目って私は習ったのよ。バランスが大事らしいわ」


 何か言いたい様子のロードは黙ってレオナを見ている。無言の時間が少しだけ続いてロードが話題を変えた。


「美味しかったよ。それで、あんたは何しにきたんだ? 本を渡す為だけに来たのか?」


 レオナはメアリに家出と伝えたが勿論行く宛も無い。それどころかロードの方が大変そうだと感じて少し悩んだが好奇心が勝ってしまい勢いに任せてロードに言ってしまった。


「王都オフィキナリスで少し生活してみない? うちに来たら客室がいくつかあるし大丈夫だと思う……あ、私は別にあれよ。一年前にもっと強く言わなかったロードを叱りにきたのよ。えぇ、三日くらいはこの屋敷を探して彷徨ったんだから!」


 ロードはレオナに対して苦笑いを浮かべた。


「俺は正直に伝えていたはずだが……あんたが信じなかっただけだ」

「現実味が無かったんですもの!」

「あまり人間と話をしないから慣れない。王都か……行ってみるか」

「そうと決まれば支度をしなさい」


 虫食いにやられた服を指差してレオナはロードを屋敷の寝室へ押し込んだ。そして、必要そうな物をカバンに押し込んでロードと王都オフィキナリスへ向かう。


 そのレオナを隠れて眺めていたメアリは二人よりも先に王都へ向かった。


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