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ロード式交渉術


 アリシアへの到着が間近に迫った大型馬車の中で三人は会議を行っていた。


「ふぅ……ロードのお陰である程度見えてきたわね」

「ならよかった」


 三十人は乗ることが可能な馬車でレオナは窮屈そうにしながら作戦を考えた。


 もし、これが成功したら作りたい世界へ近づくとレオナは自信が溢れた。


「あと少しで到着です。私は馬車の近くで待機していれば良いんですよね?」

「えぇ、お願いメアリ」


 レオナ達の最優先事項は安全に人々がオフィキナリスに訪れる為に道を整備することだと三人で決めた。


 その為にもアリシアを味方につけなければならない。クロユリ所長だけとかミゼリを味方にするという意味では無く、都市アリシア全体を巻き込まないと今後のレオナは動きが大きく変わる。


 レオナの描く理想を叶えるためにも交渉が鍵だ。姉であるステラとの会話で大きく失敗しているレオナはその経験を活かして説得しなくてはならない。レオナには今まで成功体験が無く交渉の自信はゼロだ。それでもやらなくては前に進めない。


 目を瞑り自分を落ち着かせていたレオナにメアリが声をかけた。


「お嬢様、到着いたしました」

「よし。行ってくるわ」


 ロードを引き連れてレオナはアリシア技術施設の所長――クロユリの元へ向かった。


 展示会はまだ続いており忙しなく働いている人を捕まえてクロユリを呼んで貰った。暫く待つと丸い眼鏡を掛けて白衣を来たクロユリが現れた。


「やぁ。王女様がこんなに短い期間でまた来るってことは何かあるのかな?」

「はい。お話があります……」


 今までにない神妙な顔つきを見て察したのかクロユリは場所を変えた。


 アリシア技術施設の広い個室を選びレオナ達を案内する。そして、少し待っててと言い出ていった。


「緊張するわね」

「頑張れ。俺も上手く行く保証はできないけどな」

「ふふ、居るだけでも心強いのよ」


 飲み物とミゼリを連れてクロユリが扉を開けた。ミゼリはお姉ちゃんと会えて喜んでくれたが子供ながら雰囲気の違いを感じ取りレオナ達の向かいに座った。


「うちの未来を担うエースも居たほうがいいのかと思ってね。大丈夫かい?」

「はい。ミゼリちゃんにも聞いてほしいです」


 三人分のお茶と果物ジュースが机に置かれた。ミゼリはすぐにジュースへ手を伸ばし自由に飲む。


「さて、話って何だい?」


 レオナの話は世界を作る事だった。あくまで現実を忘れる別世界のような来る人を喜ばせ楽しい思い出を持ち帰ってもらい、また行きたい! ってなるような施設。


「アリシアの技術があれば人が驚くような演出や時には怖い体験も可能だと思うんです。私が描く世界を再現して人々が笑顔になるような唯一無二の商業施設を兼ねた夢のような観光施設を作りたい。オフィキナリスでは多彩な食料もあるのでテーマに合ったような料理を提供する予定です」


 レオナの言葉を聞いてクロユリは顔を曇らせた。


「話はそれで終わりかい?」

「私がやりたい事はこれで終わりです」


「ふむふむ。まずは、私個人の気持ちとしてはとても素晴らしい案だと思う。このアリシア近辺にも魔物が現れるから近くのジェネラルから冒険者を雇って警備をしてもらっているからね。そういう恐怖を忘れられる夢の様な安らぎは魅力的だ。そして、アリシアで活躍している呪い師達もやる気が出そうな内容だね。自分の作品をひと目に触れる機会は作り手にとって嬉しいもんだ」


 ここまでは全てレオナの想定通りだ。同じ作り手として喜んでもらえた時の気持ちを知ってるから想像できていた。しかし、クロユリの言葉は個人としては良いと言っている。都市アリシアには王が存在しない。基本的にアリシアで住む人が代表者を選んでいる。


 このアリシアで一番偉いのはレオナの前にいるクロユリだ。


「そうさねぇ。幾つか質問するとしよう。王女様側の要望としてはアリシアの技術を使いたいという依頼だ。では、アリシアにはどういった利点があるだろう。王女様が考えているアリシアのメリットを教えてくれないかい?」


