サプライズ失敗
月も天高く登り日付が変わる頃にロードは自分の部屋から出た。
夕食後もゆっくりとお気に入りの大浴場で過ごして体も温まっている。
メアリに言われたサプライズは成功するか分からないが最近のレオナを見て思うところがある。焦っていて表情も暗く見ていてつまらない。ロードが助けきれる内容ならまだしも、一人で集中するレオナを邪魔するわけにはいかないと思っていた。
でも、メアリのアドバイスを大切にする為にも行動へ移す。
ロードは扉の前に立ちノックした。部屋の主からどうぞと声を掛けられ扉を開けた。
「どうしたの?」
元気のないレオナを見ると髪の毛はボサボサで表情から疲れが見える。
「明日は昼くらいにアリシアへ行くらしい」
「私もメアリに聞いたわ。上手く行くといいんだけど……どうなるかなぁ」
レオナは大きく伸びをして自分で肩を揉んだ。首を左右に動かして筋肉をほぐしている。
レオナがアリシアにお願いした物が完成したら第一王女のステラと交渉を始める。その為にも明日は楽しみであるが自分の作業が上手くいっていない。
「行ってみないと分からない」
「そうよね。もし難しいなら別の案を出さないと駄目だ……まだ考えてない。ほんっとうに時間が無いなぁ……」
試作の案とは言えまだまだ固まっていない。今のままだとレオナの作りたい世界がいつ完成するのか一切の目処が立たない。
レオナは自分なりに考えて居るがどうしてもワープゲートはアリシア任せとなる。
もし完成しなかった時に打つ手はまだ何も無かった。先の見えない恐怖は本を書く時とは比べ物にならないくらいレオナは重圧を感じていた。
そんな弱気で元気のないレオナを見てロードはとてもつまらなかった。
ロードの屋敷に来た時のレオナとは天と地の差がある。
まるで現実に怯えるロードが今まで見てきた人間だった。レオナと街を歩いて周りを見渡した時の暗い雰囲気を王女が身に纏っている。
第一王女もレオナと同じだった。
レオナはそんな第一王女を明るくする為に頑張っているとロードは認識していたが気がつくとレオナも顔から笑顔が無くなっている。
ロードは自分の目で見て人間とはそういうもんだと肌に感じた。メアリが言った退屈になると死んじゃう……それは刺激や変化が無いと人間は駄目になる。
そう考えて自分も退屈に飽きて本を読んでいた事を思い出して口角を無意識に上げていた。
「ん? どうしたの?」
ロードの変化に気づいたレオナが心配そうな顔をしている。
何も返事をせずロードはゆっくりと深呼吸して目を閉じた。
そして、ゆっくりとレオナの書いた本を思い出す。確かあれは……主人公がヒロインの子を別の世界へ助け出す時だった。真っ暗な牢獄の様な所から抜け出して行き着いた先は視界を覆い尽くす程の綺麗なお花畑。
もちろんロードはこの国で見渡す限りのお花畑が何処にあるか知らない。レオナが作った本の主人公みたい別世界へ移動する術も無い。
ロードに出来る事をやるしか無かった。
人間とヴァンパイア・キングの間に産まれたロードは自分で言うのも何だが夜は凄い。
ロードは目を開けて背筋を伸ばし机に持たれていたレオナに数歩近づいた。左腕を腰に右腕を胸に当てて丁寧に深く頭を下げて言った。
「お嬢さん、こんな暗い部屋で何をしているのかな」
見に覚えのあるセリフにロードが絶対やらないであろう仕草でつい笑ってしまった。
レオナは笑ってしまったがロードの表情は真剣そのもので吸い込まれるような感覚があった。
机に持たれていたレオナは背筋を伸ばして照れないように全力を注ぐ。
「外は怖い魔物で溢れているんでしょう? だから私は一人で隠れているの。こんなに薄暗くて人気のない場所なら魔物だって現れないわ」
レオナは身振りを加えロードの目を見てそう言った。
「お嬢さんは魔物が怖いのかい。でも、もう大丈夫。私が怖い魔物を倒したから外は安全だ」
ロードはそう言いながら腕を伸ばした。
「私と一緒にこの薄暗い部屋から出よう」
「ええ、喜んで」