 クロユリの言う通り今はオフィキナリスの要望しかレオナは伝えていない。


 現状アリシアでは技術を売り経済を支えていた。生活が便利になる技術を他国に導入して貰い金銭を得ている。その技術を保証して壊れて使えなくなった時も技術者を送っている。便利な生活を届けて対価を受け取っていた。


 レオナの話ではアリシアが受け取る対価を提示していない。


「アリシアのメリット……まずはアリシアの技術を宣伝する事が出来ます。オフィキナリスは今も移住者が多く今後さらに増えていく見込みです。オフィキナリスとも近いアリシアに馴染みもあり今後も大勢の国民がアリシアのお客さんになります。そして、他国から観光に来た人へも大きな宣伝が出来ると私は考えています」


 レオナは展示会を催して冒険者ギルドにお知らせをお願いしているアリシアは技術の宣伝に力を入れていると考えていた。その効果をさらに大きく出来るとクロユリに伝えた。


 レオナの告げたメリットは明らかに弱い。その話を聞いてクロユリは質問を続けた。


「王女様の考えている施設を作るには技術者が一人や二人で足りるとは到底思えない。うちのミゼリ一人で賄える規模なら今のメリットだけで私は喜んで頷いていただろう。王女様が考える必要な技術者はどれくらいを想定しているんだい?」


「出来れば技術者全員と考えています」

「ふぅ……だと思ったよ」


 クロユリはお茶に手を伸ばしゆっくりと飲んだ。そして話を聞いているミゼリに話しかける。


「今の話を聞いてミゼリはどう思ったんだい?」

「うーん。難しくて分かんない」


 八歳の子供らしい答えにクロユリも笑った。


「でも、お姉ちゃん真剣だし面白そうならミゼリは何でもいいよ」

「ほほぉ。ミゼリは王女様が気に入ってるのかい?」

「うん! この前一緒に回って楽しかったの! びっくりした時の顔が面白い!」


 レオナはそんなに面白い顔をしてたのかなと思ったがぐっと飲み込んだ。


「さてさて。どうしたもんか……知っての通り展示会を開いたのは我々も多くの人に知って貰いたいという理由があるけれど、それだけじゃ協力は難しい。数多くの人が展示会に足を運んで貰えているが想定より少ないのが現状でね。近くのオフィキナリスとジェネラルからは来てくれるが流石にルーフェンから来る物好きは居なくてねぇ」


 レオナも王都ルーフェンに行ったことはない。


 レオナ達の国であるオフィキナリスから王都ジェネラルまでは大体馬車で一日で到着する。


 しかし、ルーフェンはジェネラルから更に三日程の時間を必要とする。各国の冒険者ギルドを用いて展示会の依頼を出している為、ルーフェンでも周知されているが誰もアリシアに来ない。


 王都ルーフェンとはアリシアと違った技術力で経済を回していた。


 アリシア目線で一番取引をしたい国がルーフェンだ。


 ルーフェンでは机一つとっても職人の施す装飾は人気があり他国でも高額で取引されている。主な取引相手は一般的な国民では無く王族、貴族御用達しだ。それにアリシアの技術を合わされば相乗効果があるとアリシアは考えている。


「王女様の考えでは他国からも大勢来る想定をしている。では、それが現実的だという王女様の考えが聞きかせておくれ」


 レオナがステラに大人も楽しめる公園を提案した時にも同じことを言われた。


 そもそも、作っても人が来ない。


 観光客が毎日何千人と来るわけでもない現状では採算が合わない。ましてや各国に宣伝しても人が来ない実績を現在進行系でアリシアが体現している。


 クロユリの質問もレオナは想定していた。それにも関わらずレオナは最適な答えを導き出す事が出来なかった。


 だから、ここからレオナは何が起きるか分からない。もしかしたら、今後アリシアとレオナの関係は進展しない可能性もあるが全ては賭けるしか道は無かった。


「それは……ミゼリちゃんです。ミゼリちゃんに以前見せて頂いたワープゲートを用いて安全に観光を行えます」


 レオナの口から出た言葉は他力本願にも程がある。クロユリもレオナに呆れた顔を見せてしまった。


「おやおや。もちろん私もミゼリが何をしているか把握しているつもりさ。現状を君達よりも知っている。王女様の言葉は我々アリシアを高く評価して頂いていると受け取ろう。以前軽く話をしたようだけれど、ミゼリからワープゲートの説明してもらえるかい?」


 ジュースを飲み干したミゼリにクロユリが話を振った。突然の事だったのでミゼリは思い出しながら説明する。


「えっとね。お姉ちゃんに前見せたプリズムじゃ魔力の伝達率が悪くて少しの距離でも大量に魔力を使っちゃうの。それでクロユリとジェネラルに行って―。ドワーフのドランから魔石を譲って貰おうとしている段階かな? 石を貰えたら相性の良い物を探すところから始まって……あっ! 今は一方通行だからどっちにも行けるように上手く混ぜないといけないんだった。混ぜた後は同じ物を用意して距離も実験しないといけなーい」


 ミゼリが一生懸命ワープゲートの説明をしてくれた。現状を伝えてクロユリがレオナに出来る限り優しく話しかける。


「これが今のアリシアなのさ。王女様には悪いけれど今回の話を承諾することは出来ない。うちのミゼリを頼ってくれたのはとても嬉しいけれど、それはまた別の話だね」


 展示会はアリシアの技術を見せる場でそこにワープゲートは無かった。人に見せる段階に到達しているなら大勢に見せるはずだとレオナは自分の目で見て理解している。だから考えの足りない小娘の夢物語だと思われることまでは想定内だった。


 ここからはレオナもどうなるか分からない。


 でも、もし……レオナが作った物語が駄作だと目の前で貶されたら激怒する事だけは想像がつく。


「もう話は終わりか?」


 今まで終始無言でレオナ達のやりとりを聞いていたロードが問いかけた。


「我々アリシアとしは終わりだねぇ」

「レオナ……やはり俺の思った通り時間の無駄だったな。こんなレベルの低い奴らに持ちかけた事が失敗だ」


 ロードの言葉を聞いて一瞬だけクロユリは大きく目を見開いて冷静に言葉を返した。


「王女様の従者は少々口が悪いらしい」

「レオナは関係ない。俺個人が思った意見だ。あんたらアリシアの技術のレベルが低すぎて笑いをこらえるのに必死だったよ。俺もあんたらと同じ『呪い師』だ」


 呪い師だと聞いて目の色を変えたクロユリが喧嘩を買う。


「さてさて、都市アリシアは技術力で成り立っている。つまり、我々にもプライドがある。こうも言われて黙っている我々ではないよ?」


 クロユリから笑顔は無くなり明らかに怒っていた。レオナも挑発の度が過ぎていると思い身震いする。


「俺もあんたも同じ呪い師なら自分の作品を見れば程度が分かるもんだろう?」

「従者くんの名前をそう言えば聞いてなかったね」

「ロードだ」

「さて、ロードくん。その口ぶりから君の作品の一つくらい見せてもらえるんだろう?」


 ばちばちの二人を見てミゼリも怖がっている姿を見てレオナは心の中で謝っていた。そんな想いがミゼリに伝わる事もなく、ロードがクロユリに言い放つ。


「もちろん。用意しているに決まっているだろう? 外にあるから見に行こうか」


 そう言ってロードが立ち上がり続いてクロユリも席を立った。


 険悪な雰囲気で全員無言だった。レオナはミゼリの手を握り離れ離れにならないよう歩幅を合わせてロード達の後ろをついていく。


 アリシア技術施設から出て皆でメアリが待つ馬車へ向かった。手持ち無沙汰で結局来ないのかと暇を持て余したメアリがレオナの姿を見つけて軽く手を降ったが動きを止めた。魔物討伐を行う冒険者のような雰囲気をいつも笑顔なクロユリから感じ取り冷や汗がメアリの頬を伝う。


「さーて、この中に用意してあるんだね?」

「おう、自由に見てくれて構わない」


 馬車の入り口についた扉を開けてクロユリが一人で中に入っていった。


 それから暫く無音の時間だけが流れると馬車の中から物を動かす音が微かに聞こえた。三十人が乗れる馬車を窮屈な空間にしていた物達をクロユリが動かしているに違いないとレオナは想像した。