レオナは微笑みながらロードの手を掴んだ。
ロードはその手を優しく掴み椅子からレオナを立ち上げた。
そして、窓際まで手を引いて二人はベランダに出て夜風を浴びる。
「おや、外は確かに安全だけれど地は荒れ果て一輪の花さえ見当たらない。折角お花が似合いそうなお嬢さんなのに勿体ない。おぉっと、私は自分が魔法使いだという事を忘れていた。少し目を閉じてくれないかい?」
レオナは言われるままに瞳を閉じた。
流石にロードが別世界に移動するとは想像できないけど、レオナの作った世界を敢えてなぞるロードに付き合った。
するとレオナは手を引っ張られてロードの胸にぶつかった。呼吸をすると心地良い匂いがしてロードはちゃんとお風呂に入ってるんだ……と関心すると同時に自分が二日くらい入っていない事を思い出した。
「ちょっと、ロード」
「目は閉じてて」
ぱっと開いた瞳にはロードの顔が近くて驚いたけど、レオナは言われるとおりに目を閉じた。
次にロードが取った行動はレオナの腰に手を回して抱き抱えた。
そして、ジャンプした。
レオナはその時、肩車して貰った時を思い出す。あの時は変な声を出しちゃったけど今回は我慢した。
強い風は感じる。でも、あの時の落下する感覚が来ない。
「目を開けて」
その声に従いレオナは目を開いた。
視界に映るのはロードの顔と……大きな羽!?
あたりを見渡すとキラキラと輝く景色が広がった。
「え……えぇ!?」
レオナは次第に状況が分かってきた。あのキラキラ輝く光は王都オフィキナリスだ。レオナは遥か高く飛び立った腕の中に居た。
「オフィキナリスもいいけど、上も凄いよ」
言われるまま見上げると満点の星空が広がった。月明かりに照らされたロードの顔もよく見える。
「綺麗」
その一言をレオナが呟いて暫く無言のまま空を彷徨う。
今まで経験のしたことない初めて見る空の景色にレオナはただ眺めるだけだった。
「怖くない? 前はちょっと上に飛んだだけで驚いていたけど」
細かいこと全て頭から抜けていたレオナがロードの言葉で現実に戻る。
「あ、そうだった……でもロードが支えてくれるんでしょう? なら大丈夫。それにしても、こんな特技があったなんて知らなかったわ」
「あれ、言ってなかったっけ。俺はダンピールって呼ばれるらしい。かなり昔読んだ本に書いてあった。人間と吸血鬼の間に産まれた俺はそういう生き物みたいだ」
「あんまり詳しくないけど結局ドワーフとかエルフみたいな感じかしら」
「そういうもんなんじゃないか」
「ふふっ。別にロードが何だって良いわ。素敵なプレゼントをありがとう」
今まで見たことない満面の笑みを浮かべたレオナを見てロードは驚いた。
本当はもっとびっくりさせようと思っていたのに反応が薄い。メアリの言ったサプライズとやらは失敗した。
暫く空を舞うロードにレオナは思い出して言った。
「そういえば私お風呂入ってない! 臭くない?」
「俺は気にならないぞ」
頭の匂いを嗅がれてレオナは急に恥ずかしくなった。すぐに部屋へ戻すようにロードへ伝え元のベランダに着地した。
「ふぅ……えっと。改めてありがとう」
「おう」
すぐにお風呂に入らなきゃとレオナが部屋を見たら思い出した。失敗した時の代替案を考えていない!
「すっかり忘れてた。あれ? 私達ってどれくらい空に居たの?」
「一時間も居ないんじゃないか?」
「あー、私……あまりにも綺麗で全部放り投げちゃってた」
「そうか。でも、レオナが作りたい物ってそういう事なんじゃないか?」
レオナはハッと気づいた。悩みも全部忘れて夢のような時間を過ごす。
レオナが作った本の内容をなぞり振る舞うロードに付き合って現実を忘れてしまっていた。
さっきまでお風呂に入ってない事さえ頭から抜けている。
「そっか……全部。うん。全部上手く行ったらまた空の旅に連れてってくれない?」
「いいよ。でも、夜しか飛べないからな」
レオナは何度もこの景色を見たいと心から思ってしまった。