 レオナでは正直なところ物を見ても判断が出来ない。レオナでは物の価値が理解できることは一生無いと断言できる。


 でも、此処は技術を売りにしているアリシアで、代表のクロユリが見ている。


 レオナ達は馬車の外で五分、十分とクロユリを待った。


 ミゼリが待つのに疲れたのかレオナにまだかなーと声をかけた時に馬車の扉が開いた。


 先程まで明らかに怒りを感じる顔が見るも無残に消えていた。流れ星を偶然見掛けたようなうっすらと笑みを浮かべつつロードに話しかける。


「本当にアレをロードくんが作ったのかい?」

「あぁそうだ」

「……正直、凄すぎて理解が難しい。複雑に魔石と鉱石が交わって中身を呪い師の力で見ても簡単に把握出来ない。私が今まで生きた中であれほどに複雑な仕組みを見たのは初めてだ!」


 レオナはクロユリの反応を見て胸をなでおろした。そして、暇そうにしていたミゼリも好奇心に勝てなかったのかクロユリに続いて馬車の中へ入っていく。


「悔しいけどロードくんの言いたい事は分かった。説明をしてくれないか? あの機械時計を特に知りたい」

「ほぉ。分かったならそれで俺は十分だ。ところで、プライドがあるとか言ってなかったか? 自分で調べて理解しようとはしないのかアリシアのトップは……」


 もう挑発しないでくれとレオナは思ったが言葉に出すか迷いが生まれた。元々アリシアへ来る時に三人で話し合い、ロードに任せる手はずになっている。


「くっ……そうきたか」


 ミゼリも中を軽く見て馬車から顔を出した。


「何か凄いよクロユリ―」

「ミゼリは何か分かったかい?」

「あんまりーわかんなーい。でも、こんな組み方があったんだー。これを真似したらもっと凄い物が作れるかも」

「私と同じ感想さね。正直に言うとロードくんが作ったこれらは我々の技術を越えている。出来れば詳しく調べたい」


 レオナは一番良い方向に転がったと心の中でガッツポーズをした。もしもアリシアと関係を崩すことになったらステラ姉さまに合わせる顔も無くなるところだった。


「アリシアは確か『技術』を売って経済を回していたはずだが……価値は分かったはずだろう? では、アリシアはこの『技術』にいくら出せる?」


 レオナはロードの言葉を聞いて絶対にやりすぎだと顔に出した。そんな吹っ掛けるような言い方をしなくても……と思ったが紛れもなくロードの所有物なので口を出すのは違う話となる。


「す、数億……最低でも五億ペセタ出そう」

「たったの五億? その程度じゃアレは渡せない」


 クロユリの表情にも陰りが見え始めた。喉から手が出る程に欲しい作品だがアリシアで使える予算も上限が存在する。


 五億ペセタは相当ギリギリを攻めた金額でそれ以上だとアリシアで住む人の生活に支障をきたす可能性があった。


 それどころか、ロードの態度をレオナ目線で見ても金額だけ釣り上げる冷やかしだと捉えられてもおかしくない。


 不信感を抱かれたロードは更に叩き込んだ。


「もしレオナにアリシアが協力するというなら全てを譲ろう」


 クロユリの目が点となり時が数秒止まった。


 ロードの口からそんな言葉が出てくるとは思わず暫く沈黙が続いた後にクロユリは言葉の意味を理解した。


「あーはっはっはっ。そうかい、そうくるのかい。いやぁー、オフィキナリスの王女様は交渉がお上手だ。そんな事を言われたら断れる訳が無い。こんな代物を見せればアリシアの技術者が納得するに決まっている。アリシアの技術がほんの数週間で何十年も未来の姿を見せるだろう。うちには育ち盛りのミゼリもいるからねぇ、この歳でこんな代物を触れるなんて羨ましいくらいだ」


「という事は……お手伝いして頂けるんですね!」


 レオナも緊張の糸が切れて自然と笑みを浮かべた。


「所長のクロユリが保証しよう。なんなら今から展示場を中止して皆を集めたいくらいさ。もちろん始めるまでに時間は欲しいけど最優先で王女様――レオナ・オフィキナリスの依頼を進めると約束しよう」

「ありがとうございます!」


 レオナの前に立ちふさがる第一関門を突破した。


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